召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

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『さて、出陣するか』

「「「っ、」」」

 どこからともなく現れた銀のドラゴンに、リュディガーや護衛の者たちが息を呑む。
 何人かは腰を抜かしているが、リュディガーはなんとか耐えていた。
 太陽の光を利用しているのか、姿を消すことができるリンドヴィルムは、こうして度々人間を驚かせて楽しんでいるのだ。

(……また、わざと怖がらせるような顔をしてる)

 リュディガーを見下ろすリンドヴィルムは、やはり悪人面である。
 だが、リンドヴィルムは興味のない者は視界にすら入れないことを、レヴィは知っていた――。

「私は、リンドヴィルム様に嫌われているのだろうか……? レヴィ、はっきりと言ってほしい」

 リュディガーに耳打ちされたレヴィは、ニコッと笑った。

「そんなことはないですよ? 陛下を驚かせて、楽しんでいるだけです。リンドヴィルム様は、かまってほしいだけだと思います」

『っ……なにを言っておるのだ。我は、そのような幼稚な生き物ではないぞ?』

「ほら。嫌いだなんて言っていませんよね? 陛下の気を引きたいだけなんです。お茶目なだけなんですよ?」

 ひんやりとした鱗に触れて笑うレヴィを、皆が唖然として見ている。
 いくらレヴィが愛し子でも、不敬な発言でドラゴンを怒らせたら大変なことになるとでも思っているのだろう。
 だが、リンドヴィルムだけは笑っていた。

『くっくっく……。さすがは我のご主人様』

 透き通る羽根に優しく包み込まれ、レヴィは胸を張る。
 ドラゴンの体はひんやりとしているのだが、心はとてもあたたかいことを、レヴィは知っている。

『ご主人様が話した通り。我は、お主のことを嫌ってはおらぬ。王女が誕生した時点で、お主なら気付くとは思ったが……。どうやら伝わっていなかったようだな』

 リンドヴィルムの話した王女とは、聖女の資格を持つ、レイチェル王女のことだ。
 男児を期待する声が多い中で誕生したレイチェル王女を、ウィンクラー辺境伯家だけは諸手を上げて喜んでいた。

『なぜ、王族に女児が恵まれなかったのかを、お主ならわかっておるとは思ったが?』

「っ……まさか、そういうことでしたか……」

 片膝をついたリュディガーが歓喜に震える。
 そばにいたジークフリートが、通訳を求めている気がしたレヴィは、こっそりと教えることにした。

「清い魂を持つ者に、神が特別な力を与えることで聖女が誕生すると言い伝えられています。つまり、レイチェル王女は、王族の中ではリンドヴィルム様に、だということになります」

「っ、」

 エメラルドグリーンの瞳が、驚愕に見開かれる。
 盗人であるアーデルヘルムの子孫だからか、今まで王族に聖女の資格を持つ者が生まれなかったのかもしれない。
 それでも、リュディガーの代で王女が誕生したのは、リンドヴィルムが許しと祝福を与えたのだと、レヴィは考えている。

「だから、リンドヴィルム様は、陛下のことを嫌いなはずがないんです」

「「「っ……」」」

 これで信じてもらえたかと微笑むレヴィを、皆が恍惚とした表情で眺めていた――。



「レヴィ、気をつけてな。ルーカスのことは任せておけ。寂しい思いをさせないようにする」

 頼もしいマクシムに、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 この時ばかりは、ベアテルもなにも言うことはない。
 ただ、鋭い目付きは、父親を見るような目ではないような気もするが……。

 それから皆に見守られながら、レヴィはリンドヴィルムの口内に足を踏み入れる。

「では、いってきます!!」

 大きな羽を広げたリンドヴィルムが、ふわりと舞い上がった瞬間――。
 マクシムに抱かれたルーカスが、レヴィに向かって小さな手を伸ばす。


「ごしゅじんさまっ!!!!」


「「「っ…………」」」

 高く、可愛らしい声に、その場にいた全員が反応する。
 なんと、初めてルーカスが喋ったのだ。
 だが――。

「今、ご主人様、と言わなかったか……?」

『うんっ! 僕もそう聞こえたよっ!』

 感動したのも束の間、聞き間違いかと、レヴィはベアテルと顔を見合わせる。
 ベアテルを乗せているクローディアスも、ふんすふんすと鼻息荒く、興奮していた。

「もしかしてっ。ルーカスは、動物の声が聞こえているのでしょうか……?」

 レヴィをご主人様と呼ぶ者は、動物だけだ。
 動物の声が聞こえていなければ「ご主人様」と、するりと言葉が出てくるはずがない。

「…………いや。単に、リンドヴィルム様の真似かもしれない」

 喜ぶにはまだ早いと、ベアテルが冷静に告げる。
 皆が固唾を飲んで見守る中、ルーカスはこてりと首を傾げていた。
 話しやすいよう、リンドヴィルムが身を屈める。

「あのね? 僕は、ルーカスのお母さんだから、ご主人様ではないんだよ? 母様、って呼んでくれたら嬉しいな」

「…………」

 切れ長の黄金色の瞳を、まっすぐに見つめる。
 ぱちぱちと目を瞬かせたルーカスは、困惑しているのかもしれない。
 そう思った矢先――。


の、母様?」


「「「っ……!?!?」」」

「お、俺様……? さすがベアテルの息子。既に偉そうだ……」

 急に話したことに皆が驚き、ジークフリートの失礼な発言が聞こえた気がした。
 しかし今は、注意している場合ではない。
 
「やっぱり、ルーカスは動物の声が聞こえるんだと思います。だって、自分のことを『俺様』って言う友は、ひとりしかいないんです」

 そろそろと逃げ出そうとしている不死鳥に、レヴィがじっとりとした目を向けた。
 皆の視線が集まり、ロッティは急ぎ空へと舞い上がる。

『っ……!? 俺様は教えてねぇぞ!? わざとじゃねぇからな!?』

「ロッティ様は、自身のことを『俺様』と話しているのか……」

「威厳のある不死鳥に、ピッタリではあるけど」

 使用人たちに褒められたと思ったのか、不死鳥は機嫌よく、ぼうっと口から炎を吐く。
 反省の色が見られないロッティを見上げるレヴィは、ぷるぷると震えていた。

「でも、ルーカス様が言うのはちょっとなあ……」

「ああ。生意気だと思われそうだよな?」

 レヴィが怒っていることに気付いたのか、ロッティは一番安全な場所である、ルーカスの肩に止まった。

『うっ……。わりぃ。おそらく、俺様のせいだ』

 レヴィとロッティを交互に見て、空気を読んだ様子のルーカスが、ぺこっと頭を下げた。

「わりぃ」

「「「っ……」」」

(っ、いやああああーーーーっ!!!! 僕の可愛いルーカスが、俺様になっちゃうよぉ~~っ!!)

 素直に謝罪できるルーカスは、とんでもなく可愛いのだが、レヴィは気が遠くなる思いだった。

 






















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