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零壱 薔薇散る仮面舞踏会
一片 (25/2/25色直し)
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僕は分厚く重厚な扉の前で深く息をした。手は震えていない。自然体だ。目元も確認するが、問題はない。あとはその時を見計らうだけだ。
(あと十秒で、曲の切れ目)
落ち着く為ではなく、正確に時間を測るための呼吸を終えて、扉をゆっくりと開いた。
ちょうど円舞曲が消えゆくところだった。向かい合って礼をする男女、端に集まって花を咲かす集団、そのどれもが顔に蝶を模したり羽飾りの光る仮面をつけている。そして、踊り終えた直後の組や、見事な演奏を区切った音楽団、次の組を探す人の動きに誰もが気を取られるその瞬間に、僕は会場にそっと滑りこんだ。僕が入ってきたことに気づいた人は少なそうだ。
神経を使うのはここからだ。会場内の雰囲気を乱さないよう、気をつけながら近くの大陸式卓のグラスを取る。一応透明な曲面にあやしい曇り、つまり毒がないかを確認して、適当な真紅酒を注ぐ。こういった席では、踊らないなら、お飾りとしてグラスを持っておくのが一番無難だ。酒の方は確認しなかった。どうせ飲まない。
さて。僕は人の少ない場に陣取って周囲を自然に見回した。
曲が始まり、ぎらぎらと着飾った仮面の者たちが組になって踊りだす。男同士、女同士に見える組もいるところを見ると、随分と気安いたぐいの舞踏会のようだ。
といっても、そこで踊る華美な飾りの青年が、
(あれは作り物らしく見せてるが、本物の毒鳥の羽か)
その相手となった深帽の紳士風の中年が、
(あれは少なくとも老け作り。皺の位置が一部不自然だ)
男とも限らないのだが。
たとえ仮面で隠れるのが顔の一部だけでも、ここでは年齢、性別、声、当たり前に入ってくる情報が信用できない。この会場に居るのは、全て変装とまやかしに特化した、闇に生きて表にうら立つ者たち。書いてその生き様その通り、忍び、を生業とする者たちなのだから。
僕は次々に周囲の忍びたちを確認しながら、知らず、いつも僕に話しかけてくる同僚ののことを思い出していた。一週間前、僕がこんなところに行くきっかけを作った男だ。名は紫煙。忍びの名なのでどうせ偽名だ。
ヰヰヰヰヰヰヰ
幽理が海は、陸に多くを囲まれているがれっきとした潮水の海だ。大洋からこの小さな海を切り離すように伸びる細長い島々からなる国を、人は「東の国」環樹、と呼ぶ。名の通り、海の縁を取り囲む国の形は輪を思わせる。
最も大きな島の中心に、環樹の長が住まう天守閣がある。堂々たる三重の堀に覆われて、美しくも固い守りにより地上から攻めるのは不可能とまで言われる。
その堀と堀の間、天守閣から数えて一の堀と二の堀の間にあるのが、僕の仕え先であり環樹国いちの忍び衆「墨染」の詰め所だ。
僕はその日、訓練を終えて、自室で刃物を研いでいた。ぎりぎりまで薄さを求めた、研ぎを雑にしただけでもだめになる刃だ。扱いに気をつければ有用な暗器になる。
「よっ。元気か?」
飽きもせず今日も気軽に話しかけてきた紫煙は、僕の目の前に一枚の美しい紙札をかざした。
「病気はしてない。それで、これは何だ?」
「仮面舞踏会への招待状」
「それは知ってる」
毎年この時期には、ほとんどの忍びに撒かれるものだ。
幽理海縁国仮面舞踏会の歴史は長い。
幽理海を囲む国は環樹国の他に、大陸側の虹紀国、竜背国、波慟国がある。今は友好な隣国だが、かつてはこの四国が海資源を争り長い戦争を起こしていた。戦争終結の明確な証として定められたことの一つが、毎年この四国の長を含む人々で舞踏会と言う名の会合を開くことだった。
戦は終わったとはいえまだ和解も済んでいない頃開かれた第一回舞踏会は酷いものだったようだ。具体的には、他国の謀に見せかけて虹紀国の長を殺害しようとした虹紀の強硬派一味が、会場内にてお縄になった。そのせいでそれぞれが目論んでいた要人殺害計画が白紙になったのだから、結果的には良かったのかもしれないが。
「なあ、話聞いてるか?」
二度目から、各国は最も信頼のおける護衛に加え、忍びたちを紛れさせて参加するようになった。暗殺や謀を目的とした者もいれば、それを阻止する者も。華やかな舞踏会の裏では、国同士の駆け引きが行われ、さらにその奥の奥で、忍びたちの暗躍があった。
いつしか四国が真の和平交渉を成しとげ、各国の治安も安らいだ頃には、忍びの文化が四国の物陰で花開いていた。そして舞踏会も、国の駆け引きを必要としない仮面舞踏会に変わっていた。すでに国の長は誰も現れず影武者ばかりで成り立っていた頃を思えば不思議でもない。だが、それでもこの舞踏会は消えなかった。表舞台の者たちではなく、裏の者たちの駆け引きの場として使われるようになったのだ。
「おーい、真面目に聞けってー」
