宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
4 / 237
第1章 宿敵の家の当主を妻に貰うまで

第4話 縁談話

しおりを挟む
 中庭での一件の後、俺はかつての自分の部屋で夜まで過ごした。特にすることもないために、持ってきた本を読んだり、ターニャと一緒に他愛のない話をしていたものの、それでも暇で暇で仕方がなかったくらいだ。

 やがて日も暮れて、部屋にローエンさんが来た。どうやら父上が帰ってきたらしい。呼びに来たローエンさんに連れられて俺は父上の待つ部屋に向かう途中だ。ターニャは自室に置いてきている。

「中にて、旦那様と奥様がお待ちです」

 扉の横に避けたローエンさんは頭を下げて、手で扉を指し示す。ありがとう、と一声かけてから俺は扉を開いた。ここにいる時はあまり入らなかった父上の執務室の扉を開く。

 子供の頃はこの部屋はあまり好きではなかった。厳格な父上は幼い俺にとってはどちらかというと恐怖の対象で、彼がいるこの部屋も同じだったからだ。何度入るたびに机に座る父上から鋭い眼光を浴びせられてすくみ上ったことか。

 奥に大きな机が入れられた一室には、ローエンさんの言う通り父上達が待っていた。部屋の主である父、トラヴィス・フォルスは扉の音を聞くなり振り返った。机の椅子には座っていなくて、立って俺を待っていたようだ。

「お久しぶりです父上、リーゼロッテの母様も」

 部屋に入った俺はすぐに背筋を伸ばし、貴族の礼を取る。頬に傷を作った父上は鋭い眼光を俺に飛ばす。その横には正室であり、義母でもあるリーゼロッテ母様も立っていた。

「ノヴァ、息災なようで何よりだ。座りなさい」

 部屋の隅にあるソファーを指し示した父上。手で指し示すときに、白髪交じりの金髪が揺れた。「はい」とはっきり返事をして長椅子へと移動する。二人が着席するのを見て、俺も腰を下ろした。

(? なんだ?)

 先ほどの言葉といい、今の雰囲気といい、父上の様子がどこかおかしい。少し疲れているような、そんな気もする。当主である父上は王宮に顔を出すこともあるので、俺の知らない苦労があるのだろう。

「ノヴァ、単刀直入に言う。お前を今日ここに呼んだのは他でもない。お前に結婚を申し込んでいるお方がいる」

「……はい?」

 厳格な父上の前で許されない返事であるが、今回ばかりは許してほしい。そのくらい告げられた内容の意味が分からなかったのだ。大した活躍もなく、評判といえばフォルス家の出来損ないという悪評の方が多い俺に結婚を申し込むような人がいるとは。驚いてなんて返していいのか分からなくなる。

 そんな俺の無礼を指摘することなく、父上は真剣なまなざしのまま続けた。

「打診をしてくださっているのは……アークゲート家の当主様だ」

「…………」

 今度こそ、頭が真っ白になった。アークゲート家はいくら貴族事情に詳しくない俺でも知っている。そこの当主となればなおさらだ。

「ノヴァさん……アークゲート家については知っていますか?」

 義理の母に問いかけられ、俺はようやく意識を取り戻し、なんとか言葉を紡いだ。

「北にある魔法の名家ですよね? 我が一族とは古くからの宿敵のような関係で、あまり仲は良くないと聞いていますが」

「当主様についても知っているか?」

 間髪を入れず父上に尋ねられ、俺は何度も頷く。むしろこの国にいて知らない人などいないだろう。

「二年ほど前に当主を引き継ぎ、北のコールレイク帝国との戦争を終わらせた英雄。年齢はまだ20なのに、才覚溢れた貴婦人だと聞いています」

 俺と同じ年の女性の活躍を聞いたときは、凄い人がいるなと思ったのは記憶に新しい。彼女は18でアークゲート家の当主になり、その後すぐに北の国コールレイク帝国と長く続いていた戦争を終わらせたらしい。そんな凄い人がどうして俺なんかに結婚を打診するのか不思議に思ったとき、俺は父上の違和感の正体を知った。父上はどこか緊張しているようだった。

 疲れたように息を吐いた彼は俺の目をじっと見つめる。なにか説明を間違えただろうか、そう思ったけど。

「世間の評価はそのようになっている。紛れもなく事実ではある。正直なところ、なぜアークゲート家の当主様がお前に結婚を打診しているのかは分からない。だがよく聞くのだ。フォルス家とアークゲート家は宿敵の関係、というのは間違いだ。いや、正確には今の当主様になってから間違いになったというべきか」

「は、はぁ……」

 父上の言いたいことがよく分からなくて、そんな曖昧な返事を返してしまう。リーゼロッテ母様の顔が険しくなったのを見て姿勢を正したけど、彼女が注意したのは父上に対してだった。

