招き猫のまー君と癒しのマスター

浮気をされたサラリーマン2

「すみません、ビールを」

「瓶でよろしいですか？」

マスターは静かな動作でカウンターに瓶ビールと冷えたグラスを置いた。

店内は静かな音量のクラシックが流れている。

「せっかくのバーなのに、お酒を知らなくて…ビールって雰囲気のお店じゃないのにすみませんね」

「いえいえ、お客様が美味しくお酒を飲めるなら、それが一番ですよ」

マスターはグラスにビールを注ぐ。それを男はちびちび飲む。

男はメニューを見ながらつまみを物色しているようだ。

「メニュー外でも作れますよ。ナポリタンはいかがでしょうか？」

「へぇ、ナポリタンって懐かしいな。ずっと食べてないな。お願いします」

マスターは静かに調理を始めた。店内は調理音とクラシックしか聞こえない。

ナポリタンをカウンターに置くマスター。男はスマホから目を離し、懐かしのナポリタンに感動していた。

「おお！昔は好きでファミレスとかでよく食べたなあ。いただきます！」

一口食べると、男はマスターの顔を見て、大きな声で言った。

「すごく美味しいですよ！バーでこんなに美味しいナポリタンが食べられるなんて…」

酒のつまみに作ったナポリタンは、あっという間に男の胃袋へ。お酒を飲む暇もなく。

「ご馳走様でした！本当に驚くくらいに美味しかったですよ！」

「ありがとうございます。しかし、それはお客様の体調もあるのかと…」

マスターは言いにくそうに声を小さく続ける。

「顔色が悪く、少しやつれていましたので…つまみよりは、料理の方が良いかと。失礼致しました」

「いえいえ。そっか、そんなに酷い顔色だったのか。最近はあまりまともな食事をしていなくて…」

男の表情が暗くなっていく。そして俯いてしまった。手元のビールは、まだ一杯目だった。