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零弐 狂わしい金ね板の楽譜
一音 (25/2/28弾直し)
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房のように束ね連なった鈴の音は、八重に九重に響く。
どれだけ鈴が泣いたとて、僕と貴女は、すれ違えども、重ならない。
「あなたには、救えないよ。私は」
言わないでくれ。
「ごめんね、――」
そんな顔を見せないでくれ。
「でもね…………」
そんな風に言葉を切らないで、
どうか思い出させてくれ。
「…………」
貴女の、遺言を。
ヰヰヰヰヰヰヰ
「!」
僕は寮の狭い寝床から勢いよく起き上がった。
(今の夢は、何だ?)
妙に生々しい、誰か顔も見えない相手と話す夢。
夢の中だというのに、頭に「響」が走っていた。まだ脳の中心にわずかに、痺れるような残響が残っている。
「……」
僕は、他人の悪意を頭に響くような衝撃として感じる体質を持っている。それが響。どれだけ完璧に心の奥に隠していても、強い悪意を抱けば分かる。
しかし、夢の中の相手に感じたことなど無かった。幻を相手に悪意を感じることはあり得ない。
……覚えがないが、いつか受けた悪意の記憶なのか。それとも、僕の寝ているうちに、悪意ある誰かが近くに居たのか?
後者なら、寝首を掻かれていた可能性もあった。重く受け止めるべきだろう。
「どうした、霜月?」
そこまで考えたところで、声を掛けられる。
「何でもない」
僕は素っ気なく言って布団から出た。
僕と同室のこいつは、仮の名を紫煙という。共にいても全く響を感じない珍しい人間だ。最初はこの体質が反応しない相手もいるのかと悩んだが、そうではないらしい。どうやらこいつは、底抜けに悪意というものを持たないのだ。
だから気安く同室にいられる。
出会う者全てから悪意を感じるのは当たり前で、僕にとっては当然のことだが、何も感じずにいられる場所があるというのは心底安心する。そんなこと、誰にも言いはしないが。
そしてこいつには、嫌味なところも全くない。優秀で社交性にも長け、武術も軽々こなしてみせるくせに、僕のような落ちこぼれにも対等に接してくる。そういう態度が一部の人間に劣等感を与えることすら知らないだろう。
そうだ、紫煙がいる限り、僕がどんなに間抜けに寝入っていたとしても、侵入者はありえなかった。こいつが気づかないはずがない。
だとすれば……。
僕はいったんそこで思考を止めた。
卯の初(朝五時)から集会、その後すぐ調査が割り振られるはずだ。余計なことに回している頭は無い。
「最近、城下町の風紀が乱れている」
僕らの所属する忍びの詰所、「墨染」が長は、皆から陽炎さん、と呼ばれている。僕はこの人の機嫌が良いところを見たことがない。「治安が良い」という言葉も聞いたためしがない。
「甲田、意味は分かるな?」
「は、はい、長。我々がもっと気を引き締めねばならないということです」
「馬鹿者。『気を引き締める』程度のことで町全体を護れるか!!」
……こういうやり取りが、十日に一回は行われる。
「貴様らの使命は、墨染の印の届くところ、全てを見張り、事件を防ぎ、犯人を捕らえることだ。それ以下のことは当然だと思え! 分かったな、甲田ぁ!」
「は、はい! 心得ました!」
「では、担当を配る!」
僕は自分用の紙束を取ると、素早くめくった。
指令は口頭の説明よりも、紙で済まされることが多い。その方が時間の短縮になるのだが、その分、他の同僚が何をしているのか分からないことも多い。聞けばいいのだが陽炎さんの前では皆散るのが早い。
今回僕に回ってきたのは、独りの任務。最近多発している人消えの調査だった。
事件の噂はあちこちで耳にしていたが、それらに関連性があると判断されたのはつい最近だろう。個々の事件については簡単な調査が済んでいるから、関連性を考えて別の視点から調べる必要がある。紙束の上には朱色の墨で引かれた薄い線。綿密に報告すべき任務だ。
僕向きの任務には見えないが、忍びたるもの、長の采配に異を唱えることなどない。ただ全力を尽くすだけだ。
「それでは、かかれ」
「「「はっ!!!」」」
陽炎さんに声を合わせ、一日が始まる。
ヰヰヰヰヰヰヰ
僕の生まれるそう遠くない昔に、環樹の国では大きな内戦があった。……知識としては知っているけれど、表面上は平和な今では、どこか絵空事のように思えてしまう。確かにその時代を生き抜いた者が、少なからずいるのに。
「竹屋『光堂』」
紙束の最初に載った人物は、内戦の前から続く、竹を専門に扱う小さなお店を営む店主だった。戦時には竹槍として使われていたそれも、今では当然、様々な平和ごとに使われている。
僕は、その店の前に来ていた。くたびれた着流しの、ぱっとしない見目の男といった装いだ。
