百一本目の蝋燭様と

山の端さっど

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五更五本

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『それで? 先生はなんでそのまま帰ってきちゃったんだ?』

 ……なんだぃ鷹っ子、せっかくの夕涼み中に。まるで帰る前にあっしにゃもっとやる事があったみたいな言い方じゃあねぇか。

『そう言ってるぞ! だって先生、この家、人間ひとり呼べるくらいの広さはあるじゃないか!』

 はぁん?

『連れてきたらいいじゃないか、あの人間。麻桶のは人間をいっぱい自分の家に住ませてるぞ』

 おいおい鷹っ子、麻桶の姫さんはちょっと神寄りの妖なんだぜ。だだっ広い居場所が必要で、だだっと場ぁ整える従者とかが要んのさ。ひとり者で通ってるあっしとは具合が違う。

『そのひとりっていうの、変えちゃいけないのか?』

 変えるってな簡単に言うねぇ、まったく。おどろおどろっしくてがゆらゆらしちまうぜ。今はあぁたひとっ子抱えるだけで精いっぱ……

『じゃあ、ほのお先生に迷惑をかけてるんだな……』

 待て待て、そこまで言っちゃあいねぇだろう。それにあぁたを巣立ちくらいまでは面倒見るってのが、この無職にしか見えねぇあっしが一番胸張れるお勤めなんだからな。ひとの仕事に感謝はしても申し訳無さなんぞを感じる事ぁ無ぇぜ。へそと笑いじわで茶ぁ沸かされちまう。

『でも、迷惑かけてるのは変わってないぞ』

 だぁからなあ、いつのいつ、あっしがあの小僧っ子を家に上げたいなんて言ったよ。いかがなさったかどなたもこなたも、こてっこてにあっしの事固めようとしやがるが、固まるか融けるか燃え上がるかはあっしの心ひとつさ。あぁたらが気もんで変えるもんじゃあねぇ。
 それにな、あっしはここ五十年、一っ度たりとも何かを迷惑だと感じた事ぁ無い。

『……ほんとか?』

 本当さ。これは神……あぁたにだって誓えるぜ。

『それなら、心配じゃないぞ!』

 おうよ。そうやって笑ってな。
 さて、そんじゃあ鷹っ子よ、これからひとりで餌狩ってみな。

『いいのか? この前は、まだまだ早いって言ってたのに』

 ああ、そろそろあぁたも巣立ちの準備の手前の段に入っても良いだろうさ。あっしはちゃあんと目ん中で見守ってるから。

『分かった。頑張るぞ!』

 気張り過ぎんなよ。ふわっとぱっと飛び立って、静かにそっと風に乗るんだぜ。



 さあてさて、っと。
 神の瞳の中ってのは一人部屋さ。人間と違って神は灯を燃やさないからなあ。ただのがらんどうって訳でもなく、妖気霊気と比べんなら神気みてぇなものが心地良く漂ってるのも好印象ですねぇ。ま、そこら辺は雰囲気で言葉変えてるだけで、妖気だろうが神気だろうが瘴気だろうが香りが違う程度のもんですがね。
 褒めやしないが鷹っ子の飛び方はなかなかのもんさ。よっぼどの奴に因縁でもつけられて狙われなきゃ空で危険に遭うことはもう無いでしょうよ。おっと、逃げて神の面子が保てるかは別の話ですぜ。何が来ても堂々正面から吹き飛ばせるようになるのはまだまだ先の話。幸いにして今代の鷹神さんは大の大層お元気でねぇ、鷹っ子が継ぐまでにゃたっぷり時間がありそうだ……。



ーーーーーーーーーー



 ――なあ、百一本ひゃくいつ。俺さまの子を育てないか。
 はっははっはははっ! そう渋い顔をするものじゃあない叩き壊すぞ。その蝋を全部砕いてもお前というものは壊せるものではないのかな。どうだ。俺さまは、お前の外面を全て剥がして芯だけにしてその性根を見てみたいと思う時があるよ。物騒だろう、鷹だからな。
 なあ、百一本。俺を見ろ。俺の爪の先をお前に向けさせるな。そろそろ責任を抱える身になれ。お前がいつまでも身軽だと、俺さまたちは安らげないのさ。
 はっははっはははっ! なあ百一本――縛られろ。楽になってしまえよ。



