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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第115話 とある行方不明者の独白
しおりを挟む自分は地獄に落ちるだろうと、そう思ってはいた。誘拐、暴力、麻薬に殺人、暗殺、思いつく悪行というものは全てやってきたし、それに後悔はない。
裏組織に属するものとして、そうなる覚悟はしていたつもりだった。
だが、無残な死に方をしたくはない、と強く思う。あんな……あんな……。
同僚は頭がはじけ飛んだ。
先輩は足から順に溶けた。
仲の悪いあいつだって、嫌いだったが何も塵も残らず消えればいいとは思っていない。
昨日共に酒を飲んだ馬鹿なあいつだって、苦しみの中で息絶えるなんて思ってもいなかった。
いつも冷静で状況を見極めていた気に入らないあいつも、取り乱した末にあっさりと絶命した。
――化け物だ
同僚が振るった剣は体を捉えられずにすり抜けた。
先輩が放った強力な炎魔法でも、物が燃える様子すらなかった。
仲の悪いあいつが使用した薬剤だって、一切の効果はなかった。
最初に現れた小柄な女を、俺達は、それはもう侮った。
侮れるだけ侮って、フードの中に見える美しい姿をどう穢すかという事だけを考えていた。
けど無力化しようとしたときにはもう遅く、俺達の全ては女に通じなかった。
どんな攻撃も、届かなかった。
『こんにちは裏組織の皆さん、今日は挨拶に来ました。全員、アークゲートの手で消えてもらいます』
その女がレティシア・アークゲートだと気づいたときには、もう遅かった。
それでも何とかしようと全員が死力を尽くした。魔法使いを抑制する装置もありったけを使ったし、対魔法使いに優れた連中も決死の特攻をした。
けれどその全てが、女に通用しなかった。
その場にいるように見えるのに、いない。けど幻影ではない。女は確実に俺達を攻撃している。
こっちからの攻撃は届かないのに向こうの攻撃は届くなんていう、信じられない光景。
居るのに居ない。居ないのに居る。意味が分からない。俺達は人間ではなく幽霊のような超常現象と戦っているのか、とさえ思うほどだった。
強大な相手に逆らった弱い獣はどうなるか。そんなの自然界が証明してくれている。
狩られるだけだ。
まるで交代とばかりに、俺達のアジトに次々と現れる人影。その全てが女だったから、こんな状況じゃなければ喜んだことだろう。そう、こんな状況じゃなければ。
全員が全員、手練れだった。多少は傷を与えることも出来たが、誰一人として殺すことは出来なかった。
何をしようともあの化け物が防いだり、傷を回復させたりするから。
『ふざけんな……こんな……こんなぁ!!』
『おかしいだろ! なんで当たらない! なんで目の前にいるのに!?』
『うわぁあぁああああああ!』
阿鼻叫喚の地獄だった。逃げ場のない鼠……いや虫だった。ただ駆逐されるだけの、ちっぽけな虫だ。
「馬鹿な……どうやって我々の情報を……」
聞こえたのはボスの声だった。けど恐怖に震えていて、声には覇気が全くない。
「時間はかかりましたよ?」
「申し訳ありません、当主様」
「ユティはよくやってくれましたから気にしないでください。それにこのくらいの時期になるのも想定通りですから」
それに応えるのは、惚れ惚れするほど綺麗な声だった。ユティはユースティティア・アークゲート。そして彼女が当主と仰ぐのは、レティシア・アークゲートに他ならない。
大貴族にして戦争を終わらせた英雄のこの女が、注意深く情報を隠し、偽の情報すらいくつも仕込んだ俺達のような正体不明の集団をわざわざ追ったことは不思議に思う。でも、考えても仕方ない。
俺達は、もう終わりなのだから。
「正直、裏組織が何をしていてもどうでもいいんです。いえ、思うところはありますが、わざわざ今のタイミングで、こんな手間暇かけて潰そうとは思わないでしょう。
でも貴方たちは許されないことをした。直接ではなくかなり間接的にですが、理由としてはそれで十分です。えぇ、十分すぎるくらい」
その言葉に、俺達はやってはいけないことをしていたのだと気づいた。
アークゲート当主の逆鱗に触れたのは、きっと……。
「私達が……あなた用の対策機器を作ったから……」
同じ答えに行きついたボスも諦めたように呟く。けど。
「いえ、別にそのことについては影響を受けていませんし、気にもしません。
あぁ、死に行く前に教えておきますとあの機器は失敗でした。私の魔力を少しも抑制出来ませんでしたからね」
「なら……なぜ……」
「だから言っているではないですか、許されないことをしたと」
悲鳴も上げることなく、気配が一つ消える。今この瞬間にボスはこの世から消えた。
ボスだけじゃなくて俺の仲間も、もう俺以外残っていない。
「これは私の失敗の八つ当たりと、大切な人に手を出した愚か者に手を貸した報復ですよ。理由はたったそれだけです……さて、ユティ、終わりましたか?」
「はい、こちらの損失はありませんし、このアジトは全滅した模様です」
「上出来ですね」
かろうじて俺は見つかっていない。相手を尾行する魔法に長けていたのがこんなところで役に立つなんて思っていなかった。
でもさっきから震えは止まらなくて、涙も堪えられない。もし気づかれれば、俺も他の皆のように無残に殺される。殺されるに決まってる。
「しかし、大本は叩いても末端組織は多そうですね。こちらは任せてもいいですか?」
「はっ、全て殲滅します。少々時間はかかるかもしれませんが」
「構いませんよ。優先度も下げて構いません。大本を叩いた以上、何もできないでしょうし。
以前から依頼している覇気との反発やノヴァさんの事をまた最優先にしてください」
美しい姿をした怪物が、俺達の未来を話している。悪魔のように愉悦で話しているんじゃなくて、絶対者たる怪物として、取るに足らない小石を蹴飛ばすように、何の感情もなく。
「ただし末端組織の関係者は抹殺するように。もちろん全員、一人残らず」
「かしこまりました」
頼む……早くどこかに行ってくれ。早くこの場を去ってくれ。
頼むから、気づかないで――
「あぁ、そうそう……気づいていますよね?」
「はい、気配を消していますが、既に捕捉しています」
あぁ……気づかれた。
「殺――」
「うわああああああああぁぁぁぁぁ!!」
女の声を聞く前に、俺は狂ったように走り出した。目の前の恐怖から逃れるには、これしかなかった。手足を必死に動かして、アジトの出口に向かう。何も考えずに全力で、涙を流しながら駆け抜けた。
「……殺さないでください」
「……よろしいのですか?」
「構いません」
だから俺は、俺が去った後の彼女たちの会話を聞けなかった。彼女達が何を企んでいるのか、どうして自分だけを逃がしたのか、分かるはずもなかった。
「もう、印はつけましたから」
その決定的な一言だって、耳に入るはずがなかったんだ。
【報告書】
裏組織『影』(多くの名称があるために仮称で統一)の生き残りの一名、末端組織に逃げ込んだ後に当主様の魔法により死亡。
当該の末端組織は執行者システィ・アークゲートと実戦部隊により壊滅済。
そこから得られた情報を元に、他の末端組織に向けて執行者や部隊を展開中
報告者:システィ・アークゲート
※以下、報告書注意書き
・報告書確認後は、即座に破棄をお願いします
・連絡事項がある場合、報告者ではなく監督者のユースティティアまでお願いします
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