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しおりを挟む死の森の動物たちが、冬眠の準備を始めている傍らで、一国の王が長寿の亀に挨拶をする。
動物に対しても丁寧な対応をするリュディガーを見上げ、レヴィは顔を綻ばせた。
「アクパーラ様は、長生きがしたいので、冬眠はしないそうです」
「なるほど……。冬眠は体に負担がかかる、というわけだな?」
『その通りじゃ! お主は、稀に見る聡い王じゃ』
ほっほっほ、とのんびりと笑うアクパーラだが、なんとも失礼なことを話している。
リンドヴィルムは許しを与えたものの、長寿な生き物たちの間では、アーデルヘルムが盗人であることは知れ渡っているのだ。
故に、アクパーラも王族を毛嫌いしていた。
(でも今は、これからもっと良好な関係を築けそうな予感がするっ!)
レヴィが期待の眼差しを向ければ、リュディガーは相変わらずの無表情。
だが、アクパーラと目線を合わせるように身を屈めている。
巨大な亀に興味津々なのだろう。
そのことを嬉しく思うレヴィは、余計なことは通訳せず、にこにことしながら見守っていた。
「陛下、そろそろ時間です」
リュディガーに声をかけたのは、国王の護衛を任されているジークフリートだ。
かつてはテレンスの尻拭いばかりだったが、今では他国の人間にも一目置かれている、王の盾。
未婚の侯爵家の跡取りということもあり、若者たちからは大層人気があるそうだ。
そして、ベアテルとレヴィの親友でもある。
「レヴィ様。困ったことがあれば、いつでも呼んでください。俺が助けに向かいます」
「ふふっ、ジークフリート様は陛下のおそばにいないと。お気持ちだけ受け取っておきますね?」
「いえ。陛下のことは、エミール殿に任せますよ。これでも俺は、勇者様と魔王を倒した経験が――」
「――レヴィ」
まだ話の途中だったというのに、ベアテルがジークフリートの言葉を遮る。
黒地の戦闘服に身を包んだベアテルは、何年経っても変わらぬ美貌を保っている。
英雄ではあるが、愛妻家でも有名なベアテルは、レヴィの自慢の伴侶だ。
「たまにしか会えないんだから、少しくらい話してもいいだろ……」
ベアテルに恨めしい目を向けるジークフリートが、不貞腐れたように呟く。
(もしかして、ベアテル様はジークフリート様を、牽制、したのかな……? でも、愛されているってことだよね?)
毎日マーキングをしているのだが、ベアテルは少しだけ嫉妬深いところがある。
だが、レヴィだって似たようなものだ。
愛情深く、心優しい伴侶に、レヴィはとびっきりの笑顔を向けていた。
勇者が異世界に帰還して、早五年――。
あれから、異世界から勇者を召喚せずとも、国の平和は保たれている。
勇者の役割の一端を担うレヴィは、これから三度目の魔王討伐に向かう予定だ。
「此度も、無事の帰還を祈っている」
リュディガーからお言葉を頂戴し、レヴィはこうべを垂れる。
魔王の棲家には『死の森』を通過した方が早く、今では危険な場所ではなくなったことを知ったリュディガーが、王宮で見送りをする恒例の儀式を取りやめ、自ら足を運んでくれていた。
それもこれも、すべてはレヴィの為なのだから、リュディガーには頭が上がらない。
「必ずや魔王を討伐して参ります」
三度目の魔王討伐ということもあり、ベアテルは余裕の態度。
だが、そんな凛々しいベアテルが片手に抱いているシャイな男の子は、父親の胸に顔を埋めたまま動かない。
ウィンクラー辺境伯家嫡男――ルーカスだ。
緩くウェーブするダークブラウンの髪に舞い落ちた花弁雪が、ゆっくりと溶ける。
すると、最高に可愛い熊の耳が、ぴくっと震えるように反応した。
「っ、なんて可愛いんだろう……」
魔王討伐に向かう直前ではあるが、緊張感のかけらもないレヴィの発言に、ベアテルは機嫌良さそうに笑った。
「ルーカス、いってくるね。お留守番、頼んだよ」
「…………」
優しく声をかけたレヴィは、ベアテルにそっくりの息子を抱きしめる。
頬にキスをすれば、滅多に表情を変えないルーカスが、珍しくむっとしていた。
五歳になっても一言も話さないのだが、レヴィはルーカスの僅かな表情の変化を読み取り、もう一度頬にキスをする。
「寂しい思いをさせてごめんね。でも、すぐに帰ってくるから」
「…………」
レヴィが大好きなルーカスが、ぎゅうぎゅうと抱きついて離れない。
五歳児だというのに、その力はとんでもなく強かった。
「ううっ! すでに、僕より強いかも……」
『おい、ご主人様を困らせるなよ』
ルーカスの肩に止まった不死鳥が、ツンツンとちょっかいを出す。
するとルーカスは、渋々レヴィから離れた。
『まったく。父親に似て、甘えん坊だぜ』
「っ、まだ五歳なんだから、甘えん坊でいいの!」
一言多いロッティに、レヴィが言い返す。
これから、最低でも二カ月はそばを離れることになるのだから、寂しいに違いない。
(本当なら、僕だって離れたくないもん……)
それでもレヴィには役目がある。
「ルーカスが、ベアテル様みたいな立派な騎士になった時は、一緒に行こうね?」
レヴィの話が理解できたのか、きらきらと瞳を輝かせたルーカスは、こくりと頷く。
なにをしても可愛くてたまらない。
ルーカスを抱きしめていれば、不死鳥の全身を纏う炎は弱々しくなっていた。
どうやらロッティは拗ねているらしい。
だが、レヴィがロッティの顎の下をくすぐれば、すぐに炎は燃え盛る。
「ふふっ。実は、ロッティさんが一番甘えん坊だったりして……」
『は、はあ!? この俺様が、甘えん坊だと!?』
「ルーカスと離れるのが寂しいんですよね? 甘えん坊で、寂しがりやさんの不死鳥だっ」
『っ、はああああ~~~~!?!?』
プライドの高い不死鳥がぎゃーぎゃーと騒いでいるが、レヴィは微笑ましい顔で見守る。
なんだかんだで、ルーカスを一番可愛がっているのはロッティだ。
常に一緒に過ごしており、早く話せるようにと、返事がなくともたくさん話しかけてくれている。
(ただ……ロッティさんの声は、僕以外には聞こえていないと思うんだけど……)
ルーカスは、治癒の能力を持っていない。
だが、ベアテルのように剣の才能がある。
魔王討伐経験のある使用人たちと、幼い頃から剣を交えるルーカスは、将来は父親に似た英雄になるだろうと、レヴィは思っていた。
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