公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと

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第13話 漬物石、売ります

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​――王国が莫大な報奨金。

――原因を突き止めた奴に。

――化け物。

​ 酒場から漏れ聞こえてきた言葉が、私の頭の中をぐるぐると回る。
 ただの害虫駆除だったのに。自分の家の庭を掃除しただけなのに。それが、なぜか国を挙げてのお尋ね者になるなんて、あんまりだ。

​「……面倒くさい……」

​ 思わず心の声が漏れた。
 こうなったら、当初の目的――砂糖と塩と香辛料の購入を可及的速やかに達成し、一刻も早く、我が家へと帰還しなければならない。

​ 私の『お使いミッション』は、突如として『隠密行動ステルスミッション』へと変更された。
​ クロークのフードをさらに深く被り、できるだけ人目を避けるように移動を再開した。気分は、物語に出てくるスパイか何かだ。ドキドキするけど、あまり楽しくはない。

​ まずは軍資金の調達。この麻袋に入った『石』をお金に換えなくては。
 でも、どこに行けばいいんだろう? 宝石屋? 道具屋? そもそも、この街のどこに何があるのか、さっぱり分からない。

​「……すみません」

​ 私は道端の露店で干し果物を売っていた、人の良さそうなおばあさんに声をかけた。できるだけ怪しまれないように、か細い声で。

​「あの……綺麗で、ちょっと重い石を買い取ってくれるお店を知りませんか……?」

「ん? 綺麗な石かい?」

​ おばあさんは、私のフードの下を覗き込むようにしながら、にこやかに答えてくれた。

​「それなら、中央広場の角にある『バルタザール商会』に行ってみるといいよ。あそこは街で一番大きな店だからね。鉱石でも魔道具でも、何でも買い取ってくれるさね」

「ばるたざーる商会……」

「ああ。ただ、あそこの店主は、ちいとばかり強欲で有名だからね。嬢ちゃん、足元を見られないように気をつけるんだよ」

​ おばあさんは、親切にウィンクまでしてくれた。
 私は深くお礼を言うと、教えてもらった中央広場へと、再び壁を伝いながら向かった。

 ​バルタザール商会は、すぐに見つかった。
 他の店とは明らかに違う、石造りの、やけに豪華で、威圧感のある三階建ての建物だ。
 入り口の扉には、金文字で店の名前が刻まれている。

​「……入りにくい……」

 ​あまりの場違い感に、私は一瞬、入店をためらった。でも、ここで帰るわけにはいかない。 砂糖のために。

 ​意を決して重厚な扉を押す。
 カラン、とドアベルが鳴り、薄暗く、静まり返った店内に足を踏み入れた。壁一面に高そうな壺や、きらびやかな宝石、禍々しいオーラを放つ武具などがずらりと並んでいる。

 ​カウンターの奥から片眼鏡モノクルをかけた、いかにも『商人』といった風情の小太りな中年男性が顔を上げた。
 彼が噂のバルタザールさんだろう。

​「……いらっしゃい。何の用かね」

 ​彼は、私のみすぼらしい格好を一目すると、あからさまに興味を失ったように言った。

​「あの、石を、買い取っていただきたくて……」

「石、だと? うちが、そこらの石ころを買い取るとでも?」

 ​バルタザールさんは鼻で笑った。
 その態度に、ちょっとだけムッとした私は、麻袋をカウンターの上に、どさり、と置いた。

​「これです」

 ​袋の口を開け中身を転がし出す。
 ゴトン、と重い音を立ててカウンターに現れたのは、私の頭ほどある、虹色に輝く巨大な結晶体。店内の魔法光を浴びて、それは内側から眩いばかりの光を放っていた。

​「…………」

 ​バルタザールさんの動きが止まった。

​「……ほぅ」

 ​彼は、ゆっくりとカウンターから出てくると、私の置いた『石』の周りを、ぐるぐると回り始めた。その目は獲物を見つけた鷹のように鋭く光っている。

​「……嬢ちゃん。これは、どこで手に入れた」

「うちの犬が拾ってきました」

「……犬?」

 ​バルタザールさんは、一瞬、変な顔をしたが、すぐに気を取り直すと、片眼鏡をかけ直した。そして様々な角度から食い入るように結晶体を観察し始める。
 ​やがて彼は震える手で鑑定用のルーペと魔力を測定するらしい道具を取り出した。

​「……純度、測定不能? 魔力量、規格外……まさか……バカな……これは、幻の『虹龍の涙』だと……!?」

​ バルタザールさんの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。額には脂汗がびっしりと浮かんでいた。

​「じょ、嬢ちゃん……! これを……これを、いくらで売る気だ……!?」

 ​彼はゴクリと唾を飲み込みながら、震える声で尋ねた。その瞳には、強欲とそれ以上に得体の知れないものに対する恐怖が渦巻いていた。

 ​私は少し首を傾げた。
 いくら、と言われても、お金の価値が分からないのだから、答えようがない。
 だから正直に、今回の目的を伝えることにした。

​「ええと……お砂糖と、お塩が買えるくらいのお金になれば、十分です」

「…………はい?」

 ​バルタザールさんの顔が固まった。

​「あ、あと、香辛料もいくつか欲しいです。それで……足りますか?」

 ​私のあまりにも純粋な問いかけに、バルタザールさんは、数秒間、完全に沈黙した。

 そして、次の瞬間。

​「……ぷっ、くくく……はっ、はっはっはっはっはっは!!」

 ​彼は腹を抱えて笑い出した。涙を流しながら、カウンターをバンバンと叩いている。
 ひとしきり笑い終えると、彼は涙を拭う。

 そして私に向かって、深々と、本当に深々と頭を下げた。

​「……参りました。嬢ちゃん、あんたの勝ちだ。こんな面白い取引は、生涯初めてだ」 

​ 彼はそう言うと、カウンターの奥から、ずっしりと重い革袋を三つ持ってきた。

​「金貨で払おうと思ったが、とてもじゃないが、この店にある金貨じゃ足りん。ここに白金貨が300枚入っている。この街の家が十軒は買える金額だ。これで許してくれ」

「は、はあ……」

 ​白金貨。
 金貨より凄いらしい。よく分からないけど、たくさんくれるなら、きっと足りるのだろう。

​「ありがとうございます」

 ​私は、ずしりと重い革袋を受け取った。
 これで当分は調味料には困らないだろう。

​「おっと、嬢ちゃん」

 ​店を出ようとする私をバルタザールさんが呼び止めた。

​「一つ忠告だ。……そのフード街の中では、あまり取らん方がいい。あんたさんは、どうやらとんでもない『嵐』の中心にいるらしいからな。目立たんのが、一番だ」

 ​彼の言葉に、私はこくりと頷いた。
 この商人は、どうやら、ただの強欲商人ではないらしい。

 ​お礼を言って、私は店を出た。
 これで第一ミッションは完了だ。あとは雑貨屋を探すだけ。
 ​そう思って、意気揚々と店の外に一歩、踏み出した、その時。

​ドンッ!

​「うわっ!?」

「おっと、悪ぃ!」

 ​角から曲がってきた屈強な体つきの男と思いきりぶつかってしまった。
 男は冒険者だろうか。革鎧に身を包み、背中には大きな剣を背負っている。

​「……ん?」

 ​男はぶつかった私を上から下まで、じろりと値踏みするような目つきで見た。

​「……なんだ、テメェ。見ねえ顔だな」

 ​それは、さっき酒場で私の噂をしていた冒険者の一人だった。

 まずい。
 また、面倒なことに巻き込まれそうだ。
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