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零弐 狂わしい金ね板の楽譜
二音
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次の日。
僕は、着流しを崩して砂利道を歩いていた。今度はしっかりと町に溶け込む格好だ。一番よく使う、霜月の姿に近い。
生木の匂う一角で、大工の男たちが作業をしていた。随分と高い家を建てるようだ。
「もし」
手を振りながら大声で呼びかけると、頭上から、
「危ないぞ」
大声が返ってきた。僕は少しだけ後ろに下がって、
「弐瓶さんってどちらでしょうね?」
懲りずに声を跳ね上げる。
しばらくして諦めたのか、一人の男性が高みからひょいひょいと木枠を伝って降りてきた。大柄で日焼けした肌は汗まみれだ。
「弐瓶はオイラだが。……忍びか、オタクも」
吐き捨てるような言い方だ。
「そうです。すみません、うちの者が取っ替え引っ替え何度も、同じ話ばっかり聞かせてくれって来たでしょう?」
「そうだな。話ならソイツらに聞いてくれ、オイラは忙しいんだよ」
「それがですね、あいつ等、捕まってしまいまして」
「捕まったァ?」
「色々悪いことをしてたとかで、そのお陰で白紙になった調査書が僕のような新米にも寄越されるようになってしまったんです。ははは」
前に任務に当たっていた者はもちろん捕まってなどいないが、ここは少し嘘を許してもらおう。
「へっ。ソイツはついてないな、オタクも」
「はい。引き継ぎどころではなくて、困ってしまって」
「ったく、そういう事ならしょうがねェな」
木挽きのすぐ近くに二人で腰を下ろす。
「つっても、オイラにゃ全くアレが消えた理由なんざ分からねえ。アレより木屑と寝てる時間が長ェ、愛想尽かされたかと思ったが、家を出んなら金をもちっと持ってって損は無ェだろ。自分で言う事じゃねえが、そんだけの事はしてる」
「それだけの事?」
「こんな年の差で若い女を娶って、三年も放っておいたんだ、今更出ても次の男はなかなか見つからねェ。先立つモンは持ってくだろ」
なるほど。
「弐瓶さんは奥さんに惚れてたんですか?」
「……オイラのことは、関係ないだろ」
「これは失礼」
紙束に書かれたことと頭の中で照らし合わせていく。
「それで、奥さんの手の傷というのは?」
「ああ……たまたま三日前、いや四日前か? この家建て始める前に、一度帰ったんだが、手に包帯を巻いてやがってな。血が滲んでたんで驚いたんだが、それが左ならともかく利き手の甲だからな。包丁でもあんな場所にはつかねェだろ。ちゃんと聞いてやりゃ良かったんだが、細かい刀じゃあんな傷にはならんだろうし」
「細かい刀?」
「アレはオイラと違って細い細工をするんだよ。切り紙だの細工物だの、簡単なものならひょいと作っちまうんだ。アレの父親が職人だったんだが、跡目はアレの兄が継いだ。それからは趣味でな」
「なるほど」
「なあオタク、もしアレが無事だったらよ……」
「おい、弐瓶、まだ終わらんのかっ!」
「……なんでもねェや。ま、頑張ってくれよ」
冷茶を飲み干すと、男は手を軽く上げて、木組みの建物に上って行ってしまった。僕は黙って、じゃりじゃりと道を歩いて去る。
(やはり、手の甲の傷以外にも共通点がある)
ただ、それが分かったところで、まだ、何か手掛かりが増えるでもない。
最後の望みは、これからだった。それも、本来なら最初に調べるべき場所だ。
ヰヰヰヰヰヰヰ
見覚えのある門を潜り、門番に「墨染」の証と、陽炎さんから託された証明札を示せば、ようやく通るのが許される。先日とは打って変わった有様だ。
広い客間には多くの花瓶が飾られ、中央の椅子に一人の大柄な男が座っていた。
「貴方ガ調査担当ノ忍びカ?」
生まれてからずっと削られたことのない額の枝角、竜の巻き髪に喩えられる癖毛、わずかに入った訛りは明らかに、彼がかの国の出身であることを示している。そして、出身を隠す必要のない立場であることも。
竜背の国。幽理の海を囲む大陸国の一つにして、数日前の仮面舞踏会に楽団を提供する担当となった国だ。
彼は忍びではない。竜背国が誇る音楽家であり、正式に環樹国に遣わされた楽団の総指揮者、雷継だ。
「長らく環樹に滞在を強いてしまい、申し訳ない限りです」
僕は適当に作った名無しの忍びの顔で彼に礼をする。いわゆる天才にはやけに物覚えの良い者が多いので、念のため、圧を与えない使い捨ての顔を化粧で作った。あくまで念のためだ。
