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Ep.14:会社に「ダンジョン事業部」設立!?
しおりを挟む翌週の月曜日。
出社するなり、俺は部長室へと呼び出された。
ドアを開けると、革張りの椅子にふんぞり返った大山部長が、ねっとりとした笑みを浮かべて待ち構えていた。
「おう、二条。座れよ」
大山は顎で前の椅子をしゃくった。
先日の「誤発注事件」で俺に論破された屈辱を、この男が忘れるはずがない。
何らかの報復があるとは予想していたが、思ったよりも早かった。
俺は一礼し、無言で席に着いた。
「単刀直入に言うぞ。来月から、新しい部署に行ってもらうことになった」
大山は一枚の辞令をデスクの上に滑らせた。
『辞令:営業部 営業推進課 二条賢志郎 殿 新設・ダンジョン資源活用課 課長代理を命ず』。
「……ダンジョン資源活用課、ですか」
「ああ。我が社も時流に乗ってな。ダンジョン関連の新規事業を立ち上げることになったんだ。名誉ある『初代課長代理』だぞ? 喜べよ」
口調は明るいが、目が笑っていない。
大山の本音は透けて見える。
そんな部署、聞いたことがない。
つまりは、体好いい「追い出し部屋」だ。
「場所は地下二階の資材倉庫だ。あそこにある『在庫』の管理と、有効活用が君の任務だ。……まあ、精々頑張ってくれよ。成果が出なければ、次の査定がどうなるか……分かってるよな?」
大山はニヤニヤと笑いながら、暗に「拒否すればクビだ」と脅してきた。
地下の倉庫。
あそこは、歴代の左遷社員たちが残した粗大ゴミ――売れなかった商品と、会社が処理に困っている産業廃棄物の墓場だ。
空調もなく、カビ臭い地下室で、ゴミの分別でもしてろということだろう。
普通の社員なら、ここで顔面蒼白になり、泣きつくか激昂するところだ。
だが。
俺の心拍数は、ピクリとも動かなかった。
恐怖も、悔しさも、将来への不安もない。
ただ、提示された条件を淡々と処理するだけだ。
「承知いたしました」
俺は辞令を手に取り、立ち上がった。
あまりにあっさりとした反応に、大山の表情が引きつる。
「……お前、分かってんのか? これは左遷だぞ? もうここには戻ってこれないんだぞ?」
「ええ。新しい環境での業務、全力で取り組ませていただきます。それでは」
俺は深々と頭を下げ、部長室を後にした。
背後で、「チッ、つまらないねえ野郎だ!」という怒鳴り声と、何かが投げつけられる音が聞こえたが、俺には関係のないことだ。
◇
地下二階。
エレベーターはなく、非常階段を使って降りるしかないその場所は、湿気と埃の臭いが充満していた。
案内役の総務部の若手社員が、鼻をつまみながら鉄の扉の鍵を開ける。
「うへぇ、臭っ……。ここが今日から二条さんの『城』ですよ。頑張ってくださいね(笑)」
あからさまな嘲笑を残し、彼は逃げるように去っていった。
俺は一人、薄暗い倉庫の中に足を踏み入れた。
広い。
テニスコート二面分はあるだろうか。
だが、その空間は「ゴミ」で埋め尽くされていた。
壊れたオフィスチェア、脚の折れた机、旧式のパソコン、そして奥の方には、かつて会社が手を出して失敗したダンジョン事業の残骸――スライムの干からびた死骸や、ゴブリンが身につけていたボロ布、用途不明の鉱石クズなどが山積みになっている。
劣悪な環境だ。
労働安全衛生法違反のオンパレード。
だが。
「……悪くない」
俺はネクタイを緩め、口元を緩めた。
大山部長は勘違いしている。
ここは牢獄ではない。
上司の監視も、無駄な会議も、意味のない稟議書もない。
俺一人の、完全なる『自由』な空間だ。
俺はロッカーから、持参していた洗いたての作業着――背中に『勝利』と書かれた蛍光グリーンのツナギを取り出した。
着替える。
スーツという拘束具を脱ぎ捨て、作業着に袖を通した瞬間、俺の思考モードが切り替わった。
係長・二条賢志郎ではない。
DIY職人・二条賢志郎の覚醒だ。
「さて、まずは5S――整理・整頓・清掃・清潔・躾の徹底からだな」
俺はガントレットに念じた。
「手伝え、相棒」
