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52 マルコ
しおりを挟む悪魔イグニスの奴隷になって早一ヶ月。
相変わらず奴の要求はめちゃくちゃだった。
それでも睡眠時間を削って働いているし、周囲から見れば、私は更生したように見えているはずだ。
それなのに……。
イグニスや、新たに店主になった長男のマルティネスが私を見る目は、軽蔑した目のままだった。
親父は疲れ切っていて話にならないし、なぜか一緒に下働きをしている料理長のジョージも同じ。
二人とも宿屋を仕切っていたのに、今じゃ存在感ゼロだ。
店にいても精神的にも疲れるだけで、私は買い出しに出掛ける。
イグニスがつけて来ていることに気付いているが、さすがに人前では暴走しないだろう。
そう思って、街をフラフラしていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「あっ。僕これ、食べたことあります! マルコさんがお土産でくれたんですよね」
私の名前が呼ばれた気がして、ハッと視線を送ると、フードをかぶったノエルがいた。
その横では、長身の男が愛おしそうにノエルを見つめている。
変装しているが、私の知っているエメラルドグリーンの瞳は、あの男しかいない。
「これも? さっきの店でも同じことを言っていなかった?」
「はいっ。よくお友達とお出掛けしていたので、そのついでにって」
「へぇ~、そうだったんだ」
不気味な笑みを浮かべるユージーンに、私の背筋に寒気が走った。
お願いだからこれ以上なにも言わないでくれと、ノエルに向かって手を合わせる。
「っ……ユ、ユージーン様?」
「せっかくノエルになにかプレゼントしたかったのに、あの男が買い占めているじゃないか……」
「あ、あの、でも僕、もう一度食べたいです!」
空気が読めるノエルの一声で、さっそく焼き菓子を買いに行った。
そしてすぐに二人が戻って来る。
ユージーンが袋を持とうとしても、それを制して自分の手で持っているノエルは、すっごく可愛い顔で笑っていた……。
「なんだよ、あれ……。私があげた時は、あんな顔していなかったのに」
私の土産を受け取るノエルは、いつもぎこちない笑みを浮かべていたんだ。
同じものなのに、どうしてあんな可愛い顔で笑っているんだ。
「そりゃあ、仕事を押し付けられた相手に土産を渡されたって、誰も喜ばねぇだろ」
「っ……イグニスッ」
いつのまにか隣に立っている大男に、イグニス様だろう、と鉄拳を喰らう。
「っ、私はノエルを可愛がっていたんだ! 仕事を押し付けたりなんか……」
「いつもお前の尻拭いをしていたのは、ノエルちゃんなんだよ。それに、お前の親父の分もな。今お前がやっている仕事の五倍の量をノエルちゃんはこなしていたんだ。それも半日でな?」
「っ、う、嘘だ! そんなの出来っこない!」
くつくつと喉を鳴らして笑っているイグニスの目は、まったく笑っていなかった。
「そうなんだよ、普通は出来っこないんだよ。それを、お前たちがやらせていたんだ」
イグニスの話に言葉を無くした私は、首根っこを掴まれて、宿屋に連行される。
親父や他の従業員に聞いてみたが、みんなに是だと言われてしまった。
目眩がするような仕事量をこなしていたノエルは、超人だった……。
ノエルはギルド長にも一目置かれている存在だったようで、私は冒険者全員を敵に回したらしい。
特に、同じ魔法使いの奴らがブチギレている。
恐ろしくなって、私は逃げ出した。
アバンチュールを楽しんだベイビーたちの元へ行ったのだが、全員から鳥の巣頭を馬鹿にされて、誰にも匿ってもらえなかった。
そしてその様子を一部始終見ていたイグニスに馬鹿にされて、宿屋では笑い者になっている。
反省の色が見えないと言われ続ける私たちは、死ぬまで地獄の日々を送ることが確定していた。
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