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Ep.22:真実の重み
しおりを挟む硬化が終わったそれぞれの鉄板に、俺は二トンクレーンのフックをかけていった。
「まずは、一般的な高級接着剤から試します」
クレーンのモーターが低く唸りを上げ、ワイヤーがピンと張られた。
数値計のカウンターが、五百キロ、八百キロと増えていく。
一トンを超えた直後、乾いた破壊音とともに鉄板同士が弾け飛んだ。
接着面が綺麗に剥がれている。
続いて他の製品も試すが、どれも一・五トンの壁を超えることはできなかった。
「最後は、皆さんがステマだと断定した『剛力一号』です」
俺は慎重にフックをかけた。
タナカが息を呑む音が聞こえる。
クレーンのスイッチを入れると、ワイヤーが悲鳴を上げるような音を立て始めた。
一トン、一・五トン、一・八トン。
カウンターの数字が、他の製品が限界を迎えた領域を軽々と突破していく。
作業場の床が、クレーンの反動でわずかに震え始めた。
二トン。
ついにクレーンの定格荷重に達したが、接着面はびくともしない。
「見てくれ。接着面ではなく、鉄板のほうが歪み始めている」
俺の言葉通り、レオのシンボルでもある金色の鉄板が、強烈な張力に耐えかねて曲がり始めていた。
次の瞬間、凄まじい衝撃音とともにクレーンのワイヤーがちぎれた。
ところが、鉄板に接着された根元の部分は、依然として剥がれる気配すらない。
「これが、俺たちの伝えたかった事実です。この接着剤は、俺達作り手の矜持を守るために作られています。これでも嘘だと思ったら、剛力一号を買ってみてください。ダメだったら私が代金をお返ししますから! お前も試してみろ、金ピカ!」
俺はカメラに向かって短くそう締めくくった。
撮影が終わると、タナカは膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
その顔には、大仕事を終えた安堵感と、圧倒的な結果への驚きが混ざり合っている。
「凄すぎるっす……賢志郎さん、これなら誰にも文句は言わせないっすよ。僕、すぐに編集に取り掛かるっす。一分一秒でも早く、世界中に見せつけてやるんす!」
「最後の『金ピカ』は余計だったかもな」
「いや! カットしないで、そのままアップしましょう!」
あいつはそう叫ぶと、すぐさまパソコンに向かった。
怒りに任せてキーボードを叩いていた昨夜とは違う、動画クリエイターとしての誇りを取り戻したタイピングの音だ。
俺はそんなあいつの背中を見守りながら、ガレージの外に出た。
次の日の夕方、完成した動画をチャンネルにアップロードした。
タイトルはシンプルに『剛力一号、極限強度テスト』とした。
余計な説明文は添えず、ただ事実だけを映し出した三十分の記録だ。
公開からわずか数分。
コメント欄の空気が、一変していくのがわかった。
『……言葉が出ない。これ、CGじゃないよな?』
『鉄板の方が曲がるとか、どんなパワーだよ』
『今までステマとか言ってすまん。本物だったわ』
圧倒的な接着力を前に、悪意の言葉は急速に力を失っていった。
レオの信者たちも、自分たちの象徴が物理的に破壊される様子を見て、沈黙せざるを得なかったのだろう。
拡散の波は止まらない。
今度は、建築関係やエンジニアといった「プロ」たちが俺達を追いかけるように動画を見つけ、接着剤の性能に驚愕するコメントを寄せ始めた。
「賢志郎さん! 見てくださいっす! 批判的なコメントがどんどん消えて、代わりに絶賛の嵐っすよ! レオの奴、動画を非公開にしたみたいっすね。逃げ足だけは速いっす!」
タナカが興奮気味に報告してくる。
あいつの声には、ようやく晴れやかな響きが戻っていた。
だが、俺たちの戦いはまだ終わったわけではない。
巻き込んでしまったメーカーへの誠意を、最後まで貫く必要がある。
その時、俺のスマホが再び震えた。
極東化成工業の担当者からだった。
恐る恐る電話に出ると、相手は絶句したような沈黙の後、絞り出すような声で言った。
「……ありがとうございました。今、問い合わせの内容が百八十度変わりました。嫌がらせの電話はピタリと止まり、代わりに工務店や商社から、導入の相談が殺到しています。私たちのような小さな会社の技術を、命懸けで守ってくださって、本当に……本当にありがとうございます」
受話器越しに、複数の社員たちが歓声を上げているのが聞こえた。
俺は少しだけ目頭が熱くなるのを感じながら、精一杯の落ち着いた声で返した。
「礼には及びません。俺たちはただ、良いものを良いと言っただけですから。これからも、素晴らしい接着剤を作り続けてください。私も愛用させてもらいます」
電話を切ると、俺は深く椅子に背を預けた。
身体中の力が抜け、激しい疲労感が押し寄せてくる。
でも、その疲労感は決して不快なものではなかった。
タナカが「これでお祝いに美味い飯でも行きたいっすね!」とはしゃいでいる。
俺は小さく笑い、頷いた。
「ああ、そうだな。だが、その前に一仕事ある。荒れた作業場の片付けだ」
「ええっ、今からっすか? 賢志郎さんは相変わらず厳しいっすね……。俺も手伝いますッ!」
元気そうなあいつを見て、俺は改めて、この相棒と一緒に動画を続けてきて良かったと思った。
ネットの深淵を覗き込み、一時は平穏を失いかけたが、そのおかげで俺たちの絆は以前よりも強固なものになった。
そう。剛力一号のように。
俺は再びウエスを手に取り、クレーンのワイヤーを拭き始めた。
明日からは、また新しいもの作りの日々が始まる。
そんな確信を抱きながら、俺はガレージの静寂を楽しんだ。
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