召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

文字の大きさ
74 / 131

70

しおりを挟む


 皆が寝静まった頃、レヴィはこっそりと死の森に向かった。
 暗闇の中で治癒をするのは、初めての経験だ。
 動物たちにも迷惑をかけてしまうだろうと予想していたが、夜行性の動物もいる。
 昼間と同じように動物たちと会話を楽しみ、特に問題なく治癒を終えていた。

(こんな時間に起きているだなんて、悪いことをしてる気分……)

 辺りを警戒しながら自室に戻れば、泣き疲れたスザンナと、明日の為に早寝をしたマリアンナが、レヴィの寝台で仲良く眠りについていた。
 可愛らしいふたりを見ているだけで、レヴィはほっこりとする。

「よし、徹夜で頑張ろうっ!!」

 気合を入れたレヴィは、机に向かう。
 マリアンナが動きやすいよう、レヴィは動物たちから得た情報を、紙に書き出すことにした。
 名前と特徴、好きな食べ物。
 普段の生活で困っていることや、改善点をまとめていく。

「これさえあれば、きっとうまくいくはずだ!」

 間違いがないかを何度も確認するレヴィは、ふと手を止めた。

(――ベアテル様は、マリアンナ様を選ぶことになるのかな……?)

 ベアテルと離縁しようと動いているというのに、レヴィはどうしてかマリアンナを選んでほしくはないと思っている。
 相手がマリアンナだからではない。
 レヴィより治癒能力が優れているスザンナでも、嫌な気持ちになる。

「っ、僕、悪妻を演じたからか、本当に我儘な人になっちゃったみたい……」

 聖女としては失格だ。
 醜い感情に嫌気がさすレヴィは、堪えきれずに深い溜息を吐き出した。

(治癒の力を利用されてもいい、って言い切ったマリアンナ様は、本当に凄いや……)

 出産を経験すると、聖女の神秘的な力は弱まる傾向にある。
 もし、レヴィがこのまま辺境伯夫人として、ベアテルの子を産むことになれば、力は衰えるだろう。
 そうなれば、将来的には、レヴィがベアテルに切り捨てられる可能性が高い。

 だからレヴィは、ベアテルが治癒の力を必要としているか否かを、どうしても確認したかった――。

「ほんのこれくらいでいいから、僕に興味を持ってくれていたらなあ……」

 ポケットからベリーの実を取り出したレヴィは、小指の爪と同じくらいの小さな実を摘む。
 もし、ベアテルがレヴィ自身に僅かにでも好意を抱いてくれていたなら、離縁する必要はない。
 いつの日か、レヴィの治癒の力が失われたとしても、ベアテルならそばにいてくれそうだと思う。

 しかし、この一年を振り返ってみても、ベアテルがレヴィに好意を抱いているとは思えない。
 動物の治癒をするレヴィを、ベアテルはいつも気遣ってはくれている。
 だが、休みを言い渡されたことは一度もない。
 無論、レヴィも休みたいと思ったことはないわけだが、働き詰めだったように思う。

(それに、好きなら好きって言うよね……? テリーはいつも、愛してるって伝えてくれていたし、僕に治癒を求めたりなんかしなかった……)

 誠実なベアテルであれば、想いを寄せる相手には言葉を尽くすだろう。
 嘘のつけない人だからこそ、レヴィに愛を囁くことなく、伴侶として迎えたのだ。
 だからベアテルは、レヴィ個人に関心などない。
 そう結論に至り、胸が苦しくなった。


 生涯を共にする伴侶として、レヴィが無意識のうちに基準としていたのは、長年友好的な関係を築いていた、テレンスの行動だった――。


 ふたりを起こさぬよう、寝台の端に寝転ぶ。
 悶々と考え込んでいたレヴィは、明け方に眠りについていた。


 その後、隣で目覚めたスザンナが、愛する天使の寝顔を目撃し、歓喜で震えていたことを、レヴィは知る由もなかった――。







「うわっ、寝坊しちゃった! ……ううん、寝坊していいんだった……。でも、やっぱり気になるっ」

 誰もいない寝台で飛び起きたレヴィは、急ぎ支度を始める。
 レヴィが顔を出す必要はないのだが、マリアンナが心配だ。
 それに、ベアテルがどんな反応をするのかが、どうしても気になる。

 すれ違う使用人たちに挨拶をしつつ、皆がいるであろう死の森に向かうレヴィは、いつのまにか早足になっていた。

『キタ!』

『オソイヨ!』

『ハヤク、ハヤク!』

 レヴィの頭上を飛び回る鳥たちが、ベリーの実を催促している。
 マリアンナは、鳥たちには餌をあげていないのだろうか? と疑問に思いつつ、レヴィはポケットに手を突っ込む。
 そして仲良く並ぶふたりの後ろ姿が見えた瞬間、今まで動き続けていたレヴィの足は、ぴたりと止まっていた。

(っ、そっか。スザンナ様だったか……)


 ベアテルと並んでいるのはマリアンナだが、馬に祈りを捧げるスザンナを、ベアテルが食い入るように見つめていた――。


「あの子は、甘いものが好きみたいです。オヤツには、林檎を与えてあげたら仲良くなれるかと」

 そしてベアテルを見上げるマリアンナが、にこにことしながら話しかけている。
 レヴィが教えた内容を、短時間で覚えてくれたのだろう。

(……腕が、触れそうだ)

 レヴィといる時よりも近い距離。
 マリアンナは、レヴィのために動いてくれているのだが、もやもやとした気持ちになる。
 知らぬ間にむっと口を尖らせていたレヴィは、回れ右をした――。

「っ、」

 だが、レヴィは動けない。
 ベアテルに左腕を掴まれていたのだ。
 決して自らレヴィに触れてくることのないベアテルに、だ。
 驚きで目を見張っていたレヴィは、険のある鋭い黄金色の瞳に射抜かれ、息を呑む。

「あっ。レヴィ様! おはようございます! まだお休みになっていらしてよかったのにっ」

 ベアテルの纏う空気がいつもとは違う。
 今にも噛みつかんとする獣のようだ。

「馬はスザンナ様が担当してくださって、あとは私が朝ご飯をあげたんですよっ! みんな大人しくてとっても可愛かったですっ!」

 身動きの取れないレヴィは声も出なかったが、マリアンナはベアテルの変化に気付いていないのか、楽しそうに話し続けている。

「最初は不安しかなかったんですけどっ。これからは、毎日動物に囲まれて過ごせるだなんて、幸せだなって思いますっ!」

「っ、痛ッ」

 掴まれている腕に力が入り、レヴィは思わず声を上げる。
 すると、ふたりの異変に気付いたマリアンナが、ハッと口を閉ざす。
 ベアテルは手を離してくれたが、何事だと使用人たちが集まり始める。
 しかし、レヴィは使用人たちを気遣う余裕はなかった。

(っ……僕が、辺境伯夫人としての役目を疎かにしたことを、怒っているんだ……)

 この時、レヴィは初めて、ベアテルから幻滅するような瞳を向けられていたのだ。
 ベアテルが最も必要としているのは、レヴィの持つ治癒の力だと確信した。

「話がある」


 問答無用で連行されるレヴィは、ベアテルから別れを切り出されるのだと察し、胸に波のような悲しみが押し寄せていた――。















しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...