今や海縁四国の関係は良好、という事になっている。どれほど良好かといえば、互いの手駒、忍びたちをさらけ出すくらいにはーー自国の手の内をわざわざひけらかすことはないが、対立するよりは懐柔し、表向きにしろ協力関係を持った方が益は多い。文字通り忍びたちの「社交場」として、幽理海縁国仮面舞踏会は続いている。
「霜月?」
「聞いている。つまり、今年は『裁の国』からどなたかが参加なさるということだろう?」
「聞いてるなら返事しろよ。……反応薄いな」
「すでに噂は聞いている。僕は参加しない。任務があるわけでもないし、僕には学べることもない。ただ敵に自分の特徴を晒すだけだ」
僕はまた一本研ぎ終えた刃に油を引き、布を巻きつけて、別の刃を研ぎ始める。
「お前はほんとうに秘め事が第一なんだな」
「忍びというのは、もともとそういうものだろう」
忍びに個性や目立つものは、必要ないと僕は考えている。己を知られれば知られるほど、弱くなる。忍べなくなる。
名前もそう。霜月というのは、僕の仮の名の一つだ。最も使うことが多いが、僕自身ではない。そこの紫煙も名は捨てたと言っていたか。
「紫煙。お前のような奴はともかく、僕が行っても得られるものはない。たとえ『裁』が来るとしても」
裁の国は、大陸で最も力を持つ大国だ。かの国の人々は特別な力、異能を持つことで知られており、「裁」と呼ばれる国の長が、伝統的に大陸の決まり事や争いの裁定の多くを仕切ることになっている。環樹国も島ではあるが、裁の国に従う国である。裁は、多くの大陸国の長として形式的にも、実力的にも認められている。
「これは驚いた。お前さん、裁のことは信頼、いや崇拝? してるみたいだからな」
「だとして、敵がどこにいるともしれない場所でわざわざ正体を晒すのか? 僕は賑やかしになる蝿かもしれないが、蝶のように蜜に集りはしない」
「裁を蜜呼ばわりか。蜜にたかる蝿だって居るだろ。じゃあ、毒ならどうだ?」
僕は手を止めた。
「知っての通り、今年は環樹が主催だ。そして、俺は裏の主催の面子に選ばれている」
「主催?」
「表向きは彼方の方々が主催だろ?」
紫煙は親指で天守閣を示す。
「どういうわけか俺が、この会を盛り上げる側になっちまったんだよ」
つまり、実質的な主催者側か。どういうわけか、などと言っているが、僕には理由がよく分かった。優秀だからだ。
紫煙は黙々と訓練や任務をこなすばかりの僕とは違う。訓練も任務も手際よく終わらせ、要領良く息抜きし、空いた時間をまめに情報収集や余所の忍びとの人脈作りに充てる情報通でもある。他国との繋がりもあるだろう。適任だ。
「で、だ。その俺の耳に、こんな情報が入ってきた」
相変わらず軽い調子で言いながら、何気ない風を装って近づいてくる。僕の警戒をよそに、紫煙はそっと僕の耳に口を寄せる。
「露霧が来るぜ」
その瞬間、僕は仮面舞踏会への参加を決めた。
ヰヰヰヰヰヰヰ
露霧国は、つい近年まで鎖国、つまり国を閉ざして、どの国とも関わりを持たなかった国だ。ごく最近国を開いて以後、盛んに周辺国との交流を進めている。周辺といっても、隣と大陸を統べる裁の国とその間の国々程度ではない。三つほど国をまたいだ幽理海縁の国々、そして小海を挟んだ島国の環樹へまでも呼び掛けがある。おおよそ友好的な態度で、環樹国側も国交を受け入れるつもりのようだ。
馬鹿げている。
なぜ誰も彼も、露霧という国を疑わないのか。僕には不思議でならない。記録によれば数十年、ただの一度も国を開かなかったはずの国が、よく周辺の事情を把握している。技術も周囲と違いがあるようには見えない。それでいて新参者だと無知を装っている。そんなことはあり得ない。技術というものは、いくつもの発見と技術が組み合わさって進んでゆくものだ。大陸全体の発想と技術が、一つの露霧という国内で同じように組み上がっていったというのは考えにくい。天才が集まっていたとして、全く同じ技術になるわけもない、
露霧は確実に、鎖国の最中もどこかと繋がって情報を得ていた。そして、今も密かに国内で何かを目論んでいる。僕は、そう考えている。
「墨染」の中では紫煙にしか話したことのない推測だ。たぶん信じる者もそれくらいしかいない。それでいい。証拠を掴むのが忍びの役目だ。だから僕は仮面舞踏会に来た。
(……多いな)
僕は室内を見回しながら、ある種の人物を確かめていく。変装して声を変え、雰囲気すら変化させる忍びの業でも、誤魔化せないものがある。
響、と僕は呼んでいる。
悪意を持った人間の近くにいると、頭に響くものがあるのだ。生まれつきの感覚だから僕には自然だが、他に感じるという者に会ったことがない。この感覚なしで忍び同士の競り合いをこなし、刺客を躱すのだから、僕以外の者達は恐ろしく鋭い感覚を持っているのだろう。僕には天才的な能力はないから、この響を武器に盾にして生きている。
しかし、忍びが大勢集まったこの場では響が当然多い。会場に入った瞬間からあちこちの響がぶつかり合い、不協和音になっていた。気分を崩すほどではないが、把握しきれない。
(この中から、露霧の手の者を探せるか?)
