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3話 聖なる牽制
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「さあ、アランくん、あーん」
「結構です! 自分で食べられます!」
教室の窓際、特設されたかのような二人だけの空間で俺は必死に抵抗していた。
目の前では、聖女リリシア様がにこやかな笑顔で重箱から取り出した卵焼きを俺に差し出している。周囲の視線が痛い。痛すぎる。
「なんでアランのやつが聖女様と……」
「まさか付き合ってるとか?」
「いやでも、アランってあの貧乏なウォルトン家の……」
ひそひそ声が四方八方から聞こえてくる。
やめてくれ、俺のライフはもうゼロだ。
「アランくん、好き嫌いはだめよ。ほら、これは私が昨夜、あなたのために神に祈りを捧げながら焼いた特別な卵焼きなのだから」
「どんな卵焼きですかそれは!?」
もはや食べたら聖属性の耐性でも上がりそうだ。
俺が何を言おうと、リリシア様は「あらあら」「ふふっ」と優雅に微笑むだけ。まるで言うことを聞かない子供をあやす母親のようだ。
結局、地獄のような昼休みが終わる頃には、俺の精神力は完全に削り取られていた。
午後の授業の内容なんて、一ミリも頭に入ってこなかった。
◇
「はぁ……」
授業が終わり、俺は重い足取りで廊下を歩いていた。
リリシア様は「後片付けがありますから、また後で迎えに来ますね」と言い残して職員室に戻っていった。
束の間の、しかし貴重な一人の時間だ。
もうダメだ。
この学園生活、詰んだかもしれない。
友達どころか、腫れ物扱いだ。美少女にモテたいという俺のささやかな願望は、特大の聖女様という爆弾によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。
そんな風に落ち込んでいた、その時だった。
「――君が、アラン・ウォルトンくんだね?」
声をかけられて顔を上げると、そこに立っていたのは、絵に描いたような王子様だった。
陽の光を反射して輝く金髪に知性を感じさせる青い瞳。上級貴族であることを示す、上質な制服の着こなし。
学園でも一際目立つ有名人、ジュリアス・フォン・アルフレッド公爵子息だ。
「じゅ、ジュリアス様……!? なぜ俺の名を……」
「はは、そんなに驚かないでくれ。君は今、この学園で一番の有名人だからね。あの聖女リリシア様と親しいんだろう?」
ジュリアス様は、興味深そうに目を細める。
まずい。これは貴族特有の探りだ。
下手に答えたら何を言われるか……。
俺が言葉に詰まっていると、別の方向から明るい声が飛んできた。
「あー! やっぱりアランくんだ! そんなとこで突っ立ってどうしたの?」
声の主は、ポニーテールを揺らしながら走ってきた小柄な女の子。特待生として入学した庶民のエマ・ブライトさんだ。
裏表のない性格で、誰にでも気さくに話しかけるため、クラスの人気者である。
「エマさん……」
「ジュリアス様もご一緒に。もしかして、アランくんに何か用事ですか? あんまりいじめないであげてくださいねー!」
エマさんは屈託なく笑う。
その言葉に、ジュリアス様もやれやれといった感じで肩をすくめた。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ、エマ。僕はただ、少し話を聞いてみたかっただけさ。聖女様にあれほど気にかけられるなんて、一体どんな魔術を使ったのかとね」
「もう、ジュリ様ったら意地悪なんだから! それよりアランくん、さっきの授業、大変だったね。聖女様、ずっとアランくんのこと見てたもんね」
心配そうにこちらを覗き込んでくるエマさん。
からかい半分だが、敵意はなさそうなジュリアス様。
――これだ。
俺が求めていたのは、こういう普通の学級風景なんだ。じわぁ……と、乾ききった俺の心に、人の優しさが染み渡る。
「お二人とも、ありがとうございます……。俺、別に聖女様とそういうわけじゃ……その、昔からの付き合いで……」
「ふぅん? まあ、君がそう言うならいいけど。困ったことがあったら、僕に言うといい。この学園で僕にできないことは少ないからね」
「そうそう! 私でよければいつでも相談乗るからね!」
な、なんて良い人たちなんだ……!
俺は感動に打ち震えた。
まだだ、まだ俺の学園生活は終わっちゃいない!
