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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第119話 あいさつ回りの順番
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フォルス家の当主に就任してから数日が経過した。ここ数日で当主の業務はある程度は覚えられたと思う。前に屋敷にいた時とは違って業務量は多いけど、少しずつ慣れ始めた感じだ。
「旦那様、こちらの書類も……」
「うん」
ターニャから書類を受けとる。彼女もまた継続して俺を支え続けてくれる一人だ。彼女の他にジルさんにラプラスさん、そしてローエンさんも補助してくれている。手厚い支援のお陰で、なんとか上手く回していけている。
書類に目を通していると、部屋にノックの音が響く。声をかければ、「失礼します」と言ってラプラスさんが部屋に入ってきた。両手には紙を持っているけど、薄いので数は多くなさそうだ。どうやら彼女に頼んでいたものをちょうど持ってきてくれたらしい。
「旦那様、こちら南側の貴族の一覧です。親睦会に参加していた貴族に関しては上の方にまとめています」
「ありがとうラプラスさん、助かるよ」
優秀な仕事っぷりのラプラスさんにお礼を言えば、彼女は穏やかな顔で頭を下げてその場に待機してくれた。
一旦目を通していた書類を脇に置いて、ラプラスさんから受け取った貴族の一覧を見る。いつものように、ターニャが覗き込んできた。
「南側の貴族様への挨拶回りですか?」
「うん、発表式で挨拶はしたけど、個人個人とは深い話はしていないから、挨拶がてらちょっと仲良くなっておこうかなと」
フォルス家は南側の大貴族にして、大きな影響力を持つ。だからこそ、他の南側の貴族ともある程度仲良くしておく必要があるわけで。本来ならフォルスの屋敷に向こうから足を運んでもらうのが正しいんだろうけど、今回は俺の方から事前に連絡をして、貴族達の屋敷に足を運ぶことにした。
理由はいくつかある。まず俺が今のところどの貴族とも交流がないから、これまでにないやり方で向こうの出方を見たいとか、領地に足を運んでその様子を見たいとか。けど一番大きな理由は、ゲートの機器の事前準備をしておきたい、という点だ。
ナタさんに作ってもらったゲートの機器は、一度行ったことのある場所に一瞬で足を運べる。将来的に懇意になる貴族は必ずできると思うけど、その時に来てもらうよりも俺がゲートの機器で行った方が遥かに早いからだ。
それに各領地にゲートが繋げるようになっておくのは、いつか非常事態が起きた時とかに使えるかもしれない。そんな事態が起きなければいいとは思うけど、準備をしておくのは良いだろう。といっても、これはシアと一緒にいるうちに彼女の癖が移ったみたいな感じではあるんだけど。
そんなわけで、なるべく早く行っておいた方が良いと思い、ラプラスさんに事前に一覧の作成を頼んでいた。これを機に、うっすらとしか記憶していない他の貴族の顔や名前、特徴なんかを鮮明にしていこうと思う。
「えっと……」
紙をめくって、俺は手を止める。最初に出てきたのはワイルダー家の当主だった。
「……そうだよね、セシリアさんの家にも訪問しなきゃなぁ」
今回ゼロードの一件で一番被害を受けたのはセシリアさんだ。彼女は聞いた話では普通に振舞っているらしいけど、それでもちょっと心配だった。政略結婚だったとはいえ、婚約者があんな事件を起こしたんだ。きっと傷ついているだろう。
「ターニャ、ワイルダー家に手紙を送って日程を調整してくれる? 早めに会っておきたい」
「はい、かしこまりました」
俺に出来ることがそんなに多いとは思えないけど、話をすることくらいはできる筈だ。放置したままなんて嫌だったし、それこそナタさんに怒られてしまうだろう。
脳裏に研究所にいるナタさんの無表情な顔を思い浮かべながら、手元の紙をめくっていく。貴族の名前だけじゃなくて、領地の位置や、その領地での有名なもの、あとは人によっては好きなことや趣味、あまり仲良くない相手なんかも書かれていた。
「これ、凄いですね。ラプラスさんが?」
「いえ、元々フォルス家に残っていたものがほとんどです。私はそれに少しだけ手を加えただけにすぎません」
視線を向けてみると、ラプラスさんは穏やかな顔で微笑んでいるだけ。その笑顔、どっかで見たことあると思ったら、シアだ。「大したことありませんよ」と言いつつ、大したことしてる時の。
シア特有かと思ったけど、アークゲート家特有だったりするのかな。
苦笑いしそうになる口元を表情筋で抑え込んで、再び紙に視線を落とす。貴族の特徴や名前は書いてあるけど、当然だけどその場にいるわけじゃないから会場での姿とは一致しない。
絵があれば良かったんだけど、流石にそこまでは高望みし過ぎかな。時間もかかるだろうし。
ふとそこで、発表式の挨拶の時にシアのすぐ後に拍手をしてくれたであろう貴族について思い至った。黒髪の、俺と同じくらいの年齢の貴族。隣に立っていたのは顔が似た白髪交じりの男性だったので、きっと黒髪の彼は次期当主という事なんだろう。
「ラプラスさん、南側の貴族で、俺と同じくらいの年齢で、黒髪の男の人って誰だか分かります?