向かいの甘味屋の席に座り、「結い青梅」を注文する。青梅餡の饅頭に飴の糸を絡めた、季節ものだ。茶をすすりながらそっと様子を伺うと、大声で客引きをする主人の妻が見えた。たしか、消えた店主に代わって店を切り盛りしているらしい。
――悪意はさほど感じない。
人間だれしも、少しは悪意を持っているものだ。人が羨ましい、上手くやれば商品を万引きできるのではないか、こいつさえいなければ……だが、それは、実際に悪を犯してしまう者の心中の悪意とは度合いが違う。
僕は軽く首を振った。
被害者の身内が犯人かもしれない、という可能性は、最初から深く考えるようなことではない。
報告によれば、この主人が消えたのは妻の寝静まった夜。誰にも気づかれることなく店の二階にある寝所から消えていた。妻によれば、気づいた時には布団が冷たくなっていたという。部屋は別、耳を悪くしているらしい女には気づけなくとも無理はない。
(報告は本当のようだ)
客引きだけでなく、店で雇っているらしい者らに指示を飛ばす声はやたらと大きい。そして彼らの返事も大きい。元々良かったとしても聴く力は落ちていくだろう。僕は菓子に楊枝を通した。
(お店には三人の雇い人が住まっているが、当の夜には皆出掛けていた、か)
直接店に来た理由は、この三人を見るためでもあった。一人は軍手をはめもせずに軽々と括った竹の束を運び、一人は店の横で竹を割り、一人は店の中で番をしながら、店主の妻に大声を受けては耳に手を当てる。店番はまだ年若かった。丁稚奉公とかいう奴だろうか。
悪意は誰も常人ほどにしか感じない。彼らが店主に何かしたと決まったわけではないし、店主を消して悪意が収まったのなら、今は心安らかだろう。そもそも……。
そのとき、耳の端に、ぽんと軽く響くものがあった。
僕は口を潤すと、そっと席を立った。
甘味屋の看板娘は熱心に道行く人に声を掛ける。人通りの多くなってくる辰の終(午前九時前)から昼過ぎまで売り子をするだけあって、この娘目当てで来る客も多いようだ。
その娘に、後ろから近づく影がある。下卑た口元の笑いを隠しもしない小太りの男は、何を考えているのか、手を出して、店の横、娘の目に入らない場所からゆっくりと近づいていく。
その手を、着流しの袖をさばいて素早く掴む。
「おっと、いくら足がもつれたって、いい歳したお兄さんが若い子に寄っかかるのは良くないね。酒でも入ってたか?」
「なんだ、てめぇはっ」
「この店、お触り禁止らしい。兄さんが思ってるほど気安くないぜ。女将のばばあが番犬を飼ってるのさ。大事な売り子の悲鳴でも聞きゃ人に噛み付く、躾のなってない犬らしい。ことが大きくなる前にそっと消えな」
小声できつく、どすを効かせた声を出す。少し強めに手を捻ってやってから離すと、男は、顔色を変え、舌打ちをして離れていった。
僕はため息を押し殺す。あの程度の悪意ならそこまで気に掛けることもなかったのだが、面倒なことになるのは避けたかった。なんせ、躾のほどはともかく、この店に番犬がいるのは確かだ。看板娘の袖に、数本毛が付いているのだから。
僕の感覚はたいてい、こういった細かな悪事を事前に止めることにしか役立たない。事後では、意味がないのだ。
「ありがとうございます、お兄さん」
看板娘がそっと話しかけてきた。静かに済ませたつもりだったが、聞こえてしまったらしい。
「僕は何も」
手を振って店を出る。
覚えられてしまった。とろけるような青梅餡が面白く、また食べたいと思っていたが、しばらくここに来るのは控えるべきかもしれない。
ヰヰヰヰヰヰヰ
次に僕が来たのは、古本屋だった。ここには調べに行くと話を通してある、というのも、
「ああ、よくぞ来てくれました、わたくし、あの子が心配で心配で、早く入ってください、ささ、何度でも調べて、ちゃあんと可愛いあの子が帰ってくるなら、わたくし、何度でもお話ししますわ」
消え子の母親が協力的だからだ。いや、どちらかと言えば、積極的だろうか。一人っ子で幼い頃から期待を寄せていたとなれば無理もない。調査がきちんと進んでいるのか心配でたまらない、とたびたび聞いているという。居なくなってから一日もしないうちに届け出が出されたので、一番情報の多い件でもある。
「あの子はわたくし共にとってはかけがえのない子なんですの、ええ、目に入れても痛くないとはこの事を言うんですのね、きっと拐かされたに違いありませんの、あんな玉のような翡翠のような子ですもの、ちょっと親馬鹿が過ぎるかしら? でも、あの子が頬に紅でも差していれば誰だって一発で分かりますわ、あの子がどれだけ愛らしい子か、先生にもこれだけ筋のある子は教え甲斐があるって褒めていただきましたの、その時はどれだけ嬉しかったか、ああ、あの子、皆さんの前で発表するのを間近に控えてたんですのよ、はじめは誰かあの子に嫉妬した子らがいじめたんじゃないかって、ちょうど手に小さな怪我をしていたこともあって、わたくし心配して、でももっと大ごとになってしまって、」