「いいや、環樹ノ音楽は非常ニ興味深い。こノ一月ほどは楽しク過ゴしていた」
「そう言って頂ければ何よりです」
もちろん、事件の関係で一ヶ月も帰国を許していないわけではない。もともと仮面舞踏会のために半月ほど前から楽団は環樹国に滞在していた。楽器と奏者の調子を万全に整えるためだとか。海越えの旅は調子を崩しやすいだろうが、調律期間が半月ともなれば贅沢の部類に入る。拘りとも呼べる執念だけあって、確かに見事な演奏だった。
「では、消え人の話をお聞かせください」
「うむ。私たちはこノ建物内で多クノ時間を過ゴす。出るとキは必ず、わずカノ時間であっても記録した上護衛ガ付いている」
前任の調査書にもあった。万が一がないよう、楽団は重要な賓客として慎重に扱われるのだ。
その万が一が起きてしまったのが、今回。それも、消えたのは二人だ。一人は打楽器の類を、もう一人は横笛を扱う者だったという。演奏を無事に終えた後、忙しない会場や楽器の片付けの合間に、ふらりと消えてしまったのだという。
しかし、あの舞踏会は、参加者でさえ招待状が無いとすぐには出られないといった体制だった。記録や護衛を振り切って外に出るのは、最も手薄になる舞踏会中ですら考えられない。
「だカら、おカしい。誰も、どうやって彼らガ消えたノカ分カらナい。コノ建物ニずっと隠れてでもいナケれば説明ガつカナいガ、そう広くナい邸だ。そノ筈もナい」
「仮面舞踏会の直後だったそうですね」
「ああ。あノとキは、皆ガ忙しカった」
雷継は深く息を吐く。その憂いに、嘘は感じられなかった。悪意も抱いている様子はない。
「……今回の演奏は二組の奏者が交代で行ったと聞きましたが」
「うむ。彼らは、前半ノ組だった。……実ノとコろ、彼らガ演奏を終えてカら後、何をしていたノカ分カらナい」
「彼らの様子に不自然なところは?」
「さあ、演奏中は普段ニも増して優れた音色だったカら、叱責を恐れて抜ケ出したという事は…………ああ、しカし一つだケ。居ナクナった直後ニ調べた時、彼らノ楽器は手入れガされて既ニ所定ノ場所ニ片付ケられていた。……後半ノ奏者ニ急ガあった際ニ備え、普通は演奏後直グニ楽器を片付ケるナどというコとはしナい。手入れニ掛カる時間と消えたノガいつカも考えれば、彼らだケで出来るとは思えナい」
「あの……私生活では? 例えば、手の甲の傷について聞いた時」
雷継の動きが止まった。動揺が見える。
「……私とて二人揃ってあれをつケてキた時ニは問いただした。指ノ腱ガ傷ついているカもしれナいと休ませもした。だガ……何も。何も話してはクれナカった。浅い仲では無いつもりでいたガ、そう思っていたノは私だケだったようだナ」
「そうですか。彼らの様子に、それ以外に変化は?」
「いや」
(浅い仲では無い、か)
僕は記録を取る手を少し休めた。それならば、彼の考える深い仲とは何だろうか。
雷継には、音楽を中心に考えるがあまり楽団内の不和を引き起こすことがあるという噂があった。「楽団員を楽器の一部として見ている」という話だったが、彼の話からは実際、消え人の性格が一切見えてこない。手の甲の傷について聞いた時の動揺は、本当に彼らとの仲を嘆いての感情だろうか? それとも、音色を変えかねない楽器の傷を憂いたのか。現状では、故意に彼が傷付けたのではないと分かる程度だ。
「……ありがとうございます」
僕は帳面をしまった。
「それでは、何か分かりましたら真っ先にお知らせします。失礼」
「……待て。君たちは、コノ人消えをどう考えている?」
「どう、といいますと」
「どノようナ絡繰で彼らは消えた?」
やや挑戦的な目が、僕を見た。わずかに混じる唐辛子程度の悪意は、僕から話を聞かれるばかりで何も聞き出せない苛立ちの裏返しだろう。被害者の立場に立ってみれば仕方のない感情だ。
僕はこの言葉を、待っていた。
「……これは私見ですが。人を外に出す明確な方法はいくつかあります」
僕は近くの黄色い薔薇の花瓶から二本を手に取った。これを、白薔薇の花瓶に添える。
「この薔薇が目立つのは、あくまでも剥き出しの白薔薇の園に置かれた時だけです」
花の部分をもう片手で隠し、白だけでなく様々な色の薔薇が活けられた花瓶へと素早く挿して並びを整える。華道の心得はあまり無いが、全体の調和を整える程度はできた。
「様々な国の薔薇が姿を隠して集い、去る場なら、竜背色の薔薇も自然に去ることができます。遅れた参加者として出ればいい」
邪魔していた手を除ければ、もう、新たに挿した薔薇と元の花の区別はつかない。つまりは、「竜背国の忍びと入れ替わって会場を去ったのではないか」というのが、僕の示した回答になる。