運良く見つけられたとしても、そこから特徴を探り、話しかけ、少しでも露霧国の情報や思惑を探り出さなければならない。そしてもちろん、僕のことも探られてしまう。
紫煙や他の忍びに話を聞き、今一番流行りの服装、髪色にした。仮面も人気の蝶の型に似せて、ただ、耳や顔の特徴が隠れやすいように工夫を加える。少しは流行りに乗った結果特徴のない仮装になってしまった者たちの中に紛れこめる。
僕の目的は、できるだけ目立たず、自分の情報を落とさずに、露霧の者から情報を得ることだ。できれば、彼らがこの仮面舞踏会に紛れ込んだその意図を探り当てたい。この人数では容易なことではないだろうが。
僕は席を移ると、卓上に飾られていた花瓶から青い薔薇を一輪引き抜いた。ただ珍しいなどというものではない、本当の花色だとすれば恐ろしい値段のつく代物だ。ただし、さっと切り口を傾けて見てみれば、茎の水を通す管に青がついている。花に色水を吸わせて、白い花びらを青く染める手口だ。これでも相当な技術は要る。ただ一色で染めただけでは不自然な色合いになるからだ。茎に切れ込みを入れて管を切り分け、管ごとに、また染まるごとに色合いを変えることでここまで美しい薔薇になる。
僕は茎の水分を拭うと、花を胸元に挿して、大陸卓を離れる。これだけなら、大して不自然な動きではない。まず間違いなく見逃されるだろう。茎に残った細かな切れ込みが暗号になっているなどと、気づくわけがないのだから。先程水分を拭いた時に押して組織を潰し、もう切れ込みが分からないようにしたのだから。
[3 残り 1]
紫煙からの暗号だ。切れ込みの新しさからいって、ついさっき。分かったばかりの情報をくれたのだろう。
(今、三人が入り込んでいる。そしてあと一人、まだ着いていない)
どうやって調べたか知らないが、それだけ分かれば十分だ。
見つけてみせる。なんとしても。
仮面舞踏会の会場は、大まかに、中央の踊り場(円い絨毯が大まかな範囲を示すために敷かれている)、それを囲むように点々と数人の楽団の組が置かれ、間を通れるようになっている。さらにその外側には間隔広く円卓が散らされ、多くの人は合間で輪を作り談笑している。
仮面も格好も、目立とうとした独創的な格好が多い。すっかり油断しているようにしか見えない。背後を狙っていけば、五十人ほどは楽に無力化できるだろう。
僕が探しているのはこういう手合いではない。
この輪の中に露霧の三人のうち誰かが混ざっている可能性はある。油断している相手に、己も油断した様子を見せれば、話を聞き出しやすい。だが、そういう演技は僕には難しい。己を表に出さないところを見破られてしまったら終わりだ。
せめて一対一。それなら、注意深くすれば演技できる。つまり、僕が探すのは単独の潜入者だ。
(……見つけた)
深紫のドレスを着た背の高い女が一人、立っていた。見つめると、頭の中心に、刺すような「響」が走る。
必要になれば、会場内の全てを殺す気で来ている。そのくらいの悪意が、溜まっていた。すぐに注意を逸らしても、頭にしばらく残響が残る。わずかに痛みすらある。
……環樹国の忍びではない。虹紀の国にも竜背にも波慟にも、ここまでの強い悪意を抱えた者をこの舞踏会に出す意図があるとは思えない。露霧にもここで荒事を起こす気はないだろうが、血の気の多い者を誰かは使節の中に入れているはずだ。
さて、どのように近づくか。
女となると多少の駆け引きが必要だ。交流の輪に入ろうとしていない単独の忍びとなると、情報収集をしない、純粋に武力としての役割を担う者かもしれない。話しかけても無視される可能性がある。まずはもう少し様子見を……
しようとしたとき、僕は急に、全身を砕かれる感覚を受けて立ち眩んだ。
全力で脚に力を入れる。周囲から不自然に見えることは承知の上で、全力で。持っていたグラスはなんとか近くに置き、こぼすのを防ぐ。卓の縁を掴んで、一秒、二秒、三秒は保たず、音を立てずに崩れ落ちた。
何というざまだ。目立ってしまった。周囲からは毒でも盛られたように見えるかもしれないし、裏に何か仕組んでいると勘繰る者も出るだろう。何より、会場をそれとなく監視しているであろう紫煙が、迷惑を被る。それは、避けなければならない。……思いながらも、僕は、屈んだまま、下を向いたまま、動けなかった。
全身が、響いている。
僕の感覚は、強い悪意を持った者を察知すると、悪意を向けられている場所などに震えているような感覚が走る、というだけのものだ。先程見つけた露霧の女でさえ、頭がわずかに痛くなる程度だった。痛みを覚える時点で異常だが、この会場の人を皆殺しにするほどの悪意で、それだ。
