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Ep.20:企業案件と同業者の嫉妬
しおりを挟む深夜の作業場に、スマホの着信音がけたたましく鳴り響いた。
俺は旋盤のスイッチを切り、油の付いた手をウエスで入念に拭いながら、作業台に置いていたスマホを手に取った。
画面には、のタナカからのビデオ通話を示す通知が躍っている。
こんな時間に一体何の用だと思いながら応答ボタンをスワイプさせると、画面いっぱいに興奮したタナカの顔が映し出された。
あいつは自宅の自室にいるらしく、背後には脱ぎ散らかした服や漫画本が積み上がっているのが見える。
「賢志郎さん! 大変なことになってるっすよ!」
タナカの声は、スマホの小さなスピーカーが音割れするほどの音量だった。
「落ち着け。何があったんだ。登録者のことならさっき確認したぞ」
「それだけじゃないんすよ! さっき送ったメッセージのスクショ、見てないんすか? ついに、ついに来たんすよ……本物の企業案件がっ!」
タナカが画面を切り替えたのか、スマホの表示がメールの受信画面に切り替わった。
件名には「製品プロモーションに関するご相談」という、いかにも公的な文言が並んでいる。
動画投稿を始めてから半年、ようやく俺の地道な活動が、企業の目に留まったということだ。
俺は胸の奥が熱くなるのを感じながら、送信元の社名を確認した。
ところが、そこに並んでいたのは誰もが知る大手家具メーカーや、有名な工具ブランドの名前ではなかった。
『株式会社・極東化成工業』
聞いたこともない名前だ。
画面上のメールを読み進めると、どうやら千葉の工業地帯に本社を構える、歴史のある工業用接着剤の専門メーカーらしい。
提案内容は、一般のホームセンターにはまず並ばない、プロ仕様の超高粘度接着剤『剛力一号』のレビュー依頼だった。
用途としては、大型機械の部品固定や、特殊な建築資材の接合に使われる、まさに「玄人向け」の製品だという。
「大手じゃないからって、ガッカリしないでくださいっす。賢志郎さん、このメーカーの技術力は本物っす。ホームページを調べたところ、航空宇宙分野の部品固定にも使われてるらしいっすよ。こんなマニアックな会社が僕たちを見つけてくれるなんて、逆に光栄じゃないっすか?」
タナカがビデオ通話の画面に戻り、身を乗り出して熱弁を振るう。
あいつは、こうした「知る人ぞ知る名門」という響きに弱かった。
俺は一度通話を切り、タナカから転送されてきた製品資料のPDFにじっくりと目を通した。
そこには、広告用の華やかな言葉などは一切なく、数値が整然と並んでいた。
引張強度、耐熱限界、硬化速度の安定性、さらには十年単位での経年劣化シミュレーションデータまで。
職人の探究心を強く刺激する、あまりにも無骨なスペック表だ。
俺の直感が、これは絶対に面白い動画になると告げていた。
数日後、現物の接着剤が届いたその夜に、俺は一人で撮影を始めた。
スマホを三脚に固定し、タナカとはLIMEのビデオ通話で繋ぎっぱなしにして、画角のアドバイスを受ける。
この『剛力一号』、見た目は地味な灰色のペーストだが、実際に手に取ってみるとその凄さがすぐに理解できた。
指先にほんの少し付くだけで、周囲の空気を吸い込んで凝固しようとするような、凄まじい粘り気がある。
それでいて、専用ノズルからの押し出し心地は驚くほど滑らかだった。
常に一定の抵抗感を持ってノズルから押し出される。
この「変化のなさ」こそが、職人にとって最大の武器になるのだ。
「凄いぞーーッッ! この接着剤の粘度は、スライムよりも安定しています!」
俺はカメラに向かって、感じたままの素直な感想を感情特盛りで発した。
「夏場の蒸し暑さでも、冬の凍てつく寒さでも、出す時の感触が全く変わらない。これは耐久度が命のDIYには、最も信頼できる要素です」
動画の後半では、この接着剤の性能を極限まで試す実験を敢行した。
接着した木材と鉄パイプを、自作の巨大プレス機で強引に引き剥がそうとしたのだ。
作業場の空気が張り詰め、鉄と木がぶつかり合う軋む音が響く。
結果は、接着面ではなく木材自体が悲鳴を上げて割れた。
接着剤の完全勝利だ。
最後に、この無骨なパッケージの製品をカメラに映し、動画を締めくくった。
動画を公開した翌日。
「スライムより安定」という俺のフレーズが、妙に視聴者のツボに入ったらしい。
ネット上では「スライム接着剤」というワードがトレンド入りし、極東化成工業のサーバーがパンクするほど注文が殺到した。
メーカーの担当者からは、震える声で感謝の電話がかかってきた。
