百一本目の蝋燭様と

山の端さっど

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六午六本

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 眼鏡のつるに映る鈍色。
 ぼやけて反射する完璧な化粧。
 畳の香り。
 ゆるやかな抹香の気配。

「……それで、誰も、私の話を聞いてくれなくなって、それで、私……」
「分かりますよ。ええ」
「……死んじゃいたい、と思ったこともあるの」

 縋るような目。
 レンズに映るほどの吐息。
 そっと伸ばす手。
 ゆっくり差し出す肩。

「私、どうすれば良いのかな……しるべ君……」
 
 静かに肩に回される手。
 穏やかな笑み。
 間違いなく救ってくれると、信じられる眼。
 開かれる口。



「ああ、まずは死んでみるというのもありですね」



「え……?」
「幽霊の人生、いわば霊死生活もなかなか悪くないそうですから」
「え、あの……」
「人間関係が一発でリセットされて生者の暴力が怖くなくなるのは魅力ですよね。楽に死ぬ方法も沢山ありますし。ただ、生きている時とは違うパワーバランスの世界に飛び込む事になりますから慣れるまでは大変かもしれません。あとは除霊師の脅威とか、別方面の悩みが生まれるんですよ。ああ、もちろん死後そちらのご相談にも乗りま、あっ」

 拳を脳天にせいっ、てね!!!
 ……なぁにをやってんだか、身分はともかく性根は全くの似非えせ坊主が!

「やあ、百一本ひゃくいつさん! 三ヶ月ぶりの百一本さんじゃないですか!」

 やあじゃあねえや、やあ、じゃ。お客を放置して犬みてぇに駆け寄って来やがって。ほら、急に死ねなんて言われた嬢さんがびっくりしてあっしとあぁたを交互に見つめてるでしょうが。変なこと吹き込むのはやめなせえ。

「百一本さんは面白いことを言いますね。急に頭が蝋燭になっている方が現れたらどんな人だってびっくりしますよ」

 こっちは被り物ってことにしときな。それより、悪いですねぇお嬢様。この小坊主、経文あげさせりゃ一流だが、ちょいと自由にさせると口が悪くてね。さっきのは軽いおふざけだ、お気に召されませんように、っと!

「痛いですよ。そんな風に必死に押さえこまなくても、ふふ、私は貴方の手の中から逃れようとなんてしませんから」

 誤解のある言い方は止めなさいよ。こら、足癖悪いねぇ。茅玉かやだま

「……あれ?」

 よぉし、転んで落ち着いた。
 さてと、お嬢さん。物事には縁起ってのがありますぜ。人の縁も縁起の一つ。どんなに信用できる相手と過ごすとしても、その相手の腹具合とかが悪けりゃ縁起の悪い日さ。ちょいと別日に出直した方が良いんじゃないかねえ?

「……あの……でも……」

 言い方を変えやしょうか。
 この小坊主、これから健康診断で引っかかった項目の再検査に行かなきゃならねぇってのに逃げてたんですよ。それで駄々ぁこねてやがんの。

「健康診断なんて引っかかってませ……」

 黙ってな。……そういうわけだから、ね?
 ああそうだ、そういうわけでだ。
 次会うときはこの不摂生に手作りのクッキーは持って来なくて良いですぜ。

「! ……し、失礼します!」



 ふぅやぁれやれ。大人しく帰ってくれて良かったぜ。

「可愛いじゃないですか」

 あん? 女の子を弄んどいて何が可愛いだぃ。

「あの子じゃありませんよ。貴方が可愛くて」

 はぁん?

「だってあれじゃあ牽制だ」

 何だい何だい、何をくすくす笑ってんだか。

「それで、今日はどうして私に会いに来てくれたんですか? 私の認識では、前お会いしてからというもの、『だいだら探し』にも貴方探しにもずっと進展なしだったんですけど」