多分次期当主だと思うんですけど……」
聞いてから、北側出身のラプラスさんではなくてジルさんやローエンさんに聞くべきだろ、と思った。
「旦那様と同じくらいの年齢で黒髪ですか」
けど、ラプラスさんは俺の言葉を反芻して考え込む。
すぐに「あぁ」と声を出したので、思い当たったようだ。
え? 分かるの? 分からないだろうからジルさんかローエンさんを呼ぼうと思っていたのに。
一緒に仕事をしたのはついこの間からだけど、短い期間でも彼女が優秀なのはよく分かっていた。流石はアークゲート家先代当主の補佐をしていただけはあるなぁ。
「おそらくサイモン家のアラン様ではないでしょうか?」
サイモン家、アランさん。その言葉を頭の中で繰り返して手元の紙をめくる。何枚かめくったところで、「ルートヴィヒ・サイモン」の名前を見つけて、もう一枚めくると「アラン・サイモン」の名前も出てきた。
アラン・サイモン。彼が親睦会でも発表式でも俺をじっと見ていた人の名前。何故か彼から注目を受けていることは気づいていた。でも嫌な感じは全くなくて、どちらかというと好意的な視線だったと思う。だから俺も彼についてちょっと気になっているんだけど。
「サイモン家って、どんな家なんですか?」
「……ちょっとローエンさんを呼んできますね」
「え? あぁ、ありがとうございます」
なんとなく答えてくれるかと思ってラプラスさんに尋ねてみれば、彼女はほんの一瞬だけ眉を動かした。かと思えば素早く踵を返して部屋を退出していく。
確かに北側出身のラプラスさんに聞くよりもローエンさんに聞いた方が良いか、と改めて思った。
最初からローエンさんに聞けよ俺、という感じでもあるけど。
少し待てば、ローエンさんを引き連れたラプラスさんが戻ってくる。二人は小走りに移動したのか、ちょっと息が上がっていた。別に急いでいるわけじゃないんだけどなぁ。
「ターニャ、二人に何か飲むものを」
「いえ、大丈夫です」
「そ、そう?」
間髪を入れずにラプラスさんが返すので、視線で「じゃあいいや」とターニャと意思疎通を取った。
「来る途中に話は簡単に聞きました。サイモン家について、ですね?」
「うん、教えて欲しいんです」
前に出てきたローエンさんに聞けば、欲しかった答えをくれる。
「サイモン家は先代のトラヴィス様の時はあまりフォルス家と交流のない家でした。どちらかと言うと中央の貴族達との関わりを意識していたように思えます」
「南側の貴族なのに?」
「蝙蝠とでも言えばよいのでしょうか。あまり声を大きくは言えませんが、サイモン家は中央に取り入って立場を向上させようとしていました。ただ、上手くはいかなかったようで……」
「失敗したんですね」
「はい……そして中央との交渉で期間を空けていたためにその後も南側で他家との関係回復が出来ずに、やや凋落。それまで大きな実績もなかったので仕方ない事ではあるのですが……」
別の相手に取り入ろうとしたのが失敗して、その間に他の人は他の人で団結していた、みたいな感じかな。
「えっと、それが今の当主のルートヴィヒさん?」
「はい、そうです」
「なるほど……アランさんについては何か知ってます?」
「彼はルートヴィヒ様の息子で、サイモン家の次期当主です。あくまでも噂ですが、かなり優秀だとか。他ならぬルートヴィヒ様が仰っていたそうなので、真実かどうかまでは分かりませんが」
「そうなんだ」
次期当主だと、あまり分かることは多くないか。と思っていると、意外なところから声が上がる。
「あの……アラン様については少し話を聞きまして」
「ターニャ?」
声を上げたのは、ターニャだった。
「旦那様が当主になるという事で、他の貴族についても最近調べていまして、そこで同じようにアラン様が気になったんです。メイド仲間に聞いてみたところ、サイモン家に雇われているメイドの友人がいるそうで……」
