2 / 35
ボクの机の上にあったもの
しおりを挟む
夏が近づきつつある中、まだほんの少しの肌寒さを残す春の朝。
いつも通り、なんの変哲もない登校路を歩んでいる。
ボクはこの、学校までの短い登校時間が、とても大好きだ。
あらゆる物事に、ボクの想像力が引き立てられていく。
いつも遭遇する、犬の散歩をするご老人。
毎日変わらない時間に散歩というのは、割と大変な事だと思う。
彼はどういう気持ちで散歩をするのかな。
大切な愛犬のため? 自分の健康のためだろうか。それとも、ボクたちのような学生を見て、活気を得ようとしているのかもしれないな。
学生と同じ時間に仕事へと赴く中年男性。
今から重苦しい社会の波に揉まれていく。
心を無に? 特に感慨もなく? 実はその仕事が生きがいで、とても楽しみにしている可能性もあるね。
ボクと同じように、登校に勤しむ学生たち。
君たちは今どんな気持ちだい? つまらない授業は嫌だけど、友達と会えるのは楽しみ? 将来のための授業なら頑張れる? 何も考えず、ただいつもの日常を送っているのかい?
答えのない、あるいは答えを知らない物事について、思考を巡らせるというのはとても心地がいい。
ボクはその答えを知る由もないけれど、考えて頭の中に浮かべるイメージというのは、いつもボクの心を満たしてくれている。
こうして背景を眺めるだけでも、ボクの人生は綺麗な華に彩られているかのようなんだ。それでもやはり、興味の上にあるのは〝恋〟だろうか。
恋というのがなんなのか、相変わらずわからない。
昨日の充の言葉を思い出すけれど、ああして自分の考えを貫くのは、ボクには決して真似できない事だ。まあ、したいとも思わないけど。
空は曇天。失恋したばかりのボクの心を映し出しているようにも見えるし、ただ水蒸気の集まった塊にも見える。
ボクの心次第で、その背景が大きく変わってしまうのは不思議でしかないことだ。──それがまた、ボクの心を満たしてくれる。
「まーた考え事してるな、エリー?」
聞き慣れた、とても綺麗で透き通る声。
ボクはいつのまにか、学校に到着していたみたいだね。
「やあカナメ。今日もとてもいい天気だね」
「えぇ……めっちゃ曇ってますが?」
「この雲の上には青い空が広がっているんだろう? この雲はどこまで続いてるのかな? 雨はふるのだろうか。どこから流れてきた雲なのかな……考えれば考えるほど、新たな疑問が湧いてくる。とてもいい天気じゃないか!」
望月 かなめ。この学校に入ってから二年、常に同じクラスにあり、充と並ぶほどにボクを理解してくれている、数少ない親友だ。
「さよーですか。ま、それでこそ、我が親友の朱思 愛理様といったところかな?」
空から視線を落としたボクを見つめている少し鋭い目は、彼女の綺麗な容姿を際立たせている。
「それで? また振られたらしいじゃん」
「流石に情報が早いなぁ、君は。充から聞いたのかい?」
「あたしの情報網なめないでよね。進藤なんか通さなくても、いくらでも知る方法はあるんだから」
いつも、あらゆる流行や噂話を持ち込んでくる。
カナメは本当に何者なのかな。彼女のことを考えるのも、とても楽しい事なんだ。
「カナメには敵わないな。まあ、ボクにも問題はあるんだ。こればかりは仕方ないさ」
「なんでこんな美人振るかねぇ。あたしが男だったら、絶対手放さないって」
「そうかい? 君が男だったなら、ボクの恋路ももう少し違っていたかも知れないね」
彼女はとても気の良い女子だ。性格も容姿も、そのカッコよさは女子のそれではないけどね。
女子からの人気が特に高いようで、このボクでさえ彼女には惚れ惚れとしてしまう。
「別に、恋を知りたいだけなら相手が男じゃないといけないとか、無いんじゃない? 世の中、女の子同士ってのもありありだと思うな。──どう? あたしと付き合っちゃう?」
なるほど、同性での恋愛というものもあるのか。それはとても面白そうだ。
もっとも、彼女の表情がこの話は冗談だと告げているのは明白だ。
「それは妙案というやつだけど遠慮しておくよ。さすがに、カナメと付き合いました! なんて言ったら、充がどんな風に茶化してくるか分からないからね」
「振られちゃったかぁ。自信あったのになー。……それにしてもあんた、いっつも進藤に相談してるよね。彼じゃだめなの?」
この、彼じゃだめ、というのは、恋人としてという事だろうか? だとしたら論外だ。
「残念ながら、彼にはすでに四十九回振られているんだ。どうにも、ボクのことを恋人としては見れないらしい」
「すごいわね、あんたも、進藤も」
ボクが凄いのかどうかは分からないけれど、充が凄い奴だってことは、ボクもわかっているよ。
雑談もほどほどに、靴を履き替え教室へと向かっていく。
朝のホームルーム前というのは、いつも騒がしいものだ。
あちらこちらで生徒たちが朝の挨拶を交わしている。
昨日何があったかとか、今日の授業はやる気ないとか、今日も頑張ろうだとか。
色んな人たちの感情が交錯する、この雰囲気もボクは嫌いじゃないんだ。
色んな生徒の雑踏の中、三年二組の教室。ボクらの教室に到着する。
「エリー、なんか机の上に置いてあるよ」
「ボクの机かい? ……ほんとじゃないか。けど、あれは一体……?」
何度か見直したけれど、間違いなくボクの席だ。その机の上に、数十枚に渡る紙の束が置かれていた。
授業で使う資料か何かかな? だとしたらなんでボクの机にだけ?
