週末、パパはダンジョンに潜る〜家族に内緒で健康のために始めたら、Sランク探索者になっていた案件~

いぬがみとうま🐾

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Ep.11:鉄壁のスクールバッグ(機能過多)

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 漆黒マンの動画がバズったショックで三十分ほど寝込んでいたが、俺はむくりと起き上がった。
 落ち込んでいる場合ではない。
 本来の目的は、ネットのおもちゃになることではなく、愛娘・凛のスクールバッグを修理することだ。
 俺はボストンバッグから、大量のカーボン・グラスを取り出した。
 黒く艶のある繊維の束。
 手触りは硬く、一本一本が鋼鉄のワイヤーのようだ。

「さて、やるか」

 作業台に、凛のバッグを置く。
 持ち手の付け根が千切れかけ、底の四隅も擦り切れて穴が空きそうだ。
 女子高生の荷物は、物理法則を無視した重さになることがある。
 教科書、辞書、部活道具、その他諸々。ブラックホールでも飼っているのかと思うほどだ。
 まずは素材の加工だ。
 カーボン・グラスはそのままでは硬すぎて縫えない。
 俺はガントレットに意識を集中した。

「頼むぞ、相棒。今度は繊細な作業だ」

 左手のガントレットが、期待に応えるように微かに振動した。
 俺は黒い影を、髪の毛よりも細い「極細の針」に変形させた。
 そして、カーボン繊維の端を掴む。
 普通の針なら一瞬で折れる強度だが、影の針は素材の硬度を無視して突き刺さる性質があるらしい。

「よし、いける」

 俺はスマホの録画ボタンを押した。
 今回も動画にする。
 タイトルは『【DIY】ダンジョンの草で娘の鞄を直してみた』だ。
 作業開始。
 俺は職人の目になった。
 まずは千切れかけた持ち手部分の補強。
 カーボン繊維を既存の縫い目に沿って通していく。
 単純な修復ではない。
 繊維を複雑に編み込み、荷重を分散させる「トラス構造」を作り出す。
 橋梁建設などで使われる技術だ。これをバッグの持ち手に応用する。

 シュバババババッ!

 俺の左手が残像を残して動く。
 ガントレットのアシストにより、俺の手芸スキルは「お母さんの手縫い」レベルから「工業用ミシン」レベルへと昇華していた。
 硬い合皮を貫き、カーボン繊維が縫い込まれていく。
 黒い糸が、幾何学模様を描きながら補強していく様は、機能美と言って差し支えないだろう。

「強度は十分……だが、これだけじゃ足りないな」

 俺はさらに手を加えることにした。
 せっかくのDIYだ。
 市販品にはない付加価値(オーバースペック)をつけてこそ、父の威厳が示せるというものだ。
 俺は冷蔵庫から、先日精製した「スライム美容液」の残りを取り出した。
 コラーゲンとヒアルロン酸の塊だが、実はもう一つ、重要な特性がある。
 スライムの体液は、外敵の攻撃を滑らせるために、極めて高い「撥水性」と「摩擦低減効果」を持っているのだ。

「これをコーティング剤として塗布すれば……」

 俺は刷毛を使い、バッグの表面に薄く美容液を塗り込んだ。
 さらに、ドライヤーの熱風を当てて定着させる。
 透明な皮膜が形成され、バッグが新品のような艶を取り戻していく。
 よし、完成だ。

 俺は出来上がったバッグを持ち上げてみた。
 見た目は、黒いカーボン繊維のステッチが入ったことで、少し無骨な印象になった。
 「かわいい」とは言い難い。
 だが、その強度は折り紙付きだ。
 試しにカッターナイフで表面を切りつけてみる。
 キィン!
 高い音がして、刃が弾かれた。傷一つついていない。
 完璧だ。
 防刃、防汚、超撥水。
 特殊部隊の装備品並みのスペックを持った、最強のスクールバッグが誕生した。

「ふふふ……これなら凛も文句はあるまい」

 俺は満足げに頷き、動画の録画を停止した。
 時刻は深夜三時。
 明日(というか今日)の仕事に響くが、心地よい疲労感だった。

          ◇

 翌朝。
 ダイニングテーブルの上に、鎮座するバッグ。
 起きてきた凛が、それを見て足を止めた。

「……何これ」

 第一声は、予想通りの引き気味なトーンだった。
 黒い幾何学模様のステッチが、やはり女子高生の感性には合わなかったか。

「修理完了だ。持ち手はカーボン補強済み、表面は特殊コーティングで汚れに強くしてある」

 俺は自信満々に説明(プレゼン)した。
 凛はバッグを手に取り、まじまじと観察する。

「うわ、なんかゴツくなってるし。ダサ……」
「強度は保証する。象が踏んでも壊れないぞ」
「踏まないし。……ていうか、新しいの買ってって言ったじゃん」
「予算がないと言ったはずだ。文句があるなら、小遣いで買え」

