公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと

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第12話 バレてしまった秘密

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 市場の『幸運の妖精』としての、私のささやかな活動は、その後も順調に続いていた。

 もちろん、お父様は何も知らない。彼にとっては、私が月に数回、お母様とおとなしく街へ出かけているだけ。
 むしろ社交嫌いの娘が、少しでも外の世界に興味を持ったことを内心喜んでいるかもしれない、と、お母様は笑っていた。

 私の毎日は、かつてないほど充実していた。
 ​しかし、そんな甘い時間は、長くは続かなかった。全ての歯車が狂い始めたのは、ある晴れた日の午後だった。

 ​その日、私はいつものようにお母様と市場を散策していた。
 すると、少し離れた裏路地の方から複数の男たちの怒声、そして何かが壊れるような音が聞こえてきた。

​「どうしたのかしら……」

 ​お母様が心配そうに眉をひそめる。

 私はすぐに駆け出した。
 ​裏路地では三人の屈強なチンピラ風の男たちが一人の露天商の老人を取り囲んでいたのだ。 
 老人の果物を売るための、小さな屋台は無残にも、ひっくり返され、色とりどりの果物が地面に散らばっている。

​「おい、じじい! 今月のショバ代、まだもらってねえぞ!」
「ひ、ひぃ……! 申し訳ありません……! 今は、これだけで勘弁して……」

 ​老人が震える手で数枚の銅貨を差し出す。
 しかし、リーダー格の男は、それを舌打ちと共に弾き飛ばした。

​「ふざけんじゃねえ! こんな、はした金で足りるかよ!」

 ​男が老人を殴りつけようと、拳を振り上げる。

 その瞬間だった。
 ​私は動いていたのだ。これまでは、魔法を使っていると、誰にも気づかれないように風や植物を操ってきた。
 でも今は、そんな悠長なことを言っていられる状況ではない。

​「――やめなさい!」

 ​私は男たちの前に立ちはだかった。
 そして無意識のうちに身体強化の魔法を最大限まで発動させていた。

​「ああん? なんだ、このガキは」

 ​男は私を見て鼻で笑う。
 そして、邪魔だとばかりに、私の肩を乱暴に突き飛ばしてきた。

 成人男性の全力の一撃。
 普通の少女なら数メートルは、吹き飛ばされていただろう。​しかし、私は、その場から一歩も動かなかった。びくともしない。

​「……なっ!?」

 ​男の顔に驚愕の色が浮かぶ。
 まるで岩でも押したかのような手応えだったのだろう。

​「……暴力は、いけません」
「な、生意気な、クソガキが……!」

​ 逆上した男が、今度は、私に向かって拳を振り下ろしてきた。
 私は、その拳を片手でそっと受け止めた。

 ただ、受け止めただけだ。

​ゴッ!

 ​という鈍い骨の音がした。

​「ぎゃあああああああああああああああっ!!!!」

​ 男は、その場に崩れ落ち、自分の砕けた拳の骨を見て絶叫した。
 自らの拳の勢いが、そのまま何倍にもなって自分に返ってきたのだ。

​「ひ、ひぃぃぃ……! ば、化け物……!」

 ​残りのチンピラ二人は、リーダーの無残な姿を見て、顔を真っ青にすると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

​「……ふぅ」

​ 私は一つ息をついた。

……まずい。
 つい、カッとなってやりすぎてしまった。
 これでは、私が普通の人間ではないことがバレてしまう。
 いや、人間なんだけどね、うん……。

 ​私が慌てて周囲を見回すと、そこには人だかりができていた。
 市場の人々が遠巻きに、今の一部始終を見ていたのだ。彼らは、皆、信じられないものを見るような目で、私を見つめている。 

 その視線が私の胸に突き刺さった。
 『幸運の妖精』を見る、温かい目ではない。
 得体の知れない『化け物』を見る、恐怖と警戒の目だった。 

​「……あ……」 

 ​しまった、と思った。

 その時だった。
 ざわめきの中から、一人の人物がゆっくりと前に進み出てきた。
 その人物を見て、私は息を呑んだ。 

​「……リリアンヌ」

​ そこに立っていたのは、いつもの厳格な表情を凍りつかせた、お父様だった。
 彼の後ろには数人の護衛騎士が控えている。

​ なぜ、こんな所にお父様が?
 お母様の嘘がバレたの?
 いや、違う。彼の視線は真っ直ぐに私だけを射抜いていた。

​「……そのような、はしたない力を人前で使うとは……。クライフォルト家の名を汚すのも大概にしろ」

 ​静かで冷たい声が市場に響き渡る。
 街の人々は、私があのクライフォルト公爵家の令嬢だと知り、さらにどよめいた。

​「……お父様……。違うんです。私は、ただ、この人を助けようと……」

 ​私が必死に弁明しようとする。
 しかしお父様は、そんな私の言葉を聞こうともしなかった。

​「問答無用だ。――連れて行け」

 ​彼の短い命令。
 護衛の騎士が、私とお母様の両脇を固める。

 私は、なすすべもなく馬車へと連行された。
 ​馬車の中から振り返ると、市場の人々が、まだ遠巻きに、こちらを見ていた。
 
 もう、そこには、私をヒーローだと賞賛してくれた温かい目はなかった。
 ただ、恐怖と好奇心だけが渦巻いていた。 

 ​私は理解した。
 私が積み上げてきた、ささやかな誇りと自信。それは、たった、今、この瞬間、音を立てて崩れ去ったのだ。

 お父様の言う通り、私の力は『汚点』でしかないのだろうか。 

 人を助けることさえ許されないのだろうか。

 ​馬車の中は、氷のように冷たい沈黙だけが、支配していた。

 これが私の初めての挫折だった。
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