3 / 11
自己紹介をしよう(1)
しおりを挟む気まずい空気が流れている。
何処よりも気を休められる場所だと思っていた俺の家は、まるで別世界のような違和感があった。
突然掛かってきた電話で伝えられた衝撃の事実。
『婚約者との同居』
それはいい。
いや、良くないんだが、叔父の言うことはいつも唐突だ。
この程度のことで動揺していると、こちらの身が持たない。
──それに。
「……?」
その相手が柊小雪。全生徒から恐れられる『青薔薇』だということに比べれば、叔父の言う急用なんて些細なことでしかないだろう。
「あの、私のこと……聞いていますか?」
幾ら何でも急過ぎる展開に呆然と立ち尽くしていたら、柊は不安そうに声をかけてきた。
流石に放置しすぎてしまったようだ。感情の消え失せた人形と呼ばれるほどの彼女が、こんな顔もできるんだな。
「いや、すまん。柊……でいいんだよな? クラスメイトの」
「はい。今日ぶりですね。覚えていただけていたようで、安心しました」
その言葉に驚きを隠せなかった。
柊は、噂通りの女だと思っていたからだ。
一年間、柊とは同じクラスにいたが、彼女が他人と話している場面を見たことがない。だから、噂にある通り誰とも関わろうとせず、寄ってくる者を突き放すような女だと思うようになっていた。
だが実際に話してみたら、どうだ。
放置されて不安そうに眉を落としている。普通に会話してくれる。軽口のようなものも言ってきた。──そのどれもが、噂の『青薔薇』とは程遠い。
「まぁ、入ってくれ……本当に、話を聞いたのはついさっきなんだ。そのせいで散らかっているが、失望しないでくれよ」
「わかりました。では、お邪魔します。……あ、いえ。『ただいま帰りました』と、言ったほうが正しいでしょうか?」
「好きに呼んでくれ。柊の言う通り、ここはもうお前の家なんだから」
と、無駄にカッコつけて言っても、こんな散らかった部屋じゃ台無しだな。
「……夕食を作っている途中だったのですか?」
玄関で靴を脱ぎ、首だけを動かして辺りを見回した柊は、キッチンのまな板に突き刺さっている包丁を見て首を傾げた。
「何があったのです?」
「……まぁ、見なかったことにしてくれ」
怒りに任せて突き刺したと言ったら、間違いなく引かれる。
そう思って言葉を濁すと、柊は「そうですか」とだけ答え、それ以上の言及はしてこなかった。
「適当な場所で寛いでくれ……あ~、そもそも寛ぐ場所がないか」
とりあえず床に座れるスペースだけ確保し、そこに腰を下ろすよう促す。
「……ひとまず、お互いに自己紹介をしたほうがいいと思うんだ」
俺達はクラスメイトだが、まだ一度も会話をしたことがない。
顔と名前だけ知っている婚約者と同居なんて、それは地獄でしかない。そう思う気持ちは柊も同じだったらしく、「そうですね」と頷いてくれた。
「では、まずは私から……柊小雪です。好きな食べ物は甘い物。理想のお嫁さんになるために小さな頃から母より家事を学んできました。これと言った趣味や特技はありませんが……強いて言うのであれば料理でしょうか?」
典型的な自己紹介文だな。
にしても、甘い物が好きなのか。……あいつと気が合いそうだな。
「なんだか、悪いな」
「……何がです?」
「理想的なお嫁さんになりたいんだろう? 本当なら、それは柊の好きな人にやってあげたかったはずなのに……その相手が俺なんてな。がっかりしただろ」
だから謝った。
「……私が、一度でも貴方との婚約が嫌だと言いましたか?」
「ん? だって、俺たち一度も話したことないだろ? 好きになる要素なんて何一つ……」
「もういいです。私の自己紹介は終わったのですから、早く話してください」
……怒っている、のか?
柊の表情はほとんど変わらない。だから声で判断するしかない。
だが、まさかあの青薔薇が……?
「……いや、そのまさか、な」
「……何か言いましたか?」
首を傾げる柊に、何でもないと返す。
確証はない。今はまだ、心の内に仕舞っておくとしよう。
「次は俺の番だったな。轟誠也だ。……恥ずかしながら、あまり女性とは話したことがないだ、しばらくは不自由な暮らしをさせるかもしれないが勘弁してくれ。……俺も、なるべく頑張るからさ」
こちとら高校生活を始めて、まだ一度も女友達ってものを作ったことがない。
ましてや話したことも……。おかげでファッションだ何だに興味を持ったことがなく、女性が好むような家具は何一つとして家に置いていない。
最低限の暮らしが出来ればいいと思っていたが、まさかここで足を引っ張ることになるとは思いもしなかった。
「好きな食べ物は肉だ。たまに作ってくれると嬉しい」
「それでしたら、ハンバーグが得意です」
「おっ、それは嬉しいな。大好きなんだよ、ハンバーグ」
「それはよかったです。……でも、あまり期待はしないでくださいね。味付けの違いで不味いと思われるかもしれませんが、その時は言ってくだされば」
「思うわけないだろ」
「え?」
「俺のために作ってくれるんだろう? なのに『不味い』だなんて、そんな馬鹿なことは言わない。絶対にな」
──と、変なことを言ってしまった。
恥ずかしくなって顔を逸らすと、笑い声を押し殺すような音が聞こえてきた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『出来損ない』と言われた私は姉や両親から見下されますが、あやかしに求婚されました
宵原リク
恋愛
カクヨムでも読めます。
完結まで毎日投稿します!20時50分更新
ーーーーーー
椿は、八代家で生まれた。八代家は、代々あやかしを従えるで有名な一族だった。
その一族の次女として生まれた椿は、あやかしをうまく従えることができなかった。
私の才能の無さに、両親や家族からは『出来損ない』と言われてしまう始末。
ある日、八代家は有名な家柄が招待されている舞踏会に誘われた。
それに椿も同行したが、両親からきつく「目立つな」と言いつけられた。
椿は目立たないように、会場の端の椅子にポツリと座り込んでいると辺りが騒然としていた。
そこには、あやかしがいた。しかも、かなり強力なあやかしが。
それを見て、みんな動きが止まっていた。そのあやかしは、あたりをキョロキョロと見ながら私の方に近づいてきて……
「私、政宗と申します」と私の前で一礼をしながら名を名乗ったのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん
菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる