宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第118話 彼女はメイドの事を全て知っている

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「お、奥様! ようこそフォルス家へ! 我々使用人一同は、奥様を歓迎し、誠心誠意働く所存です!」

 真っ先に声を出したのは妙齢の大先輩。さっきまでは私相手だったから強く出ていたけど、流石にレティシア様相手に強くは出れないようで、慣れないおべっかを使っている。
 そんな彼女をレティシア様はほんの数秒……いえ、一瞬一瞥しただけで、全体を見渡しました。

「そうですか? 話を聞く限り、少なくとも貴女は解雇のようですが」

 レティシア様の言葉に、笑顔のまま固まる先輩メイド。しかし彼女は忌々しい様子で私を見た後に、作り物の笑顔を必死に浮かべてレティシア様に媚びる。

「そ、それはそこのメイドが私達の事を気に入らなくて言っているだけです!」

「…………」

「わ、私達はこの屋敷の事を細部まで詳しく知っています。屋敷の管理には、私達の力が必要なのは奥様もお分かりになるかと……そ、それをこのメイドは無視して私達全員を辞めさせようとしたんです!」

 いや、確かに言葉だけを取ったらそうだけど、全員辞めさせると困るのは分かっているし、全員が全員有罪じゃないから一旦保留にしようとしたんだけど。
 上手い具合にそれを利用されて、呆れて物も言えない。追い詰められているからか、この女の頭が必死に回っているように思えた。空回りだけど。

「なるほど」

「そうです! 逆にそこのメイドはあまり相応しくありません! 今すぐに辞め……せめて管理者ではなく、今まで通り旦那様の専属侍女にしておくべきです!」

 こいつ、私を辞めさせようとしたけどノヴァ様の専属侍女であることを思い出してギリギリで変えたな。
 ノヴァ様は敬われるべきだけど、こんな適当な感じで引き合いに出されるのは少し怒りを感じた。

 けど、それ以上に隠された場所で怒りの炎を燃やしているお方が居ることに、私は気づかされることになる。

「もういいです。うるさい声が響いて不快です」

「奥――」

「聞こえませんでしたか?」

「…………」

 絶対的な声とあふれ出る重圧で、メイドの先輩は顔を青くして黙り込んだ。俯いて、恐怖で震えているのが分かる。私もレティシア様の放つ重圧に、少しだけ緊張する。
 圧を向けられていない私でさえこうなのだから、先輩メイドは生きた心地がしないだろう。

 そんな恐怖の重圧を解除して、レティシア様は先輩メイドから視線を外す。

「ノエル」

 呼ばれた名前を聞いて、私は顔を上げる。レティシア様の呼んだメイドの名前は私も知らないものだ。

「アイリーン」

 レティシア様は頭を動かして、一人一人のメイドと目を合わせて名前を呼んでいました。そして呼ばれたメイドがそれぞれつい最近雇われたメイドであることを私は悟る。

「あなた達は継続してフォルス家で仕事に励んでください。もう行っていいです」

「「は、はいっ!」」

 二人メイドは慌てて返事をすると、他のメイド達を一瞥して部屋からそそくさと去っていく。思うところはあるかもしれないけど、レティシア様という絶対者が支配するこの場から逃げたいという気持ちの方が勝ったんだろう。

「リリー、アイラ……自分の仕事は自分でやるべきです。それを他のメイドに任せるのはたった数回とはいえ許されることではない……分かりますね?」

「……はい」

「ごめんなさい……」

 他のメイドというのがソニアちゃんだという事はすぐに分かった。レティシア様の言葉から分かるのは、この比較的メイドの歴の短い二人はソニアちゃんに仕事を押し付けたけど、そのことを後悔していたということか。

「ただ……その後は手を伸ばして助けようとしたことは素晴らしい事です。最初は流されましたが、最後は自分の意志を持った。願わくば貴女方がこれから先、ずっと意志を貫くことを」

「「はい」」

「行っていいですよ。これからもフォルス家をよろしくお願いします」

「「はいっ!」」

 声を大きく上げて、二人のメイド達は部屋を出て行く。その顔には、希望が見て取れた。
 レティシア様は息を吸って、次の名前を呼びます。

「ナタリア、セーラ、イリス……」

 多くの名前が呼ばれ、そのほとんどが私も知っているメイドの名だった。私がノヴァ様の専属になってからしばらくした後に雇われたメイド達。きっと……彼女達は。

「あなた達には他の貴族へ勤め先を紹介します。全員に厳しく接するように言ってありますので、
 そこでしっかりと自分を見つめ直しなさい」

『…………』

 十数名のメイド達の名前をお呼びになるレティシア様。彼女達全員がソニアちゃんやノヴァ様に対して酷い仕打ちをしたと言葉裏に告げています。
 レティシア様はここに居るメイドがどのようなことを今までしてきたのかを、詳細に『お知りになっている』。そう確信した。

 全てを知られている監督者に対して、メイド達が出来る事なんてある筈がない。彼女達が出来るのは決定した処分を受け入れるだけ。
 ただの一人も反発することなく全員が全員、俯いた。

「自室に戻りなさい。すでに他の貴族達と話はつけてあります。通達がすぐに行くでしょう」

『はい……』

 何人かは返事をして、そしてほとんどは何も言わずに部屋を出て行く。その数も雰囲気も、さっきまでの比ではなかった。それと同時に、私はこの屋敷で許されるべきメイドがたった四人しか居ない事も悲しく思った。