「そうなんだ。彼女はアランさんについて、なんて?」
働いているメイドからの情報ならかなり貴重なものだと思う。そう思って聞いてみると、ターニャは言いずらそうに口を開いた。
「笑わない人だそうです」
「え?」
「かなり淡白な方で、長年勤めているそのメイドの友人の方も笑顔を浮かべているのは見たことがないとか。あぁ、もちろん場によっては浮かべることもあるそうですが、明らかに作り笑いだと分かるみたいで……」
「……カイラスの兄上みたいな?」
話を聞いて真っ先に思いついたのは、今はもう、一人しか居ない兄上だった。カイラスの兄上も基本的には無表情で、あまり感情が読めない人だ。笑っているところは見たことがない。
シアのゲートに対して悔しそうにしてたり、驚いた表情は見たことあるけど、それらも珍しいと思ったくらいだ
「どう……なんでしょう? 私はアラン様を見たことがないので……」
「いや、そりゃそうだよね、ごめん」
「いえ……」
メイドの友人の話をしているだけだから、ターニャが分かるはずもない。
そう思って、俺は紙に視線を落とす。ふとあることに気づいて、ラプラスさんを見た。
「ラプラスさん、これ並び順って……」
「はい、僭越ながらあいさつ回りを考えたときに、優先度が高いであろう貴族様の順に並べています。ただあくまでも私の主観ですので、旦那様の好きなようにして構わないかと」
家の補佐の人が凄い。いや、アークゲートの補佐の人が凄い。
「失礼、旦那様、その紙少し拝見してもよろしいでしょうか?」
「うん」
ローエンさんに紙を渡すと、彼は素早い動きで紙をめくっていく。洗練された動きで、ただ紙をめくっているだけなのにちょっと見惚れてしまったくらいだ。
「ありがとうございます……素晴らしい並び順でした。私もこの順番で概ね問題ないかと思います。無論旦那様の好きにして構わないと思いますが。
ラプラス殿は本当に素晴らしい仕事をなされる」
「い、いえ……それほどでも……」
正直な気持ちを告げるローエンさんと、その言葉に照れるラプラスさん。ローエンさんから紙を受け取った俺はそんな二人のやり取りを視界の隅に入れながらも、決めたことがあった。
「よし……ターニャ、サイモン家にも併せて手紙を出してほしい。せっかくのラプラスさんに作ってもらった順番だけど、サイモン家だけには先に挨拶に行きたいかな。
その後はラプラスさんの順番通りに、ね」
順番を考えてくれたラプラスさんには少し悪いけど、どうしてもアランさんの事が気になった。
彼と話をしてみたい。その気持ちが俺の中で少しずつ大きくなっていく。
「はい、こちらもお任せください」
「いえ、私の事はお気になさらないでください。提示した順番を参考にしていただけるだけでありがたく思います」
「ふむ……それでは私はもう少しサイモン家について調べてみます。今現在の情報はあまり仕入れていませんから」
俺の言葉に、ターニャ、ラプラスさん、ローエンさんの三人が各々返事をする。
こうして貴族達へのあいさつ回りの予定が、大まかにだけど決まった。
「旦那様、こちらの書類も……」
「うん」
ターニャから書類を受けとる。彼女もまた継続して俺を支え続けてくれる一人だ。彼女の他にジルさんにラプラスさん、そしてローエンさんも補助してくれている。手厚い支援のお陰で、なんとか上手く回していけている。
書類に目を通していると、部屋にノックの音が響く。声をかければ、「失礼します」と言ってラプラスさんが部屋に入ってきた。両手には紙を持っているけど、薄いので数は多くなさそうだ。どうやら彼女に頼んでいたものをちょうど持ってきてくれたらしい。
「旦那様、こちら南側の貴族の一覧です。親睦会に参加していた貴族に関しては上の方にまとめています」
「ありがとうラプラスさん、助かるよ」
優秀な仕事っぷりのラプラスさんにお礼を言えば、彼女は穏やかな顔で頭を下げてその場に待機してくれた。