「では、そノ為に花瓶カらあぶれた花はどうする?」
雷継氏はその花瓶にゆったりと歩いて近づくと、適当な黄薔薇を二本引き抜き、僕に差し出す。
彼らが竜背国の忍びと入れ替わり客として出て行ったなら、代わりに取り残された、招待状を失った者らはやはり出られない。花瓶に入る花の量は決まっているのだ。
「……」
僕は受け取った薔薇のうち小ぶりな方の花を付け根から千切ると、全ての花弁を燐寸箱に押し込んだ。袂に放り込むと、残った細い茎もいくつかに折って手持ちの巾着に入れる。もう一本の花弁は、ばらして帳面に挟み、短くした茎は見えないように髪と帯に深く刺す。
「人が丸ごと身を隠せるような大荷物を持った客はいなかったそうです。楽器入れ以外には」
一応付け加えて、僕はその場を後にした。
これは、墨染の方針だった。捜査中ということで柔らかく可能性を残しながら、まあまあ悪い展開をあえて言うことで、覚悟は決めてもらう。
もちろん、実際には彼に言ったような気休めの可能性は低いだろう。
(入れ替わりよりも、直接彼らが舞踏会場で殺され、荷物に紛れさせて持ち出され、捨てられた可能性の方が高い)
その方が残酷だろう。だが、誘導したとはいえ、彼自身が聞きたがった話だ。名目上は、僕自ら不謹慎な可能性を口にした訳ではない。隠されれば聞きたくなるのが、人というものだ。
(彼が目をかけていた楽器の音色は、おそらく帰らない)
それにしても、出入りだけ厳しく、その実、館内での殺しを許してしまうとは、何たる失態だ。事件の最中、無様に倒れていた己を思い出し、僕は口元に皮肉の笑みを浮かべた。
(ーーそういえば、あの夏冬という男)
会場に遅れて現れ、僅かに腐臭に似た臭いをさせていたーー奇妙に符合するのは、気のせいだろうか?
あの時は気のせいかとも思ったが、もし、あれが出来立ての屍肉の匂いだったなら……
全身に響いた悪意を思い出せば、まさか、とも思えなかった。あれは、人を殺した直後と言われても、尚信じられないほどの悪意だった。全身に痛みを示す未知の毒を盛られたと言われた方がまだ信じられる。だが、確実に、あれは僕の勘違いではなく悪意だった。
しかし、僕と夏冬が出会った時はまだ、前半の演奏が行われていた筈だ。つまり消え人は生きている。その時には既に誰かが殺されていたのなら、雷継に伝えたシナリオ……奏者は生きていて、入れ替わりの二人が殺されたのだろうか。
逆に、もし僕と別れた後に彼らを殺したのなら、時間から察するに恐ろしい早業の殺し屋だということになる。普通なら人殺しほどの時間はない、と結論付ける所だが……あの響を思うと、それも否定できなかった。
(……露霧の客の荷物記録を、確認しよう)
僕は思い出すだけで痛む頭を軽く振って、無表情を貫いた。街中で通りすがる者を気にかける者などいないだろうが、存在感を消す癖がついているせいか、目立つ行動を取りたくない。既に、雷継に見せた顔の化粧も変えている。帰るだけなら必要はなかったのだが、手が覚えた顔を造ってしまっていた。ここ最近は使っていない、だいぶ造りを変えた顔……忍びでもなければ、同じ者だと気づかないだろう……
「……」
頭に、青梅を使った生菓子が浮かんだ。
いや。
いやいや、いや。
ヰヰヰヰヰヰヰ
「いらっしゃい」
「……結い青梅をひとつ」
「はい、お席にどうぞ!」
竹屋「光堂」の向かいの看板娘は、まだ店に居た。昨日の今日で何も言われないところを見ると変装は問題ないらしい。これからも通えそうだと少し安堵しつつ、菓子に釣られて貴重な時間を無駄にしてしまった自分を咎めながら、僕は光堂が見える席に着く。少しして生菓子が運ばれてきた。ほんのわずかに塩が入った茶の気遣いが乾いた喉に染み込む。
休憩にしてもずるけのようで気が引けて、僕は頭の中で仮面舞踏会の参加者や荷物の表を思い出しては候補を狭めながら店内と光堂もぼんやりと見遣る。
「……それにしても、お向かいさんは可哀想にねえ」
「本当、早く帰ってくるといいですね」
常連だろうか、店内で茶を啜っていた中年の女が看板娘に話しかけた。見ると、竹屋の女が客と言い争いをしている。恐らくは、消え人の主人の事で何か言われたのだろう。僕が直接聞き取りをせず向かいから観察なんてしていた理由がこれだ。前任の忍びは、消え人の名を出すたびに怒鳴りつけられて追い出され、話を聞くのに苦労したらしい。
店内に他に客がいないのを良いことに、看板娘と中年女は喋り始めた。
