宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第225話 ユティVSティアラ

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「それで? たった一人でお前は私を止めると?」

 小馬鹿にするように鼻で笑うティアラを黙ったまま睨みつけます。カイラス・フォルスの急な味方への寝返りにより、状況は少し変わりました。とはいえ彼とライラックを見えないところで戦わせるわけにはいかない。

 二人が共謀している可能性も無いとは言い切れない。そのためにシスティをカイラスの元に行かせる必要がありましたが、結果としてティアラを止めるのは私の役目になってしまいました。

「お前一人では荷が重いと思うがな」

 余裕そうな表情で好戦的に笑うティアラに、私は両手の拳を強く握りしめます。

 ティアラ・アークゲート。今でこそ当主様により閑職のような立場に追い込まれていますが、彼女はお母様時代における猛者。お母様を除けばこのアークゲート家で最も強い武人でした。それは今も変わらない筈で、そんな彼女に対して私が勝利を収められる可能性は確かに低い。

 けれど、可能性が無いわけではない。

 右手のひらをティアラに向け、構えると同時、ティアラは鼻で笑って手を伸ばしました。魔法が発動し、何もない空間から剣が出現します。お母様の持つ剣と同じ鍛冶師によって作られた姉妹剣。それを強く握り、勢いよく振るいました。

 たったそれだけで風圧が私の体を突き抜けます。アークゲートは確かに魔法の一族、剣を使うものもいますが、それはあくまでも魔法の使用の幅を広げる程度の者がほとんどです。しかし私の知る限りたった三人だけ、剣の名家であるフォルス家に迫る程の実力を持った人物が居ます。

 一人は故人にして私の姉でもあるメリッサ・アークゲート。もう一人は同じく故人にして私の母であるエリザベート・アークゲート。まあ、こちらはもはやフォルス家の剣の腕すら越えていると言われていましたが。

 そして最後が目の前に居るティアラ・アークゲートです。つまり今私が対峙している相手は、現在のアークゲート家に唯一残った剣と魔法両方の使い手。

「こうして戦うのは実に久しぶりか。お前はいつもノクターンにばかり近づいていたから……なっ!」

 地面を蹴り、ティアラが私の方に超速で接近。よどみない動きで剣を振り上げられるのを見て、咄嗟に防御魔法を展開しました。ティアラの攻撃は速く、鋭かったものの警戒していたために防御魔法は間に合い、金属音が響き渡ります。しかし防御魔法から伝わる感覚に、すぐに劣勢を感じました。

 伝わってくる力は剣のみならず、剣に対して施された強化魔法や、刀身が纏っている火と雷の魔法。それらが私の防御魔法を真正面から打ち砕こうとしているのに気づき、咄嗟に防御魔法を動かして軌道を反らしました。

「なんて……力っ……」

 満足に文句を言う暇すら与えられず、私には火と雷の刃が踊り狂うように襲い掛かります。それらを見て避け、防ぎ、弾くので精いっぱい。どうしても攻勢には転じられません。圧倒的な力の前にただ圧されるだけ。システィと二人掛かりならと思いましたが、これは二人掛かりでも厳しいと感じる相手でしょう。

「…………」

 ですが襲い掛かる刃から必死に身を守りつつも、それらをじっくりと観察することは出来ました。否、それだけに力を割いたからこそ回避か防御しか選択が取れなかった。ティアラの用いる魔法の性質を、その奥にあるアークゲートの魔力を読み取るために。

「……っ!」

「……ほう?」

 初めて私の防御魔法が正面からティアラの剣を止めます。これまでは弾くので精いっぱいだったものの、今は防御魔法が破られる気配はありません。ティアラの魔法に合わせて防御魔法を改良したからこそ取れた一手。弾くしか出来ない事と防ぎきれるのでは、同じ防御でも価値が全く違います。相手が次の一撃を繰り出すまでの僅かな時間が稼げれば、それはこちらの攻撃の時間にもなるからです。

 右手で防御魔法を展開したまま左手を素早く動かし、魔法を発動。無数の氷の刃をティアラの位置目がけて、彼女を突き刺そうと飛来させます。

 飛来した氷の刃をティアラは体をねじりつつ剣で撃ち落しながら対応。そしてその後に間髪を入れずに降り下ろしをしてきますが、それももちろん見えています。受けた後に反撃をしようと冷静に防御魔法を展開。

「うっ!?」

 上から降り注ぐ強い衝撃に思わず声が漏れました。予想よりも強い威力に、防御魔法が悲鳴を上げます。確かに見た筈なのに、どうして?