一旦目を通していた書類を脇に置いて、ラプラスさんから受け取った貴族の一覧を見る。いつものように、ターニャが覗き込んできた。
「南側の貴族様への挨拶回りですか?」
「うん、発表式で挨拶はしたけど、個人個人とは深い話はしていないから、挨拶がてらちょっと仲良くなっておこうかなと」
フォルス家は南側の大貴族にして、大きな影響力を持つ。だからこそ、他の南側の貴族ともある程度仲良くしておく必要があるわけで。本来ならフォルスの屋敷に向こうから足を運んでもらうのが正しいんだろうけど、今回は俺の方から事前に連絡をして、貴族達の屋敷に足を運ぶことにした。
理由はいくつかある。まず俺が今のところどの貴族とも交流がないから、これまでにないやり方で向こうの出方を見たいとか、領地に足を運んでその様子を見たいとか。けど一番大きな理由は、ゲートの機器の事前準備をしておきたい、という点だ。
ナタさんに作ってもらったゲートの機器は、一度行ったことのある場所に一瞬で足を運べる。将来的に懇意になる貴族は必ずできると思うけど、その時に来てもらうよりも俺がゲートの機器で行った方が遥かに早いからだ。
それに各領地にゲートが繋げるようになっておくのは、いつか非常事態が起きた時とかに使えるかもしれない。そんな事態が起きなければいいとは思うけど、準備をしておくのは良いだろう。といっても、これはシアと一緒にいるうちに彼女の癖が移ったみたいな感じではあるんだけど。
そんなわけで、なるべく早く行っておいた方が良いと思い、ラプラスさんに事前に一覧の作成を頼んでいた。これを機に、うっすらとしか記憶していない他の貴族の顔や名前、特徴なんかを鮮明にしていこうと思う。
「えっと……」
紙をめくって、俺は手を止める。最初に出てきたのはワイルダー家の当主だった。
「……そうだよね、セシリアさんの家にも訪問しなきゃなぁ」
今回ゼロードの一件で一番被害を受けたのはセシリアさんだ。彼女は聞いた話では普通に振舞っているらしいけど、それでもちょっと心配だった。政略結婚だったとはいえ、婚約者があんな事件を起こしたんだ。きっと傷ついているだろう。
「ターニャ、ワイルダー家に手紙を送って日程を調整してくれる? 早めに会っておきたい」
「はい、かしこまりました」
俺に出来ることがそんなに多いとは思えないけど、話をすることくらいはできる筈だ。放置したままなんて嫌だったし、それこそナタさんに怒られてしまうだろう。
脳裏に研究所にいるナタさんの無表情な顔を思い浮かべながら、手元の紙をめくっていく。貴族の名前だけじゃなくて、領地の位置や、その領地での有名なもの、あとは人によっては好きなことや趣味、あまり仲良くない相手なんかも書かれていた。
「これ、凄いですね。ラプラスさんが?」
「いえ、元々フォルス家に残っていたものがほとんどです。私はそれに少しだけ手を加えただけにすぎません」
視線を向けてみると、ラプラスさんは穏やかな顔で微笑んでいるだけ。その笑顔、どっかで見たことあると思ったら、シアだ。「大したことありませんよ」と言いつつ、大したことしてる時の。
シア特有かと思ったけど、アークゲート家特有だったりするのかな。
苦笑いしそうになる口元を表情筋で抑え込んで、再び紙に視線を落とす。貴族の特徴や名前は書いてあるけど、当然だけどその場にいるわけじゃないから会場での姿とは一致しない。
絵があれば良かったんだけど、流石にそこまでは高望みし過ぎかな。時間もかかるだろうし。
ふとそこで、発表式の挨拶の時にシアのすぐ後に拍手をしてくれたであろう貴族について思い至った。黒髪の、俺と同じくらいの年齢の貴族。隣に立っていたのは顔が似た白髪交じりの男性だったので、きっと黒髪の彼は次期当主という事なんだろう。
「ラプラスさん、南側の貴族で、俺と同じくらいの年齢で、黒髪の男の人って誰だか分かります?