「あの夜は、旦那がちょうどこの辺りの見廻り番だったのよ。普段は何もないったって、何か気づかなかったのかと思っちゃうわよねぇ」
「……無理もありませんよ。本人がこっそり出て行ったなら。見廻りといっても忍びの方々と違って町人が素人仕事してるだけなんですから、あんまり旦那さん責めちゃだめですよ」
「そうなんだけどねぇ。あの人、犬の吠え声が聞こえて気を取られたなんて言うんだから!」
「あら、それ、うちの番犬かもしれません」
看板娘はくすりと笑った。
「あの夜、普段は大人しいのに、うちの子がしきりに吠えてたんですよ。向かいの竹屋さんところのご主人が居なくなっちゃった晩だったから、なにか虫の知らせだったのかも、なんって私たち噂してたんです」
心配すると口では言いながら、悲譚は微笑みを交えた暇潰しに語られる。何処にでもあるこの光景を残酷と言う事は出来ないだろう。そしていつしか脚色されて、いずれは風化していくのは、嘆くことなのか、自然の摂理か。僕には分からない。早めに吊るされた風鈴が鳴ってささやかに空気を和らげる。
(……見廻り)
墨染からの調査の中には、見廻りの話は無かった。聞き取りはしたらしいが、何も情報が無かったらしい。ここらの男衆なら誰でも見廻りの番になる事はある。人攫いにしろ夜逃げにしろ、出会わないよう避ける事は出来るだろう。
では、どのような道を通るのが安全だろうか? 僕は頭の内でこの地区の地図を広げた。光堂のある大通りは枯洲川沿いの道だ。正確には、この甘味屋が川に面している。左右にしばらく歩くと、えび橋と縹橋がある。そこまで歩かずとも流しの舟が安く渡してくれるが、夕方には居なくなる。
大雑把に見れば、川を越えても越えずとも、続くのは同じような街並みだ。何処かへ行こうとするなら、裏道を通ろうと必ず広い通りは通らなければならない。地図に見廻りの道を重ねてみれば、一つだけ、ほとんど見廻りの通る道程を避けて遠くへ行ける方法が残った。
「勘定を」
僕は店を出て、川向かいへの渡し舟を呼んだ。
「まいど」
「ちょっと聞きたいんですが、この川を舟でこのまま下ると何処まで行けますか?」
「は?」
笠を被った川渡しは眉をひそめて僕を見る。
「いや失礼、変な事を聞きました。ちょっとした……」
「行くのかい? 渡し賃さえ貰えれば何処へなりと連れてくが」
「……以前にもそういう話が?」
「以前も何も、ついこの間、夜にこのくらいの舟がここより上流からずうっと先まで下っていくのを見たけどね。流行りなのかい?」
「……いつでしょうか」
「さあ……数日としか」
目撃証言が得られるとは。
簡単な話で、見廻りの通るのが陸路なら枯洲川を下れば避けられるのだ。夜に舟が出ている怪しさはあるだろうが、酔狂な夜釣りの類は見ない事ではない。見廻りが川沿いを歩く時だけ避ければ、悪くない手だ。
「ここから下って貰えますか」
「おっ、良いよ。船賃弾んどくれ」
櫂を翻して舟は進み始めた。
下流側はえび橋のある方だ。あちらこちらに咲いた紫陽花が目に美しい。
「ところでお客さんは葡萄派かね、海老派かね?」
「はは……僕は葡萄です」
「この辺りのお客様は分かっておいでだ。実は私も葡萄派でね」
……これは、えび橋にまつわる話だ。昔から「えび色」といえば葡萄、つまりぶどうで染めた暗い赤を指すのだが、その音から「海老色」と呼ぶ事もある。こちらは茹でた海老の殻を連想させる。つまり、えび色といえば二つの色があるのだ。この都の人々はこの色に対し妙に思い入れがあるらしく、噂では城でも意見が割れ、決めかねて平仮名の「えび橋」にした、とか。えび橋の色が葡萄か海老か、というのはちょっとした話のたねになる。この橋自体は古いものなので、当事者がおらず色も褪せているから決着がつくことはない。
「実はね、この橋を下から見るとなかなか、趣深い葡萄色が見れるんだよ」
「下から?」
「そう。大船通せるような大きな川じゃなし、渡しくらいしか見もしないのにさ、綺麗に塗ってあるもんだよ」
「それはそれは」
苦笑してみせた僕の上を、葡萄の橋が跨ぐ。
その刹那、頭を震わせるような響が走った。
一つだけではない。橋下の空間にそれこそ響き渡るように、幾つもの異なる響が重なり合い、ずれあいながら、頭と鼓膜を震わせる。悪意自体は慣れている程度なのに、不協和に何故か頭が痛くなるような……。
「……」
「ね? 葡萄だろう?」
「……ええ。良いものを見れました」
僕は、微笑みながら誰にも気づかれないほどに、深く、息をついた。
(そういうことか……)