しかし、今、僕の全身に響いている感覚は、体を震わし、絶え間なく揺らし、砕こうとするほどに、強い。まだ、何が起こったのか分からない。
(一筋の迷いすら感じられない悪意……)
……一息ついて、ようやく理解が追いついた。あの瞬間の少し前、耳にかすかに入ったのは、扉が絨毯と擦れ、開く音。僕がそうしたように、人が会場へと滑りこむ、殺した音だった。
僕は見つけていない。注意を向けてもいない。それが会場に入ってきた。それだけで、悪意が響いたのか。
[残り 1]
今入ってきた人物が、露霧からの侵入者の最後の一人だ。そして、……最も危険な人物だ。
同時に、顔から血の気が引いた。
扉から入ってきた足音が、そのまま、僕の方へ歩いてきている。
当たり前だ。僕は、扉が開いたちょうどその時に倒れた。扉の位置からして見えていないはずがない。具合が悪いように見えたか、それとも、都合が悪くて顔を隠すように物陰に隠れたと思われたか。
何とか、誤魔化さなければならない。思うも、うまく立ち上がれそうにない。まして、足音が近づくたびに、痛みが増す。肉体的な痛みは耐えられるが、響としての痛みは初めての感覚だ。知らない臓器を刺され、鍛えられない部位を叩かれるように新しい恐怖として身体を回り続けている。
そもそも、見つかってしまったから、もう逃げられない。確信めいた根拠のない感覚に、僕は胸を押さえる。
足が絨毯を踏めばその音が響き、足を上げれば風圧のように肌から染みこんで響く。全身を苛みながら、僕の前に、悪意の主は立ち止まる。
「大丈夫ですか?」
男声らしき音の波が、鼓膜を打った。押し潰されそうな悪意が、僕を貫く。疑われている。探られている。この悪意を逸らさなければ、僕は変わらず、立ち上がることすらできない。このまま周囲の死角をついて、殺されるかもしれない。どうすれば避けられる? 何か、一瞬でも、この悪意を和らげ、気を逸らす方法は……。
「だ、いじょうぶです」
僕は答えて、顔を上げた。
悪意が、止まった。
僕より頭一つほども背の高い男だ。見たままを信じるならやや大柄。蜘蛛を思わせる大きな仮面を自然に顔の特徴を隠すように身につけ、黒を基調とした服やいくつかの装飾品は、派手ではないものの質が良いことがすぐに分かる。そして、蜘蛛仮面にも隠せないその表情は、呆けたように固まった。
無理もない。僕が彼の立場でも、おそらく隙を見せただろう。
僕は青薔薇の茎を横ざまに口に咥えていた。
これは、環樹国においては、男から男への衆道……性的な誘いを仄めかしている。
賭けだったが、他に使える物もなかった。露霧の者が意味を知らない可能性もあったが、環樹の文化を調べつくしていることに、賭けた。
そして勝った。
痛みのない一瞬の間に、僕は口から薔薇を滑り落として立ち上がる。
「ありがとうございます……急に目眩がして、しまって」
素早く言い訳をすると、そのままふらつく体に任せて一歩、距離を取る。一瞬止んだとはいえ、まだ全身に痛みが押し寄せてきている。警戒されているのだろう。敵意がないと伝えるためにも、不用意に男の方に近づいたりはしない。
「ちょっとはしゃいでしまったかも。外で休んできます」
僕は手ぶらだ。今すぐにこの男を害する気があるようにも見えないだろう。この場所に何か落ちたわけでもないし、痕跡もない。調べればすぐ分かることだ。後は、「気を引いた」なんて疑いを晴らすために、早く離れて立ち去るべきだろう。衆道の誘いを掛けた男などと思われては、とても困る。
いくら露霧の者でも、この悪意を前に情報を聞き出せる気がしない。引き際が肝心だ……。
「こんなに具合の悪そうな人を放っておくわけにはいきません。少しお付き合いしますよ」
男が、僕の肩に手を掛けた。
悲鳴を上げなかったのは、僕にしては上出来だった。なんとか触れた部分から流れ込む悪意に耐え、踏み止まった。筋肉のない場所を殴られているような気分だ。いや、もっと悪い。
「……やや、ありがたいことです」
それでも僕は、薄く微笑んで見せたらしかった。
(あと十秒で、曲の切れ目)
落ち着く為ではなく、正確に時間を測るための呼吸を終えて、扉をゆっくりと開いた。
ちょうど円舞曲が消えゆくところだった。向かい合って礼をする男女、端に集まって花を咲かす集団、そのどれもが顔に蝶を模したり羽飾りの光る仮面をつけている。そして、踊り終えた直後の組や、見事な演奏を区切った音楽団、次の組を探す人の動きに誰もが気を取られるその瞬間に、僕は会場にそっと滑りこんだ。僕が入ってきたことに気づいた人は少なそうだ。