そう、希望の光が見えた、まさにその瞬間だった。
「――あら、皆様。お揃いでどうかなさいましたか?」
背後から、あの鈴の鳴るような、しかし俺にとっては魔王の宣告に等しい声がした。振り向くと、そこには完璧な笑みを浮かべたリリシア様が立っていた。
「リ、リリシア様……」
「リリシア先生。いえ、聖女様」
ジュリアス様とエマさんが、少し緊張した面持ちで挨拶をする。
リリシア様は、にこやかに応えながら、すっと俺の隣に立った。そして、自然な動作で俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
ひっ!?
「ジュリアス様。アランくんと仲良くしてくださるのですね。とても喜ばしいことですわ。あなたのような高貴な方に神の祝福がありますように……」
リリシア様がジュリアス様に向かって優しく微笑む。すると、ジュリアス様の顔が、すっと青ざめた。
「……っ!? い、いや、急に少し眩暈が……。すまない、今日はこれで失礼するよ」
ジュリアス様は額を押さえ、ふらつきながら足早に去って行った。
え、大丈夫かあの人。
「まあ、お疲れなのかしら。……エマさんも、いつも快活で素敵ですわ。あなたのような方にも神の光が降り注ぎますように。神はいつでも、あなたの足元を照らしてくださるでしょう」
次にリリシア様は、エマさんへと微笑みかけた。
「は、はい! ありがとうございます!」
エマさんは元気よくお辞儀をすると、
「じゃあまたね、アランくん!」
と言って駆け出そうとした。
その瞬間。
すてんっ!
「きゃっ!?」
何もない廊下でエマさんは見事にすっ転んだのだ。
「だ、大丈夫ですか、エマさん!?」
「う、うん、大丈夫……。なんでこんなところで……。ごめん、私、保健室行ってくるね……」
エマさんは恥ずかしそうに顔を赤らめ、そそくさと走り去ってしまった。
あっという間に、廊下には俺とリリシア様の二人だけが取り残された。
絡めとられた腕が、ぎゅっと力を増す。
「ふふっ。皆さん、お忙しいようですわね」
リリシア様は、心の底から嬉しそうに微笑んでいた。
「……さて、アランくん。二人きりになれましたし、帰りましょうか。私たちの、愛の巣へ」
俺は、全てを悟った。
あれは偶然じゃない。聖女様による、聖なる力を使った、極めて悪質な牽制(物理)だ。
この人は、俺に友達を作らせる気すらない。
――俺の学園生活、やっぱり完全に詰んでる……。
夕暮れの廊下に俺の無言の絶叫がこだました。
「結構です! 自分で食べられます!」
教室の窓際、特設されたかのような二人だけの空間で俺は必死に抵抗していた。
目の前では、聖女リリシア様がにこやかな笑顔で重箱から取り出した卵焼きを俺に差し出している。周囲の視線が痛い。痛すぎる。
「なんでアランのやつが聖女様と……」
「まさか付き合ってるとか?」
「いやでも、アランってあの貧乏なウォルトン家の……」
ひそひそ声が四方八方から聞こえてくる。
やめてくれ、俺のライフはもうゼロだ。
「アランくん、好き嫌いはだめよ。ほら、これは私が昨夜、あなたのために神に祈りを捧げながら焼いた特別な卵焼きなのだから」
「どんな卵焼きですかそれは!?」
もはや食べたら聖属性の耐性でも上がりそうだ。
俺が何を言おうと、リリシア様は「あらあら」「ふふっ」と優雅に微笑むだけ。まるで言うことを聞かない子供をあやす母親のようだ。
結局、地獄のような昼休みが終わる頃には、俺の精神力は完全に削り取られていた。
午後の授業の内容なんて、一ミリも頭に入ってこなかった。
◇
「はぁ……」
授業が終わり、俺は重い足取りで廊下を歩いていた。
リリシア様は「後片付けがありますから、また後で迎えに来ますね」と言い残して職員室に戻っていった。
束の間の、しかし貴重な一人の時間だ。
もうダメだ。
この学園生活、詰んだかもしれない。
友達どころか、腫れ物扱いだ。美少女にモテたいという俺のささやかな願望は、特大の聖女様という爆弾によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。
そんな風に落ち込んでいた、その時だった。
「――君が、アラン・ウォルトンくんだね?」
声をかけられて顔を上げると、そこに立っていたのは、絵に描いたような王子様だった。
陽の光を反射して輝く金髪に知性を感じさせる青い瞳。上級貴族であることを示す、上質な制服の着こなし。
学園でも一際目立つ有名人、ジュリアス・フォン・アルフレッド公爵子息だ。
「じゅ、ジュリアス様……!? なぜ俺の名を……」
「はは、そんなに驚かないでくれ。君は今、この学園で一番の有名人だからね。あの聖女リリシア様と親しいんだろう?」
