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第19話 決別の言葉
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「……幸せ、だと? こんな化け物の巣窟でか?」
アシュリー王太子は、信じられないものを見る目で私とレオンハルト様を交互に見た。彼の顔には、純粋な困惑と隠しきれない侮蔑が張り付いている。
「目を覚ませフローラ! その男は『穢れ公爵』だぞ? そばにいるだけで呪われる、生きた汚物だ。そんな奴と腕を組むなんて、正気とは思えん!」
「……っ、貴様」
レオンハルト様の体から、激情の魔力が黒い炎となって噴き上がりかけた。
けれど、私は彼の手を強く握り返してそれを制した。
怒る必要はない。この人は、何も分かっていない哀れな人なのだから。
「殿下。訂正してください」
私は静かに、けれど広場全体に響く声で言った。
王城時代、常に伏し目がちだった私の、初めて見せる強い眼差しに、殿下が一瞬たじろぐ。
「レオンハルト様は、汚物などではありません。誰よりも清らかで、美しい心の持ち主です」
「な、何を……」
「確かに、彼は強力な呪いを背負っています。でも、それは彼自身の罪ではありません。彼はその苦しみの中で、領民を守るために必死に戦ってきました。その高潔な魂のどこが『穢れ』なのでしょうか」
私は一歩踏み出した。
「それに引き換え、殿下。貴方はどうですか?」
「わ、私か?」
「王城は綺麗でした。でも、そこで働く人々の心は? 私を『雑用係』と呼び、使い潰し、感謝の言葉一つなく追放した貴方たちの心には、どんな魔法でも落とせない真っ黒な『傲慢』という汚れがこびりついています」
私の言葉に、近衛騎士たちがバツが悪そうに視線を逸らす。彼らの中にも、かつて私に世話になった者がいたからだ。
「私はここで、初めて『人間』として扱われました。温かい食事、ふかふかのベッド、そして『ありがとう』という言葉。……それを捨ててまで、あの冷たい石造りの牢獄に戻る理由がどこにありますか?」
私の問いかけに、アシュリー殿下は言葉を詰まらせた。
顔を真っ赤にして、パクパクと口を開閉させる。
論理的な反論ができない証拠だ。
「だ、黙れ黙れ! 屁理屈を言うな! これは王命だぞ! お前は王家の所有物なんだ!」
「所有物ではありません!」
私は叫んだ。
「私はフローラ・メルヴィル。一人の人間であり、今はダリウス公爵家の聖女です。私の主はレオンハルト様ただ一人。貴方の命令に従う義務はありません!」
シーンと静まり返った空間に、私の宣言が響き渡った。
領民たちが、
「そうだ!」
「よく言った!」
と拳を突き上げる。
レオンハルト様が、ふっ、と短く息を吐き、私の肩を抱き寄せた。その顔には、これ以上ないほどの誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「……聞いたか、アシュリー殿下。これが彼女の答えだ」
彼は余裕の笑みで王太子を見下ろした。
「彼女は俺を選んだ。……力ずくで奪おうというなら、相手になるぞ? ただし、その綺麗な近衛騎士の鎧が、鉄屑になる覚悟があるならな」
ザッ!
レオンハルト様の合図と共に、背後で控えていた領地の騎士団が一斉に剣を構えた。さらに、農具を持った領民たちも殺気立って包囲網を狭める。
士気の差は歴然だった。
王太子の近衛兵たちは、完全に気圧されて後退りしている。
「くっ……くそっ……!」
アシュリー殿下は唇を噛み切りそうなほど強く噛んだ。
ここで戦闘になれば、勝てない。いや、勝ったとしても、民を虐殺した王族として汚名を残すことになる。
彼はギリギリと拳を握りしめ、吐き捨てるように叫んだ。
「……覚えていろ! 後悔させてやるからな! 王城の結界が完全に消滅すれば、困るのは貴様らも同じだぞ!」
負け惜しみを残し、彼は馬車へと戻った。
逃げるように去っていく王家の馬車を、領民たちの歓声と野次が見送る。
「二度と来るなぁ!」
「塩撒いとけー!」
砂煙が消えるまで見届けた後。
緊張の糸が切れた私はガクッと膝から崩れ落ちそうになった。
「っと、危ない」
すぐにレオンハルト様が支えてくれる。
「よく頑張ったな、フローラ。……惚れ直したぞ」
「……怖かったです。あんなに大声出したの、初めてで」
「ああ。だが、最高に格好良かった」
彼に抱きしめられ、私はようやく安堵の息を吐いた。
守られた。そして、守りきった。
私たちの平穏な生活は、私たちの手で勝ち取ったのだ。
けれど、王太子が最後に残した言葉。
