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ベアテルに手を引かれたまま邸に戻り、最上階に向かう。
円満に離縁したいと思っていたレヴィだが、今はなにも聞きたくない――。
レヴィが足を踏ん張って拒否すれば、ベアテルが振り返った。
「や、役目を果たせなかったことは、申し訳ないと思っています。僕のすべき仕事を、他の人に任せてしまったことも……」
レヴィは誠心誠意謝罪したが、そう簡単に許すことはできないのだろう。
怒りを堪えているかのように、長く息を吐いたベアテルは、その場で片膝をついた。
その姿は、まるでレヴィに忠誠を誓う騎士のようだ、とレヴィは思った。
「っ、ひゃっ!!」
無言のベアテルがすっと立ち上がり、レヴィの目線も高くなる。
強引に引き摺って行くことはなかったものの、レヴィに拒否権はないのだろう。
気付けばレヴィは、ベアテルに抱き抱えられていた――。
ベアテルの行動が理解できないまま、レヴィに与えられた部屋の隣の部屋に辿り着く。
一年程前に、ベアテルを治癒した部屋だ。
そして、当主の部屋でもある。
(ここからはじまり、ここで終わりを迎える……)
ベアテルに、幼子のように抱き抱えられたまま、レヴィは離縁を覚悟した――。
部屋の中は、以前と変わらず広い寝台しかないものの、窓から陽の光が差し込んでいる。
その光に反射する、きらきらとした液体を前にしたレヴィは、驚かずにはいられなかった。
「っ、これは……ッ!」
戸惑うレヴィを寝台におろしたベアテルが、おもむろに懐から取り出した貴重なもの。
銀色の粒子が煌めく液体は、稀少なドラゴンの鱗を使用した秘薬だ。
「飲むか?」
「っ……」
てっきり離縁を言い渡されるのだと思っていたレヴィは、開いた口が塞がらない。
レヴィも一度しか見たことのないそれは、容易く入手できるものではない。
とんでもない価値があるものだ。
それをあっさりと渡されたレヴィは、小さな瓶を持つ手が、これでもかと震えてしまう。
(……これを飲んでしまえば、僕はベアテル様との子を身ごもってしまうっ)
ベアテルとの間に子が産まれたとしても、いつか別れが来る。
今はまだ辺境伯夫人であるレヴィの子は、いずれウィンクラー辺境伯家の後継者になるだろう。
そうなれば、追い出されるのはレヴィのみ。
まだ見ぬ我が子と離ればなれになると、考えただけでも胸が痛むレヴィは、首を横に振っていた。
「の、飲みたく、ないっ。だって、僕……」
レヴィが理由を話す前に、ベアテルが、ふっと笑った。
普段、レヴィに見せていた優しい笑みではない。
まるで別人と話しているかのように感じているレヴィは、秘薬を落とさないように必死だった。
そんなレヴィの手から瓶を奪ったベアテルは、「俺の言い方が悪かったな」と謝罪した。
「あなたが自分で飲むか。それとも、俺が飲ませるか――。どちらがいいかと聞いたんだ」
「っ、」
驚愕するレヴィを見下ろすベアテルは、片手で小瓶の蓋を開けた。
「どうする?」
「っ……」
優しく問いかけられたが、レヴィは混乱する。
飲まない、という選択肢は、ない――。
(っ、どうにかして、逃げないと……)
今のベアテルは、おそらく怒りで我を忘れているのだろう。
話し合うことは不可能だ、と悟ったレヴィは扉に視線を走らせたが、恐怖から立ち上がることすら出来なかった。
とん、と肩に優しく触れられただけだというのに、レヴィの体はあっさりと寝台に転がる。
驚くレヴィの顔の横に、ベアテルが手をついた。
「っ、」
息もかかりそうなほどの距離で見つめられ、レヴィはカッと頬が熱くなる。
恥ずかしくて身を捩るが、どう頑張っても逃げ出せない。
聖女として清い生活を送っていたレヴィには、心臓に悪い距離だ。
「決められないのなら、俺が飲ませる。あなたがどれだけ嫌がろうとも、今のあなたは俺の伴侶だ」
有無を言わせぬ態度のベアテルが恐ろしいはずなのに、レヴィの胸に喜びが広がってしまう。
将来のためにも、拒否しなければならない。
だが、急にベアテルが秘薬を口に含み、レヴィは目玉が飛び出そうになっていた。
(っ、僕が飲むべきものなのに……っ。なんでっ)
混乱するレヴィの口は、ベアテルによって塞がれる――。
しっとりと濡れた唇の感触。
思考が追いつかないレヴィには、火傷するほど熱いように感じられた。
訳もわからぬままぺろりと唇を舐められ、肌が粟立つ。
びくっと震えたレヴィが、反射的に口を開けば、温かな液体が喉を通っていく。
「――……んんんっ!」
拒否しなければならないというのに、顔を押さえつけられ、口内に秘薬が溢れる。
引っ込んでいた舌を絡め取られた瞬間、レヴィの思考はぱっと弾け飛んだ。
秘薬の味か、ベアテルの舌なのか。
今まで味わったことのない、酷く甘美なものだった――。
「っ……は、ぁ……んんっ」
口の端から、稀少な秘薬が零れ落ちていく。
秘薬を欲しがっている者は、ごまんといる。
罰当たりなことをしてしまっているのだが、レヴィは何も考えられなくなっていた――。
「……ふ、ぅ……」
もう秘薬は注がれてはいないというのに、ゆっくりと舌を絡ませ続ける。
全身の力が抜け、頭がぼんやりとするレヴィの手は、いつのまにかベアテルにしがみついていた。
優しく頬を撫でられながら、レヴィの聞いたことのない淫靡な水音が耳の奥で響く。
唇が、脳が、蕩けてしまいそうだ――。
夢心地になっていたレヴィから、そっとベアテルが離れる。
薄らと瞳を開ければ、熱の孕む黄金色の瞳にじっと見下ろされていた。
「――レヴィ」
「っ、」
レヴィのだらしなく開いてしまっている口の端を拭うベアテルが、低く囁く。
いろんな人に名を呼ばれてきたが、レヴィの胸はどうしようもないほど高鳴る。
悲しくもないのにじわじわと涙が込み上げてくるレヴィが、ぎゅうっと服にしがみつけば、優しい口付けが降ってきた。
「……んっ」
そっと唇を食まれる。
小鳥たちがするような、可愛らしいものだ。
まるでレヴィを愛していると、言われているような気分になる――。
音もなく離れていき、レヴィのとろんとした瞳はしとどに濡れる唇を追う。
「ぁ……ベアテル、さま……んんぅ」
自分でも恥ずかしくなるほどの甘ったるい声で、レヴィはベアテルの名を呼んでいた。
ベアテルが獣のように唸り、だが、そっと優しい口付けが繰り返される。
(昼間から、こんな卑猥なことをしてはいけないのに……)
頭ではわかっているのに、ベアテルに愛されているような錯覚に陥るレヴィは、いつまでもベアテルから離れられなかった――。
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