橋は人目を切る。葡萄色は血の色を隠す。川の流れは痕跡を流す……ただ、悪意だけがそこに、残っていた。
僕は、着流しを崩して砂利道を歩いていた。今度はしっかりと町に溶け込む格好だ。一番よく使う、霜月の姿に近い。
生木の匂う一角で、大工の男たちが作業をしていた。随分と高い家を建てるようだ。
「もし」
手を振りながら大声で呼びかけると、頭上から、
「危ないぞ」
大声が返ってきた。僕は少しだけ後ろに下がって、
「弐瓶さんってどちらでしょうね?」
懲りずに声を跳ね上げる。
しばらくして諦めたのか、一人の男性が高みからひょいひょいと木枠を伝って降りてきた。大柄で日焼けした肌は汗まみれだ。
「弐瓶はオイラだが。……忍びか、オタクも」
吐き捨てるような言い方だ。
「そうです。すみません、うちの者が取っ替え引っ替え何度も、同じ話ばっかり聞かせてくれって来たでしょう?」
「そうだな。話ならソイツらに聞いてくれ、オイラは忙しいんだよ」
「それがですね、あいつ等、捕まってしまいまして」
「捕まったァ?」
「色々悪いことをしてたとかで、そのお陰で白紙になった調査書が僕のような新米にも寄越されるようになってしまったんです。ははは」
前に任務に当たっていた者はもちろん捕まってなどいないが、ここは少し嘘を許してもらおう。
「へっ。ソイツはついてないな、オタクも」
「はい。引き継ぎどころではなくて、困ってしまって」
「ったく、そういう事ならしょうがねェな」
木挽きのすぐ近くに二人で腰を下ろす。
「つっても、オイラにゃ全くアレが消えた理由なんざ分からねえ。アレより木屑と寝てる時間が長ェ、愛想尽かされたかと思ったが、家を出んなら金をもちっと持ってって損は無ェだろ。自分で言う事じゃねえが、そんだけの事はしてる」
「それだけの事?」
「こんな年の差で若い女を娶って、三年も放っておいたんだ、今更出ても次の男はなかなか見つからねェ。先立つモンは持ってくだろ」
なるほど。
「弐瓶さんは奥さんに惚れてたんですか?」
「……オイラのことは、関係ないだろ」
「これは失礼」
紙束に書かれたことと頭の中で照らし合わせていく。
「それで、奥さんの手の傷というのは?」
「ああ……たまたま三日前、いや四日前か? この家建て始める前に、一度帰ったんだが、手に包帯を巻いてやがってな。血が滲んでたんで驚いたんだが、それが左ならともかく利き手の甲だからな。包丁でもあんな場所にはつかねェだろ。ちゃんと聞いてやりゃ良かったんだが、細かい刀じゃあんな傷にはならんだろうし」
「細かい刀?」
「アレはオイラと違って細い細工をするんだよ。切り紙だの細工物だの、簡単なものならひょいと作っちまうんだ。アレの父親が職人だったんだが、跡目はアレの兄が継いだ。それからは趣味でな」
「なるほど」
「なあオタク、もしアレが無事だったらよ……」
「おい、弐瓶、まだ終わらんのかっ!」
「……なんでもねェや。ま、頑張ってくれよ」
冷茶を飲み干すと、男は手を軽く上げて、木組みの建物に上って行ってしまった。僕は黙って、じゃりじゃりと道を歩いて去る。
(やはり、手の甲の傷以外にも共通点がある)
ただ、それが分かったところで、まだ、何か手掛かりが増えるでもない。
最後の望みは、これからだった。それも、本来なら最初に調べるべき場所だ。
ヰヰヰヰヰヰヰ
見覚えのある門を潜り、門番に「墨染」の証と、陽炎さんから託された証明札を示せば、ようやく通るのが許される。先日とは打って変わった有様だ。
広い客間には多くの花瓶が飾られ、中央の椅子に一人の大柄な男が座っていた。
「貴方ガ調査担当ノ忍びカ?」
生まれてからずっと削られたことのない額の枝角、竜の巻き髪に喩えられる癖毛、わずかに入った訛りは明らかに、彼がかの国の出身であることを示している。そして、出身を隠す必要のない立場であることも。
竜背の国。幽理の海を囲む大陸国の一つにして、数日前の仮面舞踏会に楽団を提供する担当となった国だ。
彼は忍びではない。竜背国が誇る音楽家であり、正式に環樹国に遣わされた楽団の総指揮者、雷継だ。
「長らく環樹に滞在を強いてしまい、申し訳ない限りです」
僕は適当に作った名無しの忍びの顔で彼に礼をする。いわゆる天才にはやけに物覚えの良い者が多いので、念のため、圧を与えない使い捨ての顔を化粧で作った。あくまで念のためだ。
「いいや、環樹ノ音楽は非常ニ興味深い。こノ一月ほどは楽しク過ゴしていた」
「そう言って頂ければ何よりです」