神経を使うのはここからだ。会場内の雰囲気を乱さないよう、気をつけながら近くの大陸式卓のグラスを取る。一応透明な曲面にあやしい曇り、つまり毒がないかを確認して、適当な真紅酒を注ぐ。こういった席では、踊らないなら、お飾りとしてグラスを持っておくのが一番無難だ。酒の方は確認しなかった。どうせ飲まない。
さて。僕は人の少ない場に陣取って周囲を自然に見回した。
曲が始まり、ぎらぎらと着飾った仮面の者たちが組になって踊りだす。男同士、女同士に見える組もいるところを見ると、随分と気安いたぐいの舞踏会のようだ。
といっても、そこで踊る華美な飾りの青年が、
(あれは作り物らしく見せてるが、本物の毒鳥の羽か)
その相手となった深帽の紳士風の中年が、
(あれは少なくとも老け作り。皺の位置が一部不自然だ)
男とも限らないのだが。
たとえ仮面で隠れるのが顔の一部だけでも、ここでは年齢、性別、声、当たり前に入ってくる情報が信用できない。この会場に居るのは、全て変装とまやかしに特化した、闇に生きて表にうら立つ者たち。書いてその生き様その通り、忍び、を生業とする者たちなのだから。
僕は次々に周囲の忍びたちを確認しながら、知らず、いつも僕に話しかけてくる同僚ののことを思い出していた。一週間前、僕がこんなところに行くきっかけを作った男だ。名は紫煙。忍びの名なのでどうせ偽名だ。
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幽理が海は、陸に多くを囲まれているがれっきとした潮水の海だ。大洋からこの小さな海を切り離すように伸びる細長い島々からなる国を、人は「東の国」環樹、と呼ぶ。名の通り、海の縁を取り囲む国の形は輪を思わせる。
最も大きな島の中心に、環樹の長が住まう天守閣がある。堂々たる三重の堀に覆われて、美しくも固い守りにより地上から攻めるのは不可能とまで言われる。
その堀と堀の間、天守閣から数えて一の堀と二の堀の間にあるのが、僕の仕え先であり環樹国いちの忍び衆「墨染」の詰め所だ。
僕はその日、訓練を終えて、自室で刃物を研いでいた。ぎりぎりまで薄さを求めた、研ぎを雑にしただけでもだめになる刃だ。扱いに気をつければ有用な暗器になる。
「よっ。元気か?」
飽きもせず今日も気軽に話しかけてきた紫煙は、僕の目の前に一枚の美しい紙札をかざした。
「病気はしてない。それで、これは何だ?」
「仮面舞踏会への招待状」
「それは知ってる」
毎年この時期には、ほとんどの忍びに撒かれるものだ。
幽理海縁国仮面舞踏会の歴史は長い。
幽理海を囲む国は環樹国の他に、大陸側の虹紀国、竜背国、波慟国がある。今は友好な隣国だが、かつてはこの四国が海資源を争り長い戦争を起こしていた。戦争終結の明確な証として定められたことの一つが、毎年この四国の長を含む人々で舞踏会と言う名の会合を開くことだった。
戦は終わったとはいえまだ和解も済んでいない頃開かれた第一回舞踏会は酷いものだったようだ。具体的には、他国の謀に見せかけて虹紀国の長を殺害しようとした虹紀の強硬派一味が、会場内にてお縄になった。そのせいでそれぞれが目論んでいた要人殺害計画が白紙になったのだから、結果的には良かったのかもしれないが。
「なあ、話聞いてるか?」
二度目から、各国は最も信頼のおける護衛に加え、忍びたちを紛れさせて参加するようになった。暗殺や謀を目的とした者もいれば、それを阻止する者も。華やかな舞踏会の裏では、国同士の駆け引きが行われ、さらにその奥の奥で、忍びたちの暗躍があった。
いつしか四国が真の和平交渉を成しとげ、各国の治安も安らいだ頃には、忍びの文化が四国の物陰で花開いていた。そして舞踏会も、国の駆け引きを必要としない仮面舞踏会に変わっていた。すでに国の長は誰も現れず影武者ばかりで成り立っていた頃を思えば不思議でもない。だが、それでもこの舞踏会は消えなかった。表舞台の者たちではなく、裏の者たちの駆け引きの場として使われるようになったのだ。
「おーい、真面目に聞けってー」
今や海縁四国の関係は良好、という事になっている。どれほど良好かといえば、互いの手駒、忍びたちをさらけ出すくらいにはーー自国の手の内をわざわざひけらかすことはないが、対立するよりは懐柔し、表向きにしろ協力関係を持った方が益は多い。文字通り忍びたちの「社交場」として、幽理海縁国仮面舞踏会は続いている。
「霜月?」
「聞いている。つまり、今年は『裁の国』からどなたかが参加なさるということだろう?」
「聞いてるなら返事しろよ。……反応薄いな」
