夏霜の秘め事

山の端さっど

文字の大きさ
7 / 16
零弐 狂わしい金ね板の楽譜

五音

しおりを挟む
 陽炎かげろうさんへの報告を纏めたのは翌日の夜近くになっての事だった。部屋で糸を通し、紙を綴っていれば、

「『魔力』とやらの事は、書かなかったのか?」

 相部屋とはいえ馴れ馴れしく、あいつが近づいてくる。

雷継らいづきの言葉のほかには、何の証拠も残っていない。僕自身、十分な説明をする事が出来ない。不確かな事を報告する事は出来ない」
「むしろそれを書かずに報告書まとめられるのが凄いな」

 僕は小さく首をすくめた。

「ってか、それを書けば、勝手に家を燃やした事を釈明できただろうに」
「だから、説明ができない。どうせ微かな罪だ、大人しく罰を受ける」

 こいつは僕の先ほどの言葉を聞いていなかったのか?

「ん、聞いてはいたさ。しかし、さばきの国にだって『異能ことなり』なんて力があるだろう? その『魔力』とやらがあってもおかしくないと俺は思うけどね」

 今は煙管を持っていないのに、檸檬れもんの香りがする。服に染みているのだろう。存在を主張しているようで好きになれない。

「裁のあれとは、話が違うだろう」
「俺たち非異能ことならずにしてみれば、ほとんど同じだろ」

 裁の国の人々は、特別な力を持つ。一言で「異能ことなり」と呼ばれるが、その中身は人により違うらしい。嘘を見抜いたり壊れたものを直したり、どれもいつわりことわりに直す力だと言われている。この異能を使い、裁の国は多くの国々を従えているのだ。

「……それよりも、雷継らいづきが問題だ」

 僕は話を逸らして綴り終えた糸を結びにかかった。
 あのあばら屋での一件の後、雷継は魂が抜けたようにしているという。今日は楽団の練習を早くに切り上げて彼の客室で独り籠もっているとか。僕に何か言付けがあるでもない。そもそも、密かに持ち込まれた「楽譜」、密かに作られた「楽器」を壊したことに責を問うことなどできないだろう。そういう意味で、秘め事は賭け事に近しい。彼らも分かっていたのだろうし、僕も分かっていて壊した。ただ、血が焦げついた歯車など、燃え残ったかすかな部品を見たときには妙な気分になった。今となっては、何の意味もない証拠だ。

「意味がない、とか言うなよ」

 ふいに紫煙が言った。

「説明できずとも、あれが何人もの人を殺したんだろう?」
「……」

 竹屋の主人、琴弾きの男児、地獄耳の老爺、大工の妻、楽団の横笛と太鼓奏者。彼らは、燃えたあばら家の下にあった狭い地下でまとめて見つかった。骨まで見えるような歯車の噛み傷から倒れ、誰にも気づかれぬまま揃って息を引き取っていた。床が燃え、穴が開いてから広がりはじめた臭いには、ぞっとしたものだった。
 雷継は、あのあばら屋で地下を見つけ、隠されていた楽器だけを引き上げていたのだ。僕が踏み込んだ時に綺麗だったのは雷継が血を拭きとっていたから。仲間の死を知っていて、あそこまで落ち着いて楽器の「手入れ」をしていた彼は、やはり、正気ではなかったのだろう。

(……やはりあの楽器と、楽譜は、壊すべきだった)

 そう思うしかない。
 しかし一つ、気懸りなのはーー


「……なあ、今暇だろ。ちょっと付き合えよ」
「いや、悪いが」
「悪かろうが良かろうがな、任務が終わって報告書も書いた今、忙しいとは言わせないぜ」

 いつになく強引な紫煙に、僕は目をまたたいた。







 今日は閉まっている竹屋「光堂」向かいの甘味屋には、看板娘もまたいなかった。席に着いた紫煙は勝手に青梅おうめを二つ頼むと、僕に向き直った。

「何故ここに?」
「いや、何となくな。前に美味いと聞いたから来てみたかったんだ」
「知り合いと来れば良かっただろう」
「じゃあお前と来ても構わないな?」
「僕より親しい奴なら幾らでも居るだろう」
「でも、お前と来ても構わないだろう? 俺はお前と来たかったんだ」

