時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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魔の章 第六節

其ノ八 大切なもの

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「しかしルカ、君は良く落ち込むな。もっと堂々としたまえ。男だろう」

 〝門〟をでてからも、相変わらずルカとアリーシャは絡んでいた。
 イリスは相変わらずだが、フィーネの表情もどこか苛ついてきているように見える。

「誰のせいだと思ってるんだよ。男として自信もなくすさ……」

 アリーシャを相手にして、落ち込むその姿はどこか少年のようだ。

「フィーさん……私、お姉様に近づきたくないと思ったの、初めてかもしれません……」

 リリーも相変わらずフィーネにくっついており、その発言を聞いたフィーネがイリスを確認する。

 イリスは下唇を強く噛みしめ、その唇にはわずかに垂れる血の跡すら見える。

「ねぇアリー、ちょっ──」

 イリスの状態を見兼ねて、ルカとアリーシャに注意しようとする彼女と二人の間に、巨大な火柱が発生した。
 突然の火柱にフィーネが身を引く。

「もう……むり」

 苦しそうに呻くイリスの声と共に、残り続けている炎の壁が周囲の気温を上げていく。

「……これ、イリスか?」
「熱いな。これも魔法なのか?」

 ルカとアリーシャが状況を理解し、イリスへ視線を向けた。

 歯を食いしばり、二人を睨み続けるイリスの表情は怒りそのもので、その物静かさが彼女の怒りの度合いを示しているようだ。

「イリス! これはなんの冗談だ!」

 ルカが叫んでもイリスは反応することはなく、おもむろに右手を広げて前にかざす。

「……なんだこれは。一体なにが起きている……?」

 アリーシャの困惑は、彼女の周囲に突如現れた紅い線が原因だろう。
 その線は二本垂直に重なり、アリーシャの周囲を球状に囲っている。

「……! イリス!」

 アリーシャの現状を確認したルカが、さらに強く叫んだ。
 その声を聞いたフィーネが、アリーシャの危険を察知したのか、炎の壁に思いきり飛び込んだ。

「アリー! 大丈夫?」

 難なく炎の壁を突き抜けて、アリーシャのもとへと駆けつけた。

「助手くん。君なら大丈夫かもしれないが、あまり無茶をするな」
「なにも無茶じゃない。アリーのこと守れないほうが無理」

 アリーシャと会話しつつも、視線はイリスに向いている。

「ルカさん。これは、イリスさんの魔法?」
「ああ……。空間指定魔法だ。指定した座標にこの的を設置して、その空間に限定して魔法を行使する魔法……」

 ルカが答えるが、焦っているのか早口になっており、伝わりにくかったのだろう。フィーネがよくわからないと言いたげに首を傾げる。

「なるほど。定石にのっとるのであれば、この制約がある分、より強力な魔法と言ったところか」
「……ああ。イリスの使う魔法の中でも、威力だけなら飛び抜けて強力な魔法だ」

 怒りに我を忘れているとしても、先ほどまで話していた相手にそんな魔法を使うとは、末恐ろしい少女だ。

「イリスのやつ、なんで爆炎をアリーシャに……」
「ふむ……ルカ、この魔法の対処法はあるのか?」

 二人はこの状況の元凶であることを一切自覚しない。この二人はこの二人である意味恐ろしい限りだ。

「空間指定魔法の弱点は見たままだ。座標がわかるから、魔法の発動の瞬間に避ければいい」
「なるほど、簡単そうでよかった。ちなみに発動の所作などはあるのか?」
「爆炎の場合は手を握った時に発動する。……が、イリスの爆炎は特殊だ。発動から事象までの時間差がほとんどない。イリスを説得したほうが確実だぞ」

 悠長に話していると、アリーシャを囲う線が三本ずつに増えている。この線の数は何に関係しているのだろうか。

「そういうことだ、助手くん。頼んだぞ」
「……はあ。まあわかってるけど、アリーはもう少し人の気持ちを汲む、ということを学んだほうがいいと思う」

 フィーネは、アリーシャの言葉に彼女を睨みながらため息をつく。
 当のアリーシャはフィーネの言葉をあまり理解していないような素振りで笑って見せる。

 文句を言いつつもフィーネはアリーシャを囲む球の中に入り、彼女を背負った。

「な、おい! どうする気だ!」
「……跳ぶ。あとルカさん。念のため謝っておくね、ごめんなさい」
「なにを──」

 フィーネの言葉に、ルカが聞き返そうとすると、イリスの掌が少しずつ、握られ始めた。

「爆──」

 フィーネはその掌に神経を集中させ、掌が握られる瞬間に、地面を蹴る。

「──炎」

 イリスが唱えるのと、フィーネが跳ぶのはほぼ同時だった。
 フィーネが跳んだその直前にいた空間が高熱に覆われる。
 
「これは……あの中にいたら灰すら残らなかったかもしれないな」
「なにこれ……」

 一切むらの無い、蒼い球状の物体が現れていた。
 フィーネたちが球を見てしばらくすると、その球体が崩れ始める。
 崩れ始めた瞬間から周囲が高熱に包まれ、そのまま蒼い炎が広がっていく。
 蒼い炎は徐々に赤くなっていき、小さくなっていく。そうしない内に全ての炎が完全消化された。
 消化し切った後も、空間は高熱に包まれたまま、陽炎かげろうを残している。

「……イリスさんはかなり本気だよ」
「私はなにやら、彼女の不満を買ってしまったらしいな」
 
 アリーシャの発言にフィーネが呆れ、ため息をついた後にわずかに笑みがこぼれた。

「……助手くん、君がこの状況で笑っている、というのはいささか不気味だぞ」
「……笑ってない」

 フィーネは頬を赤く染め、視線を逸らす。

「……むかつく」

 イリスの表情が一層険しくなり、もう一度右手が持ち上げられた。

 今度はフィーネを中心に球が出来上がる。その行動の意図をつかめず、フィーネはイリスをめ付けていた。
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