「旦那様、はっきりと申さないと」

「あ、ああ……そうだな」

 リーゼロッテ母様の言葉に父上は咳払いをする。

「正直なところを述べると、今のフォルス家はアークゲート家がその気になれば滅ぶ。そのくらい向こうの家は財力も権力も、そして力も桁外れなのだ」

「覇気が使える父上や兄上達がいるのに……ですか?」

 俺としては信じられなかった。いくら相手が英雄とはいえ、父上は長い歴史を継ぐフォルス家の当主だし、ゼロードの兄上はすでにその父上すら凌ぐと噂される逸材だ。カイラスの兄上だって相当な強さだと聞いている。少なくとも覇気を解放した三人は俺にとっては圧倒的強者なんだけど、アークゲート家の当主はそれ以上だなんて。

 信じられない気持ちでいっぱいだけど、父上ははっきりと頷いた。

「あぁ、そしてそれを成したのは今の当主様だ」

「…………」

 なるほどと、俺は思った。相手が宿敵の家で、今は圧倒的な格上。つまりこれは俺に犠牲になれということか。長年の確執のある家に婿養子に出して関係をよくする、みたいなものだろう。俺としては悲しくはあるが、ここまで育ててもらった恩がないわけじゃない。それに貴族の三男として、覇気が使えない出来損ないでも十分すぎる生活を送らせてもらった。

 送らせてもらっただけで、家族らしいことは何もなかったとも言えるけど。

「……フォルス家のためならば」

「いや、お前は一つ勘違いをしている」

 家のために不本意ではあるが身を捧げようとしたところで、父上は首を横に振った。どういうことかと眉を顰めることしか俺には出来ない。

「向こうの当主様は、強制するつもりはないみたいなんです。ノヴァさんと親交を深めながら、ノヴァさんさえよければ結婚したい、という旨を強調しています」

「え? ええ……」

 リーゼロッテ母様の言葉の意味が分からなくて、俺の頭には疑問が渦巻くばかり。

「当主様はお前の意志を尊重するということらしい。正直なところ、これ以上はない程の好条件だ。私としてはせめて当主様と会ってみてはどうかと思うのだが……どうだろうか?」

「私としては構いません」

「本当に良いんですか? 恋仲の人とか、いませんか?」

 リーゼロッテ母様の言葉に俺は首を横に振る。在りし日のシアが頭を過ぎたが、それももう何年も前の話だ。彼女を除けば思いを寄せるような相手もいなかったので、しっかりと頷いて返答する。

「いません。ですので私は大丈夫です」

「そうか、それならば向こうの当主様には私の方から返事をしておこう。早いうちに向こうの家へ向かうかもしれないから、それだけは覚えておいてくれ。今日はもう遅いから泊っていくと良い。ターニャの部屋も用意させよう。夕食の準備をさせるから、部屋で待っていなさい」

「ありがとうございます」

 肩の荷が下りたとばかりに、笑顔で今後の予定を話す父上。こんな父上は初めて見たけど、とりあえずは話が丸く収まったようなので良かった。

 それにしても、戦争を終わらせて英雄や女傑とも言われるアークゲート家の当主様っていうのはどんな人なのか。不安が募るばかりだ。



 ×××



 自室に戻れば、ターニャがベッドに座って待っていた。彼女に今日はここに泊まることを伝えて、ターニャの部屋もあることを説明し、父上からの縁談の話も説明し終わった後の事だった。

「だから、急に婚約? って言われても戸惑うよ。今日の朝に行き遅れがどうとか言ってたのが嘘みたいだ。いや、噂をしたから現実になった、みたいな?」

「…………」

「ターニャ?」

 父上の話をしたときから黙って聞いていたターニャだが、反応がない。不思議に思って声をかけてみれば、はっとしたように彼女は我に返っていた。

「すみません」

「疲れているの?」

「いえ、そのようなことは……ちなみにノヴァ様、領地に帰ってすぐやらなければならないことはありますか?」

「うん?」

 急に何をと思ったが、ターニャは主が忘れ物をしていないのか気になっているらしい。ちょっと困るところもあるけど、俺にはもったいないくらい有能な侍女だなと思い、俺は微笑んで首を横に振る。

「何分暇な主だからね。なんにもないよ」

「知っていました」

 知っていたなら聞くなよ、と内心で笑いながら言うものの、ターニャの様子はいつも通りみたいで安心した。

「酷いなぁ……」

そう呟いたとき、部屋にノックが響く。答えれば、不愛想なメイドが扉を開けた。

「失礼します。ターニャに部屋を案内しろと、旦那様から言いつけられていますので」

「……はい、分かりました」

 メイドが入ってきたことで冷たい雰囲気を出すターニャ。彼女は何も言わずにメイドに従って部屋を出ていった。
 この後、久しぶりに実家で食事をして、久しぶりに実家で眠りについた。前日の眠った場所が馬車の中だったこともあり、俺は深い眠りへと落ちていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...