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佐藤唯の場合
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「柚ちゃんの写真撮りましょうよ!」
こころちゃんのママが首にカメラをぶら下げて、こちらへやってきた。
「ここちゃんママ、カメラ買ったんですか?」
颯汰くんのママが尋ねると、こころちゃんのママはえへへっと笑った。
「こころの為に買っちゃいました。いっぱい写真撮って、アルバムにして、大きくなった時に見せてあげるんです」
カメラの腕はへたっぴですけどね、とカメラを覗き込みながら、こころちゃんのママは言った。
「あ、でも!柚ちゃんの誕生日会はバッチリ撮るんで!柚ちゃんと柚ちゃんママ、こっち来てください」
手招きされるまま、向かった先の壁を見て、唯は熱いものが込み上げてきた。
壁を背にして、子ども用の小さな椅子が置いてある。その周りには、くまのぬいぐるみや風船。積み木を積んで作った、1という数字が置いてある。
壁には『HAPPY BIRTHDAY』と描かれたガーランド。オレンジと黄色のハートや星が貼られている。
その場所だけが、とても明るく、まるで絵本の中のようだった。
短い時間で、子どもを見ながら……。あたし一人じゃ、ここまでは出来なかった。
「すごいね、柚。本当に……。嬉しいね」
沢山瞬きをして、涙を目の奥に引っ込めて。今日は笑顔でいたい。柚の特別な日だから。
「じゃあ、最初はママと二人で。その後、大丈夫なら、柚ちゃんだけで撮りましょう!」
柚を椅子に座らせて、唯はその横にくっついて座った。
カメラを構えるこころちゃんのママの後ろで、子どもたちを抱っこしたママたちが、優しく見守る。柚とケーキを食べて、遊んで帰るつもりが、こんなに素敵な、お誕生日会になるなんて。
「ありがとうございます」
写真を撮り終えて、唯はお礼を言った。
「まだお礼を言うのは、早いよ」
田辺さんが、みんなに座るよう促す。
「柚ちゃん、お椅子に座って下さいな。ケーキを持ってきましたよ」
櫻子さんが、ケーキを持って嬉しそうに登場した。
真っ白なケーキの上には、オレンジとバナナ。たまごボーロがケーキのふちを飾っている。ハート型のロウソクには、ハッピーバースデーの文字。
「ぐしゃぐしゃに、潰していいからね」
期待を込めて、櫻子さんが言った。
レジャーシートの上にケーキをのせ、柚には大きめのタオルで前掛けを作ってくれた。
「では、みんなでお歌を歌いましょう」
せーの、と櫻子さんが音頭をとって、みんなでハッピーバースデーを歌ってくれた。柚はまだわからないようで、キョトンと大人たちを見ていた。
「お誕生日、おめでとう!」
みんなが拍手をしてくれたのを見て、柚も真似して拍手をする。それを見て、みんなが笑顔になった。
「さあ、柚ちゃん。潰していいのよ」
櫻子さんは、ケーキを柚の前に差し出す。
柚は、手を伸ばして、たまごボーロを取って食べた。その後も、たまごボーロ、たまごボーロ……バナナ。ケーキは潰さないみたいだ。
「まあ、柚ちゃんはお行儀がいいのね!」
うふふっと櫻子さんが笑って、またみんなも笑った。
「もう一人、お祝いする人がいますよー」
ハナさんが、ケーキを持って和室にやって来た。今度のケーキにはロウソクが灯してある。
「お母さんも一歳、おめでとうございます」
そう言って、ハナさんは唯の前に、ケーキを差し出した。
「火がついているので、立ったままですみません」
丸い大きなお皿の上に、ガトーショコラが一切れ。その横に、生クリームとオレンジが飾られている。そして、ケーキの下には
『ゆずちゃんママ
1才おめでとう&おつかれさま
ハナサクカフェ一同』
と、チョコペンで描かれていた。
「こんな……あたし……」
泣かないと、今日は泣かないと決めてたのに。
ぼやけた視界の先で、ハナさんが微笑んでいる。
柚もこちらを見上げている。
口元を手で押さえた。それでも、微かな嗚咽が漏れ出た。
「あたし、ちゃんと、ママ、出来たかな」
みんな、柚の事「かわいそう」って言う。そうさせてるのは、あたしだって。
柚。
柚は、かわいそうなの?
