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Ep.15:唸れ、影の螺旋穿孔(シャドウ・ドリル)
しおりを挟む週末。
俺はまたしても、東京第3ダンジョンの暗闇の中にいた。
今回の目的は、地下倉庫――いや、我が「ダンジョン資源活用課」オフィスの照明設備の改善だ。
廃材で作った間接照明は雰囲気こそ良いが、精密なDIYをするには照度が足りない。
手元を明るく照らす、高輝度の光源が必要だ。
「狙いは発光鉱石、『輝石』か」
俺はヘルメットのライトを頼りに、地下4階相当の「鉱石エリア」を進んでいた。
ここは壁も床も岩盤が剥き出しで、所々に水晶のような結晶が生えている。
湿気は少なく、代わりに鉄錆のような乾いた匂いが漂っていた。
カツーン、カツーン。
安全靴の音が響く。
周囲に他の探索者の気配はない。
このエリアはEランクには危険すぎるし、高ランクにとっては実入りが少ないため、不人気な狩場だ。
だが、素材ハンターである俺にとっては、誰にも邪魔されない楽園だ。
十分ほど歩くと、壁の一角に淡い光を見つけた。
あった。輝石だ。
拳大の結晶が、岩盤に埋まっている。
俺はモンキーレンチを取り出し、採掘に取り掛かろうとした。
その時だった。
足元の岩が、ゴゴゴ……と低い音を立てて隆起した。
「……ん?」
地震か?
いや、違う。
俺の目の前で、岩の塊が起き上がったのだ。
直径一メートルほどの、巨大なドーム状の岩。
そこから、短い四肢と、嘴のような口を持つ頭が突き出した。
「グルルルゥ……」
重厚な唸り声。
『鉄亀』だ。
全身が金属質の甲羅で覆われた、防御力特化型のモンスター。
その硬度はコンクリート以上と言われ、半端な剣や槍では傷一つつけることができない。
いわゆる「物理無効」に近い敵だ。
俺は冷静に距離を取った。
心拍数は変わらない。
恐怖よりも先に、「厄介な障害物が出現したな」という感想が浮かぶ。
「どいてくれないか。そこは掘削ポイントなんだ」
一応、話しかけてみる。
返答は、鋭い嘴による噛みつきだった。
ガキンッ!
俺はモンキーレンチで受け止めた。
重い。
噛む力は万力並みだ。まともに食らえば骨ごと砕かれる。
「交渉決裂か」
俺はモンキーレンチを振りかぶり、亀の甲羅を殴打した。
カァァァン!!
高い金属音が洞窟に木霊する。
手が痺れた。
だが、亀はノーダメージだ。甲羅に傷一つつかない。
「……硬いな」
打撃は非効率だ。衝撃が拡散されてしまう。
ひっくり返して腹を狙うのがセオリーだが、こいつの重量は推定二百キロ。
無理に持ち上げれば腰をやる。
亀が首を引っ込め、突進の構えを取った。
質量攻撃が来る。
どうする?
逃げるか?
いや、目の前には極上の輝石がある。
あれがあれば、オフィスの照度は劇的に改善され、作業効率は二〇%向上するはずだ。
みすみす逃す手はない。
「硬度が自慢か」
俺は左手のガントレットを見つめた。
硬いものを壊すには、どうすればいい?
叩いてダメなら、どうする?
エンジニアとしての知識が、最適解を提示する。
「……なら、穴を開けるだけだな」
亀が突進してくる。
俺は重心を落とし、左手を突き出した。
イメージするのは、岩盤を穿つ最強の穿孔機。
「回れ。削れ。ねじ込め」
ガントレットが変形する。
黒い影が螺旋状に渦を巻き、鋭利な円錐形――ドリルビットへと姿を変えた。
ギュルルルルルルルッ!!
耳をつんざく高周波音が響き渡る。
毎分三千回転。
超高速回転する影のドリルが、突進してくる亀の甲羅と激突した。
ギャリリリリリリリッ!!
凄まじい切削音。
火花が花火のように飛び散る。
亀の突進力が、ドリルの回転力と拮抗する。
重い。
手首が持って行かれそうだ。
だが、俺は歯を食いしばり、左手を押し込んだ。
「これくらいで止まると思うなよ……!」
摩擦熱で甲羅が赤熱する。
焦げ臭い匂い。
鉄が悲鳴を上げる音。
これだ。これが「加工」の手応えだ。
ミシミシッ……パキィン!
硬質な甲羅に、亀裂が走った。
一点集中。
ドリルの先端が、鋼鉄の皮膚を食い破り、内部へと侵入していく。
「貫通!」
俺はさらに出力を上げた。
影が膨張し、内部を掻き回す。
亀が絶叫を上げ、手足をもがかせた。
だが、もう遅い。
コアのある心臓部まで、俺のドリルは到達していた。
ドォン!
内部で何かが破裂する音がして、亀の動きが止まった。
巨大な質量が、ドサリと崩れ落ちる。
事切れた亀は、物言わぬ岩塊となってそこに残された。
後に残ったのは、穴の空いた巨大な死骸と、魔石、そして……。
「おっ、レアドロップか」
亀の体からこぼれ落ちたのか、キラリと光る金属片が落ちていた。
『ミスリル銀』。
鉄よりも軽く、魔力を通しやすい希少金属だ。
市場価格は数万円。
かなりの高値だ。
「いい素材だ。売れば家族で回らない高級寿司に行けるな……いや、何かのDIYに使ってみたい気もする。とりあえず保管か」
俺は熱を持った左手を振り、ドリルを解除した。
プシュゥゥ……と蒸気が上がる。
いい仕事をした後の、心地よい疲労感。
俺はミスリルと輝石を回収し、ボストンバッグに放り込んだ。
「さて、と」
目的は達成した。
あとは帰って、図面を引くだけだ。
俺はヘルメットの位置を直し、鼻歌交じりで出口へと向かった。
これが、後にギルド内で「甲羅に風穴を開けられた謎の死骸が見つかった」と騒ぎになる、『影の螺旋穿孔』の初陣であった。
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