左手がドクンと脈打ち、黒い影が触手のように伸びる。
一本、二本、三本。
ガントレットから無数の「影の腕」が展開される。
人間一人ではビクともしない鉄骨や重い什器を、影の腕が軽々と持ち上げた。
「分類開始。可燃ごみ、不燃ごみ、そして……『素材』」
俺の目は、ゴミの山を宝の山として捉えていた。
スライムの乾燥ゲル? これは加工すれば高反発クッション材になる。
謎の鉱石クズ? 発光性の石が混じっているな。照明に使えそうだ。
ゴブリンのボロ布? 繊維を解けば、いや、これは捨てよう。
作業開始だ。
影の腕が舞い、廃材が分解され、再構築されていく。
俺はモンキーレンチを片手に、次々と家具を修理し、配置していく。
カビ臭い空気は、換気ダクトを修理し、脱臭効果のある炭をフィルターに挟むことで改善。
楽しくなってきた。
誰にも邪魔されない。
予算がないなら、作ればいい。
これこそが、DIYクラフトの極致だ。
◇
二週間後後。
大山部長は、上機嫌で地下への階段を降りていた。
そろそろ、あの生意気な二条が泣きついてくる頃だ。
「お願いします、元の部署に戻してください」と土下座する姿を想像すると、笑いが止まらない。
カビと埃にまみれて、精神を病んでいるに違いない。
「おーい二条、生きてるかぁ? 様子を見に来てやったぞ」
大山はハンカチで鼻を押さえながら、重い鉄の扉を開けた。
その瞬間。
ふわり。
鼻孔をくすぐったのは、カビの臭いではなかった。
挽きたてのコーヒーの、芳醇な香り。
そして、静かに流れるクラシック音楽。
「……は?」
大山は目を疑った。
目の前に広がっていたのは、薄暗い倉庫ではなかった。
間接照明に照らされた、高級ホテルのラウンジのような空間。
壁一面にはシックな防音パネルが貼られ、床にはふかふかの絨毯――スライムクッションを加工したものが敷かれている。
中央には、磨き上げられた巨大なマホガニー調のデスク――廃材の集合体が鎮座し、その奥には……。
「いらっしゃいませ、部長」
再生された本革の社長椅子に深く腰掛け、優雅にノートPCを操作する二条賢志郎の姿があった。
その顔色は良く、手元には湯気を立てるコーヒーカップ。
「な、な、なんだこれは……!?」
大山は腰を抜かしそうになった。
ここはあのゴミ捨て場のはずだ。
なぜ、役員室よりも豪華なオフィスになっているんだ?
「見ての通り、資源活用課の執務室です。廃材をリサイクルして環境を整えました。経費はゼロです」
賢志郎は涼しい顔で答えた。
そして、パタンとPCを閉じ、大山を冷ややかな目で見据えた。
「おや部長。足元をご覧ください。ここは資源活用の『現場』です」
「あ、足元?」
「イエローラインより内側は作業エリアです。他部署の方のヘルメット無しの入室は、労働安全衛生法および社内規定に抵触します」
賢志郎はスッと立ち上がり、大山に詰め寄った。
その背後に、巨大な影が揺らめいたような錯覚を覚え、大山はたじろぐ。
「管理職たるもの、コンプライアンス遵守は基本ですよね? 即刻、退去願います」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
大山は顔を真っ赤にしてプルプルと震えた。
言い返したい。
だが、圧倒的な「空間の質」と、賢志郎の放つ「支配者」のオーラに気圧され、言葉が出てこない。
嫌がらせをするはずが、逆に特等席を与えてしまったようなものだ。
しかも、経費ゼロでの環境改善。
文句のつけようがない。
「お、覚えてろよおおおっ!」
大山は捨て台詞を吐いて、逃げるように階段を駆け上がっていった。
その背中を見送りながら、俺は再び椅子に座り直した。
「……さて、仕事の続きをするか」
俺はコーヒーを一口啜った。
温かさと香りは心地よい。
快適な職場環境は整った。
ここなら、誰にも邪魔されず、存分にダンジョン素材DIYの研究ができる。
俺はモニターに向き直り、次なる「資源活用計画」の立案に取り掛かった。
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