父親がいないのが、かわいそう。0歳から保育園に預けて、かわいそう。
あたしが、一度の浮気を許さなかったから?父親がいた方がいいなんて、わかってる。でも…でも。
「それは、柚ちゃんが答えてくれるみたいよ」
櫻子さんが、優しく肩に手を置いた。
柚が足元で、両手を上に、高く高く突き上げて、抱っこを待っていた。
唯は耐えきれず、両手で顔を覆った。それから柚を優しく抱き上げた。
「柚ちゃん、一歳おめでとう」
ヒマワリの黄色が、飛び込んできた。小さなブーケを、唯が代わりに受けとる。
「さ、ロウソクを消して」
唯は一瞬だけ目を閉じて、祈った。
どうか、
どうか、柚を幸せに出来る力を、あたしに下さい。
フッとロウソクの火を消した。拍手がわきあがる。
柚。
柚は、かわいそうなんかじゃない。
こんなに、沢山の人に愛されているのだから。
こころちゃんのママが首にカメラをぶら下げて、こちらへやってきた。
「ここちゃんママ、カメラ買ったんですか?」
颯汰くんのママが尋ねると、こころちゃんのママはえへへっと笑った。
「こころの為に買っちゃいました。いっぱい写真撮って、アルバムにして、大きくなった時に見せてあげるんです」
カメラの腕はへたっぴですけどね、とカメラを覗き込みながら、こころちゃんのママは言った。
「あ、でも!柚ちゃんの誕生日会はバッチリ撮るんで!柚ちゃんと柚ちゃんママ、こっち来てください」
手招きされるまま、向かった先の壁を見て、唯は熱いものが込み上げてきた。
壁を背にして、子ども用の小さな椅子が置いてある。その周りには、くまのぬいぐるみや風船。積み木を積んで作った、1という数字が置いてある。
壁には『HAPPY BIRTHDAY』と描かれたガーランド。オレンジと黄色のハートや星が貼られている。
その場所だけが、とても明るく、まるで絵本の中のようだった。
短い時間で、子どもを見ながら……。あたし一人じゃ、ここまでは出来なかった。
「すごいね、柚。本当に……。嬉しいね」
沢山瞬きをして、涙を目の奥に引っ込めて。今日は笑顔でいたい。柚の特別な日だから。
「じゃあ、最初はママと二人で。その後、大丈夫なら、柚ちゃんだけで撮りましょう!」
柚を椅子に座らせて、唯はその横にくっついて座った。
カメラを構えるこころちゃんのママの後ろで、子どもたちを抱っこしたママたちが、優しく見守る。柚とケーキを食べて、遊んで帰るつもりが、こんなに素敵な、お誕生日会になるなんて。
「ありがとうございます」
写真を撮り終えて、唯はお礼を言った。
「まだお礼を言うのは、早いよ」
田辺さんが、みんなに座るよう促す。
「柚ちゃん、お椅子に座って下さいな。ケーキを持ってきましたよ」
櫻子さんが、ケーキを持って嬉しそうに登場した。
真っ白なケーキの上には、オレンジとバナナ。たまごボーロがケーキのふちを飾っている。ハート型のロウソクには、ハッピーバースデーの文字。
「ぐしゃぐしゃに、潰していいからね」
期待を込めて、櫻子さんが言った。
レジャーシートの上にケーキをのせ、柚には大きめのタオルで前掛けを作ってくれた。
「では、みんなでお歌を歌いましょう」
せーの、と櫻子さんが音頭をとって、みんなでハッピーバースデーを歌ってくれた。柚はまだわからないようで、キョトンと大人たちを見ていた。
「お誕生日、おめでとう!」
みんなが拍手をしてくれたのを見て、柚も真似して拍手をする。それを見て、みんなが笑顔になった。
「さあ、柚ちゃん。潰していいのよ」
櫻子さんは、ケーキを柚の前に差し出す。
柚は、手を伸ばして、たまごボーロを取って食べた。その後も、たまごボーロ、たまごボーロ……バナナ。ケーキは潰さないみたいだ。
「まあ、柚ちゃんはお行儀がいいのね!」
うふふっと櫻子さんが笑って、またみんなも笑った。
「もう一人、お祝いする人がいますよー」
ハナさんが、ケーキを持って和室にやって来た。今度のケーキにはロウソクが灯してある。
「お母さんも一歳、おめでとうございます」
そう言って、ハナさんは唯の前に、ケーキを差し出した。
「火がついているので、立ったままですみません」
丸い大きなお皿の上に、ガトーショコラが一切れ。その横に、生クリームとオレンジが飾られている。そして、ケーキの下には
『ゆずちゃんママ
1才おめでとう&おつかれさま
ハナサクカフェ一同』
と、チョコペンで描かれていた。
「こんな……あたし……」
泣かないと、今日は泣かないと決めてたのに。
ぼやけた視界の先で、ハナさんが微笑んでいる。
柚もこちらを見上げている。
口元を手で押さえた。それでも、微かな嗚咽が漏れ出た。
「あたし、ちゃんと、ママ、出来たかな」
みんな、柚の事「かわいそう」って言う。そうさせてるのは、あたしだって。
柚。
柚は、かわいそうなの?
父親がいないのが、かわいそう。0歳から保育園に預けて、かわいそう。
あたしが、一度の浮気を許さなかったから?父親がいた方がいいなんて、わかってる。でも…でも。
「それは、柚ちゃんが答えてくれるみたいよ」
櫻子さんが、優しく肩に手を置いた。
柚が足元で、両手を上に、高く高く突き上げて、抱っこを待っていた。
唯は耐えきれず、両手で顔を覆った。それから柚を優しく抱き上げた。
「柚ちゃん、一歳おめでとう」
ヒマワリの黄色が、飛び込んできた。小さなブーケを、唯が代わりに受けとる。
「さ、ロウソクを消して」
唯は一瞬だけ目を閉じて、祈った。
どうか、
どうか、柚を幸せに出来る力を、あたしに下さい。
フッとロウソクの火を消した。拍手がわきあがる。
柚。
柚は、かわいそうなんかじゃない。
こんなに、沢山の人に愛されているのだから。
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