多分次期当主だと思うんですけど……」
聞いてから、北側出身のラプラスさんではなくてジルさんやローエンさんに聞くべきだろ、と思った。
「旦那様と同じくらいの年齢で黒髪ですか」
けど、ラプラスさんは俺の言葉を反芻して考え込む。
すぐに「あぁ」と声を出したので、思い当たったようだ。
え? 分かるの? 分からないだろうからジルさんかローエンさんを呼ぼうと思っていたのに。
一緒に仕事をしたのはついこの間からだけど、短い期間でも彼女が優秀なのはよく分かっていた。流石はアークゲート家先代当主の補佐をしていただけはあるなぁ。
「おそらくサイモン家のアラン様ではないでしょうか?」
サイモン家、アランさん。その言葉を頭の中で繰り返して手元の紙をめくる。何枚かめくったところで、「ルートヴィヒ・サイモン」の名前を見つけて、もう一枚めくると「アラン・サイモン」の名前も出てきた。
アラン・サイモン。彼が親睦会でも発表式でも俺をじっと見ていた人の名前。何故か彼から注目を受けていることは気づいていた。でも嫌な感じは全くなくて、どちらかというと好意的な視線だったと思う。だから俺も彼についてちょっと気になっているんだけど。
「サイモン家って、どんな家なんですか?」
「……ちょっとローエンさんを呼んできますね」
「え? あぁ、ありがとうございます」
なんとなく答えてくれるかと思ってラプラスさんに尋ねてみれば、彼女はほんの一瞬だけ眉を動かした。かと思えば素早く踵を返して部屋を退出していく。
確かに北側出身のラプラスさんに聞くよりもローエンさんに聞いた方が良いか、と改めて思った。
最初からローエンさんに聞けよ俺、という感じでもあるけど。
少し待てば、ローエンさんを引き連れたラプラスさんが戻ってくる。二人は小走りに移動したのか、ちょっと息が上がっていた。別に急いでいるわけじゃないんだけどなぁ。
「ターニャ、二人に何か飲むものを」
「いえ、大丈夫です」
「そ、そう?」
間髪を入れずにラプラスさんが返すので、視線で「じゃあいいや」とターニャと意思疎通を取った。
「来る途中に話は簡単に聞きました。サイモン家について、ですね?」
「うん、教えて欲しいんです」
前に出てきたローエンさんに聞けば、欲しかった答えをくれる。
「サイモン家は先代のトラヴィス様の時はあまりフォルス家と交流のない家でした。どちらかと言うと中央の貴族達との関わりを意識していたように思えます」
「南側の貴族なのに?」
「蝙蝠とでも言えばよいのでしょうか。あまり声を大きくは言えませんが、サイモン家は中央に取り入って立場を向上させようとしていました。ただ、上手くはいかなかったようで……」
「失敗したんですね」
「はい……そして中央との交渉で期間を空けていたためにその後も南側で他家との関係回復が出来ずに、やや凋落。それまで大きな実績もなかったので仕方ない事ではあるのですが……」
別の相手に取り入ろうとしたのが失敗して、その間に他の人は他の人で団結していた、みたいな感じかな。
「えっと、それが今の当主のルートヴィヒさん?」
「はい、そうです」
「なるほど……アランさんについては何か知ってます?」
「彼はルートヴィヒ様の息子で、サイモン家の次期当主です。あくまでも噂ですが、かなり優秀だとか。他ならぬルートヴィヒ様が仰っていたそうなので、真実かどうかまでは分かりませんが」
「そうなんだ」
次期当主だと、あまり分かることは多くないか。と思っていると、意外なところから声が上がる。
