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8 出逢い(アレクシオ視点)(前)
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ルチア嬢に出会ったのは、麗らかな春の図書室だった。妹のシシリーの隣の机で地図を広げているのがルチア嬢だというのはすぐにわかった。シシリーは、ルチア嬢が王宮に来た日の晩餐では必ず嬉しそうに彼女の話をするから、僕は会う前から彼女のことをかなりよく知っていたのだ。
光に透けると淡い金にも見える亜麻色の髪に、意志の強そうな琥珀色の瞳。生真面目な性格を表わすように引き結ばれた唇。実際の年齢よりも少し大人びた顔立ち。すらりと長い手足とぴんと伸びた背筋。
こんなにも凛とした雰囲気の女の子を、僕はそれまで見たことがなかった。
僕は王子だから、貴族やその子どもたちとはそれなりに付き合わなくてはならない。でも、同じくらいの年代の女の子たちは少し苦手だった。ふわふわして砂糖菓子みたいで、確かに可愛いのだけれど、あまり話が通じないし、一緒にいると妙にくっついてくるし、正直邪魔だと思っていた。
でもルチア嬢はなんだか違うと思った。少し離れたところから、じっと観察するみたいに僕のことを見て、とても綺麗な礼をした。その視線は嫌ではなかったし、なんだか心の奥がくすぐったくなった。
「僕もルチアお姉さまって呼んでいいですか」
僕も親しくなりたくなって、思わずそう言っていた。シシリーがいつも「ルチアお姉さまがね、今日はね」といっぱい話していたから。そうしたら、ルチア嬢の上品だけど貼り付けたような微笑みが一瞬取れて、少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに口元を緩めて「もちろんです」と言ってくれた。
そのあとしばらくシシリーと一緒にお勉強をしていて気づいたけれど、ルチア嬢がああいう顔をするのは僕とシシリーの前だけのようだ。なんだか二人セットなのが悔しい。しかもシシリーのほうがより気になるみたいだ。それに、シシリーがお姉さまって呼んではダメだというから、兄として譲るしかなかったのも残念だ。あそこでごねたらルチア嬢や侍従たちを困らせるのはわかっていたから、仕方なく譲ったけれど。
だから、帰り際にルチア嬢に内緒話でお願いしてみた。
「シシリーがいないときには、僕もルチアお姉さまって呼んでいいですか?」
内緒話は大人たちにはなぜかとても効果的で、こっそり小さな声でお願いすると大抵のことは聞いてくれる。もちろん、無茶なお願いはしないようにしているけれど。
ルチア嬢もすぐに頷いてくれた。赤くなった耳がなにかの果実みたいでおいしそうだなって思ったけれど、変なの。
次にルチア嬢が来る日にも、会いにいってみた。ルチア嬢を独占できないと言ってシシリーは頬を膨らませたけれど、これまでずっと独占してきたんだからいいじゃないかと思う。
その日は温室で薬草を見ていた。
「ルチア嬢は薬草に興味があるの?」
「はい」
「医師や薬師になりたいとか?」
「いえ、私は魔術に関心があるんです。魔術の術式だけでなく、それを書いたり刻んだりする素材も重要なので、今のうちにいろいろ覚えておこうかなと思って」
そう言うルチア嬢は目をきらきらさせて、とても綺麗だ。
「そうなんだ。あれ? でも、十三歳にならなければ魔術の勉強ってできないよね?」
「先日、特例措置をいただきまして、座学だけ勉強しているんですよ」
「ルチアお姉さまは本当に頭が良いのよ!」
「なんでシシリーが自慢するの」
「だって私のお姉さまだもの!」
嬉しそうなシシリーの頭を苦笑しながら撫でていると、ルチア嬢がこちらを食い入るように見ていた。目が合うと慌てたように逸らされる。少し、おもしろくない。
「これも魔術に使うの?」
「これはモルビンと言って、根っこを煎じたものをインクに混ぜて術式を書くのに使います。濃度によって威力を調節することができるそうです。葉っぱは確か、軽い胃薬にも使えたような……。そちらはあまり詳しくないです」
楽しそうに説明してくれるルチア嬢を眺めて、目を細める。シシリーも真面目に聞いていた。
「お姉さますごーい!」
「いえ、この植物園は貴族ならばだいたい入れますから、ここには薬草が集められているとはいえ、知らない人がうっかり持っていってしまっても大丈夫なものしかないんですよ。だから勉強しはじめたばかりの私でもわかる、初歩のものなんです」