『結界が完全に消滅すれば』。
その言葉が不吉な棘のように私の胸に残っていた。
アシュリー王太子は、信じられないものを見る目で私とレオンハルト様を交互に見た。彼の顔には、純粋な困惑と隠しきれない侮蔑が張り付いている。
「目を覚ませフローラ! その男は『穢れ公爵』だぞ? そばにいるだけで呪われる、生きた汚物だ。そんな奴と腕を組むなんて、正気とは思えん!」
「……っ、貴様」
レオンハルト様の体から、激情の魔力が黒い炎となって噴き上がりかけた。
けれど、私は彼の手を強く握り返してそれを制した。
怒る必要はない。この人は、何も分かっていない哀れな人なのだから。
「殿下。訂正してください」
私は静かに、けれど広場全体に響く声で言った。
王城時代、常に伏し目がちだった私の、初めて見せる強い眼差しに、殿下が一瞬たじろぐ。
「レオンハルト様は、汚物などではありません。誰よりも清らかで、美しい心の持ち主です」
「な、何を……」
「確かに、彼は強力な呪いを背負っています。でも、それは彼自身の罪ではありません。彼はその苦しみの中で、領民を守るために必死に戦ってきました。その高潔な魂のどこが『穢れ』なのでしょうか」
私は一歩踏み出した。
「それに引き換え、殿下。貴方はどうですか?」
「わ、私か?」
「王城は綺麗でした。でも、そこで働く人々の心は? 私を『雑用係』と呼び、使い潰し、感謝の言葉一つなく追放した貴方たちの心には、どんな魔法でも落とせない真っ黒な『傲慢』という汚れがこびりついています」
私の言葉に、近衛騎士たちがバツが悪そうに視線を逸らす。彼らの中にも、かつて私に世話になった者がいたからだ。
「私はここで、初めて『人間』として扱われました。温かい食事、ふかふかのベッド、そして『ありがとう』という言葉。……それを捨ててまで、あの冷たい石造りの牢獄に戻る理由がどこにありますか?」
私の問いかけに、アシュリー殿下は言葉を詰まらせた。
顔を真っ赤にして、パクパクと口を開閉させる。
論理的な反論ができない証拠だ。
「だ、黙れ黙れ! 屁理屈を言うな! これは王命だぞ! お前は王家の所有物なんだ!」
「所有物ではありません!」
私は叫んだ。
「私はフローラ・メルヴィル。一人の人間であり、今はダリウス公爵家の聖女です。私の主はレオンハルト様ただ一人。貴方の命令に従う義務はありません!」
シーンと静まり返った空間に、私の宣言が響き渡った。
領民たちが、
「そうだ!」
「よく言った!」
と拳を突き上げる。
レオンハルト様が、ふっ、と短く息を吐き、私の肩を抱き寄せた。その顔には、これ以上ないほどの誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「……聞いたか、アシュリー殿下。これが彼女の答えだ」
彼は余裕の笑みで王太子を見下ろした。
「彼女は俺を選んだ。……力ずくで奪おうというなら、相手になるぞ? ただし、その綺麗な近衛騎士の鎧が、鉄屑になる覚悟があるならな」
ザッ!
レオンハルト様の合図と共に、背後で控えていた領地の騎士団が一斉に剣を構えた。さらに、農具を持った領民たちも殺気立って包囲網を狭める。
士気の差は歴然だった。
王太子の近衛兵たちは、完全に気圧されて後退りしている。
「くっ……くそっ……!」
アシュリー殿下は唇を噛み切りそうなほど強く噛んだ。
ここで戦闘になれば、勝てない。いや、勝ったとしても、民を虐殺した王族として汚名を残すことになる。
彼はギリギリと拳を握りしめ、吐き捨てるように叫んだ。
「……覚えていろ! 後悔させてやるからな! 王城の結界が完全に消滅すれば、困るのは貴様らも同じだぞ!」
負け惜しみを残し、彼は馬車へと戻った。
逃げるように去っていく王家の馬車を、領民たちの歓声と野次が見送る。
「二度と来るなぁ!」
「塩撒いとけー!」
砂煙が消えるまで見届けた後。
緊張の糸が切れた私はガクッと膝から崩れ落ちそうになった。
「っと、危ない」
すぐにレオンハルト様が支えてくれる。
「よく頑張ったな、フローラ。……惚れ直したぞ」
「……怖かったです。あんなに大声出したの、初めてで」
「ああ。だが、最高に格好良かった」
彼に抱きしめられ、私はようやく安堵の息を吐いた。
守られた。そして、守りきった。
私たちの平穏な生活は、私たちの手で勝ち取ったのだ。
けれど、王太子が最後に残した言葉。
『結界が完全に消滅すれば』。
その言葉が不吉な棘のように私の胸に残っていた。
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