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しおりを挟むドラゴンと会話が可能だということは、皆が事前に知っていた。
しかし、実際に脳に直接声が届いた時には、誰もが信じられない思いでドラゴンを見上げることしかできなかった――。
『この地を統べる者よ』
ゆったりと告げたリンドヴィルムが国王に顔を近付け、ヴィルヘルムは息を呑む。
ドラゴンの瞳は、レヴィと同じ薄紫色。
神秘的な色だ。
だが、間近で見れば、宝石のような輝きを放つレヴィの瞳とはまったく違う。
ギラギラとした眼光は、すべてを見透かしているような瞳だった。
「国王陛下っ」
極度の緊張状態のヴィルヘルムに、レヴィはこっそりと声をかける。
国王を見下ろすなどあってはならないことだが、今は致し方ないだろう。
(人間とドラゴンの交流だっ!)
緊張が解けるよう、レヴィは笑みをこぼしたが、ヴィルヘルムは硬直したままだった。
なにせ、悠然とした態度のリンドヴィルムだが、舌の上にレヴィを乗せた状態のまま語ったのだ。
その衝撃的な光景を、そう簡単には受け止められなかった。
『お主の息子には、我の大切な愛し子が随分と世話になったな』
「っ……」
リンドヴィルムに話しかけられたヴィルヘルムだけでなく、王族全員が顔を強張らせた。
思っていたような反応が返って来ず、レヴィは内心、首を傾げる。
(……あれ? どうしたんだろう? リュディガー王太子殿下の後押しがあったおかげで、今の僕があると言っても過言ではないのに……)
「っ……リンドヴィルム様がお怒りだっ!」
テレンスには天罰が下されるなどと、腰を抜かしたままの貴族たちがざわめく。
彼らの視線が顔面蒼白の王族に集まり、責任を取れと言いたげな眼差しだった。
迫力のある顔のせいか、人々はリンドヴィルムが告げた「息子」は、テレンスのことだと思い込んでいたのだ――。
(っ、ご、誤解されてる!? ここは、僕が通訳の仕事をしないとっ)
王族の反応を待っているリンドヴィルムは、お茶目な性格だ。
おそらく、わざとリュディガーの名を出さなかったに違いない。
もしくは皆の予想通り、テレンスにも怒っているのかもしれないが……。
それでも、ドラゴンと人間が交流する日を楽しみにしていたレヴィは、急ぎ口を開いていた。
「僕は、この国の勇敢な騎士の方々のように、魔物を倒すことはできません。僅かな治癒の力しかありませんでした。それでも何かしらの形で役に立ちたいと、ずっと思っていました」
突然なにを言い出すのかと、レヴィに視線が集中する。
「僕の願いが叶ったのは、当時、何の功績もない僕に、手を貸してくださったお方がいたからです」
レヴィが言葉を区切る。
皆はベアテルのことだと思っているが、レヴィはリュディガーを見ていた。
そのことに気付いた者たちが、瞠目する。
最前列にいる王族だった。
「リュディガー王太子殿下が協力してくださったおかげで、僕は人間ではなく、動物の治癒というお役目を果たすことができたのです。そして、リンドヴィルム様とも交流することができました。リュディガー王太子殿下には、心から感謝しております」
「っ……レヴィッ」
震える声でレヴィの名を呼んだマティアスが、崩れ落ちる。
テレンスには酷い仕打ちをされたというのに、レヴィは王族のため、貴族たちを混乱させないために声を上げたのだ。
その気持ちが伝わったのか、マティアスは頭を下げ続けていた――。
『皆の者、よく聞け。我が鱗を与えたのは、レヴィ・ウィンクラーただひとり』
「「「…………っ!?」」」
リンドヴィルムが語り出す。
アーデルヘルムの名を出してはいないが、レヴィ以外に鱗を与えた覚えはないとリンドヴィルムが告げたことで、人々は騒然とする。
なんとか乗り切れたと思ったレヴィだったが、今度こそ言葉が見つからない。
アーデルヘルムの件に関しては、部外者であるレヴィは口をつぐむ他なかった。
そしてドラッヘ王国の民にとっては英雄だったアーデルヘルムが、実はドラゴンの鱗を盗んだ罪人だと知ることとなった――。
「リンドヴィルム様。私の先祖が無礼な真似をしたこと、謹んでお詫び申し上げます」
真っ先に謝罪の言葉を告げたのは、リュディガーだった。
こうべを垂れるリュディガーを、リンドヴィルムは見定めるような眼で見下ろしていたが、ふっ、と笑った。
『そう心配せずともよい。我はあの強欲な人間を、今は憎んではおらぬ。我が愛し子と初めて言葉を交わした日。かの者の所業を、代わりに詫びてもらっておる』
「「「――……ッ!!!!」」」
ハッと顔を上げたリュディガーの紫色の双眸と視線が交わる。
(すぐに受け入れられるような話ではなかったのに、真っ先に謝罪したリュディガー王太子殿下は、やっぱり次期国王陛下に相応しい人だ)
レヴィが微笑みかければ、リュディガーは今にも泣きそうな顔で笑った。
『我だけでなく、不死鳥が真の主人と認めたのは、レヴィだけだ。そのことを、心に留めておけ。そして、愛し子の血を継ぐ者がいる限り、我はこの国の守護神として、民を見守り続けていくことを誓おう』
「っ、あ、ありがたき幸せに存じます」
どうにか答えたヴィルヘルムを、リンドヴィルムが一瞥する。
そして、新たな助言をした。
『我は愛し子の伴侶も可愛がっておる。獣と蔑むような態度を取れば、身を滅ぼすことになるだろう』
以上だと、リンドヴィルムは人々に背を向ける。
銀のドラゴンが、颯爽と飛び立つ。
とても静かな旅立ちであった――。
「っ、リンドヴィルム様? ベアテル様のことを気にかけてくれて、僕は嬉しく思いますけど……。ちょっと脅しすぎなんじゃ……?」
リンドヴィルムの助言により、誰も「人喰い熊」の異名を口にすることはないだろう。
だが、人間とドラゴンの初めての交流は、果たして成功したのだろうか。
不安に思って問いかけたが、リンドヴィルムは特段気にしていない。
『心配せずともよい。ほら、見てみろ』
リンドヴィルムが上空を旋回し、レヴィは大勢の人が集まる場を見下ろす。
しんと、静まり返っていたが、その後に津波のような歓声が起こる。
残された魔王討伐部隊は、例年以上の大歓声に包まれ、魔王討伐に向かうこととなっていた――。
『今は分かり合えずとも、後に我に感謝することになるだろう。ベアテルを獣と蔑むことは、レヴィの子も獣だと蔑むことになるのだからな?』
「っ……」
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