 俺は心を鬼にして言った。
 ここで甘やかしては教育に悪い。
 凛は「チッ」と舌打ちし、不承不承といった様子でバッグに教科書を詰め込み始めた。

「……まあいいや。とりあえず学校には行けるし」
「行ってらっしゃい。気をつけてな」

 凛は無言で家を出て行った。
 「ありがとう」の一言はない。
 だが、持って行ってくれただけでも御の字だ。
 俺はコーヒーを啜りながら、勝者の余韻に浸った。

          ◇

 その日の昼休み。
 凛の通う高校の教室。
 彼女は友人たちと机を囲んで弁当を食べていた。

「ねー凛、そのバッグ新しくしたの? なんかデザイン変わってない?」

 友人の一人が、床に置かれたバッグを指差した。
 凛はため息をついた。

「違うよ。パパが勝手に直したの。マジ余計なことするよね。黒い糸とか目立つし、最悪」
「えー、でもなんかカッコよくない? モード系っぽくて」
「どこがよ。工事現場のおじさんが持ってるやつみたいじゃん」

 凛が愚痴をこぼしていると、教室の後ろで騒いでいた男子生徒たちが、ふざけ合ってぶつかってきた。
 その拍子に、一人が持っていた紙パックのブドウジュースが宙を舞った。

「あっ!」

 バシャッ!
 紫色の液体が、凛のバッグを直撃した。

「うわっ、ごめん二条! 大丈夫か!?」

 男子生徒が青ざめる。
 ブドウジュースのシミは落ちにくい。
 ましてや布や合皮のバッグなら、一発でアウトだ。
 凛も「終わった」と思った。
 教科書まで染みているかもしれない。パパのせいで、さらに最悪な一日になった。
 そう思ってバッグを見た瞬間、全員が目を疑った。

 コロコロ……。

 紫色の液体は、まるで水銀のように球体となり、バッグの表面を転がり落ちていったのだ。
 床には紫色の水たまりができたが、バッグ自体は濡れてすらいない。
 シミひとつ、ついていなかった。

「……は?」

 凛が素っ頓狂な声を上げる。
 男子生徒も友人も、口をあんぐりと開けている。

「え、すごくない? 今の何? 超撥水?」
「ていうか、弾き方ヤバくない? CGかと思った」

 さらに、騒ぎを聞きつけた別の友人が、手に持っていたカッターナイフ(工作の授業中だった)を落としてしまった。
 ヒヤリとする光景。
 カッターの刃先が、バッグの側面に当たった。

 キィン!

 硬質な音が響く。
 普通ならスパッと切れるはずの合皮が、鋼鉄のように刃を弾いたのだ。

「えっ……?」

 友人がカッターを拾い上げ、恐る恐る確認する。
 バッグには、傷一つついていない。
 逆に、カッターの刃の方が少し欠けていた。

 教室中がざわめき始める。

「おい、二条の鞄、何でできてるんだ?」
「防弾チョッキかよ」
「すげー! 魔法の鞄じゃん!」

 凛は赤面しながら、バッグを抱きしめた。
 ダサいと思っていたパパの修理。
 それが、まさかこんなハイテク機能を持っていたなんて。
 周囲の驚く顔を見て、少しだけ鼻が高いような、でもやっぱり恥ずかしいような、複雑な気分になる。

「……パパ、何者なのよ」

 凛は小さく呟いた。

          ◇

 夜。
 俺が帰宅すると、凛はすでに夕食を終えてリビングでテレビを見ていた。
 俺の顔を見ても、いつものような「汚いものを見る目」ではない。
 どこか、探るような視線だ。

「……おかえり」
「あ、ああ。ただいま」

 挨拶が返ってきた!
 それだけで、俺の鼓動は早まる。
 凛は少し言い淀んでから、そっぽを向いて言った。

「バッグ、ありがと。……まあ、使えなくはないかな」

 ツンデレの黄金比率、ツン9デレ1。
 だが、その「1」の破壊力は凄まじい。
 俺は顔が緩むのを必死で堪えた。

「そうか。役に立ったなら何よりだ」
「あとさ、今日ジュースこぼされたんだけど、全部弾いたの。あれ何?」
「ああ、特殊なコーティング剤だ。企業秘密だがな」
「ふーん。……変なパパ」

 凛は少しだけ笑った気がした。
 それだけで、苦労してダンジョンに行った甲斐があったというものだ。
 俺はスキップしたい気分を抑え、風呂へと向かった。

 その夜。
 俺は編集した動画をアップロードした。
 サムネイルは、修理前と修理後の比較画像。そしてカッターを弾く瞬間のスロー映像だ。

『【DIY】ダンジョンの草で娘の鞄を直してみた #防刃 #撥水 #親バカ』

 投稿して数分。
 通知音が鳴り止まない。

『うぽつ! 待ってました』
『え、あの草ってこんな使い道あったの? ただの雑草じゃなかったのか』
『ミシンの動きが人間辞めてて草』
『この強度ヤバすぎだろw 軍用かよ』
『主さん何者? 職人系探索者?』

 コメント欄が、称賛と驚きで埋め尽くされていく。
 前回のスライム動画からの視聴者が、リピーターとして定着しつつあるようだ。
 俺は満足げに頷いた。
 これだ。
 俺の求めていた「承認」はここにある。
 会社での評価なんてどうでもいい。
 俺には、この世界(チャンネル)があるのだから。

 だが、俺は気づいていなかった。
 そのコメントの中に、一つだけ、異質な書き込みが混じっていることに。

『RIN:
 このバッグの傷の位置、私のと完全に一致してるんですけど……。
 投稿者さん、もしかして都内の高校に通う娘さん、いますか?』

 俺がその通知に気づき、顔面蒼白になるのは、翌朝のことである。


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