息を継ぐように母親は茶を注いで出した。丁度話も入りやすいところだ。
「確か、その習い事から帰ってこなかったそうですね」
「ええ、まずは先生の所へ行きましたのよ、でも、早めに帰しましたというし、そもそも、他の大きい子たちも見ていたというんですもの、間違いありませんわ、じゃあ誰かと一緒かと思えば、他の子らは長屋住まいや場所が悪くて家では練習など出来ないから居残ってるというじゃありませんの、たしかに見覚えのある子たちが揃ってましたのよ、一人だけお転婆な女の子がいませんでしたけど、それ、流行りの風邪にあって二、三日前から寝てましたものねえ。きっと拐かしはしばらく前から稽古場の前であの子が帰る時間に張ってたに違いないわ、可愛い子に目をつけてたのよ、おお怖い、」
聞いているだけで喉が渇く。この一件に関しては長い話をよくまとめている下調べの帳面が有難い。初めに調べに当たった者は苦労しただろう。僕は番茶を含んで周りを見回した。
通されたのは例の子の部屋だ。その方が話が早いと分かっているらしい。……親に大事にされているのは良い事だ。
ただ一つの問題は、いや、問題というほどでもないのだが、……消え子が男児だというくらいか。親に「可愛い」とばかり言われ、頰に紅を差される、と聞いてみれば、家出の線も追いたくはなる。
「……?」
木の床に、わずかな凹みがあった。目打ちで打ったかのように、細かいが鋭くはない小さな凹みが、掌ほどの広さに三十以上も穿たれている。
これは……何だ?
いつまでも続く話を半ば聞き流しながら、僕は念のため破り取った紙を床に当てて鉛筆を擦り、その凹みを写し取った。
ヰヰヰヰヰヰヰ
張り込みと長話の相手をしたお陰で、次の場所に着く頃には日が暮れかけていた。要領が悪いとこれだ。仕方がないので、道中だけでも節約しようと、頭の中で考えを巡らせる。
これらの消え人事件にはおおよそ共通することがある。
一つは、まだ調べていないものも含め、七人の人消えが一週間ほどの短い間に起きていること。
一つは、抵抗の跡や証拠がほとんどないこと。
そしてもう一つは。
「邪魔するよ」
僕は襤褸けた引き戸を叩いて引いた。襤褸といっても、町外れの小さい医者の家としては普通のことだ。残念ながら、ここまで金が行き届くほどには環樹は整った国ではない。
「邪魔するなら入ってくるんじゃあないよ」
渋い声と鋭い目が暗い室内から飛んだ。
「医者がそれは酷いじゃないか」
「ほうん、治療を求めて来たわけじゃあるまいに。大方、あの煩い忍びの連中だろ、お前も」
「へえ、よく分かったな」
「ふん、こんなやぶに治療を頼む奴がそんな上品な言葉を使うか。おまけにお前、その格好でよくこの通りを歩けたもんだ。後足で砂でも掛けられちまいな」
「勉強になるな。しかし婆さま、やはりあんたは暇だろう? こんな男に駄目出ししてくれるんだから。邪魔するよ」
こうなると話が早い。売り言葉に買い言葉と言うが、たとえ小さな話でも買ってしまったら、話をする余地があると認めてしまったようなものだ。押し売りの手口のようで悪いが、あえて普通の古着を選び、わざわざ丁寧に話しかけたかいがあった。注意しないと気づかない罠を仕掛けておけば、聡い者はついつい、種明かしをしたくなる。
「さて、素直に話を聞かせてもらおうか。こっちはせっかく人の少ない時間に来てやったんだ」
本当は見計らってなどいないが、「せっかく」に重みを乗せて言うと、医者の老女は諦めたように奥から出てきた。かと思えば、僕の前に石の器を押し付けてくる。
「日がな一日手に楽させとるんだろ」
つまりは、話をする代わりに薬草を擦り潰すのを手伝えということらしい。断る理由もなく僕は棒を受け取って緑の草を潰し始めた。簡単な薬を作るのは慣れている。この程度の悪意ならかわいいものだ。
老女は胡散臭そうにしばらく手元を見ていたが、使えると思ったのか、器に草や実を放りこみ始めた。
「言っとくけど、あたしゃあ、前に来た奴に言ったこと以外のことは何にも知りゃしないよ。こんな枯れ木みたいなばばあが男を攫ったり切ったりできるもんかね」
「婆さまが下手人だと言ってる訳じゃないさ。ただ、話をしっかりと聞きたい」
「だから、言ったよ、全部。ちゃあんとあの男が地獄耳だったことから、肺から血を出してたことまで言ったろ。誰も住まいを知りゃしないさ。あたしもね」
「おれが直接聞いたわけじゃないからなあ。そもそも、肺から血といっても色々あるんだろう?」
「肺からだろうが腹からだろうがお前に分かるもんかね。どうせお城のお偉い医者は小難しいことしか言わんのだろうが、あたしゃね」
言いかけて、医者はふと僕を見る。
「……ちょと、待ちな。お前、どこで薬を学んだんだい」
「学んじゃいないよ」
