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Ep.13:カーボン・グラスの仮面(疑惑の検証)
しおりを挟む深夜二時。
静まり返ったガレージの中で、俺は青白く光るモニターを見つめていた
画面の中で繰り広げられているのは、祭りだ。
ただし、神輿に乗せられているのは俺だ。
『【特定班】週末DIYおじさんの素材、漆黒マンのスーツと完全に一致』
『動画の端に映ってるカレンダー、近所の銭湯「〇〇湯」で配ってたやつだろ。配布エリア的に〇〇市周辺確定』
『決定的証拠見つけた。DIY動画の1分30秒あたり、袖からチラッと見えてる腕時計。これ、漆黒マンがゴブリン殴る瞬間に映った時計と同じモデルじゃね?』
『うわマジだ。盤面の傷まで一致してる。これ確定だろ』
『身バレ乙。変質者の正体はおっさんでした』
俺のYouTubeチャンネルのコメント欄は、普段の称賛とは打って変わって、疑惑と嘲笑の嵐が吹き荒れていた。
原因は、先日アップしたバッグ修理動画だ。
動画で使用している『黒い繊維』の質感と、漆黒マンの『黒ガムテ』の質感を拡大比較し、さらに動画に映り込んだ銭湯のカレンダーから居住エリアを絞り込むという、執念深い検証画像が出回っているらしい。
極めつけは、腕時計だ。
作業中に袖が捲れ、愛用の時計が映り込んでしまっていたらしい。
普通なら、ここでパニックになり、アカウントを削除して布団に潜り込むところだろう。
だが、今の俺は、奇妙なほど冷静だった。
心拍数は平常値を維持。手汗ひとつかいていない。
「……ふむ」
俺はマグカップのコーヒーを啜った。
そして、右手首につけていた腕時計を外した。
技術と信頼の国産時計だ。
二十年前、就職が決まった時に、亡くなった親父が買ってくれた、就職祝いのプレゼント。
どんなに金がなくても、これだけは手放さずに使い続けてきた。
傷だらけのベゼルには、新人時代の失敗や、初めて契約を取った時の喜び、親父との思い出が刻まれている。
はずだった。
「特定リスクがでかいな。個体識別可能な情報だ」
俺は立ち上がり、金床に腕時計を置く。
躊躇いはない。
以前の俺なら、「親父の形見を捨てるなんて」あり得ないだろう。
だが今は、ただの「証拠品」にしか見えない。
感情というノイズが消えた思考回路は、最適解を瞬時に弾き出していた。
俺はハンマーを振り上げた。
ガシャンッ!!
乾いた音が響き、ガラスが粉々に砕け散る。
長針と短針がひしゃげ、親父の想い出ごと、時計はただの金属ゴミへと変わった。
「これでよし」
俺は無造作に破片をゴミ箱に掃き落とした。
少しだけ胸の奥が空虚に鳴った気がしたが、それもすぐに消えた。
今は、次の手を打つことが最優先だ。
「IPアドレスの開示請求や法的措置の手間を考えると、真正面からの火消しはコスパがわるいな」
否定すれば、余計に燃える。
「やってない」と言えば言うほど、「じゃあ証拠を見せろ」と追い詰められるのがネットの常だ。
ならば、どうするか。
俺は、かつてクレーム対応で培ったノウハウを脳内検索する。
客が「商品が違う」と騒いでいる時、最も有効なのは「正しい商品」を見せることではない。
客の期待を斜め上に裏切る「別の何か」を提示し、論点をずらすことだ。
「『燃料』を投下して、『爆心』をズラすのが最善手か」
俺は口角の片方を上げた。
彼らが求めているのは「正体暴き」というエンタメだ。
ならば、もっと面白いエンタメを提供してやればいい。
俺は漆黒マン本人ではない。
ただの、漆黒マンに憧れる「熱狂的なファン」であり、それゆえに装備や行動範囲が似てしまったのだ――という、新しい脚本を。
企画名は、『漆黒マン、リスペクトしてみた』。
今夜中に、疑惑をネタに昇華させてやる。
◇
俺は倉庫の奥から、とっておきの資材を引っ張り出した。
今回のミッションは、『漆黒マンの仮面』の作成だ。
あの全身黒ずくめの怪人。
特徴的なのは、頭部を無造作に覆っていた黒い帯状の装甲だ。ネットでは「黒ガムテ」と揶揄されているが、あれをDIYおじさんの技術で「ファンアート」として再現する。
まずはヘルメットを芯材にし、油粘土で大まかなフォルムを作る。
漆黒マンの、あの無骨で不気味なシルエット。
テープを巻き付けたような積層痕を、あえて強調して造形する。
「ここからはスピード勝負だ」
俺はカーボンクロスを切り出し、粘土型の上に手早く貼り込んでいく。
一層、二層。強度が必要な部分にはガラスクロスも挟む。
樹脂――レジンを調合し、刷毛で一気に塗りたくる。
有機溶剤の甘い刺激臭が鼻をくすぐる。
気泡が入らないよう、丁寧に、かつ大胆に樹脂を含浸させる。
ドライヤーの熱風を当てて硬化を促進。
半乾きの状態で型から外し、リューターで余分なバリを削り飛ばす。
ギュイイィィン!!
