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佐藤唯の場合
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肩まで伸びた髪を、慣れた手つきで、トップから左サイドに向かって、緩く編み込みを作る。一本にまとめて、髪ゴムを隠すように、小さな黄色いリボンをつけた。
柚の髪にも、同じ飾りがついている。お揃いで買ったのだ。
佐藤唯は、鏡の前に立った。全身をチェックし、最後に唇にグロスを重ねる。
「うん、よし。行こう、柚」
娘の柚をベビーカーに乗せて、ハナサクカフェへ向かった。
柚はご機嫌なようで、足をパタパタ揺らしているのが見える。その足には、赤い靴。唯がプレゼントした、ファーストシューズだ。
「柚ちゃん、いらっしゃい」
ハナさんが笑顔で迎えてくれた。ここへ来るのは三回目だが、名前を覚えてくれているのが嬉しい。
「今日は保育園お休みだものね」
店長の櫻子さんが、柚の手を握ってくれる。
「もう、一歳になったの?」
「はい、今週の水曜日に」
唯は、カウンター席に腰をかけた。柚は子ども用の椅子に座らせる。
本当は、誕生日当日、有給をとってお祝いをしてあげたかったけれど、仕事で休む事が出来なかったのだ。
「ハナさん、子どもが食べられるケーキってありますか?」
たぶん無理だろうと思いつつも、ダメ元で唯は尋ねた。
「お誕生日ケーキですね!」
「まあ、お祝いしないと!」
ハナさんがパチンと手を叩き、櫻子さんは小躍りした。
「私ね、一度ここでイベントをしてみたかったのよ」
頰に手を当てて、櫻子さんはうっとりとした。
「そう決まれば、ハナさん!柚ちゃんにケーキを!」
勢いよくキッチンを振り返った櫻子さんに、ハナさんは困り顔で微笑んだ。
「ないです、ケーキ……」
櫻子さんの表情が、みるみるうちに萎んでいく。
「ない……の……?」
「今日は、ガトーショコラを焼いてしまって……」
唯は申し訳なくなって、やんわりと断った。
「いいんです、いいんです。なければ、他の方法で、お祝いするので……」
やっぱり、市販で売っている赤ちゃん用のケーキキットを買って帰ろう。今日は、ここでご飯を一緒に食べて、柚をいっぱい遊ばせてあげよう。
「ダメよ!柚ちゃんママ!」
櫻子さんは、頬を紅潮させている。
「ほら!ケーキを潰すの流行っているんでしょう?孫から聞いたの!それ、やりましょうよ!」
それってスマッシュケーキの事かな、と唯は思った。海外で流行り、最近日本でも取り入れる人が増えてきた、お祝いの仕方だ。
赤ちゃんに、手づかみでケーキを自由に食べさせてあげるのだ。ケーキはグシャグシャに壊されてしまうし、勿論、子どもも顔や服がケーキだらけになる。だが、その可愛らしい姿を写真に収めようとする親が増えたことから、流行したのではないかと唯は考える。
「柚ちゃんは、アレルギーありますか?パンとヨーグルト……オレンジ、バナナは大丈夫ですか?」
ハナさんは少し考えてから、唯に尋ねた。
「アレルギーは今のところないです。全部食べれます」
「では、少しお時間いただけますか?買い出しに行ってきますので」
そう言いながら、ハナさんはエプロンを脱いだ。
「ハナさん、大丈夫ですから」
立ち上がって止めようとした唯を、櫻子さんが制する。
「柚ちゃんママ。今日は忙しい?時間があれば、お祝いさせて、ね?」
櫻子さんは、断固としてお祝いイベントがやりたいようだ。
唯も今日は、柚の誕生日を祝う日と決めていたので、ハナサクカフェでお祝いしてくれるならば、ありがたい話だ。
柚の一歳が、沢山の人からお祝いしてもらえるのなら、嬉しい。
「いいですか?……甘えてしまっても」
「もちろんよ!」
そうだ、と櫻子さんが手を叩く。
「パパも呼んだらどうかしら?今日は土曜日だから、お仕事お休みよね?」
きた。唯は、胸の奥の方がチクリと痛んだのを感じた。
「パパは……いません」
「あら、今日もお仕事なの?」
櫻子さんに悪気はない。わかっている。
「あたし、シングルマザーなんです」
努めて明るく言ったつもりだったが、場の空気が固まっていくのが、辛かった。