 僕は諦めて、出された茶に口をつけた。仄かな甘みが心地良い。

「……気になってるんだろ、楽譜のこと」
「……」

 ちらりと見やれば、今は店内に誰もいない。店主も奥に退がっていた。僕は口を離して、潤った唇を舐める。

「……気にならないはずがない」

 あの時。燃える楽器の中から、まるで初めから無かったかのように楽譜は消えていた。

「実は木製だった、あっという間に燃えちまった……なあんて事はないか?」
「ない。他の部品はまだ残っていたし、それに」

 僕はたもとから小さなね粒を取り出した。

「それは?」
「楽器を蹴り壊した時に、楽譜から飛んだ」
「お前、金ねでできた楽譜を蹴り壊したのか?」

 何故そこで面白がるのか、紫煙は愉快そうに目を細めた。

「お前って細いくせして案外やるよな。あの雷継を背負ったり」
「背負うだけならやりようだろう」
「おー、今度教えてくれよ」

 僕は楽譜の突起だった金ね粒を掌で転がす。
 あの時……楽器を蹴り壊したとき、僕は当然金ね板の楽譜を壊そうとしていた。あれが最も危ないもので、燃えた程度の熱で溶けるかも分からなかったのだから当然だ。薄い金ねを歪ませた感触はあったし、破片も飛んできた。楽譜は確かに壊した。

(だが……直せないわけじゃない)

 紫煙は怪しい人影を見なかったと言った。僕も見なかったし、気配もなかった。それなのに、楽譜は消えた。何か、嫌な予感がしてならない……。


「ま、考えてもしょうがないだろう。今はただ祝杯をあげようぜ」

 紫煙の声に、僕は手を握りこむ。すぐに奥から、菓子を持った店主がやってきた。仕事の話をするわけにはいかない。茶で祝杯か、と言ってやろうかとも思ったが、別の言葉がするりと喉から出た。

「お前はどうしてあの時、すぐに現れた?」

 紫煙は、ふっと息だけで笑ってみせた。気障きざだ。返事など期待していなかった僕は視線を切って茶をまた一口、含む。
 しかし紫煙は、口を開いた。



「そりゃあ……に厳しくするほど枯れちゃあいないからな」

 口の中で、茶が冷めた。



「……いつからそんな、馬鹿げた事を思いついた?」
「ん? うすうすそんな気はしてたが、確信したのは仮面舞踏会ますかれいどの日。男の匂い、付けてきただろ?」
「っ?!」
「なんて、な」

 僕の手中でわずかに揺れる茶を見て、紫煙は、にやりと笑った。

「やっぱり女だったんだな、お前さん」
「……図ったな」

 かまをかけられていたのだ。
 男同士で踊りもする仮面舞踏会で誰の匂いがついていようと問題は無い。そう言って反応しなければよかったものを、動揺してしまった。僕が間抜けだったということだ。

「もう少しはったりを見抜く目を磨いた方がいいぜ。任務は完璧にこなす癖に、肝心な所が抜けてるんだよな」
「……」
「安心しろよ」

 こいつは、僕の頭に気安く触れるのだ。

「お前の秘め事は誰にも言わない」
「……何故だ。墨染は男だけの忍び衆と決まっている。女が混ざっていると報告しないのか」
「言って利がありゃそうしたかもな?」
「利は」
はあってもは無いんだよ、俺にとっては」

 心の読めない、ただ明るいだけの笑みを浮かべて、僕の秘め事を暴いた男は茶碗をくいと傾ける。嫌味なほどに様になるその体のどこからも、やはり悪意は感じ取れないのだ。脅す悪意も、肉欲めいた悪意も……。
 こいつのことが、僕には分からない。

「……」





 ふいに、涼風に交じって、からからと細い音がする。店の軒下を見ると、鳴る仕掛けの竹細工の鳥が吊るされていた。その下に、緑の紐で作った小さな手毬のような玉が続いている。中で、乾いた種が揺れていた。

「これがほんとうの結い青梅ってやつか?」

 紫煙が無邪気な声をあげた。
 青梅に染まりやすい紐を網のようにくくりつけて、慕う相手に贈る、という風習がある。想いが通じたのなら、梅はそのまま浸けて梅酒にして、柔らかくなった梅から果肉を崩し、抜いた紐と種だけを残して乾かし、軒下に飾るのだ。仄かに紐が緑に染まるのを結梅青ゆめあお色などとも言うのだが、最近はあまり見ることもなくなった。

「綺麗なもんだな。なあ?」

 結い青梅の下で揺れる「光堂」の鳥を見ながら、僕はぼんやりと紫煙の言葉に頷いた。夢で聴いた鈴の音が、重なって聞こえたような気がした。狂うほどに美しかったあの曲は、不思議と今は思い出さなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...