ハナサクカフェ

あまくに みか

文字の大きさ
15 / 24
佐藤唯の場合

3

しおりを挟む
 「いっぱい買い物してきちゃって……わあ、可愛い飾り付けですね」
 両手に買い物袋をさげて、帰ってきたハナさんが驚いた声をあげた。
 ハナサクカフェの店内は今、こころちゃんのママの指示の元で、飾り付けが行われていた。テーマカラーは、柚にちなんで、黄色とオレンジらしい。
 画用紙でガーランドや飾りを作ったり、あおいちゃんのパパが、花と一緒に持ってきた風船を膨らませたり賑わっている。
 子どもたちも、風船を触ってみたり、画用紙を破ってみたりとそれぞれ忙しそうだ。
 「なんだか、文化祭みたいですね。そうそう、櫻子さん宛に手紙が届いてましたよ、差出人は書いてなくって……」
 ハナさんから、手紙を受け取った櫻子さんは、よく見ずにそれをスカートのポケットにしまった。
 「私もケーキ、手伝うわ」
 「お菓子やジュースも買ってきてしまいました」
 「領収書を後でもらえるかしら?」
 二人は並んでケーキ作りを始めた。キッチンも賑わってきた。
 「あの……あたしも何かお手伝いを……」
 唯は申し出たが「主役たちは、手伝わなくていいの」と櫻子さんに言われてしまった。


 手持ち無沙汰なので、柚と一緒に和室で遊ぶことにした。おもちゃを見つけて、柚はよちよちと歩いていく。唯も柚が見える位置に腰を下ろした。
 「すごい。一歳になると歩けるようになるんですね」
 唯の近くで風船を膨らませている、ショートカットの女性に話しかけられた。
 「突然歩き始めたので、びっくりしました。今、何ヶ月ですか?」
 お母さんにぴたりと寄り添うように、お座りしている男の子。お母さんに似て、賢そうな目をしている。
 「六ヶ月です。颯汰そうたです」
 「颯汰くん」
 柚もこのくらいの時期が、あった気がする。
 朝早くに保育園に預けて、夜にお迎えに行って、帰ってきたらお風呂に急いで入れて、寝かしつけて。
 二人でいる時間は、多くない。けれど、その分いっぱい甘えさせてきたつもりだ。
 「早く歩いて、日本語話して欲しいって、よく思います。馬とか産まれた瞬間に、歩き始めるじゃないですか。人間はどうして、それが出来ないのでしょうね」
 面白い事を言う人だな、と唯は笑った。
 でも。もし、柚が言葉を話せたら、何て言うのだろうか。
 「ママ、さみしい」「ママ、一緒に遊ぼう」「ママ、どうしてパパはいないの?」
 どうして、と唯は目をギュッと閉じた。どうして、ネガティブな言葉しか思いつかないのだろう。それだけ柚に対して、罪悪感を持っているからかもしれない。

 あたしの選択は、正しかったのだろうか。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...