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52 テレンス
しおりを挟む「勇者様、テレンス第二王子殿下。ご武運をっ!」
期待に満ちた眼差しの領主に見送られる勇者一行は、次の目的地へ向けて出発する。
この度の勇者は女性であるため、魔王討伐部隊はなるべく野宿を避け、領主の屋敷に宿泊しながら移動していた。
「歓迎してもらえるのは有り難いけど、一刻も早く魔王を倒すためにも、『死の森』を通過した方がよかったんじゃないかな……?」
疲れたように呟くアカリの言葉を、聞き流す。
領主の屋敷に滞在することで、アカリがプレッシャーを感じていることに気付いているテレンスであったが、それだけは了承できなかった。
魔王の棲家は、『死の森』を越えた先にあると言われている。
だが、ウィンクラー辺境伯領にある死の森は、獣の血が混ざる怪物共でさえ攻略できていない地だ。
死の森を通れば、魔王のもとへ辿り着く前に魔王討伐部隊は全滅必至。
よって、遠回りをせざるを得ないわけだが、旅が長引けば長引くほど、勇者を伴侶に迎えようと目論むテレンスにとっては、好都合だった――。
「まだ何もしていないのに、まるで英雄にでもなった気分ね……」
勇者様、勇者様、と声が鳴り止まない。
異世界から来た勇者を一目見ようと、早朝でも街道には多くの人が集まっていた。
王族であり、国民からの支持を得ているテレンスにとっては日常的な光景。
だが、国民の声援に応えるように手を振るアカリの表情は、強張っていた。
「心配せずとも、アカリはいずれ英雄になる。私たちもサポートするし、皆がアカリを信じているよ」
常にアカリの隣に並ぶテレンスは、優しい言葉をかけ続ける。
アカリを励ますことで、勇者と第二王子が信頼し合う姿を国民に見せつけることが、テレンスの目的であった――。
◇
二カ月が経っていたが、あまりに悠長な旅にアカリは焦りを感じていた。
そのことをいち早く察知したテレンスは、野宿へと切り替える。
(もう少し引き延ばしたかったが、致し方ないだろう。せっかちな女だ)
領主には、勇者が滞在する名誉を与えてやる代わりに、テレンスは手厚くもてなされていた。
豪華な食事と、テレンスの欲を満たすために集められた、美しく積極的な青年たちとの交わりが、終わりを告げるのだ。
我先にと、テレンスに群がる美しい青年たちを思い出し、溜息を堪える。
見目麗しい青年たちが用意されていたが、容姿に関してレヴィに敵う者など、この世に存在しない。
だが、アカリのご機嫌取りで疲労するテレンスは、慎ましやかなレヴィとは違ったタイプの青年たちを貪ることで、ストレスを発散していたのだ。
(やはり、レヴィを連れてくるべきだった……。いや、それでは計画が狂うか)
日が暮れた頃、颯爽と馬からおりたテレンスは、アカリに対する不満をおくびにも出さずに、そっと手を差し出した。
「今日から野宿になるが、なにか不便なことがあれば言ってほしい。アカリには、出来る限りのことをしたいと思っている」
「ありがとう。でも、今のところは大丈夫だよ……きゃっ!」
笑顔で手を取ったアカリが、テレンスの腕の中におさまる。
「アカリはしっかりしているように見えるが、目が離せないな」
アカリを抱きしめるテレンスが、甘い声で囁く。
周囲の者たちには、ふたりはまるで恋人同士のように見えているだろう。
だが実際は、テレンスが少し強引に手を引いたことで、バランスを崩したアカリが落ちてきただけである。
王都を出発し、魔王の潜伏する森に向かう最中、テレンスは勇者アカリを口説き落とそうと躍起になっていた――。
テレンスが優しく接すれば接するほど、アカリの態度も軟化している。
アカリが歩み寄りの姿勢を見せているのは、最初はレヴィのためであったが、今は己に惹かれ始めているのだと、テレンスは至極前向きに捉えていた。
(女の体に興奮を覚えたことはないが……。コイツは男のようなものだろう)
男性のような短髪に、アカリの平らな胸を目視したテレンスは、目を瞑れば抱けないこともないか、と考えていた。
自身の美貌と相手を口説き落とす能力に、絶対の自信を持つテレンスは、この旅でアカリと親密な仲になる時機をうかがっていた――。
皆は魔王討伐という、目先のことしか考えていないが、テレンスは違う。
魔王を討伐するのは当然のこと。
その後が、重要なのだ。
己の行動次第で、王位につける可能性が高まる。
(勇者アカリさえ落とすことができたなら、フワイト王国など問題にはならない)
エルネストなど、脅威ではない。
フワイト王国が戦争を仕掛けてきたところで、こちらには勇者がいるのだ。
何万もの軍が攻め込んでこようとも、テレンスはアカリを使って返り討ちにしてやる気でいた。
「そろそろ寝ようか。見張りの順番になったら教えてくれる?」
食事を終えて、欠伸を噛み殺すアカリが立ち上がり、テレンスはそっとアカリの体を支える。
「ああ、アカリの順番は来ないよ。私がやっておくから、安心して」
「っ、そんなのダメだよ!」
「ふふっ、アカリならそう言うと思った。でも、見張りくらいは私に任せてくれないか? きっとアカリが見張り番の時は、なにかあったらと思うと、私はうかうか寝ていられないだろうからね?」
「……なるほどね? レヴィくんがテレンスを好きになった気持ちが、今は少しだけわかった気がする……」
尊い身である己が、見張りをやる気などさらさらないのだが、『まるで本物の王子様みたいっ』と、アカリはテレンスを見直していた。
(……コイツの目は腐っているのか? どこからどう見ても、私は本物の王子様だろうが)
心の中で毒づくテレンスは、優しい笑みのままアカリを天幕へと送り届けていた。
そんなテレンスとアカリを見守る騎士たちは、誰も文句を言うことはない。
レヴィを慕う者たちは、なにか言いたげにしているものの、口をつぐんでいる。
いくらレヴィを不憫に思っていたとしても、勇者がドラッヘ王国に永住してほしいのが本音である。
それに、仮に皆がテレンスとアカリの仲をレヴィに密告したとて、テレンスはレヴィを言いくるめる自信があった。
(いい子で待っていてね、私の可愛いレヴィ――)
ドラッヘ王国の頂点に君臨する己の姿を想像し、テレンスは気分が高揚する。
国王となる己の隣には、アカリとレヴィの姿。
幸せな妄想を膨らまし、部下に見張り番を押し付けたテレンスは、さっさと眠りについていた。
テレンスは、お飾りの正妃として勇者アカリ、側妃は愛するレヴィを迎えるつもりだった。
伝説の不死鳥、バルドヴィーノに出逢うまでは――。
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