「あたしが何も言わずに放り込んだもんを、実の皮を取ったり丁度いいところまで混ぜたら手を止めたり、ずいぶん手際の良いことじゃないか。お前ほんとにただの忍びかい」
「……ははは」
材料から薬には検討がついていた。この実は必要だが、皮にはわずかに効き目を悪くする毒が含まれている。除くのは当たり前だ。……傷薬や血止めを普段から作るなら当たり前に知っていることだが、確かに、木っ端忍びが持っている必要のない知識だったかもしれない。
「何も知らないで薬草の束でも踏んづけてしまったら婆さまに話を聞かせてもらえないと思ってね。実際、肺から出た血と腹からの区別もつかないと困る」
曖昧に言うと、医者は疑ぐり深げに僕を見て、手元を見て、はあと息をついた。
「下手なことしたらまた適当に追い出してやろうと思ってたのに」
そして、ゆっくりと立ち上がると奥の古い箪笥へ歩いていった。悪い癖で観察してしまったが、膝と足骨でも悪くしているようだ。歩くにも特徴のある音が出るし、麻酔でも使わないと男どころか元気な男児にも敵わないだろう。
「ほら、駄賃だよ」
放られた紙束は、この辺りで「仙人」と呼ばれていた老人を診た記録だった。墨の細い字は綺麗ではないが読みやすく、所々には図も描かれている。この医者が描いたものらしい。最後まで素早く目を通した僕は、そこに描かれたものを見て、「ほう」と声を上げた。
老人のものらしい左手が描かれていた。その甲に、稲妻型のくっきりした傷痕が、記されている。
「それが、見つかった手首だよ」
「どのくらい確かなんだ?」
「あたしゃこう見えても、一度見たもんは忘れないのさ」
なるほど。
「その傷は、生きてる時についたもんだよ。死人の肌につくのと傷の具合が変わるのは知ってるだろ?」
「ああ」
「そこに書いた通り、あのじじいが最後に来てから二日後さ。いつも二週に一度くらいしか来ない患者の心配なんぞしてなかった。まさか、薬草取りに森に入ったら手首が落ちてるなんて思わんだろ」
「落ちていたのは、森だったんだな?」
「ああ、最初は話すのが面倒でどぶに落ちてたとでも言ってたかね。すぐそこの森さ。漆が生えてるから誰も入りゃしない」
「……そうか」
「そのときゃ、じじいもとうとう獣にやられたかと思ったんだがね。誰だかがお前たちに言ったんだろ? この傷のことを」
「そういうことだな」
最初は別々の事件として考えられていた人消えは、本屋の母親の長話からふいに進展を見せた。男児が消える前に手に妙なじぐざぐの怪我をしていたというのだ。
母親はそこから習い事での苛めでも考えていたようだが、その頃、この手首の噂が入ってきた。偶然のことに、前任の忍びが確認したところ、あちらこちらの事件が繋がった。竹屋の主人も、他の消え人四人も、皆、利き手の甲に稲妻に似た血の出るほどの傷を作っていたのだ。
この「仙人」の件も人消えとして扱われてはいるが、体の一部が見つかったといえば、残りの部分が無事であるとは考えにくい。だからこそ、これらの事件の関連は墨染の外には漏らさないよう、また、細かに報告するよう求められていた。
確かなことが分かるまでは、滅多なことを母親や、明日から会う消え人の関係者に言う訳にはいかない。しかし、容易に想像できる事態に、どうしても顔色は暗くなった。
ヰヰヰヰヰヰヰ
「墨染」に帰ると、紫煙が庭先で煙草を吹かしていた。いや、臭いからいって、香草だろうか。煙草と違い、息を吹いて湯気に溶けこませた香りを楽しむだけのものだ。害はない。
「よう。お疲れだな」
「そうでもない」
言葉少なに通り過ぎようとして、ふと、足を止めた。
「お前は何を調べているんだ?」
「俺か? 商人どもがつまらないことで揉めていたから止めてきた。話し合いでな」
「……なるほど」
「輸入品に難癖をつけられたからな」
言いながら指を組み合わせ、鳴らすのはどういう訳か。
「そういうお前は、あれか。例の手首婆さんから話を聞くって苦行、前任者があれは無理だってこぼしてたが、どうだった?」
「聞いてきた」
「ひゅう、やるな!」
「……別に」
そう我がことのように嬉しそうにされると、嫌味と取ることもできない。有能な奴がいつも本心から凡人を褒めるとなれば、凡人の心はどうしたって複雑になるものだろうに。
「まあ、気張るのも程々にな」
「人消えはのんびりこなすような任務では無いだろう」
「それもそうか」
檸檬だったか。僕は香草の香りを快く感じながらも、歩き去った。陽炎さんに報告して、新しく手に入れた話についた考える。今夜は遅くなりそうだった。
どれだけ鈴が泣いたとて、僕と貴女は、すれ違えども、重ならない。
「あなたには、救えないよ。私は」
言わないでくれ。
「ごめんね、――」
そんな顔を見せないでくれ。
「でもね…………」
そんな風に言葉を切らないで、
どうか思い出させてくれ。
「…………」
貴女の、遺言を。
ヰヰヰヰヰヰヰ
「!」
僕は寮の狭い寝床から勢いよく起き上がった。
(今の夢は、何だ?)