もちろん、事件の関係で一ヶ月も帰国を許していないわけではない。もともと仮面舞踏会のために半月ほど前から楽団は環樹国に滞在していた。楽器と奏者の調子を万全に整えるためだとか。海越えの旅は調子を崩しやすいだろうが、調律期間が半月ともなれば贅沢の部類に入る。拘りとも呼べる執念だけあって、確かに見事な演奏だった。
「では、消え人の話をお聞かせください」
「うむ。私たちはこノ建物内で多クノ時間を過ゴす。出るとキは必ず、わずカノ時間であっても記録した上護衛ガ付いている」
前任の調査書にもあった。万が一がないよう、楽団は重要な賓客として慎重に扱われるのだ。
その万が一が起きてしまったのが、今回。それも、消えたのは二人だ。一人は打楽器の類を、もう一人は横笛を扱う者だったという。演奏を無事に終えた後、忙しない会場や楽器の片付けの合間に、ふらりと消えてしまったのだという。
しかし、あの舞踏会は、参加者でさえ招待状が無いとすぐには出られないといった体制だった。記録や護衛を振り切って外に出るのは、最も手薄になる舞踏会中ですら考えられない。
「だカら、おカしい。誰も、どうやって彼らガ消えたノカ分カらナい。コノ建物ニずっと隠れてでもいナケれば説明ガつカナいガ、そう広くナい邸だ。そノ筈もナい」
「仮面舞踏会の直後だったそうですね」
「ああ。あノとキは、皆ガ忙しカった」
雷継は深く息を吐く。その憂いに、嘘は感じられなかった。悪意も抱いている様子はない。
「……今回の演奏は二組の奏者が交代で行ったと聞きましたが」
「うむ。彼らは、前半ノ組だった。……実ノとコろ、彼らガ演奏を終えてカら後、何をしていたノカ分カらナい」
「彼らの様子に不自然なところは?」
「さあ、演奏中は普段ニも増して優れた音色だったカら、叱責を恐れて抜ケ出したという事は…………ああ、しカし一つだケ。居ナクナった直後ニ調べた時、彼らノ楽器は手入れガされて既ニ所定ノ場所ニ片付ケられていた。……後半ノ奏者ニ急ガあった際ニ備え、普通は演奏後直グニ楽器を片付ケるナどというコとはしナい。手入れニ掛カる時間と消えたノガいつカも考えれば、彼らだケで出来るとは思えナい」
「あの……私生活では? 例えば、手の甲の傷について聞いた時」
雷継の動きが止まった。動揺が見える。
「……私とて二人揃ってあれをつケてキた時ニは問いただした。指ノ腱ガ傷ついているカもしれナいと休ませもした。だガ……何も。何も話してはクれナカった。浅い仲では無いつもりでいたガ、そう思っていたノは私だケだったようだナ」
「そうですか。彼らの様子に、それ以外に変化は?」
「いや」
(浅い仲では無い、か)
僕は記録を取る手を少し休めた。それならば、彼の考える深い仲とは何だろうか。
雷継には、音楽を中心に考えるがあまり楽団内の不和を引き起こすことがあるという噂があった。「楽団員を楽器の一部として見ている」という話だったが、彼の話からは実際、消え人の性格が一切見えてこない。手の甲の傷について聞いた時の動揺は、本当に彼らとの仲を嘆いての感情だろうか? それとも、音色を変えかねない楽器の傷を憂いたのか。現状では、故意に彼が傷付けたのではないと分かる程度だ。
「……ありがとうございます」
僕は帳面をしまった。
「それでは、何か分かりましたら真っ先にお知らせします。失礼」
「……待て。君たちは、コノ人消えをどう考えている?」
「どう、といいますと」
「どノようナ絡繰で彼らは消えた?」
やや挑戦的な目が、僕を見た。わずかに混じる唐辛子程度の悪意は、僕から話を聞かれるばかりで何も聞き出せない苛立ちの裏返しだろう。被害者の立場に立ってみれば仕方のない感情だ。
僕はこの言葉を、待っていた。
「……これは私見ですが。人を外に出す明確な方法はいくつかあります」
僕は近くの黄色い薔薇の花瓶から二本を手に取った。これを、白薔薇の花瓶に添える。
「この薔薇が目立つのは、あくまでも剥き出しの白薔薇の園に置かれた時だけです」
花の部分をもう片手で隠し、白だけでなく様々な色の薔薇が活けられた花瓶へと素早く挿して並びを整える。華道の心得はあまり無いが、全体の調和を整える程度はできた。
「様々な国の薔薇が姿を隠して集い、去る場なら、竜背色の薔薇も自然に去ることができます。遅れた参加者として出ればいい」
邪魔していた手を除ければ、もう、新たに挿した薔薇と元の花の区別はつかない。つまりは、「竜背国の忍びと入れ替わって会場を去ったのではないか」というのが、僕の示した回答になる。
「では、そノ為に花瓶カらあぶれた花はどうする?」
雷継氏はその花瓶にゆったりと歩いて近づくと、適当な黄薔薇を二本引き抜き、僕に差し出す。