「すでに噂は聞いている。僕は参加しない。任務があるわけでもないし、僕には学べることもない。ただ敵に自分の特徴を晒すだけだ」
僕はまた一本研ぎ終えた刃に油を引き、布を巻きつけて、別の刃を研ぎ始める。
「お前はほんとうに秘め事が第一なんだな」
「忍びというのは、もともとそういうものだろう」
忍びに個性や目立つものは、必要ないと僕は考えている。己を知られれば知られるほど、弱くなる。忍べなくなる。
名前もそう。霜月というのは、僕の仮の名の一つだ。最も使うことが多いが、僕自身ではない。そこの紫煙も名は捨てたと言っていたか。
「紫煙。お前のような奴はともかく、僕が行っても得られるものはない。たとえ『裁』が来るとしても」
裁の国は、大陸で最も力を持つ大国だ。かの国の人々は特別な力、異能を持つことで知られており、「裁」と呼ばれる国の長が、伝統的に大陸の決まり事や争いの裁定の多くを仕切ることになっている。環樹国も島ではあるが、裁の国に従う国である。裁は、多くの大陸国の長として形式的にも、実力的にも認められている。
「これは驚いた。お前さん、裁のことは信頼、いや崇拝? してるみたいだからな」
「だとして、敵がどこにいるともしれない場所でわざわざ正体を晒すのか? 僕は賑やかしになる蝿かもしれないが、蝶のように蜜に集りはしない」
「裁を蜜呼ばわりか。蜜にたかる蝿だって居るだろ。じゃあ、毒ならどうだ?」
僕は手を止めた。
「知っての通り、今年は環樹が主催だ。そして、俺は裏の主催の面子に選ばれている」
「主催?」
「表向きは彼方の方々が主催だろ?」
紫煙は親指で天守閣を示す。
「どういうわけか俺が、この会を盛り上げる側になっちまったんだよ」
つまり、実質的な主催者側か。どういうわけか、などと言っているが、僕には理由がよく分かった。優秀だからだ。
紫煙は黙々と訓練や任務をこなすばかりの僕とは違う。訓練も任務も手際よく終わらせ、要領良く息抜きし、空いた時間をまめに情報収集や余所の忍びとの人脈作りに充てる情報通でもある。他国との繋がりもあるだろう。適任だ。
「で、だ。その俺の耳に、こんな情報が入ってきた」
相変わらず軽い調子で言いながら、何気ない風を装って近づいてくる。僕の警戒をよそに、紫煙はそっと僕の耳に口を寄せる。
「露霧が来るぜ」
その瞬間、僕は仮面舞踏会への参加を決めた。
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露霧国は、つい近年まで鎖国、つまり国を閉ざして、どの国とも関わりを持たなかった国だ。ごく最近国を開いて以後、盛んに周辺国との交流を進めている。周辺といっても、隣と大陸を統べる裁の国とその間の国々程度ではない。三つほど国をまたいだ幽理海縁の国々、そして小海を挟んだ島国の環樹へまでも呼び掛けがある。おおよそ友好的な態度で、環樹国側も国交を受け入れるつもりのようだ。
馬鹿げている。
なぜ誰も彼も、露霧という国を疑わないのか。僕には不思議でならない。記録によれば数十年、ただの一度も国を開かなかったはずの国が、よく周辺の事情を把握している。技術も周囲と違いがあるようには見えない。それでいて新参者だと無知を装っている。そんなことはあり得ない。技術というものは、いくつもの発見と技術が組み合わさって進んでゆくものだ。大陸全体の発想と技術が、一つの露霧という国内で同じように組み上がっていったというのは考えにくい。天才が集まっていたとして、全く同じ技術になるわけもない、
露霧は確実に、鎖国の最中もどこかと繋がって情報を得ていた。そして、今も密かに国内で何かを目論んでいる。僕は、そう考えている。
「墨染」の中では紫煙にしか話したことのない推測だ。たぶん信じる者もそれくらいしかいない。それでいい。証拠を掴むのが忍びの役目だ。だから僕は仮面舞踏会に来た。
(……多いな)
僕は室内を見回しながら、ある種の人物を確かめていく。変装して声を変え、雰囲気すら変化させる忍びの業でも、誤魔化せないものがある。
響、と僕は呼んでいる。
悪意を持った人間の近くにいると、頭に響くものがあるのだ。生まれつきの感覚だから僕には自然だが、他に感じるという者に会ったことがない。この感覚なしで忍び同士の競り合いをこなし、刺客を躱すのだから、僕以外の者達は恐ろしく鋭い感覚を持っているのだろう。僕には天才的な能力はないから、この響を武器に盾にして生きている。
しかし、忍びが大勢集まったこの場では響が当然多い。会場に入った瞬間からあちこちの響がぶつかり合い、不協和音になっていた。気分を崩すほどではないが、把握しきれない。
(この中から、露霧の手の者を探せるか?)