「お前の攻撃、使わせてもらった。ちょうどいいところに氷の刃が来ていたからな。それに刀身ごと押してもらったよ」

「そんっ……」

「そら、がら空きだぞ」

「っ!?」

 自分に迫る物を見て防御魔法を展開しようと思うものの、間に合わずに衝撃が体を突き抜けました。吹き飛ばされてようやく自分が腹部を強く蹴りつけられたことを悟ります。剣ばかりに意識を集中させていたから、気づくのが遅れてしまった。そう心の中で歯噛みしながら、地面を転がります。

 背中に衝撃を受け、それでも体勢を崩すわけにはいかないと思い這いつくばるような形で体の回転を無理やり止めて正面を見たとき。

「飲まれろ」

 眩いほどの火と雷の奔流が、もうすぐそこまで迫っていました。

「っ!!」

 流石に不味いと思い、両手を突き出して最大硬度の防御魔法を展開します。いくらティアラの魔法を解析したとはいえそれは一部にすぎません。こんな大技、対応できる筈がない。
 直後、圧倒的ともいえる力の奔流が私の防御魔法に激突。轟音を轟かせながら、左右へと流れていく火と雷に体を揺らされます。

 防御魔法がミシミシと軋む音を立て、体にも痛みが走り、流石にまずいと感じました。あまりにも威力が強すぎる。防ぎきれる魔法ではない。そう感じたとき。

「!!」

 咄嗟に防御魔法を展開するのを辞めて、その場から横に跳びました。かなり不格好になったことに加えて防御魔法を止めたので火と雷に体を焼かれます。最低限の防御を体に纏うようにしていたものの、ティアラの圧倒的な力の前には損害を僅かに和らげることしか出来ません。

 ですがそうしなければ、戦闘の継続は不可能だった。

 横に跳ぶと同時に力の奔流の中から飛び出した刃が私の二の腕を抉りました。もしもその場で防御魔法を展開していたとしたら、頭を剣で貫かれて即死だったでしょう。あれだけの大技を放っておきながら自由に動くことが出来て、さらにはそれを隠れ蓑にして奇襲を行う程の戦術構築に、私とティアラの圧倒的な差を感じました。

「まだっ!」

 私とティアラの距離は近く、私が地面に両手両足をついているのに対してティアラは両足で立っている。このままでは一気に戦闘不能まで持っていかれるけれど、それはさせない。地面に着いた手に力を込めて、魔法を発動。地中から飛び出した光の鎖がティアラの体に巻き付き、動きを止めます。

「なっ!?」

 もう勝敗がほぼほぼ決したと思っていたであろうティアラは驚きの声を上げ、動きを封じられました。私は咄嗟に後ろに飛び退きながら意識を集中。体が痛みに悲鳴を上げましたが、無視。

「いけ……るっ」

 実戦で成功したことはない。練習でも何度か出来ただけ。けれど私はそれが今なら出来ると、いえ、出来なければならないと自分を叱責します。

 少し離れた位置に着地し、右手をティアラに向けて魔法を発動。媒体は、この空間に満ち溢れているアークゲート家の魔力。私の魔力の残滓はそのまま、そしてティアラの魔力に関しては効率は下がりますが変換して吸収。

 大丈夫、出来る。出来る筈です。私は魔力量では当主様にもオーラにも敵わないけれど、それでも二人と同じくらい、いえそれよりも長く魔力に触れてきました。だから魔力の操作という観点では二人にも負けないと自負しています。だから、この空間にある魔力を変換して必殺の一撃にすることが、きっとできる。

『いいですかユティ、これは私の秘技です。当主様も他のアークゲートの者も知らない、私が開発した秘技。それを今からお見せします』

 思い出す、あの時の先生の御業を。あの時感じた魔力を。それを頭の中で何度も何度も再現し、そして。

「いけっ!」

 目を見開き、いままで出したこともないような大きな声で叫んだ。体温が急激に上昇し、熱を帯びた右手から真っ白な魔力の奔流が射出される。先ほどのティアラのものとは違う純粋な魔力のみで構成された砲撃。その一撃は、間違いなく私が出来る攻撃の中でもっとも強力。

 これはもはや、魔法ではなく魔砲。

「!?」

 驚き、目を見開くティアラ。そしてすぐにその体は真っ白な光にかき消される。眩いほどの光が、ティアラという存在をかき消していく。私が使用した光の鎖すらかき消し、無へと帰っていく。そして地面を削る程強大な砲撃は少しづつ小さくなり、後には舞上げた土煙だけが残った。

「はぁ……はぁ……くっ……」

 肩で、いえ、もはや体全体で息をします。空気を体が求めている。少しだけ油断すれば、足に力が入らなくなって地面に膝をつきました。ギリギリ両腕で自分の体を支えるものの、それだけで激痛が走ります。痛い、辛い、苦しい。一度だけ見せてくれた先生も同じように疲労していましたが、ここまでではなかった筈。それはきっと、無理やり時短して魔砲を発動したからでしょう。