最後に、クリア塗装を厚塗りして艶を出す。
「よし、完成だ」
所要時間、三時間。
目の前にあるのは、漆黒マンの頭部を模した、フルフェイスのカーボンマスク。
カーボン特有の綾織り模様が、照明を受けて美しく、そして不気味に輝いている。
実用性も十分。金属バットで殴られても無傷だろう。
◇
翌日の夜。
俺は再びカメラの前に立っていた。
左腕には包帯。
だが、今日はテンションのギアを一段上げなければならない。
「無口な職人」ではなく、「痛いオタク」を演じる必要があるからだ。
録画スタート。
「はいどうもー! 『週末ダンジョンDIY』です!」
わざとらしいほど明るい声を張り上げる。
目は笑っていない自信があるが、どうせモザイクを入れるからバレないだろう。
「いやー、最近ネットで話題の『漆黒マン』! 皆さん知ってますか? あの全身黒ずくめのダークヒーロー! 実は私、彼の大ファンでして!」
台本通りのセリフを読み上げる。
心の中の自分が「何言ってんだこいつ」と冷めた目で突っ込んでいるが、無視だ。
「あのガムテープのようなラフな質感……たまらないですよねぇ! というわけで今回は! リスペクトを込めて、彼の『マスク』を、本気カーボンで再現してみました!」
俺は完成したマスクを画面に突き出した。
カーボン特有の織り目が、照明を受けて妖しく浮かび上がる。
「見てくださいこの光沢! テープの重なりを表現したこの造形! カーボンとガラスクロスのハイブリッド積層です! 愛が重すぎて、防弾仕様になっちゃいました!」
そして、実演タイムだ。
ターゲットは、友里が「粗大ゴミに出して」と言っていた、壊れた古い電子レンジ。
俺はマスクを被り、助走をつけて頭突きした。
ドガァッ!!
激しい衝突音。
電子レンジの扉がひしゃげ、プラスチックの外装が砕け散る。
一方、マスクは無傷。傷一つついていない。
「はい、ご覧の通り! 家電程度なら粉砕できます! これがDIYの力です!」
カメラに向かってサムズアップ。
動画はそこで終わる。
編集作業は一時間で終わらせた。
テロップには『※本人の能力とは無関係です』『※DIYで再現しました』とデカデカと入れておく。
タイトルは、『【検証】漆黒マンが好きすぎて、カーボンで最強のマスクを自作してみた』。
投稿ボタンをクリック。
さあ、どう出る? 特定班の諸君。
◇
数時間後。
俺はコメント欄を確認し、小さく息を吐いた。
作戦は、成功したようだ。
『うわ、こっちも黒いのかよw』
『なんだ、ただのガチ勢か』
『クオリティ高すぎて草。公式グッズかよ』
『漆黒マン=おっさん説あったけど、これ見ると別人だな』
『こっちは技術力の無駄遣い感がすごい』
流れが変わった。
「同一人物疑惑」から、「クオリティの高いファン」へと認識がスライドしている。
素材が似ているのも、「クオリティ重視」という理由付けで納得されているようだ。
完璧な誘導だ。
さらに、掲示板のスレッドも様変わりしていた。
『【朗報】DIYおじさん、漆黒マンへの愛が重すぎる』
『マスクの強度が防弾仕様で草』
『おっさん、それいくらで売る?』
『漆黒マンvs DIYおじさん、戦ったらどっちが勝つ?』
疑惑は「ネタ」として消化され、俺のチャンネルは新たなファン層を獲得することになった。
これで、当面の身バレ危機は回避できただろう。
俺はPCを閉じ、椅子の背もたれに深く体を預けた。
ふと、ガレージの隅に置かれた「カーボンのマスク」を見る。
影の力を使わず、己の技術だけで作り上げた、物理的な仮面。
それは、ガントレットの能力でなく、元エンジニアとしての意地のようなものだったのかもしれない。
「……悪くない出来だ」
俺は呟いた。
左手のガントレットが、微かに「ヴィン」と鳴った気がした。
こいつも、俺の技術を認めてくれたのだろうか。
それとも、対抗意識を燃やしているのだろうか。
どちらにせよ、危機は脱した。
俺はマスクを撫で、ガレージの明かりを消した。
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