 袖から手ぇ突っ込もうとするなぃ。そりゃあ怪談を聞いたからさ。お客に自殺を薦めるど阿呆あほうな宗教家が居やがるってな。

「ははは、そんなの山ほど居るじゃありませんか。でも私以外と会わないでください」

 山ほど居てたまるか! ……はぁー、冗談だよ。
 あぁたも相当だが、今日拾いにきたのは別の怖い話さ。たまたまその道の最後にあぁたが居たんですよ。

「最後?」

 そ。おとなしく正面に座んな。



 畳あぐらの膝を叩いて扇子をぱらり、さぁさ、ご説明。事の始まりは四ヶ月前、就活鞄の腹の中。
 おん? だから、就活鞄ですよ。都市伝説の。路端で口かっ開いて、お祈りだの怨み言だの子うさぎ家族のぬいぐるみだのを中に吸い込んでやがるでしょう。そいつと霊道で会ってね。あ、霊道ってのは霊気を出す奴らがいかにも好みそうな獣道のことですよ。意外と疲れた就活生が通るとか。
 その鞄がお気楽に言うんだぜ、

『それでだ、酷いものを吸い込んだ。助けてくれ』

 ってね。鋼鉄袋みたいなあの就活鞄を困らすものが気になんなきゃ助けませんでしたっての。
 それがこちら。
 いかにも人の血を吸ってそうな物騒な断ちばさみでしょう? 切れ味が鋭くてね、ほら、あっしの着物の袖だって切り落とせちまう。こら悪徳坊主、切れ端と鋏を奪おうとするんじゃない。あぁたみたいなのが悪さに使わねえようあっしが保管してるんだ。

 服と話を元に戻しますぜ。就活鞄は鋏を持ってた人間を覚えていてね。あっしも聞いてぴんと来た。黒子ほくろの大きな皿達千さらだちって駅のおどおどした駅員さ。いくらか前に大きな人身事故が起きたってニュースで顔見たんですよ。
 素人だが多少視えちまう駅員でね、何かしたのかと見に行ったらさ、やぁやあ、すっきりした顔してやがったよ。事故やら何やらでひっ付いてた悪い憑き物がすっぱりと消えててね。

 つまりはこうさ。この断ち鋏、糸らしいもの何でも断っちまうんですよ。電線とかあっしの服とか縁とか。

「事故」現場で鋏をたまたま見つけて、勘が働いたんでしょうねえ。警察が来る前にぱくったわけだ。まさか空で鋏を動かすだけで悪縁がぱらぱら切れるだなんて自覚まではなかったでしょうが、まあ第六感ってのは馬鹿にならねぇや、正解さ。で、用済みになったら急に恐ろしくなって、そこらに捨てたら就活鞄が吸い込んだと。腹ん中で縫い目切りほどいて暴れてたんでしょうねえ、いやあ愉快だ。
 ん? 就活鞄? 関わるのは止めときな。良心で言ってるぜ。奴はたちが悪いんだ。

 でね、駅の監視カメラに映ってましたよ、鋏を使う輩が。人間だ。そいつが何かを切った途端にホームの人が電車に転げ落ちるなんて芸当が綺麗に録画されてやした。そこまで分かればあとは面を通すだけさ。それがこの男。
 まあ、動機はよく聞くようなものですよ。おかると殺しをちょいと脅して悔いてもらった後に、人の裁ける余罪で捕まって刑務所に入ってますぜ。

 こいつ、鋏は公園で出会った人に貰ったなんて言うんですよ。不思議そうにしてたが、なに、鋏とは別の呪いが引っ付いてたんだ。あっしが呪いを解くまでは、鋏をくれた人の事は言えねえようにされてたのさ。

 気になるでしょう? 呪いと鋏をくれた奴のこと。あっしもさ。だから必死こいて調べたんですよ、会いたくもねえ奴にもそこそこ声かけたりして。あ、あぁたの出番はもうちょいっと先。

 こう見えてもあっし、妖怪目抜き通りのみす・まあぷる、って呼ばれるお方に学んだことがあるんですぜ。小豆みてえに美味いところだけって、ざらざらざらざら調べてあらってやるのさ。
 しかしね、難っ儀でしたよ。手がかりは男についてた呪いだが、直接足取り追っかけるほどの跡は残っちゃいねえ。街中で猫の足跡辿るのは無理ってもんでしょう? ただ、足裏の形が分かってりゃ、目の前の猫が探してる奴かどうかは分かる。
 つまりは総当たりだ。