 ですが、流石は先生の開発した魔砲。威力は私がこれまで見た魔法の中でもずば抜けていました。代償としてもう戦えないのが難点ではあるのです――

「見事だ」

 声が、耳に届く。
 まさかと思い顔を上げてみれば、土煙の中に赤い光が見えます。目を凝らせば、紫の電流が地面を這っているのが視界に入ります。

「とてつもない一撃だった。それこそ姉上のものに迫る程の」

 土煙が風で消えて、その中からティアラが姿を現しました。深紅の光のコートのようなものを宙に浮かせ、身を守るように、その表面には紫の雷が絶え間なく流れています。ティアラ自身も体に怪我は見受けられるし、消耗しているように見える。けれどまだ、戦闘不能からは遠い。

「どう……してっ……」

「これか? 姉上と共に開発した防御魔法だ。知っての通りお前の母君、つまり私の姉上は魔法の天才だ。それを支えるものとして姉上と魔法の研鑽に時間を費やした。これはその際に生み出した最高傑作。姉上の魔法ですらある程度は防げる魔法。あの姉上の魔法を一部とはいえ防げるのだぞ? これがどれだけ凄い事か、分からぬ筈はあるまい」

 興奮した様子で、恍惚とした表情で話すティアラ。その様子に私はもう終わったことを理解してしまいました。

「それにしてもさっきの一撃はノクターンのものか? あいつも流石は姉上の妹だ。とんでもないものを開発する。……とはいえ、やはり姉上には及ぶはずもない、か」

 先生が考えてくれた最大の一撃すらティアラには通用しませんでした。

「……くっ」

 戦う前から予測はしていたことです。私は主に当主様の補佐が主な業務で、戦闘を行うことは少ない。執行者として仕事をする時も、それは暗殺のようなものが大半。

 一方で、ティアラはお母様時代の猛者、つまりは表に堂々と立って敵を薙ぎ払う戦士です。裏で小さな攻撃しか出来ない私と、表立って大きな力を行使するティアラとの差があるのは必然だとそう考えていましたが、やはり及ばない。

「実に見事だ。この魔法が無ければ……いや使用してもなお私に損害を与えたのだから、誇っていい。補佐の道に逃げた者の全力としては十分すぎる」

 ティアラが剣をゆっくりと天に向けます。

「だからこそ」

 目を開き、私をまっすぐに見て。

「私も全力で返そう」

 剣から火と雷の奔流が伸び、空の雲を割きました。剣の刀身が伸びる……いえ、まるで柱のようにそびえる強大な力。これこそがティアラの全力の一撃だと、言われるまでもなく分かりました。

 圧倒的な力を前に私は動くことが出来ません。先ほどの魔砲の影響で体の中の魔力も尽きています。なにより防御魔法を展開するだけの力が残っていない。腕を持ち上げることも出来ない。それでも。

「さらばだ、ユースティティア・アークゲート」

「ま……だっ……」

 動け、動けと命令を下す。腕に何度も何度も命令を下す。その結果腕が仮に動いたとして何が出来るのかは分かりません。けれどそれでも、諦めるつもりにはなれませんでした。もしも私がここで死ねば、次はあの子。それだけは絶対にさせられない。

 だから、動いて。動いてよ。

 何度も何度も願う。火と雷の柱が私に倒れる寸前まで願い続ける。決して視線を外すことなく、目の前の力を脅威と思う事すらせず、ただ願い続けて。

 それでも、やっぱり両腕は持ち上がらなくて。

「…………」

 柱が、止まりました。
 目の前に展開する複雑な魔法陣。私の両腕は持ちあがっていません。だから当然防御魔法も使えませんでした。なのに、防御魔法がティアラの強大な一撃を防いでいる。

 目を、奪われます。私には構成できない程精密で巨大で堅牢な防御魔法。

「ギリギリ間に合ったけど……」

 耳が、声を拾い、足音を聞き、気配を感じました。私のすぐ横に、誰かが歩いてきて止まる音を聞きました。いえ、違います。この場で私を助けてくれる子は一人しか居ません。けれどどうして。

 私はなにか嫌な予感を感じて、あえてあなたに手紙を書かなかったというのに。

「説明してくれますか、ティアラ叔母様。どうしてユティお姉様がこんなにもボロボロなのか」

 一歩前に出る彼女の金の髪が視界に入る。風に揺られる美しい色を見ながら、私は太陽の幻を見ました。

「返答によっては、絶対に許しません」

 私がどうしても守りたいもう一人の妹、オーロラ・アークゲートが立っていました。
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