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学校での二人(2)

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「……はっ。ほんと、わかりやすい連中だな」

 竜胆の声は明るそうで、微かな呆れが含まれていた。

 ……珍しい顔をするもんだ。
 いつもお気楽に笑っている友人が、今だけは別の顔をしている。何年と一緒につるんできた俺でも滅多に見ない。

「よっ、おはようさん」

 教室に入ってきた柊小雪に、竜胆は片手を挙げて挨拶する。

「……………………(ぺこり)」

 挨拶は返ってこない。これは予想通りだ。
 竜胆本人もさして気にしていないのか、無視されたことに怒るのではなく「今日もダメだったか~」と笑うだけだった。

「毎度毎度、よく挨拶するよな」
「クラスメイトだ。挨拶しない理由がないだろう?」
「お優しいことだな。どうせ返されないのに、飽きもせずに挨拶するんだから」

 まぁ、それが竜胆のいいところだが。

「生憎、噂だなんだってのには興味ないんだよ。噂程度のことで話したことのない他人を否定するより、実際に関わって判断したほうが得だと思わないか?」

 竜胆の言っていることは間違っていない。
 だが、高校生の何割がそれを実行できるのだろう。ほとんどの生徒は噂を気にして、柊から距離を置いてしまう。それらを一蹴して我を通す竜胆は、希少だ。

「……それで、お前はどうなんだ?」

 その問いかけに、竜胆は不思議そうに首を傾げた。
 いつもなら「そうか」という言葉だけで終わる話題のはずだが、更に追求してきたんだ。変に思うのは当然のことだろう。
 柊はすでに、俺の中で無視出来ない存在となってしまっている。
 だから、竜胆が彼女のことをどう思っているのかが気になった。……それだけだ。

「実際に彼女と関わってみて、お前はどう思ったんだ?」
「うーん……わかんね!」

 座りながらコケる。

「あれだけ大層なことを言っておいて、結局わからないのかよ」
「まだ一回も話したことがないからな!」
「胸張って言うことじゃないだろ」

 どこまでも能天気な友人に、呆れて溜め息を吐き出した。
 思い返してみれば、竜胆はほとんどの時間を俺と過ごしていた。その間、竜胆が柊と話しているところを一度も見たことがない。

「だが、少しだけわかったことがあるぜ」

 一方的に挨拶をし続けた竜胆が導き出した考え。
 少し、ほんの少しだけ興味が湧いた。

「あれは、噂にあるような冷たい奴じゃない」
「まだ一度も挨拶を返してもらってないのに、か?」
「思い返してみろ。俺は確かに一度も挨拶を返してもらっていないが、無視もされていない。きっと、根は優しいタイプなんだと思うぜ」

 言われてみれば確かに、いつも軽い会釈は返している。

 だが、それだけだ。

 俺としては、もう少しだけ愛想良くしてやったらどうかと思うんだが、柊は極度の人見知りだからなぁ……。
 かと言って、このまま人見知りを克服しなかったら、それはそれで将来に支障をきたすレベルで問題だ。俺は構わないが、柊のためにならない。

 どうしてやるのがベストなのだろう。婚約者として一肌脱いでやるのがいいのか、それとももう少しだけ様子を見たほうがいいのか。
 だが、俺がどうこう考えるより先に、柊本人の意思を知るべきだ。
 彼女が望まないことを強引に進めても、それは余計なお節介でしかない。

 あいつは、どうしたいんだ?
 視線だけを動かし、彼女のことを──

「っ、」

 すでに自分の席に戻っていると思っていた柊は、ただ静かに、まるで置物のように何も言わず、こちらをジッと見つめていた。

 ……これは挨拶を求めている、のか?

 あまりにも直球過ぎる彼女の視線に、俺は戸惑いを隠しきれなかった。
 思わぬ事態に、あの竜胆でさえも「え、え?」と動揺している。動きは少しキモいが、まぁ気持ちはわかる。

「お、おはよう。柊」
「おはようございます。轟くん」

 瞬間、クラス全体がざわざわと騒がしくなった。
 ……まさか、ここまでとはな。俺は認識の甘さを後悔した。

「おい! おまっ、誠也!」

 ガシッと肩を掴まれた。
 手加減を忘れているのか、掴まれているところが悲鳴をあげている。

「竜胆。痛い」
「それどころじゃねぇだろ! なんださっきの!?」
「…………なんのことだ?」

 と、しらばっくれてみるが、流石に無理があるよな。

 ……どうすればいい?
 助けを求めるように柊のほうを見つめたが、彼女は挨拶出来て満足したのか、すでに自分の席へ戻って本を読み始めていた。

 これはダメなやつだと諦め、溜め息を吐きだす。

 教室で大っぴらに助けを求める訳にはいかないし、人とのコミュニケーションに関しては人一倍に苦手な彼女のことだ。大した戦力にはならないだろう。

「後で詳しく話すから、今はそっとしておいてくれ」
「……訳ありってことか。わかった。後で話してくれるってんなら、俺はもう黙ることにするさ」

 竜胆は馬鹿だが、人の感情を探ることは俺以上に上手い。
 本心では、今すぐに聞きたくて仕方ないだろう。
 だが、ここが教室で、話すには人目が多過ぎる。俺があえて言葉を濁した意図を理解してくれたのは、正直ありがたかった。

「ああ、そうだな。そうしてくれると助か──」
「うーっす、お前ら席につけー」

 と、タイミング悪く予鈴が鳴り、担任の間宮先生が教室に入ってきた。
 着崩したシャツの上に白衣を羽織るという、いかにも理系っぽい格好の男だ。
 間延びした声と気怠るように下げた眉から連想されるように、彼も竜胆と同じくお気楽な性格をしていて、案外分け隔てなく接する彼は多くの生徒から人気を得ている。

「っと、間宮が来ちまったか。小言を言われる前に俺は退散しますかね……んじゃ、また暇になったら来るわ」
「……たまには、俺一人にしてくれると助かるんだけどな」
「それはナッシングだぜ。お前のいない休憩時間なんて糞食らえだ」

 どうせホームルームが終われば、すぐに竜胆はやって来る。……本当に暇な奴だ。
 以前に、俺以外の友達くらい作れと言ったんだが、竜胆からは呆れ口調で『ブーメラン』という言葉を返された。

 その言葉の意味はわからない。
 それでも、馬鹿にされていることだけは理解した。
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