 腐っているとは思っていたけど、ここまでだなんて。

「さて、残りですね。名前を呼ぶ必要もないでしょう」

 そして残った十数人のメイドが腐りきっていることを、私は……いえ、私も知っている。

「あなた達は出て行きなさい。特に私から何かをするつもりはありません」

「お、お待ちください奥様!」

「なんですか? ミランダ・ロッドクロー?」

「っ!?」

 名前をフルネームで言われた大先輩、ミランダは目を見開いてわなわなと震える。自分の全てが知られていることを悟って、青ざめる。

「こ、この屋敷の管理は私達がーー」

「必要ありません。ノーザンプションの私の所有している多くの屋敷から、一時的な手伝いとして多くのメイドを招集しますし、将来的な人員はターニャさんがこれから確保してくれるでしょう。そうですよね?」

「え!? は、はい、もちろんでございます!!」

 突然声をかけられて驚いたものの、すぐに返事をした。
 レティシア様、急にこっちに振らないでください、心臓に悪いです。

「そ、そんな……」

「? まだ信じられませんか」

 ミランダ先輩の声を間違って解釈したのか、レティシア様は左手を動かします。すると部屋に急に金色の光を放つ楕円型のゲートが開きました。
 人知の及ばぬ力を目の前で行使されて、ミランダ先輩も絶句している。

 レティシア様はそんな彼女には目もくれることもなく、光の中へ。そしてすぐに出てきたかと思いきや、その後ろからずらずらとメイド服の女性が出てきます。
 その数、十数人。全員が全員洗練された動きをしているのがよく分かります。というか、レティシア様の屋敷のメイド服はこんな感じなんですね。こっちはこっちで可愛いかも……。

 自らが引きつれてきたメイド達を一瞥したレティシア様は頷いて、ミランダ先輩を見ます。

「はい、というわけで管理は問題ありません。引継ぎも必要ありませんよ、普段どんな仕事をしているのかも、既に共有が終わっていますので」

「…………」

「あ、私の屋敷の方は大丈夫です。魔法で効率化してあるので、普段からメイドの数を余らせていたくらいなんです。彼女達は昔から仕えてくれていますので。もしも南が気に入ったらこちらで引き続き働いてもらっても構いませんしね」

 レティシア様、きっとミランダ先輩はレティシア様がメイドを連れてくることを疑っていたとか、引継ぎは大丈夫かとか、レティシア様の屋敷の管理は大丈夫か、とか聞きたかったわけじゃないと思います。
 ただ目の前の出来事が信じられなくてショックで固まっていただけかと。

 ……ノヴァ様もたまにそういうところがありますが、レティシア様はノヴァ様以上に天然ですね。いや、そもそも地位や行使できる力の次元が違うから仕方ないのかもしれませんが。

『…………』

 ほら、ミランダ先輩を始めとして、全員が俯いて言葉を失っていますし。
 一方でレティシア様は黙った彼女達を見て、「ふむ」と呟きました。

「では、荷物を纏めて出て行ってください。あまり長くこの屋敷にいると追い出しますので、迅速に。
 あぁ、別にサリアの街を訪れるなとは言いませんが、この屋敷の敷地は二度と踏まないでくださいね」

 私も今残っているメイドの先輩たちには思うところがあるけど、レティシア様の彼女達に対する処分はかなり厳しいものだ。
 いや、レティシア様は彼女達の事を何とも思っていないからこそ、この処分なのかもしれないけど。

 処分を通達した、ミランダ先輩たちにとっての終わりの象徴であるレティシア様は、最後に姿勢を正します。

「あまり気持ちは込められませんが、最後の言葉をかけるのも私の責務かもしれませんね。
 皆さん、今までお疲れさまでした」

 なんて残酷なことを言うんだこの人は、と、少し身震いした。ミランダ先輩たちには思うところがあれど、今の一言はかなりきつかっただろうなと。
 いや、だからと言って彼女たちのやったことを私は絶対に許さないけど。

『…………』

 あぁ、全員放心状態。そりゃあそうなるよね、と思っていると、レティシア様は彼女達を無視して自らが連れてきたメイド達に指示を出しています。

「皆さん、ここでの作業はこちらのターニャさんの指示に従ってください」

 えぇ!? 指示って私に丸投げですか!?

「ターニャさんは私の夫であるノヴァさんの小さな頃からの専属侍女でもあります。色々学べるところが多いと思いますよ」

『よろしくお願いします! ターニャ先輩!』

 揃った動きでお辞儀をする十数人のメイドに気圧される。レティシア様に困ったように視線を向けてみれば、ニコニコとした笑顔で微笑んでいた。

「この屋敷を良くするのはターニャさんに任せます。もしも何かあれば、遠慮なく私に言ってくださいね」

「……はい」

 元々そうするつもりではあったけど、こうして期待をかけられると重いと感じてしまう私は悪くない筈だ。しかもそれがレティシア様のような凄い方の期待ならなおさら。
 十数人のメイドから表面的かもしれないけど慕われるのは嬉しいことだけど、これもこれで重いなぁ……。

 チラリとレティシア様を伺っても彼女は微笑むばかり。ひょっとして私の状況を楽しんでいますか?
 息を吐いて、窓の外に目を向けて、差し込む日の光を追って雲がかかった太陽を視界の隅に捉える。

 レティシア様は凄くて、尊敬すべき人で、ノヴァ様の次に仕えるべき方ではあります。
 ですがノヴァ様、やっぱり彼女が可憐で儚くて優しくて、というのはやっぱりノヴァ様に対してだけだと思います。

 そこにいるわけではないのに、太陽のようなノヴァ様の小さな頃の笑顔が映った。
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