運良く見つけられたとしても、そこから特徴を探り、話しかけ、少しでも露霧国の情報や思惑を探り出さなければならない。そしてもちろん、僕のことも探られてしまう。
紫煙や他の忍びに話を聞き、今一番流行りの服装、髪色にした。仮面も人気の蝶の型に似せて、ただ、耳や顔の特徴が隠れやすいように工夫を加える。少しは流行りに乗った結果特徴のない仮装になってしまった者たちの中に紛れこめる。
僕の目的は、できるだけ目立たず、自分の情報を落とさずに、露霧の者から情報を得ることだ。できれば、彼らがこの仮面舞踏会に紛れ込んだその意図を探り当てたい。この人数では容易なことではないだろうが。
僕は席を移ると、卓上に飾られていた花瓶から青い薔薇を一輪引き抜いた。ただ珍しいなどというものではない、本当の花色だとすれば恐ろしい値段のつく代物だ。ただし、さっと切り口を傾けて見てみれば、茎の水を通す管に青がついている。花に色水を吸わせて、白い花びらを青く染める手口だ。これでも相当な技術は要る。ただ一色で染めただけでは不自然な色合いになるからだ。茎に切れ込みを入れて管を切り分け、管ごとに、また染まるごとに色合いを変えることでここまで美しい薔薇になる。
僕は茎の水分を拭うと、花を胸元に挿して、大陸卓を離れる。これだけなら、大して不自然な動きではない。まず間違いなく見逃されるだろう。茎に残った細かな切れ込みが暗号になっているなどと、気づくわけがないのだから。先程水分を拭いた時に押して組織を潰し、もう切れ込みが分からないようにしたのだから。
[3 残り 1]
紫煙からの暗号だ。切れ込みの新しさからいって、ついさっき。分かったばかりの情報をくれたのだろう。
(今、三人が入り込んでいる。そしてあと一人、まだ着いていない)
どうやって調べたか知らないが、それだけ分かれば十分だ。
見つけてみせる。なんとしても。
仮面舞踏会の会場は、大まかに、中央の踊り場(円い絨毯が大まかな範囲を示すために敷かれている)、それを囲むように点々と数人の楽団の組が置かれ、間を通れるようになっている。さらにその外側には間隔広く円卓が散らされ、多くの人は合間で輪を作り談笑している。
仮面も格好も、目立とうとした独創的な格好が多い。すっかり油断しているようにしか見えない。背後を狙っていけば、五十人ほどは楽に無力化できるだろう。
僕が探しているのはこういう手合いではない。
この輪の中に露霧の三人のうち誰かが混ざっている可能性はある。油断している相手に、己も油断した様子を見せれば、話を聞き出しやすい。だが、そういう演技は僕には難しい。己を表に出さないところを見破られてしまったら終わりだ。
せめて一対一。それなら、注意深くすれば演技できる。つまり、僕が探すのは単独の潜入者だ。
(……見つけた)
深紫のドレスを着た背の高い女が一人、立っていた。見つめると、頭の中心に、刺すような「響」が走る。
必要になれば、会場内の全てを殺す気で来ている。そのくらいの悪意が、溜まっていた。すぐに注意を逸らしても、頭にしばらく残響が残る。わずかに痛みすらある。
……環樹国の忍びではない。虹紀の国にも竜背にも波慟にも、ここまでの強い悪意を抱えた者をこの舞踏会に出す意図があるとは思えない。露霧にもここで荒事を起こす気はないだろうが、血の気の多い者を誰かは使節の中に入れているはずだ。
さて、どのように近づくか。
女となると多少の駆け引きが必要だ。交流の輪に入ろうとしていない単独の忍びとなると、情報収集をしない、純粋に武力としての役割を担う者かもしれない。話しかけても無視される可能性がある。まずはもう少し様子見を……
しようとしたとき、僕は急に、全身を砕かれる感覚を受けて立ち眩んだ。
全力で脚に力を入れる。周囲から不自然に見えることは承知の上で、全力で。持っていたグラスはなんとか近くに置き、こぼすのを防ぐ。卓の縁を掴んで、一秒、二秒、三秒は保たず、音を立てずに崩れ落ちた。
何というざまだ。目立ってしまった。周囲からは毒でも盛られたように見えるかもしれないし、裏に何か仕組んでいると勘繰る者も出るだろう。何より、会場をそれとなく監視しているであろう紫煙が、迷惑を被る。それは、避けなければならない。……思いながらも、僕は、屈んだまま、下を向いたまま、動けなかった。
全身が、響いている。
