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魔の章 第一節 二ノ段
其ノ一 優しい女性
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「うう……冷たい」
薄暗い空の下、肌寒い風にさらされた石の地面の上でフィーネは目を覚ました。
相も変わらず服は着ていない。
「助手くん、さすがに前は隠した方がいいと思うぞ」
「アリー……?」
珍しく、腕で胸を隠しているアリーシャの姿に、フィーネが困惑する。
彼女も慣れてきたのか、服を着ていないことにはさほど驚かなくなっているようだ。
アリーシャに合わせ、とりあえず自分の局部を隠したフィーネは、周囲の状況を確認すると顔から血の気が引いていくのがわかった。
「……なに、これ」
「街中のようだな」
フィーネの問いに、アリーシャが的外れな回答を返す。
基本的に二、三階建ての石造りの家が並び、小さな川にも石橋の渡る街並み。
白く眩く光で辺りを照らす街灯、人が近づけば自動で開く屑入れ、川から水を汲むための水車。どれをとっても高い水準に位置する街なのだろう。
そんな街で、服を一切纏わない美女、美少女が倒れていれば、いやでも目立つのは仕方のないことだ。
二人の周囲には数え切れないほどの、人間の壁が出来上がっている。
それは、羞恥心を持たないはずのアリーシャのにすら、気恥ずかしさを催すほどだ。
「これはさすがに……恥ずかしさで死んじゃいそうなんだけど」
「安心しろ助手くん。羞恥如きで人は死んだりしない」
ざわめく喧騒の中、フィーネはただ震えるのみ、アリーシャも冷静ではいるものの、あまりその場を動こうとはしていなかった。
「えーっと、痴女ってわけじゃないんだよね?」
そんな二人に柔らかい声で話しかける女性がいた。
曇り、薄暗いこの空模様ですら、明るく見える白い髪に、色として認識できないほどの、艶消しの白い瞳を持つ女性。
歳の頃合いはアリーシャと比べても、一世代は離れているように見える彼女の肌は綺麗で、とても若く感じられる。
彼女の手には、大きな布が二枚持たれていた。
「そんなわけない!」
「流石の私でも、痴女と呼ばれるのはあまり好ましくはないな」
「はい、わかりました」
二人の回答に満足したのか、彼女は「ふふ」と笑みをこぼしながら、手に持っていた布を二人に渡す。
「あ、ありがとうございます!」
「……感謝しよう」
二人が布を羽織り、しっかりと隠れたことを確認すると、彼女は二人の腕を掴んだ。
「それじゃ、とりあえず逃げましょう」
「なに──」
フィーネの返答を待たず、女性が二人の手を引っ張りその場から走り出した。
「はい、温かい野菜汁だよ」
「ありがとうございます」
突如引っ張られ、二人が連れてこられたのは彼女の家だった。
簡素に置かれた家具の類が、生活感は感じさせても、女性らしさは感じさせない。
「ごめんね、つまらない家で」
「いや、助けてもらって感謝している」
アリーシャが感謝し差し出された野菜汁を飲むと、女性も二人の座る前に腰を下ろした。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
そう言って背筋を伸ばし、笑みを浮かべる。
「私の名前はメシア。この街で機械技師の端くれをやっている者です」
「機械技師?」
アリーシャが思わず機械技師という単語に反応する。
フィーネはそんなアリーシャに冷たい視線を送るが、アリーシャは気にしていない。
「うん。この街は機械の街だからね。街に住む世帯の半分以上は何かしら機械に携わっていると思うよ」
「ふむ……」
メシアの言葉に感心する、アリーシャの羽織る布の端をフィーネが軽く引っ張る。
「どうした助手くん」
アリーシャが普通に反応したことに小さく首を振り、小声でアリーシャの耳元に囁く。
「メシアて名前……この人がガト──マオの飼い主さんじゃないの?」
確かに、世界を移動する直前、ガトが言っていた言葉の中には、メシアという飼い主のことを言っていた。
「……なるほど。可能性はあるが、いかんせんメシアという名は取り分け珍しい名前というわけでもないからな……」
「じゃあ、聞いてみる?」