不思議に思いながらも机の横に鞄をかけ、置かれた紙に目を通してみる。
「朱思 愛理様へ。自分の想いを綴らせてもらいました……?」
「まさかこれ、ラブレターなんじゃない?」
「この厚みのかい? それは凄いな」
カナメの呆れたような視線は気になるけれど、最初数枚をめくってみる。
確かに、ボクに対する思いの丈を語っているかのような文面に感じる。少々お堅い文ではあるけどね。
「どうやら、その可能性が高いみたいだ。よくわかったね、カナメ」
「いやまあ、想いを綴るっていったらそうでしょ。しっかし、エリーってほんとモテるよね。どんだけ振られてもすーぐにラブレター届くじゃん。ほんと不思議なんだけど」
「ボクにだって分からないさ。でも、とても嬉しいことだよね」
始業前のチャイムと共に、担任の先生も入ってきたので、とりあえずこのお手紙はしまっておくことにしよう。
「そういえば、充の姿が見当たらないね。いつもならもう来てると思うんだけど」
「そういえば。珍しいね」
何かあったのかな?
不思議に思いつつも席に座っていると、充が来たのは始業のチャイムが鳴る直前だった。
話を聞く間もなく、ボクの二つ前の席へと向かってしまう。
変な様子もないし、ただの寝坊かな? まあ、なんでもないなら良かったよ。
いつも通り、なんの変哲もない登校路を歩んでいる。
ボクはこの、学校までの短い登校時間が、とても大好きだ。
あらゆる物事に、ボクの想像力が引き立てられていく。
いつも遭遇する、犬の散歩をするご老人。
毎日変わらない時間に散歩というのは、割と大変な事だと思う。
彼はどういう気持ちで散歩をするのかな。
大切な愛犬のため? 自分の健康のためだろうか。それとも、ボクたちのような学生を見て、活気を得ようとしているのかもしれないな。
学生と同じ時間に仕事へと赴く中年男性。
今から重苦しい社会の波に揉まれていく。
心を無に? 特に感慨もなく? 実はその仕事が生きがいで、とても楽しみにしている可能性もあるね。
ボクと同じように、登校に勤しむ学生たち。
君たちは今どんな気持ちだい? つまらない授業は嫌だけど、友達と会えるのは楽しみ? 将来のための授業なら頑張れる? 何も考えず、ただいつもの日常を送っているのかい?
