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しおりを挟む雲ひとつない青空が広がり、ひんやりとした涼しい風が吹き抜ける。
丸三日間寝ていたレヴィは、四日目の朝から魔物の住む森に向かっていた。
ふくらはぎを覆う程の丈の長さがあるブーツで、褐色の朽ち葉を踏み締める。
ぬかるんでいるからと、用意してもらったブーツだが、パリッと乾いた音を鳴らしていた。
「とってもいいお天気ですね?」
笑顔で話しかけたレヴィだったが、隣を歩くベアテルはなんとも言えない顔である。
だが、出発前のような緊張感は和らいでいた。
普段、腰に下げている細い剣ではなく、レヴィの背丈程の大剣を担いでいるベアテルは、猛者であるマクシムのように頼もしく見える。
(……あっ。静かにしないといけないんだった!)
魔物は音に敏感だ。
なるべく音を立てず歩くようにと言われていたレヴィは、慌てて口を閉じる。
しかし、邸を出発してからずっと辺りを警戒していたコンラートたちが、今はぼんやりとしており、レヴィが咎められることはなかった。
「まずは、近場にある川を見に行こう。その先は、俺たちでも迷うことがあるから危険だ」
「っ……道がわからなくなって、帰れなくなった人がいるんですか……?」
レヴィの問いに、ベアテルは答えない。
無言は肯定だと察したレヴィは、寒くもないのにぶるりと震えていた。
普段なら誰かが邸に残り、森に入った者が迷わないように、明かりを灯しているそうだ。
だが、本日はレヴィを心配する使用人たちが、全員ついてきてくれている。
万が一にも全員が失踪することになったら、と想像しただけで、レヴィは怖気付いていた。
「…………あなたがいれば、帰れないことはないだろう。だが、俺から離れないでくれ」
「っ、はいっ!」
おずおずとベアテルが手を差し出し、レヴィは飛びついていた。
ベアテルのそばなら安心できる。
ほっと安堵するレヴィだったが、どうしてかベアテルはフー、フー、と息を荒げていた。
「……ベアテル様、大丈夫ですか? 今からでも戻りますか?」
ベアテルの体調を気にかけるレヴィは、背後を振り返る。
レヴィの後を、ぞろぞろとついてきている屈強な使用人たち。
彼らもまた、各々武器を装備している。
王都の騎士たちが使用している剣とは違い、鈍器のようなものを持っている人もいた。
(あ、あんなので頭を殴られたら、ひとたまりもないっ)
彼らの中では細身のコンラートが、どの武器よりも重そうな鉄の球を所持しているのだ。
出発前、『命にかえてもお守り致します』と、ブォンと恐ろしい音を鳴らし、軽々と巨大な鉄の球を振り回すコンラートを思い出すレヴィは、魔物よりもコンラートを警戒していた。
しかし、味方であれば頼もしい存在でもある。
川を見に行くだけなら、彼らがいてくれれば大丈夫だろう、とレヴィは判断していた。
「もし体調が悪いのなら、ベアテル様は邸で休んでください。僕は、みんなと川を見てきますので――」
「っ、いや、大丈夫だ」
表情を引き締めたベアテルが歩き出し、レヴィは急ぎついていく。
辺りは明るく、真っ暗だった森とは思えない。
早めに切り上げれば、全員が迷子になることもないだろう。
(でもやっぱり、クローディアスくんがいてくれたらよかったのになあ……)
クローディアスに乗り、野原を駆け回りたいという、密かな願いが叶わなかったレヴィは、肩を落とした。
実は、クローディアスは今、先代辺境伯夫夫と共に別邸にいる。
行き倒れていたベアテルを救ってくれた恩人を、別邸でもてなしているため、ふたりは当分本邸に戻る予定はないそうだ。
頻繁に手紙のやりとりをしていたマクシムとも会いたかったレヴィは、残念に思っていた。
(辺境伯領の人たちは、いい人ばかりだ。きっとマクシム様だけでなく、夫人のエミール様も、心温かな人なんだろうなあ……)
レヴィが目を覚ました時、邸中がそれはそれは大騒ぎだった。
半日しか関わっていない使用人たちだが、泣いて喜んでくれたのだ。
レヴィが眠りについていたのは、おそらく己の能力の限界を超えたからだろう。
前回、クローディアスを治癒した時も、レヴィは三日程眠り続けていたのだ。
そのことを説明し、ようやく皆が安心していた。
そしてベアテルはというと、レヴィを休ませなかった己を責めていた。
だが、コンラートの話によると、ベアテルはずっとレヴィの手を握ってくれていたそうだ。
このままレヴィが目を覚まさなかったら、と思うと、眠れぬ夜を過ごしていたらしい。
(――僕にもっと力があったなら、ベアテル様に心配をかけさせることもなかったのに……)
「レヴィ様? ご気分が優れないようにお見受け致しますが、いかがなされましたか?」
レヴィの背後にいたにもかかわらず、浮かない顔をしていたことに気づいたのか、コンラートが気遣ってくれる。
他の使用人たちにも心配をかけないよう、レヴィは笑ってみせた。
「お天気がいいし、お弁当を持ってきたらよかったな、って思っていたんです。そしたら、みんなでピクニックができたのに、って」
「ふふっ、そうでしたか……。パンは持ってきておりますので、後でみんなで食べましょうか」
「はいっ! 僕、ピクニックは初めてですっ!」
「っ……なんと、おいたわしや」
予想外の返答に、レヴィは目を瞬かせた。
レヴィが目覚めた時にも泣いていたコンラートが、またしても目頭を押さえる。
「っ、ピクニック、だと思われていたのか……」
「それも、初めての……」
「なんということだっ!」
使用人たちがざわつき始めた理由がさっぱりわからないレヴィは、口を閉じていた。
(……みんなを元気付けようと思ったのに、なんだか逆効果だったみたいだ)
初めてのピクニックの場所が、魔物に汚染された地である『死の森』なのだ。
不吉な場所でしかないため、皆がレヴィを不憫に思わずにはいられなかった。
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