ジュリアス様は、興味深そうに目を細める。
まずい。これは貴族特有の探りだ。
下手に答えたら何を言われるか……。
俺が言葉に詰まっていると、別の方向から明るい声が飛んできた。
「あー! やっぱりアランくんだ! そんなとこで突っ立ってどうしたの?」
声の主は、ポニーテールを揺らしながら走ってきた小柄な女の子。特待生として入学した庶民のエマ・ブライトさんだ。
裏表のない性格で、誰にでも気さくに話しかけるため、クラスの人気者である。
「エマさん……」
「ジュリアス様もご一緒に。もしかして、アランくんに何か用事ですか? あんまりいじめないであげてくださいねー!」
エマさんは屈託なく笑う。
その言葉に、ジュリアス様もやれやれといった感じで肩をすくめた。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ、エマ。僕はただ、少し話を聞いてみたかっただけさ。聖女様にあれほど気にかけられるなんて、一体どんな魔術を使ったのかとね」
「もう、ジュリ様ったら意地悪なんだから! それよりアランくん、さっきの授業、大変だったね。聖女様、ずっとアランくんのこと見てたもんね」
心配そうにこちらを覗き込んでくるエマさん。
からかい半分だが、敵意はなさそうなジュリアス様。
――これだ。
俺が求めていたのは、こういう普通の学級風景なんだ。じわぁ……と、乾ききった俺の心に、人の優しさが染み渡る。
「お二人とも、ありがとうございます……。俺、別に聖女様とそういうわけじゃ……その、昔からの付き合いで……」
「ふぅん? まあ、君がそう言うならいいけど。困ったことがあったら、僕に言うといい。この学園で僕にできないことは少ないからね」
「そうそう! 私でよければいつでも相談乗るからね!」
な、なんて良い人たちなんだ……!
俺は感動に打ち震えた。
まだだ、まだ俺の学園生活は終わっちゃいない!
そう、希望の光が見えた、まさにその瞬間だった。
「――あら、皆様。お揃いでどうかなさいましたか?」
背後から、あの鈴の鳴るような、しかし俺にとっては魔王の宣告に等しい声がした。振り向くと、そこには完璧な笑みを浮かべたリリシア様が立っていた。
「リ、リリシア様……」
「リリシア先生。いえ、聖女様」
ジュリアス様とエマさんが、少し緊張した面持ちで挨拶をする。
リリシア様は、にこやかに応えながら、すっと俺の隣に立った。そして、自然な動作で俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
ひっ!?
「ジュリアス様。アランくんと仲良くしてくださるのですね。とても喜ばしいことですわ。あなたのような高貴な方に神の祝福がありますように……」
リリシア様がジュリアス様に向かって優しく微笑む。すると、ジュリアス様の顔が、すっと青ざめた。
「……っ!? い、いや、急に少し眩暈が……。すまない、今日はこれで失礼するよ」
ジュリアス様は額を押さえ、ふらつきながら足早に去って行った。
え、大丈夫かあの人。
「まあ、お疲れなのかしら。……エマさんも、いつも快活で素敵ですわ。あなたのような方にも神の光が降り注ぎますように。神はいつでも、あなたの足元を照らしてくださるでしょう」
次にリリシア様は、エマさんへと微笑みかけた。
「は、はい! ありがとうございます!」
エマさんは元気よくお辞儀をすると、
「じゃあまたね、アランくん!」
と言って駆け出そうとした。
その瞬間。
すてんっ!
「きゃっ!?」
何もない廊下でエマさんは見事にすっ転んだのだ。
「だ、大丈夫ですか、エマさん!?」
「う、うん、大丈夫……。なんでこんなところで……。ごめん、私、保健室行ってくるね……」
エマさんは恥ずかしそうに顔を赤らめ、そそくさと走り去ってしまった。
あっという間に、廊下には俺とリリシア様の二人だけが取り残された。
絡めとられた腕が、ぎゅっと力を増す。
「ふふっ。皆さん、お忙しいようですわね」
リリシア様は、心の底から嬉しそうに微笑んでいた。
「……さて、アランくん。二人きりになれましたし、帰りましょうか。私たちの、愛の巣へ」
俺は、全てを悟った。
あれは偶然じゃない。聖女様による、聖なる力を使った、極めて悪質な牽制(物理)だ。
この人は、俺に友達を作らせる気すらない。
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夕暮れの廊下に俺の無言の絶叫がこだました。
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