フィーネの問いにアリーシャは、少し悩んだ末頷いた。
「えと、メシアさん」
「メシアでいいよ。どうしたの?」
二人の小声でのやりとりを嬉しそうに眺めていたメシアが、フィーネの問いに顔を近づける。
「えーと、変なこと聞くかもしれないですけど、もしかして猫とか飼っていたりしないですか?」
フィーネの発言を聞き、若干口を開きかけ、一度閉ざす。少し考えた素振りを見せると、今度は普通に口を開いた。
「ごめんなさい。今はいないかな」
メシアの回答にフィーネは落ち込み、アリーシャが口を開く。
「……すまない。今はいない、ということは過去にいたのだろうか?」
アリーシャの問いにわずかに視線を泳がし、一度目を閉じて考える。
次に目を開けると、小さくため息をついた。
「……いたよ。とっても可愛い黒猫がね」
憂いに満ちた、二人にわずかに届く程度の小さな声で呟いた。
彼女の視線が虚空を眺め、強く握られたその両手は、彼女の悲壮感を表しているようだ。
「すまないがそのね──」
アリーシャが尋ね切る前に、フィーネがアリーシャの羽織る布をもう一度引っ張り、首を振る。その彼女の瞳はわずかに潤んでいた。
アリーシャも首を振る彼女の顔を見るや、言いかけた言葉を途中でとめる。
「いやすまない。なんでもないんだ、気にしないでくれ」
アリーシャはメシアに言葉を返すと、口元に手を当て、考え始める。
フィーネはその潤んだ瞳で、メシアを見つめている。
「なんか、気を使ってる? ほんと、気にしなくていいからね」
メシアの言葉に、二人はただ頷く。言葉が出てこないのだろう。
「……それじゃ、ちょっと二人に合いそうな服を探してくるね」
若干重くなっていた空気を崩すように、メシアが呟き、席を立ち上がる。
「ゆっくりしててね」
二人にそう言い残すと、家の奥へと姿を消していった。
「メシアさん、可哀想」
フィーネが呟き、アリーシャが彼女の頭を撫でる。
「君がこういう感情に感化されやすいのは知っているが、今回は少々激しいな」
「そんなことない」
アリーシャの発言にフィーネは口を尖らせ、メシアの作った野菜汁を口に運ぶ。
「美味しい……」
温かな吐息を吐きながら、ゆっくりと野菜汁を飲み干した。
薄暗い空の下、肌寒い風にさらされた石の地面の上でフィーネは目を覚ました。
相も変わらず服は着ていない。
「助手くん、さすがに前は隠した方がいいと思うぞ」
「アリー……?」
珍しく、腕で胸を隠しているアリーシャの姿に、フィーネが困惑する。
彼女も慣れてきたのか、服を着ていないことにはさほど驚かなくなっているようだ。
アリーシャに合わせ、とりあえず自分の局部を隠したフィーネは、周囲の状況を確認すると顔から血の気が引いていくのがわかった。
「……なに、これ」
「街中のようだな」
フィーネの問いに、アリーシャが的外れな回答を返す。
基本的に二、三階建ての石造りの家が並び、小さな川にも石橋の渡る街並み。
白く眩く光で辺りを照らす街灯、人が近づけば自動で開く屑入れ、川から水を汲むための水車。どれをとっても高い水準に位置する街なのだろう。
そんな街で、服を一切纏わない美女、美少女が倒れていれば、いやでも目立つのは仕方のないことだ。
二人の周囲には数え切れないほどの、人間の壁が出来上がっている。
それは、羞恥心を持たないはずのアリーシャのにすら、気恥ずかしさを催すほどだ。
「これはさすがに……恥ずかしさで死んじゃいそうなんだけど」
「安心しろ助手くん。羞恥如きで人は死んだりしない」
ざわめく喧騒の中、フィーネはただ震えるのみ、アリーシャも冷静ではいるものの、あまりその場を動こうとはしていなかった。
「えーっと、痴女ってわけじゃないんだよね?」
そんな二人に柔らかい声で話しかける女性がいた。
曇り、薄暗いこの空模様ですら、明るく見える白い髪に、色として認識できないほどの、艶消しの白い瞳を持つ女性。
歳の頃合いはアリーシャと比べても、一世代は離れているように見える彼女の肌は綺麗で、とても若く感じられる。
彼女の手には、大きな布が二枚持たれていた。
「そんなわけない!」
「流石の私でも、痴女と呼ばれるのはあまり好ましくはないな」
「はい、わかりました」