やっぱり、微妙な雰囲気になるよね……。
慣れたつもりだったのに。この一年で、慣れたはずだったのに。
今まさにドアを出ようとしていたハナさんが、驚いてこちらを振り返ったのが見えた。
柚の髪にも、同じ飾りがついている。お揃いで買ったのだ。
佐藤唯は、鏡の前に立った。全身をチェックし、最後に唇にグロスを重ねる。
「うん、よし。行こう、柚」
娘の柚をベビーカーに乗せて、ハナサクカフェへ向かった。
柚はご機嫌なようで、足をパタパタ揺らしているのが見える。その足には、赤い靴。唯がプレゼントした、ファーストシューズだ。
「柚ちゃん、いらっしゃい」
ハナさんが笑顔で迎えてくれた。ここへ来るのは三回目だが、名前を覚えてくれているのが嬉しい。
「今日は保育園お休みだものね」
店長の櫻子さんが、柚の手を握ってくれる。
「もう、一歳になったの?」
「はい、今週の水曜日に」
唯は、カウンター席に腰をかけた。柚は子ども用の椅子に座らせる。
本当は、誕生日当日、有給をとってお祝いをしてあげたかったけれど、仕事で休む事が出来なかったのだ。
「ハナさん、子どもが食べられるケーキってありますか?」
たぶん無理だろうと思いつつも、ダメ元で唯は尋ねた。
「お誕生日ケーキですね!」
「まあ、お祝いしないと!」
ハナさんがパチンと手を叩き、櫻子さんは小躍りした。
「私ね、一度ここでイベントをしてみたかったのよ」
頰に手を当てて、櫻子さんはうっとりとした。
「そう決まれば、ハナさん!柚ちゃんにケーキを!」
勢いよくキッチンを振り返った櫻子さんに、ハナさんは困り顔で微笑んだ。
「ないです、ケーキ……」
櫻子さんの表情が、みるみるうちに萎んでいく。
「ない……の……?」
「今日は、ガトーショコラを焼いてしまって……」
唯は申し訳なくなって、やんわりと断った。
「いいんです、いいんです。なければ、他の方法で、お祝いするので……」
やっぱり、市販で売っている赤ちゃん用のケーキキットを買って帰ろう。今日は、ここでご飯を一緒に食べて、柚をいっぱい遊ばせてあげよう。
「ダメよ!柚ちゃんママ!」
櫻子さんは、頬を紅潮させている。
「ほら!ケーキを潰すの流行っているんでしょう?孫から聞いたの!それ、やりましょうよ!」
それってスマッシュケーキの事かな、と唯は思った。海外で流行り、最近日本でも取り入れる人が増えてきた、お祝いの仕方だ。
赤ちゃんに、手づかみでケーキを自由に食べさせてあげるのだ。ケーキはグシャグシャに壊されてしまうし、勿論、子どもも顔や服がケーキだらけになる。だが、その可愛らしい姿を写真に収めようとする親が増えたことから、流行したのではないかと唯は考える。
「柚ちゃんは、アレルギーありますか?パンとヨーグルト……オレンジ、バナナは大丈夫ですか?」
ハナさんは少し考えてから、唯に尋ねた。
「アレルギーは今のところないです。全部食べれます」
「では、少しお時間いただけますか?買い出しに行ってきますので」
そう言いながら、ハナさんはエプロンを脱いだ。
「ハナさん、大丈夫ですから」
立ち上がって止めようとした唯を、櫻子さんが制する。
「柚ちゃんママ。今日は忙しい?時間があれば、お祝いさせて、ね?」
櫻子さんは、断固としてお祝いイベントがやりたいようだ。
唯も今日は、柚の誕生日を祝う日と決めていたので、ハナサクカフェでお祝いしてくれるならば、ありがたい話だ。
柚の一歳が、沢山の人からお祝いしてもらえるのなら、嬉しい。
「いいですか?……甘えてしまっても」
「もちろんよ!」
そうだ、と櫻子さんが手を叩く。
「パパも呼んだらどうかしら?今日は土曜日だから、お仕事お休みよね?」
きた。唯は、胸の奥の方がチクリと痛んだのを感じた。
「パパは……いません」
「あら、今日もお仕事なの?」
櫻子さんに悪気はない。わかっている。
「あたし、シングルマザーなんです」
努めて明るく言ったつもりだったが、場の空気が固まっていくのが、辛かった。
やっぱり、微妙な雰囲気になるよね……。
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