時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

文字の大きさ
23 / 41
魔の章 第一節 二ノ段

其ノ二 メシアの過去

しおりを挟む
「そんなに喜ばれるとは思ってなかったから、なんだか嬉しいなぁ」

 帰ってきたメシアに、野菜汁のおかわりをもらったフィーネが、紅潮した顔を俯かせている。
 
「お、美味しいものを食べるとつい……ごめんなさい」

 野菜汁が美味しく、まだあるのかと尋ねていた。
 十分図々しい申し出だが、メシアは快く了解し、「まだいっぱいあるからどうぞ」と汁をよそって出してくれた。
 そのメシアの表情が、まるで幼い子供を見るようで恥ずかしかったらしい。

「助手くんは美味しいものを食べると、ある意味人格が変わるからな。だがそれが可愛くて仕方がない」

 メシア、フィーネの座る居間の机から、そう離れていない扉の奥から、アリーシャの声が聞こえる。
 メシアに渡された彼女の私服に着替えている途中だ。

 渡され、その場で着替えようとしたアリーシャに、「女の子が人前で着替えるなんてダメ、もっと慎みを覚えなきゃ」とアリーシャを諭し、現在に至る。
 フィーネはまだ服を渡されているのみで、着替えれてはいない。

 恥ずかしさを紛らわすために、フィーネが野菜汁を口に運ぶと、声のした扉が開かれた。

「待たせたな。助手くんも着替えてくるといい」

 首回りに小さなリボン、袖先の若干膨らんだ七分袖に、腰回りでゆったりとして、裾の両端にも小さなリボンのあしらわれた白のブラウス。
 裾の広がった駱駝色のワイドパンツはアリーシャの雰囲気に似合っている。

「よく似合ってるね。よかった」
「アリー可愛い。ほんとなんでも着こなすよね」

 アリーシャの着こなしに嬉しそうにするメシアと、なぜか誇らしげにするフィーネ。

「私に服選びの才能なんて無いさ。彼女の感性が素晴らしいのだろう」

 そのまま、フィーネの隣に腰を下ろす。

「さあ、次は君の番だ」
「はい。この服借りるね、メシアさん」

 フィーネも服を手に持ち、先ほどアリーシャの出てきた扉に入っていく。

「だからメシアでいいって……律儀だなぁ」

 メシアの笑い声を聞きながら、フィーネが着替える。
 扉の先は、いわゆる洗面所のような場所だろう。フィーネの全身を優に映す大きな鏡があり、その隣に大きめの洗面台。
 それらの反対側には半透明な扉があり、おそらく浴室になっているのだろう。

「なんか、綺麗な家だよね……ちょっと寂しい感じはするけど」

 服を着替えながら一人呟く。
 わずかに聞こえてくるアリーシャとメシアの会話を聞きながら、割とすぐに着替え終わった自分の姿を、鏡で確認した。

 相変わらずの綺麗な黒い髪には、紅く大きな細布のリボンが結われており、その大きな目が自身の全身を見つめていた。

 服自体が若干大きいのか、鎖骨まで見えるラウンドネックに、袖先の広がっているフレアスリーブの白く薄めのカーディガン。胸元で釦を止めると、赤いリボンが飾られ、可愛らしくなる。
 中には白いワンピースを着込んでおり、胸元にあしらわれた桃色のレースは、カーディガンの横にも飾られている桃色のリボンと相性がいい。
 ワンピースは膝下まであり、裾には黒猫の刺繍ししゅうと、桃色の肉球の柄が二つ描かれている。
 
「可愛い服……メシアさんはどういう人なんだろう」

 しかし、アリーシャの服といい、この衣装といい、白が好きなのだろうか?