「そうだったんだ。僕、知らなかったよ」
僕も魔術の勉強をしたら、ルチア嬢に認めてもらえるようになるかな。ルチア嬢みたいな賢い子との三歳の差はとても大きいけれど、なんだか負けていられない気がした。
光に透けると淡い金にも見える亜麻色の髪に、意志の強そうな琥珀色の瞳。生真面目な性格を表わすように引き結ばれた唇。実際の年齢よりも少し大人びた顔立ち。すらりと長い手足とぴんと伸びた背筋。
こんなにも凛とした雰囲気の女の子を、僕はそれまで見たことがなかった。
僕は王子だから、貴族やその子どもたちとはそれなりに付き合わなくてはならない。でも、同じくらいの年代の女の子たちは少し苦手だった。ふわふわして砂糖菓子みたいで、確かに可愛いのだけれど、あまり話が通じないし、一緒にいると妙にくっついてくるし、正直邪魔だと思っていた。
でもルチア嬢はなんだか違うと思った。少し離れたところから、じっと観察するみたいに僕のことを見て、とても綺麗な礼をした。その視線は嫌ではなかったし、なんだか心の奥がくすぐったくなった。
「僕もルチアお姉さまって呼んでいいですか」
僕も親しくなりたくなって、思わずそう言っていた。シシリーがいつも「ルチアお姉さまがね、今日はね」といっぱい話していたから。そうしたら、ルチア嬢の上品だけど貼り付けたような微笑みが一瞬取れて、少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに口元を緩めて「もちろんです」と言ってくれた。
そのあとしばらくシシリーと一緒にお勉強をしていて気づいたけれど、ルチア嬢がああいう顔をするのは僕とシシリーの前だけのようだ。なんだか二人セットなのが悔しい。しかもシシリーのほうがより気になるみたいだ。それに、シシリーがお姉さまって呼んではダメだというから、兄として譲るしかなかったのも残念だ。あそこでごねたらルチア嬢や侍従たちを困らせるのはわかっていたから、仕方なく譲ったけれど。
だから、帰り際にルチア嬢に内緒話でお願いしてみた。
「シシリーがいないときには、僕もルチアお姉さまって呼んでいいですか?」
内緒話は大人たちにはなぜかとても効果的で、こっそり小さな声でお願いすると大抵のことは聞いてくれる。もちろん、無茶なお願いはしないようにしているけれど。
ルチア嬢もすぐに頷いてくれた。赤くなった耳がなにかの果実みたいでおいしそうだなって思ったけれど、変なの。
次にルチア嬢が来る日にも、会いにいってみた。ルチア嬢を独占できないと言ってシシリーは頬を膨らませたけれど、これまでずっと独占してきたんだからいいじゃないかと思う。
その日は温室で薬草を見ていた。
「ルチア嬢は薬草に興味があるの?」
「はい」
「医師や薬師になりたいとか?」
「いえ、私は魔術に関心があるんです。魔術の術式だけでなく、それを書いたり刻んだりする素材も重要なので、今のうちにいろいろ覚えておこうかなと思って」
そう言うルチア嬢は目をきらきらさせて、とても綺麗だ。
「そうなんだ。あれ? でも、十三歳にならなければ魔術の勉強ってできないよね?」
「先日、特例措置をいただきまして、座学だけ勉強しているんですよ」
「ルチアお姉さまは本当に頭が良いのよ!」
「なんでシシリーが自慢するの」
「だって私のお姉さまだもの!」
嬉しそうなシシリーの頭を苦笑しながら撫でていると、ルチア嬢がこちらを食い入るように見ていた。目が合うと慌てたように逸らされる。少し、おもしろくない。
「これも魔術に使うの?」
「これはモルビンと言って、根っこを煎じたものをインクに混ぜて術式を書くのに使います。濃度によって威力を調節することができるそうです。葉っぱは確か、軽い胃薬にも使えたような……。そちらはあまり詳しくないです」
楽しそうに説明してくれるルチア嬢を眺めて、目を細める。シシリーも真面目に聞いていた。
「お姉さますごーい!」
「いえ、この植物園は貴族ならばだいたい入れますから、ここには薬草が集められているとはいえ、知らない人がうっかり持っていってしまっても大丈夫なものしかないんですよ。だから勉強しはじめたばかりの私でもわかる、初歩のものなんです」
「そうだったんだ。僕、知らなかったよ」
僕も魔術の勉強をしたら、ルチア嬢に認めてもらえるようになるかな。ルチア嬢みたいな賢い子との三歳の差はとても大きいけれど、なんだか負けていられない気がした。
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