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第2章 たかがお使い、されどお使い。街の噂の中心にいるらしい
第16話 ただいま我が家
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街の喧騒を背に、私は慣れ親しんだ森の小道を歩いていた。
外の世界は、刺激的で、面白いものもたくさんあったけれど、やっぱり私には、この静かな森が一番落ち着く。土の匂い、木々の囁き、澄んだ空気。そのすべてが「おかえり」と言ってくれているようだった。
「ただいまー!」
自分で張った結界を通り抜けると、我が家が見えてくる。その前では、私の帰りを今か今かと待っていた家族たちが勢ぞろいしていた。
「ワフーン!」
一番に駆け寄ってきたのは、もちろんモフだ。巨大な体をすり寄せ、私の顔をぺろぺろと舐め回す。買い物袋から漂う、街の様々な匂いに興味津々らしい。
「リリ様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「ご主人様! お帰りなさいませ! 畑のトマト、元気ですよ!」
執事のアーマーさんと、すっかり庭師が板についたお兄ちゃんも、安堵の表情で出迎えてくれる。天井裏からは、エンシェントさんの「おお、帰ってきたか」という、地鳴りのようなくぐもった声も聞こえた。
うん。やっぱり、我が家が一番だ。
「みんな、ただいま! 見てみて、すごいもの買ってきたのよ!」
私は英雄が凱旋したかのような気分で、抱えていた買い物袋をテーブルの上に広げた。
「じゃーん! お砂糖! しかも、黒いのと白いの二種類!」
「おお……!」
「こっちが香辛料! これだけあれば、どんな料理でも作れるわ! それから新しいフライパンも買っちゃった!」
私の戦利品の数々に、家族たちから歓声が上がる。
特にモフは、スパイスの入った小瓶の匂いを一つ一つ嗅いでは、「クンクン、ワフン!」と興奮した様子だ。
「今夜は、約束通りオーク肉のハンバーグね。このスパイスを使えば、きっと、今まで食べたことのないくらい美味しくなるわよ!」
私の宣言に、みんなの期待は最高潮に達した。今日の夕飯は、ちょっとしたパーティーになりそうだ。
「ああ、そうだ。お金も、ちゃんともらってきたわよ」
私は最後に残ったずっしりと重い革袋を、テーブルの上に置いた。
バルタザールさんがくれた白金貨の袋だ。
「葉っぱじゃダメだって言うから、これをもらってきたの。重たいけど、これで当分は買い物に困らないでしょ」
私がそう言うと、なぜか、それまで賑やかだった部屋が、しん、と静まり返った。
一番最初に反応したのは、アーマーさんだった。彼は、おそるおそる革袋の一つを手に取ると、口を開けて、中を覗き込んだ。
カチャリ、と硬質な音がして、白く輝く硬貨が数枚、彼の金属の指からこぼれ落ちる。
「…………」
アーマーさんが固まった。
まるで、魔力を抜かれたみたいに微動だにしない。
「どうしたの、アーマーさん。ただのコインでしょ? モフ、これで遊ぶ?」
「グルルル……」
「リ、リリ様……」
ようやく再起動したらしいアーマーさんが、震える声で私に尋ねた。
「……これを……どのようにして、手に入れられたので……?」
「え? 漬物石にしていた石を売ったら、これだけくれたわよ」
「漬物石……で……」
アーマーさんは天を仰いだ。……というか、兜を仰いだ。
「リリ様……これは白金貨ですぞ……。この一枚で一般家庭が一年は暮らせると言われる、最高額面の硬貨……。それが、ここに、三百枚……」
「へえ、そんなに凄いの? じゃあ、お砂糖だけじゃなくて、お城も買えちゃうくらい?」
「お城どころか、小国が買えます」
……それは、ちょっと、もらいすぎたかもしれない。
まあ、いいか。よく分からないお金の話は、また今度考えよう。今は、待ちに待った夕食の時間なのだ。
その日の夕食は、最高に盛り上がった。
新しく買った香辛料をふんだんに使ったハンバーグは、肉汁がたっぷりで、今まで食べたどんなご馳走よりも美味しかった。
家族みんな、おかわりを繰り返し、巨大なオークキングのミンチ肉は、あっという間になくなってしまった。
食事が終わり、みんなが満足感に包まれてまどろむ中、私は一人、お茶を飲みながら今日の出来事を振り返っていた。
大変だったけど、なんだかんだで、楽しい一日だったかもしれない。そんな穏やかな時間が、いつまでも続けばいいのに。
そう思った、矢先のことだった。
ひゅるる、と小さな風が窓から吹き込み、私の目の前で渦を巻いた。風は、やがて小さな人の形をとる。風の精霊だ。
『リリ……! 大変だよ……!』
精霊は、ひどく慌てた様子で、私の耳元で囁いた。
『街の人間たちが、大騒ぎしてる……! 黄金の魔女だって……! 商人の店に、フードを被った魔女が現れて、山のような金貨を置いていったって……!』
「黄金の魔女……?」
なんて悪趣味な二つ名だろう。
私の服は、森の色なのに。
『冒険者たちが、その魔女を探してる……! 報奨金目当てに、森に来るって言ってるよ……! もう何人か、森の入り口をうろついてる……!』
風の精霊の報告に、私は淹れたてのお茶を盛大に吹き出しそうになった。
「……はぁぁぁぁぁぁ……」
