週末、パパはダンジョンに潜る〜家族に内緒で健康のために始めたら、Sランク探索者になっていた案件~

いぬがみとうま🐾

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Ep.21:炎上の連鎖と職人の意地

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 一睡もできないまま、夜が明けた。
 作業場の窓から差し込む朝日は、いつもより白く、刺すように冷たい。

 俺は重い瞼をこすりながら、充電器に繋ぎっぱなしだったスマホを手に取った。
 画面を点けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、昨日よりもさらに膨れ上がった通知の数々だった。

 LIMEのメッセージ、動画へのコメント、そしてX(旧ツイッター)での拡散。
 俺たちが守ろうとした小さな誇りは、一晩のうちに、見知らぬ誰かの娯楽として消費される「炎上案件」へと成り下がっていた。

「……最悪だ」

 独り言が、冷えたガレージに力なく響く。
 昨夜のタナカとのビデオ通話の後、掲示板を確認すると、事態は修復不可能な段階にまで悪化していた。

 あいつが「週末DIY」の関係者であることを隠さずに反論を続けたせいで、アンチたちの攻撃対象は接着剤の性能から、俺たちの人格否定へと完全にシフトしていた。
 さらには、タナカの過去の投稿や断片的な情報から、あいつの個人特定を試みる動きまで出始めている。

 再びスマホが震えた。
 タナカからのLIMEビデオ通話だ。
 応答ボタンを押すと、画面の中のタナカは昨日よりもさらに酷い有様だった。
 髪はボサボサに乱れ、目の下には深い隈ができている。

「賢志郎さん……。すんませんっす。俺、止まらなくなっちゃって……」

 あいつの声は掠れ、今にも消えてしまいそうだった。
 画面越しでも、タナカの手が震えているのがわかる。
 昨夜のあの猛烈な勢いはどこへやら、今のあいつを支配しているのは、取り返しのつかないことをしたという純粋な恐怖だった。

「掲示板を見た。タナカ、もうスマホを置いて寝ろ。あとのことは俺が考える」

「でもっす! 僕が言い返したせいで、メーカーの極東化成工業さんにまで火の粉が飛んでるんすよ! あいつら、『詐欺会社』だの『倒産しろ』だの、好き勝手書いてるんす。それが……それが我慢できなかったんすよ……」

 タナカが顔を覆って泣き始めた。
 画面から漏れる嗚咽の音が、俺の胸を締め付ける。
 あいつは正義感で動いたのだ。
 自分たちが認めた製品を馬鹿にされるのが許せなかった。
 ところが、その真っ直ぐすぎる熱意は、ネットの海ではただの燃料にしかならない。

 通話を切った直後、今度は見慣れない固定電話の番号から着信が入った。
 嫌な予感が背筋を走る。
 深呼吸をしてから電話に出ると、相手は案の定、極東化成工業の担当者だった。

「あ、あの、週末DIYの賢志郎様でしょうか。早朝に申し訳ありません。実は、その……」

 担当者の声は酷く怯えていた。
 聞けば、今朝から会社の電話が鳴り止まないのだという。
 動画のコメント欄を見たと思われる連中が、嫌がらせの電話を次々とかけてきているらしい。

 「ステマの片棒を担ぐな」「有害な接着剤を売るな」といった罵詈雑言。
 中には、本社の住所を晒して「今から火をつけに行く」と予告する悪質なものまであるという。

「本当に申し訳ありません。俺たちが、あんな表現をしたばかりに……」

 俺は電話越しに深々と頭を下げた。
 相手に姿は見えなくても、そうせずにはいられなかった。
 誠実に物作りをしてきただけの人々を、俺たちの不注意で地獄に突き落としてしまった。

 電話を切った後、俺は拳を作業台に叩きつけた。
 鈍い痛みが走るが、心の奥の焦燥感は消えそうにない。

 すべては『ゴールド・レオ』という男の動画から始まった。
 あいつが「底辺のステマ」と断定し、取り巻きの「金メッキ隊」を煽った結果だ。

 俺は奴の最新動画を確認した。
 画面の中で、レオは派手な金のネックレスを揺らしながら、ニヤニヤと笑っている。

「いやあ、盛り上がってますねえ。なんか、必死に掲示板でレスバしてる関係者がいるみたいですけど。そういう余裕のなさがステマの証拠なんですよね。本物のプロなら、黙って製品の良さを証明すればいいのに。まあ、証明できないから怒ってるんでしょうけど。あはは!」

 動画の再生数は、数時間で十万を超えている。
 あいつにとっては、他人の人生や会社の存亡など、再生数を稼ぐための「ネタ」でしかない。
 その浅薄な悪意が、俺の中の何かを決定的に目覚めさせた。

 俺はスマホを手に取り、タナカにメッセージを送った。

『今からガレージに来い。カメラを回す。反論動画じゃない。証明動画だ』

 数時間後、タナカが青白い顔でガレージにやってきた。
 あいつは俺の顔を見るなり、また謝り始めたが、俺はそれを遮った。

「タナカ、仕事だ。極東化成さんの接着剤がどれだけ凄いか、数値や言葉じゃない方法で分からせてやる」

 俺が用意したのは、二トンの重さに耐えられるクレーンと、ぶ厚い鋼の端材だった。

 それから、市販されている大手メーカーの高級接着剤を数種類。
 言葉で言い返せば、またレスバトルが続くだけだ。
 だが、圧倒的な事実は、どんな悪意の言葉もねじ伏せる。

「いいか、タナカ。俺たちはDIYerだ。ネットの喧嘩は専門じゃないが、物の強さを測ることなら誰よりも得意なはずだ」

「……はいっす。賢志郎さん、僕、カメラを回すっす。絶対に、一瞬も目を離さずに撮るっすよ」

 タナカの目に、ようやく微かな光が戻った。
 俺は『剛力一号』の蓋を開けた。
 地味な灰色のペーストが、作業灯の光を鈍く反射する。

 これを、レオの愛用している鎧を模した金ピカの鉄板と、クレーンの間に塗りたくった。
 比較のために、他の接着剤でも同じようにセットする。

 撮影の準備を整えながら、俺は静かに怒りを燃やしていた。
 匿名掲示板で誰かを叩いて悦に浸っている連中にも、それを利用して金を稼ぐレオにも、本物の「物作り」の重さを教えてやる。

 一度失った信頼を取り戻すのは容易ではない。
 でも、俺たちがここで逃げれば、あの接着剤メーカーは本当に潰れてしまうかもしれない。
 それだけは男として許せなかった。

「回してるっす。いつでもいいっすよ」

 タナカの合図で、俺はカメラに向かって語り始めた。
 台本はない。
 俺の言葉は、事務的な法律論でもなければ、必死な弁明でもなかった。
 ただ、道具を愛する一人の人間の、静かな宣言だった。

「週末DIYです。現在、極東化成工業さんの『剛力一号』について、様々な憶測が飛び交っています。言葉で説明するよりも、この実験を見ていただいたほうが早いと思います。これから、この接着剤の『真実』を証明します」

 俺はクレーンのスイッチに手をかけた。
 作業場の中に、モーターの唸り音が響き渡る。
 モニター越しに、タナカが息を呑むのがわかった。

 反撃開始だ。
 俺は真っ直ぐにレンズを見据え、力を込めてボタンを押し込んだ。

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