公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと

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第3章 これが初めての冒険、その練習なの?

第32話 空飛ぶ竜(の練習)

 マラコーの拠点へのお掃除ミッション決行まで、あと三日。
 その日の朝、私は、いつものようにファイアバードの光で目を覚ました。しかし、隣のベッドからは、いつもと違う、異様な熱気が伝わってくる。

​「起きろ、リリ! 今日から地獄の特殊訓練開始だ!」

 ​フィオナさんが、すでに軽鎧を装着し、やる気満々の顔で私を見下ろしていた。その目は、獲物を見つけた獣のように爛々と輝いている。

​「……おはようございます、フィオナさん。朝から、元気ですね……」

「当たり前だ! 私たちの命がかかってるんだからな! まずは、潜入の基本、隠密行動からだ! 私に続いて、音を立てずに移動してみろ!」

 ​彼女はそう言うと、猫のようにしなやかな動きで、床を滑るように移動し始めた。床板一枚きしませない見事な動きだ。

​「……こうですか?」

 ​私は彼女の真似をして、ベッドから降りた。
 ただし、私は、ほんの少しだけ、風の精霊の力を借りて、自分の体重を完全に消していた。
 結果、私は完全に無音、無振動で宙を数センチ浮きながら、ふわり、とフィオナさんの隣に移動した。

​「……」

 ​フィオナさんは、幽霊のように現れた私を見て、しばらく固まっていたが、やがて、わなわなと震え始めた。

​「……お前、そういうとこやぞ」

 ​どうやら特殊訓練は、開始五秒で企画倒れに終わったらしい。

​ 次に、私たちは、今回のミッションの要である輸送担当のバッシーの様子を見に、裏の洞窟へと向かった。

​「お、おい……。本当に、こいつに乗って行くのか……?」

 ​洞窟の奥で、とぐろを巻いて休んでいたバッシーの巨体を見て、フィオナさんの顔がひきつる。
 私の薬で怪我はすっかり癒えているようだ。

​「こんにちは、バッシー。体調はどう?」

「……シャー」

 ​バッシーは、私を見ると嬉しそうに巨大な頭をすり寄せてきた。しかし、私の後ろにいるフィオナさんの姿を認めると、びくっ、と怯えたように私の影に隠れてしまう。
 どうやら、かなりの人見知りらしい。

​「……伝説の邪竜が……私にビビってる……」

 ​フィオナさんがなんとも言えない顔で呟く。

​「大丈夫よ、バッシー。この人は、フィオナさん。怖くないからね」

「……シャアアア……」

「それで、フィオナさん。彼に乗るには、鞍が必要ですよね?」

「まあ、そうだな。普通は、グリフォン用のとかを改造するんだが……」

「ちょっと、待っててください」

 ​私はそう言うと、家の物置から適当な素材――昔、モフが狩ってきたキマイラの革と、ドリームスパイダーの糸を取り出した。
 そして、スキル『裁縫(神級)』を発動。

​パァッ!

 ​一瞬の光の後。
 私の手には、黒く輝く見事な鞍が完成していた。
 乗り心地を考慮して、座面には魔法のクッション機能を付与し、横には水筒を入れておくためのカップホルダーまで完備した、完璧な一品だ。

​「はい、できました。『バッシー専用・快適フライトサドル』です」

「……もう、突っ込まんぞ、私は……」

 ​フィオナさんは、遠い目で、その神業を見届けていた。


 ​作戦決行の前日。
 私たちは、それぞれ、装備の最終チェックをしていた。
 ​フィオナさんは、愛剣を念入りに研ぎ、予備のナイフ、回復薬、解毒薬、煙玉、ワイヤーなど大量の冒険者グッズを機能的にポーチに詰めている。さすがはプロの仕事だ。

​「リリ、お前の準備は、どうなんだ?」

「はい。私も、万全ですよ」

 ​私は自信満々に自分の荷物を見せた。
 中身は、アーマーさん特製のサンドイッチとハーブティーの入った水筒。それから、

​「念のため、これも持っていこうかと」

 ​私が、ガラクタ箱から取り出したのは、先日、微睡みゴーレムを起こすのに使った、オリハルコン製の巨大なシンバルだった。

​「なんでだよ!!!!」

 ​フィオナさんの魂のツッコミが家中に響き渡った。

​「いえ、ほら、何か派手な陽動が必要になった時に、便利かな、と……」

「潜入作戦だって言ってるだろ! なんで、世界中に『今から行きます』って、宣言するようなもんを持って行くんだよ!」

「……ちぇっ」

 ​私の秘密兵器は、残念ながら却下されてしまった。


 ​そして、運命の夜がやってきた。
 二つの月が、空に不気味なほど赤く、大きく輝いている。
 ​家の前では、家族たちが総出で、私たちのことを見送ってくれていた。

 アーマーさんが、お弁当のサンドイッチを丁寧に布で包んでくれる。

 モフが、行くな、と言わんばかりに、私の足元にじゃれついてくる。

 ドッペちゃんが、私の姿を真似て、ふにゃふにゃのエールを送ってくれる。


​「リリ、フィオナ。これを持っていくがいい」

 天井裏からエンシェントさんが巨大な爪で古びた鱗を二枚落としてくれた。

「わしの鱗じゃ。いざという時のお守り代わりには、なるじゃろう」

「ありがとうございます、エンシェントさん」

 ​私たちは、そのお守りを受け取ると、家の裏手で待機していたバッシーの元へと向かった。
 そこには、私が作った快適サドルを装着され、どこか緊張した面持ちの巨大なバジリスクがいた。

​「……よし」

 ​フィオナさんが覚悟を決めたように頷く。
 私たちは、互いに目配せをすると、ひらりと、バッシーの背中に飛び乗った。

​「……なあ、リリ」

 鞍に座ったフィオナさんが、ぽつりと呟いた。

「……私、今、自分の正気を、本気で疑ってるぜ」

「大丈夫です。きっと楽しい夜になりますよ」

 ​私は悪戯っぽく笑いかけると、バッシーの首を優しく撫でた。

​「お願いね、バッシー。最初の目的地は『嘆きの山脈』。あの一番黒くて禍々しい雲がかかっている場所よ」

 ​私の言葉にバッシーは、一度小さく頷く。
 そして、その巨大な翼を大きく大きく広げた。

​バサッ!

 ​風が巻き起こる。
 私たちの体はふわりと宙に浮いた。
 眼下に住み慣れた我が家が、森が、小さくなっていく。
 ​こうして初めての共同ミッションは、静かな夜の闇の中へと、その幕を開けたのだった。
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