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しおりを挟む暖かな春を迎え、死の森に引っ越してきた動物たちが、新たな命を宿す。
先日は鹿の出産に立ち会い、またとない感動体験をしたレヴィは、涙が止まらなかった。
毎日のように家族が増えていき、レヴィも笑顔の絶えない日々を送っていた。
そんな賑やかなウィンクラー辺境伯邸の前には、大行列ができている。
領民だけでなく、各地から動物の治癒を望む者たちが集まっているのだ。
ドラッヘ王国の唯一の有能な獣医として、レヴィは引っ張りだこであった。
「おお! これが噂のスープかっ!」
「大金を積んでも、この地でしか口にできない、貴重なものだっ!」
死の森にて祈りを捧げるレヴィの耳に、行列に並ぶ人々の声が聞こえてくる。
レヴィに会うためなら、何時間待っても構わないと列をなす者たちのために、レヴィは栄養満点のスープを配っていた。
そのおかげもあってか、貴族と平民が同じ列に並んでいるにもかかわらず、トラブルになることもなかった。
(魔王討伐部隊が出立して、早いものでもう一年以上経っている……。なんの知らせもないけれど、ロッティさんは元気にしているのかな?)
愛する動物に囲まれ、とても充実した日々を送っているが、ロッティに会いたい――。
簡素な馬車に乗ってやってきた、ゆうに三百羽を超える鳥の大群の治癒を終えたレヴィは、小さく息を吐き出した。
「今日は終わりにするか?」
まだ治癒を始めたばかりなのだが、レヴィが疲労したと思ったのか、ベアテルが気遣ってくれる。
自他共に厳しいベアテルだが、誰の目から見てもレヴィにだけは甘いのだ。
「ふふっ、僕はまだまだ大丈夫ですよ?」
「…………あなたはここにいてくれるだけでいい。無理をする必要なんてないんだ」
甘やかしすぎです、と言おうとしたレヴィであったが、ベアテルに優しく微笑まれ、口を閉じる。
(ベアテル様は、どうしてこんなに良くしてくれるんだろう……? 僕だけ、特別扱いみたいだ)
ふたりの間に和やかな空気が流れていたが、黄金色の瞳は邸の方へと向けられた。
すると、コンラートが駆けてくる。
その背後には使用人たちもついてきており、皆の表情が強張っている。
フワイト王国の王族が、先触れもなしにレヴィを訪ねてきたのだ。
直様、緊急会議が開かれ、レヴィは只事ではないように感じていた。
「レヴィ様のスープが目的で、ここまでいらしたそうです。是非とも、レヴィ様にお目にかかりたいと仰られています。マクシム様とエミール様もご一緒ですが……。ベアテル様、いかがいたしますか?」
迷うところではないというのに、腕組みをするベアテルは険しい表情だ。
ベアテルの両親にも挨拶をしたかったレヴィは、「お会いしたいです」と口にしていた。
そして、邸に戻って迎えるのかと思いきや、何台もの馬車が通される。
その中でも一際大きな馬車からは、真っ白な丈の長い衣装を身に纏う、長身の男性が降りてくる。
長い髪を編み込んだ独特の髪型と、深緑色の瞳。
自信に満ち溢れたオーラを放つ男性は、鎖を手にしていた。
「行くよ、レイバン」
細身の男性に、優しく名を呼ばれて顔を出したのは、くあっ、と欠伸をした白い虎だった。
美しい青い瞳に、レヴィの目は釘付けになる。
(っ、まさか、ホワイトタイガー!? フワイト王国の守り神だっ!)
フワイト王国で大切にされている守り神が、他国を訪問したのは初めてではないだろうか。
感動するレヴィであったが、レヴィを容易く丸呑みできる程の大きな口からは、岩をも噛み砕けそうな鋭い牙が覗く。
太い鎖に繋がれているものの、まるで己が王族であるかのようにゆったりと歩く白虎に、レヴィは緊張で手に汗をかいていた。
だが、レヴィを守るように前に出たベアテルは、白虎にも恐れることはない。
誰よりも勇敢な男の広い背に、レヴィは尊敬の眼差しを向けていた。
「大人しい子ゆえ、ご安心を。我が国では、この子は幸運をもたらす守り神と言い伝えられている。ドラッヘ王国のドラゴンと同じように、ね?」
レヴィに向かって片目を瞑った男性が、快活な笑みを浮かべる。
彼に似た人物を知っているレヴィは、自然と笑みを浮かべていた。
「――弟から話は聞いている。会えて嬉しいよ」
「お初にお目にかかります。レヴィ・シュナイダーと申します。エルネスト様には大変お世話になっております」
エルネストの兄――セドリック王太子と握手を交わしたレヴィだが、ぴしりと固まる。
レヴィの足元で座り込んだ者から、自己紹介が始まったからだ。
『お初にお目にかかります。私は、レイバンと申します。ウィンクラー辺境伯夫人にお会い出来て光栄です』
「っ、噂以上だ。レイバンはのんびりとした性格だが、人間に懐くような子じゃないんだ。エルネストなど、撫でさせてももらえないのに――」
セドリックが驚きに瞳を輝かせているが、レヴィはそれどころではなかった。
(とても礼儀正しい子だけど、なにか勘違いしてないかな? 僕は、ベアテル様の伴侶ではないのだけど……)
否定しようにも、レヴィの周りには多くの人が集まっている。
『エルネストからの文に、いつもウィンクラー辺境伯夫人のことが書かれていましたので、ずっとお会いしたいと思っていたのです。魔物の王が討伐されたおかげで、ようやくこちらまで出向くことができました』
「っ……!?」
『具合の悪いふりをするのは、なかなか骨が折れましたが……。絶品のスープのおかげで、長生きできそうです。我らの寿命は、ドラゴンに比べると短いので――』
流暢に話すレイバンが、とても大切なことを伝えてくれているのだが、レヴィは信じられない思いでベアテルを見上げていた――。
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