彼らが竜背国の忍びと入れ替わり客として出て行ったなら、代わりに取り残された、招待状を失った者らはやはり出られない。花瓶に入る花の量は決まっているのだ。
「……」
僕は受け取った薔薇のうち小ぶりな方の花を付け根から千切ると、全ての花弁を燐寸箱に押し込んだ。袂に放り込むと、残った細い茎もいくつかに折って手持ちの巾着に入れる。もう一本の花弁は、ばらして帳面に挟み、短くした茎は見えないように髪と帯に深く刺す。
「人が丸ごと身を隠せるような大荷物を持った客はいなかったそうです。楽器入れ以外には」
一応付け加えて、僕はその場を後にした。
これは、墨染の方針だった。捜査中ということで柔らかく可能性を残しながら、まあまあ悪い展開をあえて言うことで、覚悟は決めてもらう。
もちろん、実際には彼に言ったような気休めの可能性は低いだろう。
(入れ替わりよりも、直接彼らが舞踏会場で殺され、荷物に紛れさせて持ち出され、捨てられた可能性の方が高い)
その方が残酷だろう。だが、誘導したとはいえ、彼自身が聞きたがった話だ。名目上は、僕自ら不謹慎な可能性を口にした訳ではない。隠されれば聞きたくなるのが、人というものだ。
(彼が目をかけていた楽器の音色は、おそらく帰らない)
それにしても、出入りだけ厳しく、その実、館内での殺しを許してしまうとは、何たる失態だ。事件の最中、無様に倒れていた己を思い出し、僕は口元に皮肉の笑みを浮かべた。
(ーーそういえば、あの夏冬という男)
会場に遅れて現れ、僅かに腐臭に似た臭いをさせていたーー奇妙に符合するのは、気のせいだろうか?
あの時は気のせいかとも思ったが、もし、あれが出来立ての屍肉の匂いだったなら……
全身に響いた悪意を思い出せば、まさか、とも思えなかった。あれは、人を殺した直後と言われても、尚信じられないほどの悪意だった。全身に痛みを示す未知の毒を盛られたと言われた方がまだ信じられる。だが、確実に、あれは僕の勘違いではなく悪意だった。
しかし、僕と夏冬が出会った時はまだ、前半の演奏が行われていた筈だ。つまり消え人は生きている。その時には既に誰かが殺されていたのなら、雷継に伝えたシナリオ……奏者は生きていて、入れ替わりの二人が殺されたのだろうか。
逆に、もし僕と別れた後に彼らを殺したのなら、時間から察するに恐ろしい早業の殺し屋だということになる。普通なら人殺しほどの時間はない、と結論付ける所だが……あの響を思うと、それも否定できなかった。
(……露霧の客の荷物記録を、確認しよう)
僕は思い出すだけで痛む頭を軽く振って、無表情を貫いた。街中で通りすがる者を気にかける者などいないだろうが、存在感を消す癖がついているせいか、目立つ行動を取りたくない。既に、雷継に見せた顔の化粧も変えている。帰るだけなら必要はなかったのだが、手が覚えた顔を造ってしまっていた。ここ最近は使っていない、だいぶ造りを変えた顔……忍びでもなければ、同じ者だと気づかないだろう……
「……」
頭に、青梅を使った生菓子が浮かんだ。
いや。
いやいや、いや。
ヰヰヰヰヰヰヰ
「いらっしゃい」
「……結い青梅をひとつ」
「はい、お席にどうぞ!」
竹屋「光堂」の向かいの看板娘は、まだ店に居た。昨日の今日で何も言われないところを見ると変装は問題ないらしい。これからも通えそうだと少し安堵しつつ、菓子に釣られて貴重な時間を無駄にしてしまった自分を咎めながら、僕は光堂が見える席に着く。少しして生菓子が運ばれてきた。ほんのわずかに塩が入った茶の気遣いが乾いた喉に染み込む。
休憩にしてもずるけのようで気が引けて、僕は頭の中で仮面舞踏会の参加者や荷物の表を思い出しては候補を狭めながら店内と光堂もぼんやりと見遣る。
「……それにしても、お向かいさんは可哀想にねえ」
「本当、早く帰ってくるといいですね」
常連だろうか、店内で茶を啜っていた中年の女が看板娘に話しかけた。見ると、竹屋の女が客と言い争いをしている。恐らくは、消え人の主人の事で何か言われたのだろう。僕が直接聞き取りをせず向かいから観察なんてしていた理由がこれだ。前任の忍びは、消え人の名を出すたびに怒鳴りつけられて追い出され、話を聞くのに苦労したらしい。
店内に他に客がいないのを良いことに、看板娘と中年女は喋り始めた。
「あの夜は、旦那がちょうどこの辺りの見廻り番だったのよ。普段は何もないったって、何か気づかなかったのかと思っちゃうわよねぇ」