ーーーーーーーーーー



 ……ううむ、思い出すだけで堪えるねぇ。当分あんなのくたばりゃしねえ。あっしが弟子の扱いしくじったってどうとでも取り返しがつくように猶予を多めに設けてるんだろうさ。ついでに長いことあっしに枷をつけておけるってわけだ。あれに比べりゃ、どんな事だって迷惑になりゃしねえっての。
 最近はやっと目ん中でひと息つけるようになったわけですがね。鷹っ子が死んじまわないようにすんのに三十年は苦心したかな。成っちまった神は殺せないが、がきなら、って狙う阿呆ってのは尽きねぇもんさ。できるできないに関わらず、あいや、拘らずね。
 葉擦れの音に言われた気がして、闇から脚を引かれて、はたまた頭に嘘を垂らして。どろどろどろぅり、業引きずって来んののあまりに多いこと。あらゆるものを、神の命と引き換えに打ち壊せると思ってやがる。あまりあまりに無責任な話だが、神なんてのは、いつまでも湧き出るそういう輩をどうにかするお立場って決められてるようなもんなのさ。

 それを、食う。

 鷹には鷹のやり方があんのさ。麻桶の姫さんみてぇに、自分に歯向かってくる奴みぃんな邪魔と断じて飲みこんじまう性質たちじゃあねぇ。毛色が違うのさ。そして鷹神の親父ともまた違う風だ。
 だから、あぁたのやり方でやりな。

 ほぉら、今夜もやって来た。



「あの子はあんたに殺されたの――たまたま空気が乾いてたあの日だけ暖炉の火が消えてなくて水の抜けてない薪が悪くはぜて飛んできた埃とかち合って――それが深夜で偶然風があの子の部屋の方に吹いていて窓の留金がいちばん先に動かなくなって運悪く男の人がみんな村の外に出ていて手が足りなくて――そんなただの不幸がどうしてあるというの」

 どろどろどろぅり、言葉を吐くほど体が崩れて。
 どろどろどろぅり、溶けたまつ毛が瞳をなぞって。
 焦げた写真がずっと熱くて、指と一緒に落っこちて。

『うん、無いかもしれないぞ』
「どうして――ただの偶然だと――たまたまだと――あんたは悪くないと――」
『そうは言ってないんだぞ』
「そんな――運が悪いと――不注意だと――」
『不注意かどうかもまだ分からないぞ』
「どうして、わたしが悪いと――家族のせいだと――」
『言ってないぞ。言っているのは、ずっと人間の方だ。なあ、どうして人間はここに来たんだ? それが分からないぞ』

 ばさり。ひゅるり。溶けた肌がひたひた波打ち。
 ざらり。じゅるり。骨が剥き出て溶け落ちる。

『ここに来なければよかったじゃないか!「神のせい」だなんて言ったら、たまたまで、不幸で、偶然で、不注意で、誰かが悪いかもしれないって自分で認めたようなものだぞ!』
「そんな――」
『来てほしくなかったんだぞ』

 爪のひと振りで人の姿は散り散りになり果てて、細かい欠片を毒が蝕む。沸き立ったように肉と骨はぶくぶく溶けながら、どろどろどろぅり、消える。
 消えて消えてみんな消えて、最後に残るのはやっぱり小さな石ころだけさ。そいつをごくりと飲みこんで、また次のやつを先回りして探しに行く……そんなつまんねぇのが神の狩りですよ。鷹っ子にはまだ新鮮らしいがね。ふぅん、今日の餌どもはどれもおっかねえもんじゃないな。良い狩りの練習になる。

 良い神に成るだろうぜ、あぁた。直接言ってやりゃしないけどな。

 ……神に誓うなんてのはあっしらみたいなのにとっては重い、重ぅいもんだからねぇ。弾みで言おうがまだ幼い神だろうが、嘘なんざ吐きゃしませんよ。
 あの坊主っ子があっしにつきまとってくるのだって、やたら熱い目で見られんのだって。
 迷惑と思っちゃいないさ。
 ただ。

 あっしなんて、やめておいた方が良いと思うがねぇ。
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