僕の感覚は、強い悪意を持った者を察知すると、悪意を向けられている場所などに震えているような感覚が走る、というだけのものだ。先程見つけた露霧の女でさえ、頭がわずかに痛くなる程度だった。痛みを覚える時点で異常だが、この会場の人を皆殺しにするほどの悪意で、それだ。
しかし、今、僕の全身に響いている感覚は、体を震わし、絶え間なく揺らし、砕こうとするほどに、強い。まだ、何が起こったのか分からない。
(一筋の迷いすら感じられない悪意……)
……一息ついて、ようやく理解が追いついた。あの瞬間の少し前、耳にかすかに入ったのは、扉が絨毯と擦れ、開く音。僕がそうしたように、人が会場へと滑りこむ、殺した音だった。
僕は見つけていない。注意を向けてもいない。それが会場に入ってきた。それだけで、悪意が響いたのか。
[残り 1]
今入ってきた人物が、露霧からの侵入者の最後の一人だ。そして、……最も危険な人物だ。
同時に、顔から血の気が引いた。
扉から入ってきた足音が、そのまま、僕の方へ歩いてきている。
当たり前だ。僕は、扉が開いたちょうどその時に倒れた。扉の位置からして見えていないはずがない。具合が悪いように見えたか、それとも、都合が悪くて顔を隠すように物陰に隠れたと思われたか。
何とか、誤魔化さなければならない。思うも、うまく立ち上がれそうにない。まして、足音が近づくたびに、痛みが増す。肉体的な痛みは耐えられるが、響としての痛みは初めての感覚だ。知らない臓器を刺され、鍛えられない部位を叩かれるように新しい恐怖として身体を回り続けている。
そもそも、見つかってしまったから、もう逃げられない。確信めいた根拠のない感覚に、僕は胸を押さえる。
足が絨毯を踏めばその音が響き、足を上げれば風圧のように肌から染みこんで響く。全身を苛みながら、僕の前に、悪意の主は立ち止まる。
「大丈夫ですか?」
男声らしき音の波が、鼓膜を打った。押し潰されそうな悪意が、僕を貫く。疑われている。探られている。この悪意を逸らさなければ、僕は変わらず、立ち上がることすらできない。このまま周囲の死角をついて、殺されるかもしれない。どうすれば避けられる? 何か、一瞬でも、この悪意を和らげ、気を逸らす方法は……。
「だ、いじょうぶです」
僕は答えて、顔を上げた。
悪意が、止まった。
僕より頭一つほども背の高い男だ。見たままを信じるならやや大柄。蜘蛛を思わせる大きな仮面を自然に顔の特徴を隠すように身につけ、黒を基調とした服やいくつかの装飾品は、派手ではないものの質が良いことがすぐに分かる。そして、蜘蛛仮面にも隠せないその表情は、呆けたように固まった。
無理もない。僕が彼の立場でも、おそらく隙を見せただろう。
僕は青薔薇の茎を横ざまに口に咥えていた。
これは、環樹国においては、男から男への衆道……性的な誘いを仄めかしている。
賭けだったが、他に使える物もなかった。露霧の者が意味を知らない可能性もあったが、環樹の文化を調べつくしていることに、賭けた。
そして勝った。
痛みのない一瞬の間に、僕は口から薔薇を滑り落として立ち上がる。
「ありがとうございます……急に目眩がして、しまって」
素早く言い訳をすると、そのままふらつく体に任せて一歩、距離を取る。一瞬止んだとはいえ、まだ全身に痛みが押し寄せてきている。警戒されているのだろう。敵意がないと伝えるためにも、不用意に男の方に近づいたりはしない。
「ちょっとはしゃいでしまったかも。外で休んできます」
僕は手ぶらだ。今すぐにこの男を害する気があるようにも見えないだろう。この場所に何か落ちたわけでもないし、痕跡もない。調べればすぐ分かることだ。後は、「気を引いた」なんて疑いを晴らすために、早く離れて立ち去るべきだろう。衆道の誘いを掛けた男などと思われては、とても困る。
いくら露霧の者でも、この悪意を前に情報を聞き出せる気がしない。引き際が肝心だ……。
「こんなに具合の悪そうな人を放っておくわけにはいきません。少しお付き合いしますよ」
男が、僕の肩に手を掛けた。
悲鳴を上げなかったのは、僕にしては上出来だった。なんとか触れた部分から流れ込む悪意に耐え、踏み止まった。筋肉のない場所を殴られているような気分だ。いや、もっと悪い。
「……やや、ありがたいことです」
それでも僕は、薄く微笑んで見せたらしかった。
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