「在庫が半日でなくなりました」と喜ぶ声を聞いたときは、自分のことのように誇らしかった。
俺のチャンネルの勢いはさらに加速し、登録者数は一気に十二万人を超えた。
順風満帆。
そう信じていた矢先、不穏な影が忍び寄ってきた。
「賢志郎さん、今すぐビデオ通話いいっすか……。ちょっとコメント欄を見てほしいっす」
昼休憩中、タナカからビデオ通話。
画面の中のあいつは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
俺は自身の動画のコメント欄を開く。
そこには、これまで応援してくれていたファンとは明らかに異なる、攻撃的な言葉が並んでいた。
『案件動画乙。結局金かよ』
『あんな怪しい接着剤がバズるとかステマ確定だろ』
『接着剤メーカーの回し者がDIYを語るな』
アカウント名を確認すると、どこかで見たようなアイコンが散見された。
登録者数百二十万人を誇る大手チャンネル『ゴールド・レオ』の熱狂的なファンたち、通称「金メッキ隊」だ。
「こいつら、『ゴールド・レオ』の取り巻きっす。あいつ、最近の動画で『底辺チャンネルの案件は全部詐欺だ』って煽りまくってるんすよ。そのせいで、うちのコメ欄が荒らされてるっす。許せないっす……」
画面越しのタナカが、忌々しそうに自分のパソコンのモニターを指差す。
レオのチャンネルは派手な金ピカの道具や高級外車を自慢するスタイルで、最近はネタ切れなのか、勢いのある新興チャンネルへの攻撃を繰り返しているという噂を聞いていた。
成功者を装いながら、自分より弱い立場の人間を叩いて数字を稼ぐやり方は、俺が最も嫌うものだ。
「……気にすることはない。俺たちは事実を伝えただけだ」
俺はスマホに向かって、冷静に努めてそう言った。
「事実無根の誹謗中傷には、然るべき手続きに基づいて粛々と対応する。タナカ、無視して次の動画の準備をしよう。感情的になったら相手の思うツボだぞ」
俺はあえて事務的な言葉を選び、感情を排して処理する姿勢を見せた。
あいつを落ち着かせるための、俺なりの配慮だった。
画面の中のタナカは黙って頷き、ビデオ通話を終了した。
あいつの瞳の奥に宿った、暗い怒りの炎に俺は気づけなかった。
その日の深夜。
作業場の片付けを終えた俺のスマホに、再びタナカからのビデオ通話が入った。
応答すると、画面には真っ暗な部屋の中で、青白いモニターの光に照らされたタナカの顔が浮かび上がった。
あいつは何かを激しく呟きながら、狂ったようにキーボードを叩いている。
カチャカチャカチャという、乾いたプラスチックの打鍵音がスピーカーから漏れ聞こえてくる。
「タナカ、何をしてるんだ」
俺の声に、タナカがゆっくりと顔を上げた。
その目は赤く血走り、異常なほどに見開かれている。
あいつの背後のモニターには、ネット掲示板の「週末DIYアンチスレ」が映し出されていた。
『名無し:週末DIYのステマ接着剤、マジでゴミだなw』
『タナカ(偽名):ゴミなのはお前の頭っすよ。実際に使ってから言ってくださいっす、金メッキ野郎!』
『名無し:お、本人降臨か? 必死すぎて草。案件料で美味い飯食ってるか?』
『タナカ(偽名):お前らみたいな底辺に理解できる代物じゃないんすよ。悔しかったらメーカーの株でも買ってみたらどうっすか!』
「タナカ! 書き込みを止めるんだ!」
俺はスマホの画面越しに一喝した。
ところが、タナカの指は止まらない。
むしろ、その動きはさらに速くなっていく。
「放っておけないっす! こいつら、賢志郎さんがが必死で作った動画を汚しやがって! メーカーの皆さんがどれだけ喜んでくれたか、何も知らないくせに……! 俺は絶対に許さないっす。ネットのゴミ共に、徹底的に思い知らせてやるんすよ!」
スピーカーから響くタナカの叫びが、静まり返ったガレージに空虚に響いた。
掲示板のレスバトルはもはや止まらない。
煽れば煽るほど、相手は喜んで油を注いでくる。
タナカの真っ直ぐな「正義感」は、ネットの匿名性の前では無力な餌に過ぎい。
炎上という名の火は、俺の預かり知らないところで巨大な爆炎へと膨れ上がろうとしていた。
俺は画面の中の変わり果てたタナカ姿を見て、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
正しさを証明しようとする熱意が、時として最大の弱点になる。
俺はこのとき、初めてネットという底知れぬ深淵を、画面越しに覗き込んだような気がした。
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