「あの……アラン様については少し話を聞きまして」
「ターニャ?」
声を上げたのは、ターニャだった。
「旦那様が当主になるという事で、他の貴族についても最近調べていまして、そこで同じようにアラン様が気になったんです。メイド仲間に聞いてみたところ、サイモン家に雇われているメイドの友人がいるそうで……」
「そうなんだ。彼女はアランさんについて、なんて?」
働いているメイドからの情報ならかなり貴重なものだと思う。そう思って聞いてみると、ターニャは言いずらそうに口を開いた。
「笑わない人だそうです」
「え?」
「かなり淡白な方で、長年勤めているそのメイドの友人の方も笑顔を浮かべているのは見たことがないとか。あぁ、もちろん場によっては浮かべることもあるそうですが、明らかに作り笑いだと分かるみたいで……」
「……カイラスの兄上みたいな?」
話を聞いて真っ先に思いついたのは、今はもう、一人しか居ない兄上だった。カイラスの兄上も基本的には無表情で、あまり感情が読めない人だ。笑っているところは見たことがない。
シアのゲートに対して悔しそうにしてたり、驚いた表情は見たことあるけど、それらも珍しいと思ったくらいだ
「どう……なんでしょう? 私はアラン様を見たことがないので……」
「いや、そりゃそうだよね、ごめん」
「いえ……」
メイドの友人の話をしているだけだから、ターニャが分かるはずもない。
そう思って、俺は紙に視線を落とす。ふとあることに気づいて、ラプラスさんを見た。
「ラプラスさん、これ並び順って……」
「はい、僭越ながらあいさつ回りを考えたときに、優先度が高いであろう貴族様の順に並べています。ただあくまでも私の主観ですので、旦那様の好きなようにして構わないかと」
家の補佐の人が凄い。いや、アークゲートの補佐の人が凄い。
「失礼、旦那様、その紙少し拝見してもよろしいでしょうか?」
「うん」
ローエンさんに紙を渡すと、彼は素早い動きで紙をめくっていく。洗練された動きで、ただ紙をめくっているだけなのにちょっと見惚れてしまったくらいだ。
「ありがとうございます……素晴らしい並び順でした。私もこの順番で概ね問題ないかと思います。無論旦那様の好きにして構わないと思いますが。
ラプラス殿は本当に素晴らしい仕事をなされる」
「い、いえ……それほどでも……」
正直な気持ちを告げるローエンさんと、その言葉に照れるラプラスさん。ローエンさんから紙を受け取った俺はそんな二人のやり取りを視界の隅に入れながらも、決めたことがあった。
「よし……ターニャ、サイモン家にも併せて手紙を出してほしい。せっかくのラプラスさんに作ってもらった順番だけど、サイモン家だけには先に挨拶に行きたいかな。
その後はラプラスさんの順番通りに、ね」
順番を考えてくれたラプラスさんには少し悪いけど、どうしてもアランさんの事が気になった。
彼と話をしてみたい。その気持ちが俺の中で少しずつ大きくなっていく。
「はい、こちらもお任せください」
「いえ、私の事はお気になさらないでください。提示した順番を参考にしていただけるだけでありがたく思います」
「ふむ……それでは私はもう少しサイモン家について調べてみます。今現在の情報はあまり仕入れていませんから」
俺の言葉に、ターニャ、ラプラスさん、ローエンさんの三人が各々返事をする。
こうして貴族達へのあいさつ回りの予定が、大まかにだけど決まった。
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