二人の回答に満足したのか、彼女は「ふふ」と笑みをこぼしながら、手に持っていた布を二人に渡す。
「あ、ありがとうございます!」
「……感謝しよう」
二人が布を羽織り、しっかりと隠れたことを確認すると、彼女は二人の腕を掴んだ。
「それじゃ、とりあえず逃げましょう」
「なに──」
フィーネの返答を待たず、女性が二人の手を引っ張りその場から走り出した。
「はい、温かい野菜汁だよ」
「ありがとうございます」
突如引っ張られ、二人が連れてこられたのは彼女の家だった。
簡素に置かれた家具の類が、生活感は感じさせても、女性らしさは感じさせない。
「ごめんね、つまらない家で」
「いや、助けてもらって感謝している」
アリーシャが感謝し差し出された野菜汁を飲むと、女性も二人の座る前に腰を下ろした。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
そう言って背筋を伸ばし、笑みを浮かべる。
「私の名前はメシア。この街で機械技師の端くれをやっている者です」
「機械技師?」
アリーシャが思わず機械技師という単語に反応する。
フィーネはそんなアリーシャに冷たい視線を送るが、アリーシャは気にしていない。
「うん。この街は機械の街だからね。街に住む世帯の半分以上は何かしら機械に携わっていると思うよ」
「ふむ……」
メシアの言葉に感心する、アリーシャの羽織る布の端をフィーネが軽く引っ張る。
「どうした助手くん」
アリーシャが普通に反応したことに小さく首を振り、小声でアリーシャの耳元に囁く。
「メシアて名前……この人がガト──マオの飼い主さんじゃないの?」
確かに、世界を移動する直前、ガトが言っていた言葉の中には、メシアという飼い主のことを言っていた。
「……なるほど。可能性はあるが、いかんせんメシアという名は取り分け珍しい名前というわけでもないからな……」
「じゃあ、聞いてみる?」
フィーネの問いにアリーシャは、少し悩んだ末頷いた。
「えと、メシアさん」
「メシアでいいよ。どうしたの?」
二人の小声でのやりとりを嬉しそうに眺めていたメシアが、フィーネの問いに顔を近づける。
「えーと、変なこと聞くかもしれないですけど、もしかして猫とか飼っていたりしないですか?」
フィーネの発言を聞き、若干口を開きかけ、一度閉ざす。少し考えた素振りを見せると、今度は普通に口を開いた。
「ごめんなさい。今はいないかな」
メシアの回答にフィーネは落ち込み、アリーシャが口を開く。
「……すまない。今はいない、ということは過去にいたのだろうか?」
アリーシャの問いにわずかに視線を泳がし、一度目を閉じて考える。
次に目を開けると、小さくため息をついた。
「……いたよ。とっても可愛い黒猫がね」
憂いに満ちた、二人にわずかに届く程度の小さな声で呟いた。
彼女の視線が虚空を眺め、強く握られたその両手は、彼女の悲壮感を表しているようだ。
「すまないがそのね──」
アリーシャが尋ね切る前に、フィーネがアリーシャの羽織る布をもう一度引っ張り、首を振る。その彼女の瞳はわずかに潤んでいた。
アリーシャも首を振る彼女の顔を見るや、言いかけた言葉を途中でとめる。
「いやすまない。なんでもないんだ、気にしないでくれ」
アリーシャはメシアに言葉を返すと、口元に手を当て、考え始める。
フィーネはその潤んだ瞳で、メシアを見つめている。
「なんか、気を使ってる? ほんと、気にしなくていいからね」
メシアの言葉に、二人はただ頷く。言葉が出てこないのだろう。
「……それじゃ、ちょっと二人に合いそうな服を探してくるね」
若干重くなっていた空気を崩すように、メシアが呟き、席を立ち上がる。
「ゆっくりしててね」
二人にそう言い残すと、家の奥へと姿を消していった。
「メシアさん、可哀想」
フィーネが呟き、アリーシャが彼女の頭を撫でる。
「君がこういう感情に感化されやすいのは知っているが、今回は少々激しいな」
「そんなことない」
アリーシャの発言にフィーネは口を尖らせ、メシアの作った野菜汁を口に運ぶ。
「美味しい……」
温かな吐息を吐きながら、ゆっくりと野菜汁を飲み干した。
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