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第18話 鉄壁の領民たち
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数日後。ダリウス領の境界付近にある関所が、物々しい雰囲気に包まれていた。王家の紋章を掲げた馬車と武装した近衛騎士団の一隊が現れたからだ。
「おい、なんだここは……?」
馬車の窓から顔を出したアシュリー王太子は、眉をひそめた。彼が想像していたダリウス領は、瘴気が立ち込め、枯れ木と岩ばかりが広がる死の世界だった。
しかし、目の前に広がっているのは、どこまでも続く黄金色の小麦畑と、色とりどりの花が咲き乱れる街道。道行く人々は血色が良く、楽しげに笑い合っている。
「道が……光っている?」
さらに驚くべきは、舗装された街道だった。
泥一つなく、塵一つ落ちていない。まるで王宮の廊下よりも清潔に磨き上げられているではないか。
「報告と違うぞ。ここは本当に『穢れ公爵』の土地なのか?」
「はっ、地図上では間違いありませんが……」
側近も首を傾げている。
王太子は鼻を鳴らした。
「ふん、どうせ公爵が幻術でも使っているのだろう。薄汚い現実を隠すためのな。……行くぞ。早くフローラを救い出し、あの陰気な屋敷から連れ戻すのだ」
彼の中では、フローラは「恐ろしい公爵に監禁され、泣きながら掃除をさせられている哀れな被害者」という設定で固定されていた。
自分が行けば、彼女は感動して飛びついてくるはずだ、と。
◇
一行は屋敷の正門へと到着した。
しかし、門は固く閉ざされ、その前には数十人の領民たちが立ちはだかっていた。
農夫、庭師、商人に子供たち。彼らは手に鍬や箒を持ち、騎士団を睨みつけている。
「道を空けよ! アシュリー王太子殿下の御成りであるぞ!」
近衛騎士が怒鳴るが、領民たちは一歩も引かない。
「帰れ! ここは俺たちの楽園だ!」
「フローラ様を連れて行こうなんて、絶対に許さねぇぞ!」
「あの方は俺たちの女神様だ! 指一本触れさせるもんか!」
彼らは知っていたのだ。
王都から「フローラ様を奪いに来る悪い奴ら」が来ることを。そして、その悪い奴らが、かつて彼女を捨てた元凶であることも。
「な、なんだと……? 下民ごときが、王族に逆らうか!」
王太子が顔を真っ赤にして馬車から降り立つ。
「貴様ら、洗脳されているのか? フローラは王家の聖女だ。私が迎えに来たのだぞ!」
「へっ! 今さら何言ってやがる!」
先頭に立っていたのは、あの『ゴールデンボア』の時に世話になった騎士隊長と、料理長だった。料理長は巨大なフライパンを盾のように構えている。
「フローラ様を『雑用係』と呼んで追放したのはどこのどいつだ! あの方が来てから、飯は美味いし、体調はいいし、毎日が祭りみたいに楽しいんだ!」
「そうだそうだ! 王都になんか返せるか!」
「カビの生えた王城にお帰りくださーい!」
子供たちまでが「ベーッ」と舌を出して煽る。
罵詈雑言の嵐に王太子はワナワナと震えた。プライドの高い彼にとって、民衆から拒絶されるなど人生初の屈辱だった。
「お、おのれ……! 全員捕らえろ! 反逆罪で処刑してやる!」
「抜刀!」
近衛騎士たちが剣を抜き、領民たちに向けた。
一触即発の空気。
その時だった。
「――私の領民に、何をする気だ」
空気が凍りついた。
門が重々しい音を立てて開き、その奥から漆黒の軍服を纏ったレオンハルト様が現れた。
その背後には、彼の魔力に反応してどす黒い影が陽炎のように揺らめいている。本気の殺気だ。
そして、その隣には――。
「……アシュリー殿下」
私がいた。
レオンハルト様に「隠れていろ」と言われたけれど、彼一人に背負わせるわけにはいかないと、無理を言ってついてきたのだ。
「フローラ!」
私の姿を見た瞬間、王太子の顔が歪んだ歓喜に染まった。
「おお、無事だったか! やつれて……はいないな。むしろ綺麗になったか? まあいい、さあこっちへ来い。怖い思いをしただろう。もう大丈夫だ、私が許してやるから」
彼は両手を広げた。
私が泣いて駆け寄ると信じて疑わない、その無邪気なまでの傲慢さ。
昔の私なら、萎縮して従っていたかもしれない。
けれど今の私は、世界一優しい「穢れ公爵」に愛され、守られている。
私はレオンハルト様の腕をぎゅっと握りしめ、一歩前に進み出た。