今日一番の、深くて、長いため息が静かな夜の部屋に響き渡った。
やっと静かになったと思ったのに。
どうやら私のスローライフは、私が思うよりもずっと、世間から注目されてしまっているらしい。
冒険の準備、また一歩遠のいてしまった。
外の世界は、刺激的で、面白いものもたくさんあったけれど、やっぱり私には、この静かな森が一番落ち着く。土の匂い、木々の囁き、澄んだ空気。そのすべてが「おかえり」と言ってくれているようだった。
「ただいまー!」
自分で張った結界を通り抜けると、我が家が見えてくる。その前では、私の帰りを今か今かと待っていた家族たちが勢ぞろいしていた。
「ワフーン!」
一番に駆け寄ってきたのは、もちろんモフだ。巨大な体をすり寄せ、私の顔をぺろぺろと舐め回す。買い物袋から漂う、街の様々な匂いに興味津々らしい。
「リリ様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「ご主人様! お帰りなさいませ! 畑のトマト、元気ですよ!」
執事のアーマーさんと、すっかり庭師が板についたお兄ちゃんも、安堵の表情で出迎えてくれる。天井裏からは、エンシェントさんの「おお、帰ってきたか」という、地鳴りのようなくぐもった声も聞こえた。
うん。やっぱり、我が家が一番だ。
「みんな、ただいま! 見てみて、すごいもの買ってきたのよ!」
私は英雄が凱旋したかのような気分で、抱えていた買い物袋をテーブルの上に広げた。
「じゃーん! お砂糖! しかも、黒いのと白いの二種類!」
「おお……!」
「こっちが香辛料! これだけあれば、どんな料理でも作れるわ! それから新しいフライパンも買っちゃった!」
私の戦利品の数々に、家族たちから歓声が上がる。
特にモフは、スパイスの入った小瓶の匂いを一つ一つ嗅いでは、「クンクン、ワフン!」と興奮した様子だ。
「今夜は、約束通りオーク肉のハンバーグね。このスパイスを使えば、きっと、今まで食べたことのないくらい美味しくなるわよ!」
私の宣言に、みんなの期待は最高潮に達した。今日の夕飯は、ちょっとしたパーティーになりそうだ。
「ああ、そうだ。お金も、ちゃんともらってきたわよ」
私は最後に残ったずっしりと重い革袋を、テーブルの上に置いた。
バルタザールさんがくれた白金貨の袋だ。
「葉っぱじゃダメだって言うから、これをもらってきたの。重たいけど、これで当分は買い物に困らないでしょ」
私がそう言うと、なぜか、それまで賑やかだった部屋が、しん、と静まり返った。
一番最初に反応したのは、アーマーさんだった。彼は、おそるおそる革袋の一つを手に取ると、口を開けて、中を覗き込んだ。
カチャリ、と硬質な音がして、白く輝く硬貨が数枚、彼の金属の指からこぼれ落ちる。
「…………」
アーマーさんが固まった。
まるで、魔力を抜かれたみたいに微動だにしない。
「どうしたの、アーマーさん。ただのコインでしょ? モフ、これで遊ぶ?」
「グルルル……」
「リ、リリ様……」
ようやく再起動したらしいアーマーさんが、震える声で私に尋ねた。
「……これを……どのようにして、手に入れられたので……?」
「え? 漬物石にしていた石を売ったら、これだけくれたわよ」
「漬物石……で……」
アーマーさんは天を仰いだ。……というか、兜を仰いだ。
「リリ様……これは白金貨ですぞ……。この一枚で一般家庭が一年は暮らせると言われる、最高額面の硬貨……。それが、ここに、三百枚……」
「へえ、そんなに凄いの? じゃあ、お砂糖だけじゃなくて、お城も買えちゃうくらい?」
「お城どころか、小国が買えます」
……それは、ちょっと、もらいすぎたかもしれない。
まあ、いいか。よく分からないお金の話は、また今度考えよう。今は、待ちに待った夕食の時間なのだ。
その日の夕食は、最高に盛り上がった。
新しく買った香辛料をふんだんに使ったハンバーグは、肉汁がたっぷりで、今まで食べたどんなご馳走よりも美味しかった。
家族みんな、おかわりを繰り返し、巨大なオークキングのミンチ肉は、あっという間になくなってしまった。
食事が終わり、みんなが満足感に包まれてまどろむ中、私は一人、お茶を飲みながら今日の出来事を振り返っていた。
大変だったけど、なんだかんだで、楽しい一日だったかもしれない。そんな穏やかな時間が、いつまでも続けばいいのに。
そう思った、矢先のことだった。
ひゅるる、と小さな風が窓から吹き込み、私の目の前で渦を巻いた。風は、やがて小さな人の形をとる。風の精霊だ。
『リリ……! 大変だよ……!』
精霊は、ひどく慌てた様子で、私の耳元で囁いた。
『街の人間たちが、大騒ぎしてる……! 黄金の魔女だって……! 商人の店に、フードを被った魔女が現れて、山のような金貨を置いていったって……!』
「黄金の魔女……?」
なんて悪趣味な二つ名だろう。
私の服は、森の色なのに。
『冒険者たちが、その魔女を探してる……! 報奨金目当てに、森に来るって言ってるよ……! もう何人か、森の入り口をうろついてる……!』
風の精霊の報告に、私は淹れたてのお茶を盛大に吹き出しそうになった。
「……はぁぁぁぁぁぁ……」
今日一番の、深くて、長いため息が静かな夜の部屋に響き渡った。
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