答えのない、あるいは答えを知らない物事について、思考を巡らせるというのはとても心地がいい。
ボクはその答えを知る由もないけれど、考えて頭の中に浮かべるイメージというのは、いつもボクの心を満たしてくれている。
こうして背景を眺めるだけでも、ボクの人生は綺麗な華に彩られているかのようなんだ。それでもやはり、興味の上にあるのは〝恋〟だろうか。
恋というのがなんなのか、相変わらずわからない。
昨日の充の言葉を思い出すけれど、ああして自分の考えを貫くのは、ボクには決して真似できない事だ。まあ、したいとも思わないけど。
空は曇天。失恋したばかりのボクの心を映し出しているようにも見えるし、ただ水蒸気の集まった塊にも見える。
ボクの心次第で、その背景が大きく変わってしまうのは不思議でしかないことだ。──それがまた、ボクの心を満たしてくれる。
「まーた考え事してるな、エリー?」
聞き慣れた、とても綺麗で透き通る声。
ボクはいつのまにか、学校に到着していたみたいだね。
「やあカナメ。今日もとてもいい天気だね」
「えぇ……めっちゃ曇ってますが?」
「この雲の上には青い空が広がっているんだろう? この雲はどこまで続いてるのかな? 雨はふるのだろうか。どこから流れてきた雲なのかな……考えれば考えるほど、新たな疑問が湧いてくる。とてもいい天気じゃないか!」
望月 かなめ。この学校に入ってから二年、常に同じクラスにあり、充と並ぶほどにボクを理解してくれている、数少ない親友だ。
「さよーですか。ま、それでこそ、我が親友の朱思 愛理様といったところかな?」
空から視線を落としたボクを見つめている少し鋭い目は、彼女の綺麗な容姿を際立たせている。
「それで? また振られたらしいじゃん」
「流石に情報が早いなぁ、君は。充から聞いたのかい?」
「あたしの情報網なめないでよね。進藤なんか通さなくても、いくらでも知る方法はあるんだから」
いつも、あらゆる流行や噂話を持ち込んでくる。
カナメは本当に何者なのかな。彼女のことを考えるのも、とても楽しい事なんだ。
「カナメには敵わないな。まあ、ボクにも問題はあるんだ。こればかりは仕方ないさ」
「なんでこんな美人振るかねぇ。あたしが男だったら、絶対手放さないって」
「そうかい? 君が男だったなら、ボクの恋路ももう少し違っていたかも知れないね」
彼女はとても気の良い女子だ。性格も容姿も、そのカッコよさは女子のそれではないけどね。
女子からの人気が特に高いようで、このボクでさえ彼女には惚れ惚れとしてしまう。
「別に、恋を知りたいだけなら相手が男じゃないといけないとか、無いんじゃない? 世の中、女の子同士ってのもありありだと思うな。──どう? あたしと付き合っちゃう?」
なるほど、同性での恋愛というものもあるのか。それはとても面白そうだ。
もっとも、彼女の表情がこの話は冗談だと告げているのは明白だ。
「それは妙案というやつだけど遠慮しておくよ。さすがに、カナメと付き合いました! なんて言ったら、充がどんな風に茶化してくるか分からないからね」
「振られちゃったかぁ。自信あったのになー。……それにしてもあんた、いっつも進藤に相談してるよね。彼じゃだめなの?」
この、彼じゃだめ、というのは、恋人としてという事だろうか? だとしたら論外だ。
「残念ながら、彼にはすでに四十九回振られているんだ。どうにも、ボクのことを恋人としては見れないらしい」
「すごいわね、あんたも、進藤も」
ボクが凄いのかどうかは分からないけれど、充が凄い奴だってことは、ボクもわかっているよ。
雑談もほどほどに、靴を履き替え教室へと向かっていく。
朝のホームルーム前というのは、いつも騒がしいものだ。
あちらこちらで生徒たちが朝の挨拶を交わしている。
昨日何があったかとか、今日の授業はやる気ないとか、今日も頑張ろうだとか。
色んな人たちの感情が交錯する、この雰囲気もボクは嫌いじゃないんだ。
色んな生徒の雑踏の中、三年二組の教室。ボクらの教室に到着する。
「エリー、なんか机の上に置いてあるよ」
「ボクの机かい? ……ほんとじゃないか。けど、あれは一体……?」
何度か見直したけれど、間違いなくボクの席だ。その机の上に、数十枚に渡る紙の束が置かれていた。
授業で使う資料か何かかな? だとしたらなんでボクの机にだけ?
不思議に思いながらも机の横に鞄をかけ、置かれた紙に目を通してみる。
「朱思 愛理様へ。自分の想いを綴らせてもらいました……?」
「まさかこれ、ラブレターなんじゃない?」
「この厚みのかい? それは凄いな」
カナメの呆れたような視線は気になるけれど、最初数枚をめくってみる。
確かに、ボクに対する思いの丈を語っているかのような文面に感じる。少々お堅い文ではあるけどね。
「どうやら、その可能性が高いみたいだ。よくわかったね、カナメ」
「いやまあ、想いを綴るっていったらそうでしょ。しっかし、エリーってほんとモテるよね。どんだけ振られてもすーぐにラブレター届くじゃん。ほんと不思議なんだけど」
「ボクにだって分からないさ。でも、とても嬉しいことだよね」
始業前のチャイムと共に、担任の先生も入ってきたので、とりあえずこのお手紙はしまっておくことにしよう。
「そういえば、充の姿が見当たらないね。いつもならもう来てると思うんだけど」
「そういえば。珍しいね」
何かあったのかな?
不思議に思いつつも席に座っていると、充が来たのは始業のチャイムが鳴る直前だった。
話を聞く間もなく、ボクの二つ前の席へと向かってしまう。
変な様子もないし、ただの寝坊かな? まあ、なんでもないなら良かったよ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
兄貴がイケメンすぎる件
みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。
しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。
しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。
「僕と付き合って!」
そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。
「俺とアイツ、どっちが好きなの?」
兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。
それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。
世奈が恋人として選ぶのは……どっち?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる