公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと

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​第2章 たかがお使い、されどお使い。街の噂の中心にいるらしい

第18話 お茶への誘い

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​ 結界が弾き出した侵入者のプロフィールに、私の頭の中に、燃えるような赤い髪と威勢のいい笑顔が浮かび上がった。
 フィオナさん。街で私を助けてくれた、あの冒険者だ。

​「……なんで……」

 ​思わず、その場にしゃがみ込みたくなる。
 なぜ、よりにもよって彼女がこんな所にいるのか。悪意がないから結界を通り抜けてしまった、というのは分かる。
 でも、タイミングが悪すぎる。

​ このまま放置すれば、彼女は私の作った『認識阻害迷宮』の中で、永遠に森を彷徨い続けることになる。
 それは、さすがに寝覚めが悪い。助けてもらった恩を仇で返すようなものだ。

​「……はぁ。仕方ないわね」

​ 私は本日何度目か分からない観念のため息をつくと、重い足取りで森の奥へと歩き出した。
 結界の主である私にとって、この森は自分の庭のようなもの。
 どこに誰がいるか、手に取るように分かる。

 ​数分後。
 森の少し開けた場所で目的の人物を発見した。

​「……おかしい。絶対におかしい……」

 ​フィオナさんは肩に担いでいたはずのマグロを地面に置き、その上で胡座をかいて、うーんと唸っていた。

​「さっきから、同じ木の前をぐるぐる回ってる気がするんだよな……。なあ、マグロさんよ。あんたもそう思わないかい?」

 ​返事をするはずもないマグロに真剣な顔で話しかけている。
 どうやら、相当、混乱しているらしい。

​「こんにちは、フィオナさん」

 ​私が音もなく彼女の背後に立つと、フィオナさんは「ひゃっ!?」と猫のように飛び上がった。

​「な、なんだい、あんたか! 脅かすんじゃないよ!」

「……ええと、森の少女です」

「知ってるよ! ……って、なんであんたがこんな所に? いや、ここはあんたの住処の近くなのか?」

 ​フィオナさんは、驚きと混乱で矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。

​「私の家は、まあ、この近くですけど……。それより、あなたこそ、ここで何を?」

「何をって……見ての通り迷子だよ!」

 ​フィオナさんは、やけっぱちになったように叫んだ。

​「ギルドからの帰り道、近道しようと思って森に入ったら、急に景色がぐにゃぐにゃ歪みだして、気づいたらこのザマさ! 私としたことが、情けない……」

「……それは、ご愁傷様です」

 ​原因は、十割、私にあるのだけど。

​「それより、あんたは平気なのかい? この森、なんだかすごく、おかしいことになってるよ。まるで、森全体が生きているみたいだ」

 ​フィオナさんは、鋭い目で周囲を見渡す。さすがはA級冒険者といったところか。
 私の結界の、その本質の一端を肌で感じ取っているらしい。
 ​ここで、下手に嘘をついても、ボロが出るだけだ。

 私は観念して当たり障りのない事実だけを告げることにした。

​「……私が、やりました」

「…………へ?」

「防犯のために、ちょっと、ね。新しいセキュリティを導入したんです。悪意のある人だけを迷わせるように」

「……セキュリティ……」

 ​フィオナさんは、私の言葉をゆっくりと、ゆっくりと頭の中で反芻しているようだった。
 やがて彼女は、天を仰いで乾いた笑いを漏らした。

​「……ははっ。なるほどね。つまり、なんだい。あんたは、この広大な森全域を覆う、超々弩級の魔法結界を『セキュリティ』の一言で片付けちまうような、とんでもない魔法の使い手ってことかい?」

「……まあ、大体、そんな感じです」

 ​私がこくりと頷くと、フィオナさんは感心したように、それでいて面白そうに、にっと笑った。
 普通の人間なら恐怖で腰を抜かすか、私を化け物扱いするかの、どちらかだと思っていた。

 でも、彼女は違った。

​「あはは! 面白い! あんた最高に面白いよ!」

 ​彼女は腹を抱えて笑っている。
 その反応に、なんだか、こっちの毒気まで抜かれてしまった。

​「……それで私はどうなるんだい? 悪意はないと判断されたみたいだけど、このままだと、おちおち近道もできやしない」

「……」

 ​どうしたものか。
 このまま結界の外まで送っていくのが、一番安全だろう。でも彼女は、この森の異常を知ってしまった。このまま帰せば、街で変な噂を立てられるかもしれない。

​「……あの」

 ​気づけば、私は自分でも意外な言葉を口にしていた。

​「私の家、この近くなんで……。よかったら、お茶でも飲んでいきませんか?」

 ​これは一種の賭けだった。
 彼女を、私のテリトリーに招き入れる。それは、私のスローライフを危険に晒す行為かもしれない。
 でも、この人なら大丈夫なような気がした。 

 そんな、直感があった。

 ​私の提案にフィオナさんは、きょとん、と目を丸くした。
 そして次の瞬間、太陽みたいないたずらっぽい笑みを浮かべる。

​「……お茶! いいねえ、いただくよ!」

「……決めるの、早いですね」

「当たり前さ! こんなに面白いこと、滅多にないからね!」

 ​フィオナさんは、再びマグロをひょいと担ぐと、私の後に続いた。

「それで、家はどっちだい?」

「こっちです。ついてきてください」

 ​私はフィオナさんを先導して、自分にしか分からない迷宮の道を進んでいく。


 数分後。
 森の木々が開け、私の住処である、例の山小屋が見えてきた。

​「へえ、あんな所に家が……」

 ​フィオナさんが感心したように呟く。

 そして、彼女は見てしまった。
 ​家の玄関先を、せっせと箒で掃いている、リビングアーマーの『アーマーさん』の姿を。
 そして、その家の屋根の上で、気持ちよさそうに日向ぼっこをしている、山のように巨大な白狼『モフ』の姿を。
 おまけに家の曲がった煙突からは、巨大な龍の鼻息のような一筋の煙が立ち上っていた。

​「………………」

 ​フィオナさんが固まった。
 その口が、ゆっくりと、あんぐりと開かれていく。

​「……なあ、嬢ちゃん」

 ​彼女は震える声で、私に尋ねた。

​「あんたの言ってた『セキュリティ』ってのはさ。もしかして、あの動く鎧とか、バカでかい狼とか、煙突の奥にいる龍とかも……含まれてたり、するのかい……?」

 ​私は、にっこりと、人の良い笑みを浮かべて答えた。

「さあ、どうでしょう?」

 ​フィオナさんが、その場で崩れ落ちそうになっているのを、私はただ見守っていた。
 どうやら、お茶を出す前に、まず気付け薬が必要かもしれない。
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