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俺に許嫁ができたらしい(1)
しおりを挟む『陰キャ』
それを聞いて良い印象を思い浮かべる者は少ない。
根暗。引っ込み思案。内向的。内気な性格。全体的に暗い人。etc。
クラスカーストの最底辺とも言われ、虐めの標的にされることが多い彼らは、順風満帆で充実した学校生活も、クラスの中心になって発言することも叶わない。
忌み、避けるべき人生。
そう言われても仕方のない人種が、それだ。
俺、轟誠也もまた、それに分類される人間だと自覚している。
だが、言わせてもらおう。
俺は自ら望んで、この道を選んだのだ。
目立つのは好きじゃない。毎日のようにゲラゲラと大声で笑っているような奴らになるつもりはない。
『理想の陰キャライフ』
俺が望むのは誰とも関わらない学生の日常だ。
それは入学してから、そして高校生になって二度目の春を迎えた今でも、その思いは変わらない。
「ああ、大丈夫。流石に一年も住んでいれば、こっちの生活にも慣れるさ」
高校に通うために借りているアパートの一室。
久しぶりに電話を掛けてきた叔父と話しながら、俺はキッチンに立って夕飯の支度をしていた。
『たまにはこっちにも戻ってこい。随分と顔を見ていないせいで忘れそうだ』
「冗談を言うくらいには元気だとわかって安心した。……ああ、たまには帰るよ。かなたのことも心配だからな」
かなたは俺の妹だ。
三歳も歳が離れているから、あいつは今、中学二年生か?
俺が高校入学のために祖父の家を出てから一年。妹とは顔を合わせていない。まだ一度も戻っていないのだから、当然だ。
『かなたの方がお前のことを心配していたぞ。ちゃんと飯は食っているのかとか、友人は出来たのかとか……毎日うるさく言ってくるんだ』
「兄想いの妹を持てて、俺は嬉しいよ」
一年も経てば、妹も流石に成長しただろう。
きっと可愛くなっているに違いない。俺の妹だ。可愛いに決まっている。
妹は生まれつき体が弱い。学生と言っても、一度も外に出たことがないほどに。
問題なく元気にやっているとわかって安心した。それだけで電話をした意味は十分にある。……とはいえ、話を聞くと余計に会いたい気持ちが強くなるな。
「わかったよ。二年生になって落ち着いたし、次の休日にでも遊びに帰る」
『ああ、そうしてくれ。……全く、まるで京華が家にいるみたいで耳が痛い』
溜め息まじりの言葉に苦笑する。
流石は親子。口うるさいところも遺伝したようだ。
幼い頃、俺とかなたは叔父の家に引き取られた。
親が不慮の事故で死んだとか、俺達が捨てられたとかではない。
両親は揃って海外出張が多いため、子供二人だけで家に居るより、信頼する人のところに居たほうがいいと話が纏まった結果、そうなったのだ。
それにしても、そうか。あの家を出てから、もう一年が経つんだな。
改めてそう思うと、時間が経つのが早く感じる。
「──で、急に電話してきて何の用だ?」
『なんだよ。俺はただ、心配して』
「嘘つけ。無駄なことを嫌うあんたが、わざわざ世間話をするために連絡なんてしないだろ?」
叔父は色々と忙しい。
とあるグループの取締役を担っていることもあり、滅多に電話を掛けてくることはないのに、今日は唐突に連絡をよこしてきた。
ただ懐かしくなったわけじゃないのは、確かだ。
であれば、何かを伝えるために電話を掛けてきたんだろう。
『実は、な……お前に頼みがあるんだ』
「……頼み?」
俺は学生だ。頼みがあると言われても、やれることには限界がある。
だが、さっきも言ったように、叔父は無駄なことを嫌う。
わざわざ電話を掛けてまで頼み事をしてくるということは、俺に任せても大丈夫だと判断したんだろう。
叔父には、世話になった恩がある。
血が混ざっているとはいえ、俺達は本当の家族ではない。なのに、叔父は親身になって俺たち兄妹を育ててくれた。
無理難題を押し付けられない限り、なるべく恩には報いたいと思っている。
『お前。結婚とか、興味あるか?』
「…………はぁ?」
訂正。
くそ面倒臭そうな予感しかしない。
「叔父さん。馬鹿な俺にもわかるように、説明をお願いできるか?」
『昔馴染みと久しぶりに会って飲んだ時、そいつにもお前と同じ年代の娘さんがいると聞いたんだよ。それでな。酒に酔った勢いで、いっそ見合いさせちまおうと……』
「おーけい。ちょっと黙ってくれ」
結婚。
昔馴染みの娘。
見合い。
この三つで、次の言葉は容易に想像出来る。
出来るが、考えたくなさすぎて思考を放棄してしまいそうになる。
「つまりは……あれか? 俺に許嫁を迎える気はないかと、そう言っているのか?」
『流石は誠也! 話が早くて助かる!』
「…………はぁぁぁぁ……」
恩だ何だと関係なく、今はとにかく叔父の顔をぶん殴りたい。
……いや、暴力はダメだな。
「だが、相手側はそれでいいのか?」
俺はまだ『仕方ない』で諦めることは出来るが、相手は女性だ。急に知らない男の許嫁になれと言われても、そう簡単に受け入れられるものではない。
両親が決めた婚約。いわゆる政略婚だ。
それが受け入れられたのは昔のこと。今の時代はちゃんと恋愛を経て、好きになった人と結婚したいと思うに違いない。
『そこは問題ない。ちゃんとお前の婚約相手からも了承を得ている』
「随分と話が早いな。顔も知らない相手なのに」
『いや、実は──』
と、そこで言葉が区切られた。
電話越しにボソボソと話し声が聞こえる。
『悪い誠也。急用ができたから、詳しい話はまた後で話す。とりあえずお前の許嫁は今そっちに向かっているみたいだから、しばらくは同居してくれ』
「おう、おう。お、はぁーーーーーーッッ!?!?」
って、危ねぇ! 動揺しすぎて指を包丁で切りそうになったわ!
『おいおい。夕方にそんな大声出して、近所迷惑を考えろ?』
「うっせぇ! 迷惑なのは俺のほうだわ! いつの間にか許嫁が出来ていて、今こっちに向かっているだぁ!? しかも今日から同居!? いや無理だわ! そもそも、ここはアパートだぞ。家じゃないんだ! 他人が住む部屋がないだろ、部屋が!」
このアパートは一人で住む用の小さな場所だ。
部屋が一つだけというわけじゃないが、それでも一つ一つが小さい。とても二人が……しかも若い男女が住めるような場所ではない。
しかも俺達はおそらく、初対面だ。
問題がありすぎて、どこから突っ込めばいいのかわからず混乱する。
『それは違うぞ、誠也』
珍しく真剣な叔父の声。
電話越しでも雰囲気が変わったとわかり、俺は生唾を飲み込む。
『他人じゃない。お前の許嫁だ』
「今そういう話をしているんじゃねぇんだわ!」
吠える。それはもう全力で。
大声を出しすぎて息切れしてしまった。
くそっ、鍛えるか──って、そうじゃないだろ!
『あ、やべ。そろそろマジで予定がやばいわ。もう切るからな! 色々と大変だと思うが、良い子だから優しくしてやれよ! いや、幸せにしてやれよ! じゃあな!』
「ちょ、まだ話すことが──ッ、ちぃ!」
行き場を失った怒りをまな板にぶつける。
包丁が『ダンッ!』と激しい音を立てて突き刺さるのと、玄関のチャイムが『ピンポーン』と軽快に鳴ったのは、ほぼ同時のことだった。
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