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学校での二人(1)
しおりを挟む雲一つない満天の青空。
眠気を感じつつ、机に頬杖を付きながら憂鬱気に窓から眺める。
まるで、日常に戻ったような感覚だ。
別に昨日のことが『日常ではない』と言っているわけではない。
ただ、本当にあの柊が婚約者になったのだと、頭の整理が追いついていないだけだ。
今日、朝起きた時のことだ。
『おはようございます。朝食、もう出来ていますよ』
一瞬、昨日のことを全て忘れて呆けてしまったほどに、美少女がキッチンに立っている光景が夢のように感じられた。
それが俺の許嫁で、あの柊小雪だというのだから……余計にそう思ってしまう。
──ああ、本当に嘘じゃないんだよな。
柊の席を見つめる。彼女の姿はまだ見えない。
だが、もうすぐ来るだろう。
同居していることを隠すために、俺たちは違う時間に家を出ることにした。
俺たちの関係が他にバレると色々と面倒なことになるから、特別親しい奴以外には卒業まで隠し通そう。と、これは昨日の話し合いで決めたことだ。
「なぁに黄昏てんだ? 誠也ぁ」
俺の机に、どっかりと腰を下ろす無礼者が一人。
太陽の光に負けないくらいのギラギラと輝く金髪と、見る者を怖がらせる三白眼。耳にはいくつかのピアスを付けている。
まるで不良のような容姿の彼は、竜胆光牙。俺のただ一人の友人だ。
こいつは色々と──主に知能が──残念なところはあるが、根は悪い奴じゃない。どうにも憎めない性格が彼の長所だと言える。
「また竜胆くんに絡まれてるよ」
「可哀想に……ええと、名前は……ああ、そうだ。轟くんだ」
「あまり見ないほうがいいぞ。今度はこっちが標的にされる」
ヒソヒソと遠くから聞こえる声に、俺達は苦笑する。
「お前は相変わらずだな」
「その台詞、そっくりそのままお前に返してやるよ」
竜胆は、この見た目のせいで勘違いされやすい。
中身は甘い物好きで、アパートで一人暮らしをしている俺よりも家事スキルが高いというのに。……本当に、損な役回りだな。
ちなみに、最近は手料理にハマっているらしい。
今度弁当を作ってきてやると言われたが、普通に気持ち悪いから拒絶した。拒否ではなく拒絶だ。女友達ならまだしも、男友達からの手作り弁当とか一種の拷問だろ。
……だが、料理好き、か。
案外、柊と通じ合うところがあるかもしれないな。
「で、何の用だ?」
「暇なんだよ。構ってくれ」
あまりにも直球過ぎる言葉に呆れて、溜め息を吐き出す。
こいつはいつもそうだ。暇さえあれば俺のところに来て、適当にくっちゃべって戻っていく。授業間の小休憩も昼休みも、ずっと鬱陶しく纏わり付くように。
そのせいで俺が虐められているって勘違いされて、クラスメイトに変な同情までされるようになって、こっちも迷惑しているんだ。
「嫌だ。お前がいると俺が注目される」
「そう言って一年が経つなぁ。懐かしいぜ。……だが、わからねぇな。どうしてお前は目立たないようにするんだ? 誰とも喋らなくて交流もない。そんな学校生活はつまらねぇだろ?」
竜胆は昔からの付き合いだ。腐れ縁と言ってもいい。
だから、こいつは以前の俺を知っている。
……ったく、俺のことを知っていそうな奴がいない学校を狙って、わざわざ少し遠い場所まで来たっていうのに、金魚の糞みたいに追いかけてきやがって。
「俺は満足している。それだけだ」
「昔のお前の方が輝いて見えたぜ? そして、俺も昔が一番楽しかった。何をしても自由だった。全部、自分達で進んでいた。そんな昔が」
「──やめろ」
全てを聞くことなく、竜胆を睨みつける。
「昔の話をここでするな。絶対だ」
「…………すまん。ここでは禁句だったな」
途端に、竜胆は気まずそうに口を閉ざした。
その様はまるで怒られた子犬のようだ。ほんの少し心は揺らいだが、クラスメイトの多い教室で過去のことを掘り下げようとしてきたこいつが悪い。
──過去の話題は禁句。
入学する前に二人で決めたことだ。
二人の約束を破るのだから、それなりの代償は支払ってもらう。
それは昔から、俺たちの間で交わされていた『掟』のようなものだ。
……とは言え、竜胆もわざと言ったわけではないんだろう。
今回だけはただ一人の友人関係に免じて、聞かなかったことにする。
ただし、次は無い。
ぶっきらぼうに言い、俺はうつ伏せに──
「ぁん?」
その瞬間、クラスが静寂に包まれた。
先程まで耳障りに甲高い笑い声を上げていたリア充グループも、少人数の仲良い友人で集まっていた奴らも、皆揃って口を閉じている。
ああ、なるほど。
教室の扉に視線を向けた俺は、その原因を見て納得する。
青薔薇のご登場だ。
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