ハナサクカフェ

あまくに みか

文字の大きさ
上 下
16 / 24
佐藤唯の場合

4

しおりを挟む
 「柚ちゃんの写真撮りましょうよ!」
 こころちゃんのママが首にカメラをぶら下げて、こちらへやってきた。
 「ここちゃんママ、カメラ買ったんですか?」
 颯汰くんのママが尋ねると、こころちゃんのママはえへへっと笑った。
 「こころの為に買っちゃいました。いっぱい写真撮って、アルバムにして、大きくなった時に見せてあげるんです」
 カメラの腕はへたっぴですけどね、とカメラを覗き込みながら、こころちゃんのママは言った。
 「あ、でも!柚ちゃんの誕生日会はバッチリ撮るんで!柚ちゃんと柚ちゃんママ、こっち来てください」
 手招きされるまま、向かった先の壁を見て、唯は熱いものが込み上げてきた。

 壁を背にして、子ども用の小さな椅子が置いてある。その周りには、くまのぬいぐるみや風船。積み木を積んで作った、1という数字が置いてある。
 壁には『HAPPY BIRTHDAY』と描かれたガーランド。オレンジと黄色のハートや星が貼られている。
 その場所だけが、とても明るく、まるで絵本の中のようだった。
 短い時間で、子どもを見ながら……。あたし一人じゃ、ここまでは出来なかった。
 「すごいね、柚。本当に……。嬉しいね」
 沢山瞬きをして、涙を目の奥に引っ込めて。今日は笑顔でいたい。柚の特別な日だから。


 「じゃあ、最初はママと二人で。その後、大丈夫なら、柚ちゃんだけで撮りましょう!」
 柚を椅子に座らせて、唯はその横にくっついて座った。
 カメラを構えるこころちゃんのママの後ろで、子どもたちを抱っこしたママたちが、優しく見守る。柚とケーキを食べて、遊んで帰るつもりが、こんなに素敵な、お誕生日会になるなんて。
 「ありがとうございます」
 写真を撮り終えて、唯はお礼を言った。
 「まだお礼を言うのは、早いよ」
 田辺さんが、みんなに座るよう促す。
 「柚ちゃん、お椅子に座って下さいな。ケーキを持ってきましたよ」
 櫻子さんが、ケーキを持って嬉しそうに登場した。
 真っ白なケーキの上には、オレンジとバナナ。たまごボーロがケーキのふちを飾っている。ハート型のロウソクには、ハッピーバースデーの文字。
 「ぐしゃぐしゃに、潰していいからね」
 期待を込めて、櫻子さんが言った。
 レジャーシートの上にケーキをのせ、柚には大きめのタオルで前掛けを作ってくれた。
 「では、みんなでお歌を歌いましょう」
 せーの、と櫻子さんが音頭をとって、みんなでハッピーバースデーを歌ってくれた。柚はまだわからないようで、キョトンと大人たちを見ていた。
 「お誕生日、おめでとう!」
 みんなが拍手をしてくれたのを見て、柚も真似して拍手をする。それを見て、みんなが笑顔になった。
 「さあ、柚ちゃん。潰していいのよ」
 櫻子さんは、ケーキを柚の前に差し出す。
 柚は、手を伸ばして、たまごボーロを取って食べた。その後も、たまごボーロ、たまごボーロ……バナナ。ケーキは潰さないみたいだ。
 「まあ、柚ちゃんはお行儀がいいのね!」
 うふふっと櫻子さんが笑って、またみんなも笑った。


 「もう一人、お祝いする人がいますよー」
 ハナさんが、ケーキを持って和室にやって来た。今度のケーキにはロウソクが灯してある。
 「お母さんも一歳、おめでとうございます」
 そう言って、ハナさんは唯の前に、ケーキを差し出した。
 「火がついているので、立ったままですみません」
 丸い大きなお皿の上に、ガトーショコラが一切れ。その横に、生クリームとオレンジが飾られている。そして、ケーキの下には


 『ゆずちゃんママ
  1才おめでとう&おつかれさま
  ハナサクカフェ一同』


 と、チョコペンで描かれていた。
 「こんな……あたし……」
 泣かないと、今日は泣かないと決めてたのに。
 ぼやけた視界の先で、ハナさんが微笑んでいる。
 柚もこちらを見上げている。
 口元を手で押さえた。それでも、微かな嗚咽が漏れ出た。
 「あたし、ちゃんと、ママ、出来たかな」
 みんな、柚の事「かわいそう」って言う。そうさせてるのは、あたしだって。
 柚。
 柚は、かわいそうなの?
 父親がいないのが、かわいそう。0歳から保育園に預けて、かわいそう。
 あたしが、一度の浮気を許さなかったから?父親がいた方がいいなんて、わかってる。でも…でも。
 「それは、柚ちゃんが答えてくれるみたいよ」
 櫻子さんが、優しく肩に手を置いた。
 柚が足元で、両手を上に、高く高く突き上げて、抱っこを待っていた。
 唯は耐えきれず、両手で顔を覆った。それから柚を優しく抱き上げた。
 「柚ちゃん、一歳おめでとう」
 ヒマワリの黄色が、飛び込んできた。小さなブーケを、唯が代わりに受けとる。
 「さ、ロウソクを消して」
 唯は一瞬だけ目を閉じて、祈った。
 どうか、
 どうか、柚を幸せに出来る力を、あたしに下さい。
 フッとロウソクの火を消した。拍手がわきあがる。
 

 柚。
 柚は、かわいそうなんかじゃない。
 こんなに、沢山の人に愛されているのだから。
しおりを挟む

処理中です...