妙に生々しい、誰か顔も見えない相手と話す夢。
夢の中だというのに、頭に「響」が走っていた。まだ脳の中心にわずかに、痺れるような残響が残っている。
「……」
僕は、他人の悪意を頭に響くような衝撃として感じる体質を持っている。それが響。どれだけ完璧に心の奥に隠していても、強い悪意を抱けば分かる。
しかし、夢の中の相手に感じたことなど無かった。幻を相手に悪意を感じることはあり得ない。
……覚えがないが、いつか受けた悪意の記憶なのか。それとも、僕の寝ているうちに、悪意ある誰かが近くに居たのか?
後者なら、寝首を掻かれていた可能性もあった。重く受け止めるべきだろう。
「どうした、霜月?」
そこまで考えたところで、声を掛けられる。
「何でもない」
僕は素っ気なく言って布団から出た。
僕と同室のこいつは、仮の名を紫煙という。共にいても全く響を感じない珍しい人間だ。最初はこの体質が反応しない相手もいるのかと悩んだが、そうではないらしい。どうやらこいつは、底抜けに悪意というものを持たないのだ。
だから気安く同室にいられる。
出会う者全てから悪意を感じるのは当たり前で、僕にとっては当然のことだが、何も感じずにいられる場所があるというのは心底安心する。そんなこと、誰にも言いはしないが。
そしてこいつには、嫌味なところも全くない。優秀で社交性にも長け、武術も軽々こなしてみせるくせに、僕のような落ちこぼれにも対等に接してくる。そういう態度が一部の人間に劣等感を与えることすら知らないだろう。
そうだ、紫煙がいる限り、僕がどんなに間抜けに寝入っていたとしても、侵入者はありえなかった。こいつが気づかないはずがない。
だとすれば……。
僕はいったんそこで思考を止めた。
卯の初(朝五時)から集会、その後すぐ調査が割り振られるはずだ。余計なことに回している頭は無い。
「最近、城下町の風紀が乱れている」
僕らの所属する忍びの詰所、「墨染」が長は、皆から陽炎さん、と呼ばれている。僕はこの人の機嫌が良いところを見たことがない。「治安が良い」という言葉も聞いたためしがない。
「甲田、意味は分かるな?」
「は、はい、長。我々がもっと気を引き締めねばならないということです」
「馬鹿者。『気を引き締める』程度のことで町全体を護れるか!!」
……こういうやり取りが、十日に一回は行われる。
「貴様らの使命は、墨染の印の届くところ、全てを見張り、事件を防ぎ、犯人を捕らえることだ。それ以下のことは当然だと思え! 分かったな、甲田ぁ!」
「は、はい! 心得ました!」
「では、担当を配る!」
僕は自分用の紙束を取ると、素早くめくった。
指令は口頭の説明よりも、紙で済まされることが多い。その方が時間の短縮になるのだが、その分、他の同僚が何をしているのか分からないことも多い。聞けばいいのだが陽炎さんの前では皆散るのが早い。
今回僕に回ってきたのは、独りの任務。最近多発している人消えの調査だった。
事件の噂はあちこちで耳にしていたが、それらに関連性があると判断されたのはつい最近だろう。個々の事件については簡単な調査が済んでいるから、関連性を考えて別の視点から調べる必要がある。紙束の上には朱色の墨で引かれた薄い線。綿密に報告すべき任務だ。
僕向きの任務には見えないが、忍びたるもの、長の采配に異を唱えることなどない。ただ全力を尽くすだけだ。
「それでは、かかれ」
「「「はっ!!!」」」
陽炎さんに声を合わせ、一日が始まる。
ヰヰヰヰヰヰヰ
僕の生まれるそう遠くない昔に、環樹の国では大きな内戦があった。……知識としては知っているけれど、表面上は平和な今では、どこか絵空事のように思えてしまう。確かにその時代を生き抜いた者が、少なからずいるのに。
「竹屋『光堂』」
紙束の最初に載った人物は、内戦の前から続く、竹を専門に扱う小さなお店を営む店主だった。戦時には竹槍として使われていたそれも、今では当然、様々な平和ごとに使われている。
僕は、その店の前に来ていた。くたびれた着流しの、ぱっとしない見目の男といった装いだ。
向かいの甘味屋の席に座り、「結い青梅」を注文する。青梅餡の饅頭に飴の糸を絡めた、季節ものだ。茶をすすりながらそっと様子を伺うと、大声で客引きをする主人の妻が見えた。たしか、消えた店主に代わって店を切り盛りしているらしい。
――悪意はさほど感じない。
人間だれしも、少しは悪意を持っているものだ。人が羨ましい、上手くやれば商品を万引きできるのではないか、こいつさえいなければ……だが、それは、実際に悪を犯してしまう者の心中の悪意とは度合いが違う。
僕は軽く首を振った。