そして、はっきりと告げた。
「お断りします。私はここが幸せですから」
「……は?」
王太子の笑顔がピシリと音を立てて固まった。
「おい、なんだここは……?」
馬車の窓から顔を出したアシュリー王太子は、眉をひそめた。彼が想像していたダリウス領は、瘴気が立ち込め、枯れ木と岩ばかりが広がる死の世界だった。
しかし、目の前に広がっているのは、どこまでも続く黄金色の小麦畑と、色とりどりの花が咲き乱れる街道。道行く人々は血色が良く、楽しげに笑い合っている。
「道が……光っている?」
さらに驚くべきは、舗装された街道だった。
泥一つなく、塵一つ落ちていない。まるで王宮の廊下よりも清潔に磨き上げられているではないか。
「報告と違うぞ。ここは本当に『穢れ公爵』の土地なのか?」
「はっ、地図上では間違いありませんが……」
側近も首を傾げている。
王太子は鼻を鳴らした。
「ふん、どうせ公爵が幻術でも使っているのだろう。薄汚い現実を隠すためのな。……行くぞ。早くフローラを救い出し、あの陰気な屋敷から連れ戻すのだ」
彼の中では、フローラは「恐ろしい公爵に監禁され、泣きながら掃除をさせられている哀れな被害者」という設定で固定されていた。
自分が行けば、彼女は感動して飛びついてくるはずだ、と。
◇
一行は屋敷の正門へと到着した。
しかし、門は固く閉ざされ、その前には数十人の領民たちが立ちはだかっていた。
農夫、庭師、商人に子供たち。彼らは手に鍬や箒を持ち、騎士団を睨みつけている。
「道を空けよ! アシュリー王太子殿下の御成りであるぞ!」
近衛騎士が怒鳴るが、領民たちは一歩も引かない。
「帰れ! ここは俺たちの楽園だ!」
「フローラ様を連れて行こうなんて、絶対に許さねぇぞ!」
「あの方は俺たちの女神様だ! 指一本触れさせるもんか!」
彼らは知っていたのだ。
王都から「フローラ様を奪いに来る悪い奴ら」が来ることを。そして、その悪い奴らが、かつて彼女を捨てた元凶であることも。
「な、なんだと……? 下民ごときが、王族に逆らうか!」
王太子が顔を真っ赤にして馬車から降り立つ。
「貴様ら、洗脳されているのか? フローラは王家の聖女だ。私が迎えに来たのだぞ!」
「へっ! 今さら何言ってやがる!」
先頭に立っていたのは、あの『ゴールデンボア』の時に世話になった騎士隊長と、料理長だった。料理長は巨大なフライパンを盾のように構えている。
「フローラ様を『雑用係』と呼んで追放したのはどこのどいつだ! あの方が来てから、飯は美味いし、体調はいいし、毎日が祭りみたいに楽しいんだ!」
「そうだそうだ! 王都になんか返せるか!」
「カビの生えた王城にお帰りくださーい!」
子供たちまでが「ベーッ」と舌を出して煽る。
罵詈雑言の嵐に王太子はワナワナと震えた。プライドの高い彼にとって、民衆から拒絶されるなど人生初の屈辱だった。
「お、おのれ……! 全員捕らえろ! 反逆罪で処刑してやる!」
「抜刀!」
近衛騎士たちが剣を抜き、領民たちに向けた。
一触即発の空気。
その時だった。
「――私の領民に、何をする気だ」
空気が凍りついた。
門が重々しい音を立てて開き、その奥から漆黒の軍服を纏ったレオンハルト様が現れた。
その背後には、彼の魔力に反応してどす黒い影が陽炎のように揺らめいている。本気の殺気だ。
そして、その隣には――。
「……アシュリー殿下」
私がいた。
レオンハルト様に「隠れていろ」と言われたけれど、彼一人に背負わせるわけにはいかないと、無理を言ってついてきたのだ。
「フローラ!」
私の姿を見た瞬間、王太子の顔が歪んだ歓喜に染まった。
「おお、無事だったか! やつれて……はいないな。むしろ綺麗になったか? まあいい、さあこっちへ来い。怖い思いをしただろう。もう大丈夫だ、私が許してやるから」
彼は両手を広げた。
私が泣いて駆け寄ると信じて疑わない、その無邪気なまでの傲慢さ。
昔の私なら、萎縮して従っていたかもしれない。
けれど今の私は、世界一優しい「穢れ公爵」に愛され、守られている。
私はレオンハルト様の腕をぎゅっと握りしめ、一歩前に進み出た。
そして、はっきりと告げた。
「お断りします。私はここが幸せですから」
「……は?」
王太子の笑顔がピシリと音を立てて固まった。
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