生徒から恐れられる『青薔薇』の彼女は根暗ボッチな俺の嫁

白波ハクア

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自己紹介をしよう(2)

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「俺たちの今後のことについて話し合う必要があると思うんだ」

 夕飯を二人で平らげ、食後のひと時と楽しんでいた夜。
 俺はふと、思い出すようにそう口にした。

「……今後のこと、ですか?」

 柊の声は戸惑いを隠し切れていなかった。
 そうだな。急にこんなこと言ってごめんな。でも、これは大切なことなんだ。

「先程、家での役割を決めたはずでは?」

 そう。自己紹介を終えた後、俺たちは家での役割分担を話し合って決めた。

 ちなみに俺は食料の買い出し担当で、柊はその他の家事を担当することになった。
 柊の仕事量が多すぎると思ったが、「料理担当は譲らない」という柊の強い希望で無理矢理決められ、だったら洗濯をと意見すれば「私の下着を洗ったり、仕舞い込んだり出来ますか?」との言葉で完封。

 結果、色々と任せることになってしまったのだ。

 昔から思っていたことだが、女性は言葉の扱いが上手い。
 何か言おうとしてもすぐに言いくるめられ、いつの間にか反論の余地すらなくなっている。口喧嘩では絶対に敵わない相手だ。

 ──とまぁ、早速尻に敷かれている気がするこの状況だが、もちろん柊に全てを任せっきりにするつもりはない。忙しそうだったら手伝うし、体調が悪そうだったら代わりに俺が家事をやる。

 互いに支えあって、一つ屋根の下で暮らす。
 それが『同居する』ということだ。

「俺が言っているのは、学校での関係だ」

 家では婚約者として色々と接する機会が増えるだろう。

 ──だが、学校では?

 何度も言っているが、俺と柊は同じ学校に通っている。
 しかも同学年で、クラスメイトだ。今までは無関係でいたが、今度からそうはいかない。あっちで無関係を装うことは可能だが、それでも無意識に相手のことを意識してしまうだろう。

「……なるほど。確かに、学校でのことまでは考えていませんでした」

「だろ? 明日はまだ特に変わらないかもしれないが、この生活が続くと学校でも普通に話しかけそうになるかもしれない」

「それはありますね。……私、友達がいないので、誠也さんを見つけたら、学校でもつい話しかけてしまいそうに、」

「一応聞くが、ツッコミ待ちか?」

「はい? 何がです?」

 ……あ、天然なのか。

「悪い。続けてくれ」

「え、ええ……私、人と話すのが少しだけ苦手なので」

 ──黙れ。
 お願いだから今だけは黙ってくれ、俺の口。

 これは嘘や冗談で言っていることじゃない。
 彼女は本気だ。……本気で、会話が『少し』苦手と言っているんだ。

「お昼休みに話せる相手がいるだけで嬉しいんです。なので、気が緩んだらつい話しかけて、誠也さんに迷惑を掛けてしまうかもしれません」

「そ、そう、か……別に、迷惑だとは思わないが」

「本当ですかっ!?」

 柊が体を寄せてくる。
 近い。マジで近い。めちゃくちゃ近い。俺の許嫁は本当に綺麗な顔をしている。そんな女性に詰め寄られたら、理性が……!

「お、落ち着け! なっ!?」

「あっ、ご、ごめんなさい! 迷惑じゃないと言われて、私嬉しくて」

 我に返った柊はズザザザッと素早く後退し、挙句には俯いてしまった。
 一瞬だけ見えた彼女の顔は、熟れた赤い果実のように真っ赤に染まっていた。じっくりと観察すれば、耳まで赤くなっていることがわかる。

「……誠也さんは、学校では目立ちたくない様子でした。私が話しかければ、きっと多くの注目を集めてしまうと思います」

 それはそうだ。柊は良くも悪くも、人の目を引き寄せてしまう人間だ。
 もし彼女が、学校で俺に声を掛けてきたら──

『あの青薔薇が男子生徒と話をしていた』

 即日、その噂が広まることだろう。
 そして俺は男子生徒から目の敵にされ、女子生徒からは奇異の視線で見られることになる。それでは理想の陰キャライフどころではない。

 普通に学校生活を送ることすら、ままならない可能性だってある。

「やっぱり、学校では関わらないほうがいい……ですよね?」

 ──うっ、その上目遣いは男に効く。
 これを美少女から言われて、「そういうことだから学校では話しかけてくるな」とは口が裂けても言えない。

「…………別に、関わるなとは言っていないだろ」

 その日、俺は初めて、他人を相手に自ら敗北を受け入れた。
 仕方ないだろ。美少女が泣きそうな顔で懇願してくるんだ。心から陰キャ色に染まってしまった俺が、それを無慈悲に断ることなんて出来るわけがない。

「ただ、急に俺達が親しげに話すと、クラスメイトは間違いなく困惑すると思うんだ」

 柊は、神妙な面持ちで頷いた。それを理解しているからこそ、彼女は己の気持ちを押さえつけて身を引こうとしてくれた。
 健気な許嫁を悲しませるなんて、絶対にしたくない。
 だから俺は一つ、提案してみることにした。

「急だからダメなんだ」

「……では、少しならいいと?」

 流石は成績上位者だ。話が早くて助かる。

「ああ、その通りだ。少しずつ仲良くなっていけば、誰も変だとは思わないだろ? 最初は挨拶を交わすくらいに留めておいて、そこから会話の数を増やしていけば」

「いつか、普通に会話ができるようになる?」

 頷くことで、それを肯定の意とする。
 すると、柊も嬉しくなったのか、徐々に顔が綻び始めた。

 青薔薇と言われ、全生徒から恐れられている俺の許嫁。

 その正体は、ただの『コミュ障』な女の子だった。
 本当の彼女はこんなに可愛い女の子だ。それを周囲の奴らに知らしめてやりたいが、まだそれは早すぎる。時期を間違えれば俺は殺される。社会的に。

「ということで、だ……まだ他人のふりをしながら、少しずつ友達になろう」

「友達……」

「ああ、さっき友達がいないって言っていただろう? 学校では友達。家では婚約者。それでどうかなと思うんだが──って、おい!」

 柊の頬に伝う一筋の線。
 俺は立ち上がり、慌てて謝罪した。

「すまん! 嫌だったか!?」

「違います! ……違うんです。友達なんて、初めてで、っ……私に優しくしてくれただけじゃなくて、友達にまでなってくれるなんて、嬉しくて……ごめんなさい。……どうしましょう。涙、止めなきゃって思うのに、止まりません」

 何度手で拭っても、それが止まることはなかった。
 友達なら会話していても不思議じゃない。そう思った何気ない一言で、まさか泣かれるとは思わなかった。

 だが、友達になるのが嫌だからと泣かれたわけではない。
 むしろ逆で、嬉しかったから泣かれたんだ。

 きっと、寂しかったのだろう。
 ただの人見知りで言葉足らずなだけで、いつの間にか遠巻きに見られるようになって、『青薔薇』という不名誉な名前まで付けられて。

 本当は友達が欲しかったのに、誰も話しかけてきてくれないんだ。
 それはとても孤独で、寂しいものだったに違いない。

「これからは俺がいる。だから大丈夫だ」

 今はまだ、そんなありふれた言葉しか送ることは出来ない。
 いつか、もっと優しい言葉を送れるようになれたのなら、その時は。

「ありがとうございます。……ありがと、ぅ……誠也さん」

 俺は、彼女の背中を撫で続けた。
 泣き疲れて、静かに眠るその時まで、ずっと……。
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