時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

文字の大きさ
40 / 41
真の章 第一節

其ノ六 悲しい現実

しおりを挟む
「そっちはだめ……!」

 亀の行動に彼女が思わず立ち上がる。
 アリーシャも彼女の気持ちを汲みつつも、意味のない事を諭すようにいさめる。
 アリーシャの制止に困惑する彼女も、それが映像でしかない事を理解し、悔しそうにその場に座り直した。

「……相変わらず淡々と我々の行動を語るのが好きなようだな」

 アリーシャは、まるで私を軽蔑するかのような視線を向けてくる。
 例えどう言われようとも、感じられようとも、これが私の義務であり、立場である事実がくつがえる事ではない。

「…………」

  アリーシャとのやり取りの最中も、映像は続いており、彼女は相変わらず映像から目を離すことはなかった。

「だめ……だめ……!」

 映像の中では、先ほどの亀が徐々に集落の中へと侵入していく様子を確認できた。
 この亀たちは何を目的に集落内へと侵入したのだろうか。

「……なんの不思議もない。彼らとて生物であり、生物が生きる上で必要になる生理現象の一つだ」

 アリーシャの発言と共に、最初の一頭以外の亀たちも動き出した。皆一様に集落の広場を目指しているように見える。
 冷静に努めているように見えても、アリーシャの口は強く食いしばられ、わずかに聞こえる歯軋りの音と共に、アリーシャの口から血が流れていることが確認できる。

「アリー! 辛いのは分かるけど、そんなのアリーらしくないよ!」

 彼女の心配の言葉に、わずかに顎の力を弱め、少し冷静になる。

「……すまない。しかし、私が注意喚起を怠らなければ、こんなことにはならなかったはずだと、後悔しているんだ……」

 そう言うアリーシャの眺める映像の中、より外周に近い家々が次々と崩されていく。
 映像の粗さもあり、そこから逃げ出す人々の姿は鮮明に確認することができなかった。

「……でも、本当に辛いよ……」

 相変わらず涙も、彼女の心境がより伝わってくるようだ。
 二人はどれほど辛くとも、映像から目を離すことはなかった。

「離せるわけがないだろう。……これでも、人の心を捨てたつもりはない」
「何もできない自分が恨めしいよ! どうにかしてあそこに行けないの!」

 アリーシャは彼女の言葉にはっとしたように目を大きく開くが、すぐに目を閉じ、首を振る。

「……貴様」

 私の言葉に憤慨したかのように睨む彼女の眼光は、今までに見せたことのない程の鋭利さとなっていた。

「アリー、何かあるの?」
「…………っ」

 私の言葉に彼女が気づき、アリーシャの考えを問う。しかし、当のアリーシャはその言葉を口にする事を躊躇ためらっている。

「……君もよく知っているものだ」

 アリーシャは懐から例の懐中時計を取り出し、彼女に見えるように持ち上げる。

「でもそれって……!」

 彼女の疑問は尤もだ。いつも行き先が分からず、無差別に飛んでいたはずの機械。そんなもなが果たして、今役に立つものだろうかと。

「勿論、確証はないし、あるいは不可能なのかも知れない」

 アリーシャはそう言いつつ、浮かない表情で俯き言葉を続ける。

「ただ、可能性は多分にあると思っている。ただ……」
「……なに?」

 アリーシャの考える可能性。そして憂いは何を示すのか。

「……おすすめはできない」

 言葉を濁すように、簡潔に答える。それでもなお、彼女の視線は極彩色の床へと向けられている。

「なんで? あの人たちを助けたくないの?」

 彼女の問いにアリーシャの全身に緊張が走る。アリーシャは深呼吸し、彼女の視線をその憂いた瞳で受け止める。

「助けたいさ。ただ、おそらくそれは、運命ではない」
「へ?」

 アリーシャの口から、運命などという不確かな言葉が現れたことに、戸惑いこそすれ納得はできるはずもない。

「ここで我々がこの映像を見ているということは、おそらく彼らは助からないことになっているのだろう。ともするならば、我々が今からあの世界に行くことは、あってはならないことなんだ」
「なにそれ、アリーらしくない」

 彼女の言葉は、それこそ彼女らしくないと言いたくなるほどに、冷静であり、淡々としており、力強かった。

「……なんとでも言ってくれ」

 やはり、アリーシャもらしくない、というのは間違いない。落ち込むアリーシャのしおらしさは、普通の女性のそれに過ぎない。

「アリーの言葉がほしいよ」
「……先ほどの発言は嘘でも無ければ、冗談でもないし、事実だと思っている」

 彼女に目を合わせることなく、アリーシャが続ける。

「その前提で話すが、仮にこれを使ってあの世界に舞い戻れたとして、おそらくは既に事が済んだ後の世界だろう。……そんな場所に君を連れて行くことを、私が良しとしない」

 アリーシャの言葉に彼女は首を振り、ため息をついた。

「やっぱりアリーらしくない。まだ決まってもいない事を可能性で済ませて、試そうともしないなんて、私の知っているアリーじゃないよ」
「…………」

 彼女の言葉に大きくため息を漏らすと、わずかに微笑みを浮かべる。

「ならば試してみようじゃないか。それで仮に、君の心が折れると言うのであれば、私が支えればいいだけのことだ」

 アリーシャにいつもの表情が戻る。

「……本当にいつも見ているような言い回しだな。あまり気持ちの良いものじゃない」

 私の発言に気分を害したようだ。残念ながら、私に謝る術などありはしない。

「謝罪など求めてはいない。どうせすぐに別れる訳だからな」
「良いんだよね、アリー」

 彼女の言葉に、アリーシャが渋々頷く。彼女も笑みを浮かべ、「ありがとう」と短くつぶやいた。

「ならば行こう。彼らの元へ」
「絶対に助ける!」

 アリーシャは懐中時計の釦に指を置き、こちらに向き直った。

「世話になったな。もう二度と、君に出会わない事を願っている」
「あなたのことは知らない。でも、どこか懐かしさを感じた事だけが気持ち悪かったけど、忘れることにするよ」

 アリーシャも頷き、今度こそ釦を押し込んだ。

「君たちのに幸あれ」

 私の心よりの言葉は誰にも伝わることはなかっただろう。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...