被害者の身内が犯人かもしれない、という可能性は、最初から深く考えるようなことではない。
報告によれば、この主人が消えたのは妻の寝静まった夜。誰にも気づかれることなく店の二階にある寝所から消えていた。妻によれば、気づいた時には布団が冷たくなっていたという。部屋は別、耳を悪くしているらしい女には気づけなくとも無理はない。
(報告は本当のようだ)
客引きだけでなく、店で雇っているらしい者らに指示を飛ばす声はやたらと大きい。そして彼らの返事も大きい。元々良かったとしても聴く力は落ちていくだろう。僕は菓子に楊枝を通した。
(お店には三人の雇い人が住まっているが、当の夜には皆出掛けていた、か)
直接店に来た理由は、この三人を見るためでもあった。一人は軍手をはめもせずに軽々と括った竹の束を運び、一人は店の横で竹を割り、一人は店の中で番をしながら、店主の妻に大声を受けては耳に手を当てる。店番はまだ年若かった。丁稚奉公とかいう奴だろうか。
悪意は誰も常人ほどにしか感じない。彼らが店主に何かしたと決まったわけではないし、店主を消して悪意が収まったのなら、今は心安らかだろう。そもそも……。
そのとき、耳の端に、ぽんと軽く響くものがあった。
僕は口を潤すと、そっと席を立った。
甘味屋の看板娘は熱心に道行く人に声を掛ける。人通りの多くなってくる辰の終(午前九時前)から昼過ぎまで売り子をするだけあって、この娘目当てで来る客も多いようだ。
その娘に、後ろから近づく影がある。下卑た口元の笑いを隠しもしない小太りの男は、何を考えているのか、手を出して、店の横、娘の目に入らない場所からゆっくりと近づいていく。
その手を、着流しの袖をさばいて素早く掴む。
「おっと、いくら足がもつれたって、いい歳したお兄さんが若い子に寄っかかるのは良くないね。酒でも入ってたか?」
「なんだ、てめぇはっ」
「この店、お触り禁止らしい。兄さんが思ってるほど気安くないぜ。女将のばばあが番犬を飼ってるのさ。大事な売り子の悲鳴でも聞きゃ人に噛み付く、躾のなってない犬らしい。ことが大きくなる前にそっと消えな」
小声できつく、どすを効かせた声を出す。少し強めに手を捻ってやってから離すと、男は、顔色を変え、舌打ちをして離れていった。
僕はため息を押し殺す。あの程度の悪意ならそこまで気に掛けることもなかったのだが、面倒なことになるのは避けたかった。なんせ、躾のほどはともかく、この店に番犬がいるのは確かだ。看板娘の袖に、数本毛が付いているのだから。
僕の感覚はたいてい、こういった細かな悪事を事前に止めることにしか役立たない。事後では、意味がないのだ。
「ありがとうございます、お兄さん」
看板娘がそっと話しかけてきた。静かに済ませたつもりだったが、聞こえてしまったらしい。
「僕は何も」
手を振って店を出る。
覚えられてしまった。とろけるような青梅餡が面白く、また食べたいと思っていたが、しばらくここに来るのは控えるべきかもしれない。
ヰヰヰヰヰヰヰ
次に僕が来たのは、古本屋だった。ここには調べに行くと話を通してある、というのも、
「ああ、よくぞ来てくれました、わたくし、あの子が心配で心配で、早く入ってください、ささ、何度でも調べて、ちゃあんと可愛いあの子が帰ってくるなら、わたくし、何度でもお話ししますわ」
消え子の母親が協力的だからだ。いや、どちらかと言えば、積極的だろうか。一人っ子で幼い頃から期待を寄せていたとなれば無理もない。調査がきちんと進んでいるのか心配でたまらない、とたびたび聞いているという。居なくなってから一日もしないうちに届け出が出されたので、一番情報の多い件でもある。
「あの子はわたくし共にとってはかけがえのない子なんですの、ええ、目に入れても痛くないとはこの事を言うんですのね、きっと拐かされたに違いありませんの、あんな玉のような翡翠のような子ですもの、ちょっと親馬鹿が過ぎるかしら? でも、あの子が頬に紅でも差していれば誰だって一発で分かりますわ、あの子がどれだけ愛らしい子か、先生にもこれだけ筋のある子は教え甲斐があるって褒めていただきましたの、その時はどれだけ嬉しかったか、ああ、あの子、皆さんの前で発表するのを間近に控えてたんですのよ、はじめは誰かあの子に嫉妬した子らがいじめたんじゃないかって、ちょうど手に小さな怪我をしていたこともあって、わたくし心配して、でももっと大ごとになってしまって、」
息を継ぐように母親は茶を注いで出した。丁度話も入りやすいところだ。
「確か、その習い事から帰ってこなかったそうですね」