「終わったよ」

 フィーネが扉から出てくると、二人は彼女を見ながら呆然とする。

「……なに?」
「……なんかすごい似合ってて……うん、よかったよ」

 嬉しそうに笑うメシアを背にし、立ち上がったアリーシャがフィーネに近づき、肩に手を置く。

「素晴らしいぞ助手くん。これほど可愛らしい君を見られるとは、歓喜の極みだな」
「あ、ありがとう」

 アリーシャのまっすぐと見つめる視線に、フィーネが目を逸らし赤面する。
 アリーシャの予想以上の反応に嬉しさ半分恥ずかしさ半分と言ったところだろう。

「二人とも熱いなあ。羨まし──んっ」

 メシアが言葉を途中で飲み込み、小さく咳き込んだ。

「メシアさん、大丈夫?」

 アリーシャの拘束を抜け出し、フィーネがメシアに近づく。メシアは大丈夫と手をあげて、フィーネを止める。

「ちょっとした風邪みたいなものだから、気にしないで」

 そう言って今までと変わらない笑顔でメシアが答える。

「空元気にも見えるが、本当に普通の風邪なのか?」
「そう。だから気にしないでね」

 アリーシャもフィーネと並びメシアを見ていたが、軽く息を吐くと椅子に座った。フィーネもアリーシャに倣って腰を下ろす。

「本人がそうだというならそうなのだろう。……とは言え、風邪とて侮れば危険な病だ。気をつけて欲しい」
「そだよ。安静にしててね?」

 二人の言葉に口元を緩ませ、「うん」と小さく頷く。

「二人ともありがとう。こんな心配されたの久しぶりだな」

 メシアが過去を思い出すように虚空を見つめる。何を思い出したのか、小さく微笑む。

「どうしたの?」
「……ごめんなさい。兄のことを思い出してたの」
「お兄さん?」

 フィーネの問いに「うん」と答え、目を閉じて口元をさらに緩めた。

「兄は、私のことを大好きな人だったんだ。何をするにも私のことを心配するし、どこに行くにもついてくる。……そんな兄を、私も大好きだった」

 二人が聞きいると、そのまま兄のことを話し始める。

 小さい頃から、世界は機械の発展した世の中だったこと。
 そんな世界で、幼い頃にメシアの兄は一度死にかけ、その体の一部は機械による義肢になっていたこと。

 メシアとその兄がお互い望むもののため、二人と昔飼っていた猫一匹で世界の旅をしていたこと。
 その旅の中で、兄のいろいろな一面を見れて、嬉しいことも悲しいこともあったこと。
 旅の最後、衝撃的な真実が待ち受けていたこと。
 
 
「あの時は楽しかったな。兄もいて、マオもいて、とてもとても……」

 語り終えたメシアの目からは一筋の涙が流れていた。

「ごめんなさい。こんな話しらけちゃうね」

 そう言って笑って見せるメシアの顔を、二人はただただみつめることしかできなかった。

「いや、構わない。むしろあなたのことを深く知れて良かったと思う。……ちなみに、その兄は──」
「アリー!」

 アリーシャの問いをフィーネが遮る。その瞳に溜まる涙と真剣な眼差しで、アリーシャがフィーネの気持ちを汲み取る。

「……すまない。我ながら浅慮な質問だった」

 アリーシャが謝ると、メシアは微笑みを返してきた。

「そんな気にしないで。兄のことを思い出さない日は無いけど、もう兄がいないことも受け入れているから」

 そんな健気な態度に、フィーネがさらに涙を流す。アリーシャも申し訳なさそうに目を逸らしていた。

「……すまない。少し外を見てきてもいいだろうか」

 いたたまれなかったのかアリーシャが提案すると、メシアは首を傾げた。

「別に構わないけど、気をつけてね? この辺はそんなに治安よく無いから」
「大丈夫だ。助手くんにもついてきてもらう」

 アリーシャの発言に、フィーネが顔を向け、メシアは首を傾げる。

「私もいくの?」
「ああ、頼む」
「……まあ構わないけど」

 そう答えると、二人とも席を立つ。

「彼女──えっと……?」

 メシアが言葉につまらせる。なるほど、彼女は確かに二人の名を聞いていなかった。

「自己紹介、まだしてなかったね。私の名前はフィーネ。アリーの助手ではありません」

 フィーネの笑いながらの発言に若干不服そうなアリーシャも続ける。

「……私はアリーシャだ。助手くんはとても強いから、心配はいらない」

 アリーシャの発言にメシアが心配そうにフィーネを見つめた。

「うん。私は普通の人よりは強いと思うし、アリーは傷つけさせないから大丈夫」

 フィーネの目を一心に見つめ、メシアは小さくため息をついた。

「わかった。信じます。無事戻ってきてね?」

 メシアの言葉に頷き、二人が家を後にした。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...