「……無理もありませんよ。本人がこっそり出て行ったなら。見廻りといっても忍びの方々と違って町人が素人仕事してるだけなんですから、あんまり旦那さん責めちゃだめですよ」
「そうなんだけどねぇ。あの人、犬の吠え声が聞こえて気を取られたなんて言うんだから!」
「あら、それ、うちの番犬かもしれません」
看板娘はくすりと笑った。
「あの夜、普段は大人しいのに、うちの子がしきりに吠えてたんですよ。向かいの竹屋さんところのご主人が居なくなっちゃった晩だったから、なにか虫の知らせだったのかも、なんって私たち噂してたんです」
心配すると口では言いながら、悲譚は微笑みを交えた暇潰しに語られる。何処にでもあるこの光景を残酷と言う事は出来ないだろう。そしていつしか脚色されて、いずれは風化していくのは、嘆くことなのか、自然の摂理か。僕には分からない。早めに吊るされた風鈴が鳴ってささやかに空気を和らげる。
(……見廻り)
墨染からの調査の中には、見廻りの話は無かった。聞き取りはしたらしいが、何も情報が無かったらしい。ここらの男衆なら誰でも見廻りの番になる事はある。人攫いにしろ夜逃げにしろ、出会わないよう避ける事は出来るだろう。
では、どのような道を通るのが安全だろうか? 僕は頭の内でこの地区の地図を広げた。光堂のある大通りは枯洲川沿いの道だ。正確には、この甘味屋が川に面している。左右にしばらく歩くと、えび橋と縹橋がある。そこまで歩かずとも流しの舟が安く渡してくれるが、夕方には居なくなる。
大雑把に見れば、川を越えても越えずとも、続くのは同じような街並みだ。何処かへ行こうとするなら、裏道を通ろうと必ず広い通りは通らなければならない。地図に見廻りの道を重ねてみれば、一つだけ、ほとんど見廻りの通る道程を避けて遠くへ行ける方法が残った。
「勘定を」
僕は店を出て、川向かいへの渡し舟を呼んだ。
「まいど」
「ちょっと聞きたいんですが、この川を舟でこのまま下ると何処まで行けますか?」
「は?」
笠を被った川渡しは眉をひそめて僕を見る。
「いや失礼、変な事を聞きました。ちょっとした……」
「行くのかい? 渡し賃さえ貰えれば何処へなりと連れてくが」
「……以前にもそういう話が?」
「以前も何も、ついこの間、夜にこのくらいの舟がここより上流からずうっと先まで下っていくのを見たけどね。流行りなのかい?」
「……いつでしょうか」
「さあ……数日としか」
目撃証言が得られるとは。
簡単な話で、見廻りの通るのが陸路なら枯洲川を下れば避けられるのだ。夜に舟が出ている怪しさはあるだろうが、酔狂な夜釣りの類は見ない事ではない。見廻りが川沿いを歩く時だけ避ければ、悪くない手だ。
「ここから下って貰えますか」
「おっ、良いよ。船賃弾んどくれ」
櫂を翻して舟は進み始めた。
下流側はえび橋のある方だ。あちらこちらに咲いた紫陽花が目に美しい。
「ところでお客さんは葡萄派かね、海老派かね?」
「はは……僕は葡萄です」
「この辺りのお客様は分かっておいでだ。実は私も葡萄派でね」
……これは、えび橋にまつわる話だ。昔から「えび色」といえば葡萄、つまりぶどうで染めた暗い赤を指すのだが、その音から「海老色」と呼ぶ事もある。こちらは茹でた海老の殻を連想させる。つまり、えび色といえば二つの色があるのだ。この都の人々はこの色に対し妙に思い入れがあるらしく、噂では城でも意見が割れ、決めかねて平仮名の「えび橋」にした、とか。えび橋の色が葡萄か海老か、というのはちょっとした話のたねになる。この橋自体は古いものなので、当事者がおらず色も褪せているから決着がつくことはない。
「実はね、この橋を下から見るとなかなか、趣深い葡萄色が見れるんだよ」
「下から?」
「そう。大船通せるような大きな川じゃなし、渡しくらいしか見もしないのにさ、綺麗に塗ってあるもんだよ」
「それはそれは」
苦笑してみせた僕の上を、葡萄の橋が跨ぐ。
その刹那、頭を震わせるような響が走った。
一つだけではない。橋下の空間にそれこそ響き渡るように、幾つもの異なる響が重なり合い、ずれあいながら、頭と鼓膜を震わせる。悪意自体は慣れている程度なのに、不協和に何故か頭が痛くなるような……。
「……」
「ね? 葡萄だろう?」
「……ええ。良いものを見れました」
僕は、微笑みながら誰にも気づかれないほどに、深く、息をついた。
(そういうことか……)
橋は人目を切る。葡萄色は血の色を隠す。川の流れは痕跡を流す……ただ、悪意だけがそこに、残っていた。
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