「ええ、まずは先生の所へ行きましたのよ、でも、早めに帰しましたというし、そもそも、他の大きい子たちも見ていたというんですもの、間違いありませんわ、じゃあ誰かと一緒かと思えば、他の子らは長屋住まいや場所が悪くて家では練習など出来ないから居残ってるというじゃありませんの、たしかに見覚えのある子たちが揃ってましたのよ、一人だけお転婆な女の子がいませんでしたけど、それ、流行りの風邪にあって二、三日前から寝てましたものねえ。きっと拐かしはしばらく前から稽古場の前であの子が帰る時間に張ってたに違いないわ、可愛い子に目をつけてたのよ、おお怖い、」
聞いているだけで喉が渇く。この一件に関しては長い話をよくまとめている下調べの帳面が有難い。初めに調べに当たった者は苦労しただろう。僕は番茶を含んで周りを見回した。
通されたのは例の子の部屋だ。その方が話が早いと分かっているらしい。……親に大事にされているのは良い事だ。
ただ一つの問題は、いや、問題というほどでもないのだが、……消え子が男児だというくらいか。親に「可愛い」とばかり言われ、頰に紅を差される、と聞いてみれば、家出の線も追いたくはなる。
「……?」
木の床に、わずかな凹みがあった。目打ちで打ったかのように、細かいが鋭くはない小さな凹みが、掌ほどの広さに三十以上も穿たれている。
これは……何だ?
いつまでも続く話を半ば聞き流しながら、僕は念のため破り取った紙を床に当てて鉛筆を擦り、その凹みを写し取った。
ヰヰヰヰヰヰヰ
張り込みと長話の相手をしたお陰で、次の場所に着く頃には日が暮れかけていた。要領が悪いとこれだ。仕方がないので、道中だけでも節約しようと、頭の中で考えを巡らせる。
これらの消え人事件にはおおよそ共通することがある。
一つは、まだ調べていないものも含め、七人の人消えが一週間ほどの短い間に起きていること。
一つは、抵抗の跡や証拠がほとんどないこと。
そしてもう一つは。
「邪魔するよ」
僕は襤褸けた引き戸を叩いて引いた。襤褸といっても、町外れの小さい医者の家としては普通のことだ。残念ながら、ここまで金が行き届くほどには環樹は整った国ではない。
「邪魔するなら入ってくるんじゃあないよ」
渋い声と鋭い目が暗い室内から飛んだ。
「医者がそれは酷いじゃないか」
「ほうん、治療を求めて来たわけじゃあるまいに。大方、あの煩い忍びの連中だろ、お前も」
「へえ、よく分かったな」
「ふん、こんなやぶに治療を頼む奴がそんな上品な言葉を使うか。おまけにお前、その格好でよくこの通りを歩けたもんだ。後足で砂でも掛けられちまいな」
「勉強になるな。しかし婆さま、やはりあんたは暇だろう? こんな男に駄目出ししてくれるんだから。邪魔するよ」
こうなると話が早い。売り言葉に買い言葉と言うが、たとえ小さな話でも買ってしまったら、話をする余地があると認めてしまったようなものだ。押し売りの手口のようで悪いが、あえて普通の古着を選び、わざわざ丁寧に話しかけたかいがあった。注意しないと気づかない罠を仕掛けておけば、聡い者はついつい、種明かしをしたくなる。
「さて、素直に話を聞かせてもらおうか。こっちはせっかく人の少ない時間に来てやったんだ」
本当は見計らってなどいないが、「せっかく」に重みを乗せて言うと、医者の老女は諦めたように奥から出てきた。かと思えば、僕の前に石の器を押し付けてくる。
「日がな一日手に楽させとるんだろ」
つまりは、話をする代わりに薬草を擦り潰すのを手伝えということらしい。断る理由もなく僕は棒を受け取って緑の草を潰し始めた。簡単な薬を作るのは慣れている。この程度の悪意ならかわいいものだ。
老女は胡散臭そうにしばらく手元を見ていたが、使えると思ったのか、器に草や実を放りこみ始めた。
「言っとくけど、あたしゃあ、前に来た奴に言ったこと以外のことは何にも知りゃしないよ。こんな枯れ木みたいなばばあが男を攫ったり切ったりできるもんかね」
「婆さまが下手人だと言ってる訳じゃないさ。ただ、話をしっかりと聞きたい」
「だから、言ったよ、全部。ちゃあんとあの男が地獄耳だったことから、肺から血を出してたことまで言ったろ。誰も住まいを知りゃしないさ。あたしもね」
「おれが直接聞いたわけじゃないからなあ。そもそも、肺から血といっても色々あるんだろう?」
「肺からだろうが腹からだろうがお前に分かるもんかね。どうせお城のお偉い医者は小難しいことしか言わんのだろうが、あたしゃね」
言いかけて、医者はふと僕を見る。
「……ちょと、待ちな。お前、どこで薬を学んだんだい」
「学んじゃいないよ」