 それから三ヶ月、あっちこちの百鬼夜行やら魔女集会やら墓場やら祭典やら魑魅魍魎を照らし回りやしたよ。百物語にもいつもより多めに混ざってみたが、そのせいで、あぁたに見つかっちまったわけだ。いやあ災難。麻桶あさおけの嬢さんの依頼を受けた時もかすかな望みがあったんだが、あぁたと出くわすとはね、くくっ。
 待ちな。言いたいことは堪えてまだ聞きなせえ。

 ようやくあっしが奴の気配を見つけたのは、街歩いてたら怯えて裏路地から飛び出してきた茅玉の首輪からだ。
 ああ、茅玉ってのは、すねこすり、ですよ。あぁたの足にじゃれついてすっ転ばせてる、その小さい仔犬みてえな奴。捕まって、呪いの首輪に繋がれて奴になぶり飼われてたんだ。ほら、三ヶ月前あぁたがあっしにつけようとしたのより強力でややっこしい呪いでしょう? ……これに六月六日むつきむいかの間繋がれてるとね、頭に霞がかかって深く考えたり話したりできないようになんのさ。

 さてさて、茅玉が逃げてきたって事は、近くに奴がいるって事だ。すぐさま辺りを探したが、やっこさんも茅玉が逃げたのに気づいて警戒したんでしょう。影も形もなく逃げられちまっててね! 近くの建物も探したが、ここらに住んでたわけではないらしい。用心深い奴ですよ。
 だが、全く何も残さないって訳にゃいかねえ。例えや、茅玉の毛にひっ付いた小さな小さな真新しい一寸法師の針とかね。
 一寸法師。いつもなら探すのに苦労する奴ですが、茅玉が簡単に草むらから嗅ぎ取ってくわえ上げてきてね。脛こすりの牙なんて大して鋭くもないだろうに、ずいぶんあっさりと見聞きしたもんを教えてくれやしたねえ。

 奴は雲だって言うんですよ。

 一寸法師も入れねえ小さな小さな穴を、すうっと雲になって通り抜けていったって。

 いやあ困ったね。雲のあやしだの化けだのは大抵無害ですがね、神さんの座布団役してんのとか赤舌あかしたみてえなべらぼうに厄介なのも居る。みぃんな似たようなのばっかりで単体で居られちゃ正体得体が知れねぇ。おまけに捕まえられねえときた。これじゃああっしもお手上げだーー



 ーーそれでだ、扇をひっくり返してざらり。ここが話のおしまいさ。
 あぁたの信徒に、かぎって狐憑きつねつきが居るでしょう?

「ええ、鉤水瀬みなせ。居るも何も……」

 そうそ、さっきのお可愛い嬢ちゃんの彼氏でしたっけ? 人様のに粉かけるたぁ悪い坊主だ。

「……掛けてませんよ。そういう商売でしょう」

 知っちゃあいるが気に食わないねえ。
 単純だが厄介ですよ、狐狗狸こっくりの憑きものってのは。憑かれると性格が変わるって気軽に言うが、あれは妖気が生気におっ被さって端から混ざっちまうんだ。ああなると大抵の人間じゃあ自力で剥がせっこない。外からならわりかし簡単にひっ剥がせるんだ、何度も来させて金搾ったり周りの人まで手ぇ伸ばしたりしてねぇで、治してやんなせえよ。

「水瀬が居ると経済が回るんですよ」

 悪徳悪徳。そりゃそうだろうよ、金運神社から抜け出した銭転がしのお稲荷様が憑いてんだからな。あっしはそこも気に食わんのさ。

「……もしかして。百一本さん、私に許可を取りに来たんですか? 水瀬を治してもいいか、と」

 そりゃあ取るでしょうよ。

「ということは、私は少なくとも百一本さんの中で有象無象ではなくて」

 あのなぁ、ひとの商売に迷惑かける時にゃ話通せ。それがお得意様や仲良い奴じゃなくってもですよ。確実に仕留めたい相手でもなしに不意打ちすんのはやめろ。

「……? その方が儲かりません?」

 一度経済と損得勉強し直しな。高校まで行ってんだから。
 そんで、許可はくれんのかい、くれねえのかい。

「私を連れて行ってくれるんですよね?」

 許可とみなすぜ。

 それじゃあお手を拝借。
 屋根飛んで近道しようか。


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