「あたしが何も言わずに放り込んだもんを、実の皮を取ったり丁度いいところまで混ぜたら手を止めたり、ずいぶん手際の良いことじゃないか。お前ほんとにただの忍びかい」
「……ははは」
材料から薬には検討がついていた。この実は必要だが、皮にはわずかに効き目を悪くする毒が含まれている。除くのは当たり前だ。……傷薬や血止めを普段から作るなら当たり前に知っていることだが、確かに、木っ端忍びが持っている必要のない知識だったかもしれない。
「何も知らないで薬草の束でも踏んづけてしまったら婆さまに話を聞かせてもらえないと思ってね。実際、肺から出た血と腹からの区別もつかないと困る」
曖昧に言うと、医者は疑ぐり深げに僕を見て、手元を見て、はあと息をついた。
「下手なことしたらまた適当に追い出してやろうと思ってたのに」
そして、ゆっくりと立ち上がると奥の古い箪笥へ歩いていった。悪い癖で観察してしまったが、膝と足骨でも悪くしているようだ。歩くにも特徴のある音が出るし、麻酔でも使わないと男どころか元気な男児にも敵わないだろう。
「ほら、駄賃だよ」
放られた紙束は、この辺りで「仙人」と呼ばれていた老人を診た記録だった。墨の細い字は綺麗ではないが読みやすく、所々には図も描かれている。この医者が描いたものらしい。最後まで素早く目を通した僕は、そこに描かれたものを見て、「ほう」と声を上げた。
老人のものらしい左手が描かれていた。その甲に、稲妻型のくっきりした傷痕が、記されている。
「それが、見つかった手首だよ」
「どのくらい確かなんだ?」
「あたしゃこう見えても、一度見たもんは忘れないのさ」
なるほど。
「その傷は、生きてる時についたもんだよ。死人の肌につくのと傷の具合が変わるのは知ってるだろ?」
「ああ」
「そこに書いた通り、あのじじいが最後に来てから二日後さ。いつも二週に一度くらいしか来ない患者の心配なんぞしてなかった。まさか、薬草取りに森に入ったら手首が落ちてるなんて思わんだろ」
「落ちていたのは、森だったんだな?」
「ああ、最初は話すのが面倒でどぶに落ちてたとでも言ってたかね。すぐそこの森さ。漆が生えてるから誰も入りゃしない」
「……そうか」
「そのときゃ、じじいもとうとう獣にやられたかと思ったんだがね。誰だかがお前たちに言ったんだろ? この傷のことを」
「そういうことだな」
最初は別々の事件として考えられていた人消えは、本屋の母親の長話からふいに進展を見せた。男児が消える前に手に妙なじぐざぐの怪我をしていたというのだ。
母親はそこから習い事での苛めでも考えていたようだが、その頃、この手首の噂が入ってきた。偶然のことに、前任の忍びが確認したところ、あちらこちらの事件が繋がった。竹屋の主人も、他の消え人四人も、皆、利き手の甲に稲妻に似た血の出るほどの傷を作っていたのだ。
この「仙人」の件も人消えとして扱われてはいるが、体の一部が見つかったといえば、残りの部分が無事であるとは考えにくい。だからこそ、これらの事件の関連は墨染の外には漏らさないよう、また、細かに報告するよう求められていた。
確かなことが分かるまでは、滅多なことを母親や、明日から会う消え人の関係者に言う訳にはいかない。しかし、容易に想像できる事態に、どうしても顔色は暗くなった。
ヰヰヰヰヰヰヰ
「墨染」に帰ると、紫煙が庭先で煙草を吹かしていた。いや、臭いからいって、香草だろうか。煙草と違い、息を吹いて湯気に溶けこませた香りを楽しむだけのものだ。害はない。
「よう。お疲れだな」
「そうでもない」
言葉少なに通り過ぎようとして、ふと、足を止めた。
「お前は何を調べているんだ?」
「俺か? 商人どもがつまらないことで揉めていたから止めてきた。話し合いでな」
「……なるほど」
「輸入品に難癖をつけられたからな」
言いながら指を組み合わせ、鳴らすのはどういう訳か。
「そういうお前は、あれか。例の手首婆さんから話を聞くって苦行、前任者があれは無理だってこぼしてたが、どうだった?」
「聞いてきた」
「ひゅう、やるな!」
「……別に」
そう我がことのように嬉しそうにされると、嫌味と取ることもできない。有能な奴がいつも本心から凡人を褒めるとなれば、凡人の心はどうしたって複雑になるものだろうに。
「まあ、気張るのも程々にな」
「人消えはのんびりこなすような任務では無いだろう」
「それもそうか」
檸檬だったか。僕は香草の香りを快く感じながらも、歩き去った。陽炎さんに報告して、新しく手に入れた話についた考える。今夜は遅くなりそうだった。
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